ヤンこれ、まとめました   作:なかむ~

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どうも~、久しぶりの投稿です。


いつも発想にひねりを入れていたので、今回はあえて王道展開的な話にしてみました。
これ、どこかで見たことあるなと思う人もいるかもしれませんが、多少展開が似てそうなのは大目に見てください……





人(彼ら)と兵器(彼女たち)を繋ぐもの

 

 

艦娘は人間ではない。 深海棲艦と戦うための兵士であり兵器だ。 兵器に情など必要ない、それだけは覚えておけ。

俺を此処へ連れてきた張本人、海軍大将の初めて言った言葉がそれだった。

何故そんなことを言ったのか、当時の俺には理解できなかったし、今でも理解できないままだ。

だが、それももうすぐ考える必要がなくなるということは、今朝届いた書類を見た途端に理解できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある鎮守府の執務室。 執務机に広げられた一枚の書類を見つめながら、提督は小さな溜息をついた。

 

 

「ついに、俺の元にもこれが来たか…」

 

 

椅子の背もたれにもたれかかりながら、彼は天井を見上げる。

机に置かれた書類には、解任通知と大きく書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は元々正式な提督ではなかった。

ある日、突然現れ人類を襲った謎の生命体、深海棲艦。

人類の持つ現代兵器を持ってしてもまるで歯の立たない深海棲艦に、人々はもう成す術はないのかと絶望したが、その絶望を希望に変えてくれる者達がいた。

それは深海棲艦と時同じくして現れ、唯一連中に太刀打ちできる力を持った少女たち。

自らをかつての軍艦の生まれ変わりだと名乗る彼女たちを、人々は艦娘と呼んだ。

以来、海軍は彼女たち艦娘をバックアップするために、彼女たちが生活する場所と束ねる者を用意した。 それが今の鎮守府と提督だった。

だが、提督と艦娘たちが共に過ごしていると、ある問題が起こった。

確かに艦娘は深海棲艦と戦える戦士であり、その身体能力は人間をはるかに凌駕している。 だが、艦娘自身は普通の人間の少女と何ら変わらない存在だった。

そんな彼女たちを軍はあくまで深海棲艦と戦うための兵士として扱い、敵を殲滅し己の戦果を稼ぐための道具としか見なかった。

そのような扱いをされたことにより、艦娘と軍の間には軋轢が生まれ、時には提督に反旗を翻す艦娘も現れた。

この事態に頭を抱えた海軍は、ある解決策を考えた。

それは、艦娘たちの提督を軍に所属する軍人でなく、軍と所縁のない一般人に任せるというものだった。

海軍の軍人では欲と利権に駆られ艦娘たちを道具のように扱ってしまうが、そういったものに縁のない一般人なら艦娘を道具でなく一人の少女として扱ってくれるはず。

そう考え、海軍は一般人による提督希望者を募った。

結果、海軍の狙い通り一般人による提督と艦娘はお互い友好な関係を結び、結果的に艦娘たちは献身的に働いてくれるようになった。

それ以降、海軍は定期的に一般人による提督希望者を募集し、一年間提督を務めてもらうことで艦娘と友好な関係を築いてもらうようにしたのであった。

ちなみに、一年間だけというのはあくまでこの募集自体が人間と艦娘の関係を円滑にさせるためのもので、軍人でない人間が軍務をするのは危険だからという意味も込められていた。

そして、今この書類を見ている彼も元は募集に選ばれた一般人で、あと数日で期限である一年を迎えようとしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あと数日で皆とお別れになるのは悲しいけど、まああいつらも俺なんかよりちゃんと指揮ができる提督の元についた方がいいもんな」

 

 

提督はもたれかかったまま物思いにふけっていると、扉を開き一人の艦娘が中へ入ってきた。

 

 

 

 

 

「ちょっと、何そんなとこでさぼってんの! 仕事もしないで執務室でのんびりくつろぐなんて、あんたいつからそこまで偉くなったのよ!!」

 

「お疲れ様、霞。 そう怒らないでくれって、仕事ならちゃんと片付けてあるから、一息ついていたんだよ」

 

「ふーん… まあいいわ。 遠征の結果を報告するから、ちゃんと聞いてなさい」

 

 

遠征の旗艦を務めていた艦娘、駆逐艦『霞』は提督に訝し気な目線を送るが、自分の仕事をこなすべく遠征の報告を始めた。

分かりやすく要点を抑えながら報告を行う霞を見ながら、彼はふと昔の事を思い出していた。

 

 

 

 

 

霞は自分が提督としてここへ来て間もないころからやってきた艦娘だった。

穏やかな物腰で挨拶をしようとした提督とは裏腹に、出会い頭に「司令官になる男がそんな情けない顔してんじゃないわよ!」という罵声を浴びせられた時のことは今でも覚えている。

霞の気丈な態度に初めこそ驚いたが、文句を言いながらも出撃や遠征をこなしてくれ、自分に至らないことがあれば上官と部下という垣根を越えてハッキリと伝えてくれた。

そんな彼女の厳しいながらも的確な指導があったからこそ、自分は提督としてここまでやれたんだと思う。

霞が遠征の報告を終えると、提督はニッコリ笑いながら言った。

 

 

「いつもありがとうな、霞。 お前のおかげで、俺も提督としてここまでやれたよ」

 

「な、何よ急に!? 変な事言わないで!!」

 

「ああ、すまん。 お前が初めてここへ来た時の事を思い出してな。 お前がいれば、ここも大丈夫だろう」

 

「はあ? 人が報告をしていたっていうのにそんなこと考えてたわけ!? どんだけ弛んでいるのよ!」

 

「だからそう怒るなって、報告ならちゃんと聞いていたさ。 次もこの調子で頼むぞ」

 

「全く、呆れたわね… もうちょっとシャキッとしなさい、そのままじゃいつまで経ってもあんたクズ司令官のままよ!」

 

 

吐き捨てるように叫ぶと霞はその場を去ってゆき、提督は彼女の後姿を見送っていく。

霞がいなくなったのを確認した提督は、

 

 

「…まあ、そのクズ司令官ももうすぐいなくなってしまうんだがな」

 

「まあ、いいか。 あいつならどんな相手だろうと物怖じせずに付き合えるしな」

 

 

そう言って、提督は霞が入ってきたとき隠していた解任届を机にしまう。

今はまだ彼女たちには知られたくない。

この事は自分の口から明かそうと思い、体を起こすと今度は別の艦娘が執務室へ訪れた。

 

 

 

 

 

「提督、艦隊帰投しました。 今回も誰も轟沈することなく任務を遂げられました」

 

 

直立不動の姿勢から綺麗に礼を見せる艦娘、一航戦の航空母艦『赤城』の言葉に提督も安堵のため息を漏らした。

 

 

「ああ、お疲れ赤城。 今日もよく頑張ってくれたな」

 

「いいえ。 私たちがこうして無事にいられたのも提督がいてくれたからこそです。 こちらこそ、いつも私たちを指揮していただきありがとうございます」

 

 

毅然とした姿勢から一転してにこやかな笑みを見せる赤城。

そんな彼女に、提督も笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤城はこの鎮守府に来た最初の空母だった。

彼が提督として板につき始めた頃、新たに出撃する海域の敵が手強く手をこまねていた時に彼女は来てくれた。

艦載機を操る空母の力をもって、彼女はいつも先行して敵を蹴散らし味方の活路を開いてくれた。

艦隊でも主力を担うだけの実力を持ちながら、彼女はそのことに対し決して驕ることなく他の仲間たちと肩を並べ、皆も共に戦えるよう鼓舞しながら支えてくれた。

彼女は自分が指揮してくれるおかげで戦えると話していたが、提督からすればむしろ彼女のおかげで自分も自信をもって皆を指揮することができた。 そう感じているのだ。

 

 

 

 

 

「赤城はいつも皆のために頑張ってもらっているし、俺からも何かお礼がしたいんだが…」

 

「お礼だなんてとんでもない。 私は、こうして帰投したとき提督に出迎えてもらえることが何よりの幸せなんですから」

 

「全く… 眉目秀麗なうえにその謙虚さとは。 赤城のような女に惚れられる男は、間違いなく幸せ者だな」

 

「も、もうっ…! 変な事言わないでください!」

 

 

先ほどの笑みから一転、顔を赤くしながらふさぎ込む赤城。

それに対し、「すまんすまん」と苦笑いを浮かべながら謝る提督。

 

 

「……その幸せ者なら、今私の目の前にいますよ…///」

 

「んっ? すまん赤城、何か言ったか?」

 

「ふぇっ…! あっ、いえ! その…お礼でしたら、ぜひ提督に今日の夕食をご一緒してほしいなーって…!」

 

「なんだ、そんなことでいいのか? せっかくだし、食べ放題も許可す……」

 

「む、むしろそれがいいんです! あっ… す、すみません。 つい興奮して……」

 

 

今までの自分の慌てぶりを思い出し、赤城は再び顔を赤くしながら縮こまってしまう。

しかし、提督は赤城の本音に気づくことなく、いつものように明るい口調で言った。

 

 

「分かった、それが赤城の希望だっていうのならお安い御用だ。 今日の夕食が楽しみだな」

 

「は、はいっ! ありがとうございます、提督!」

 

 

提督の了承を聞いた途端、赤城もいつも見せる明るい笑みを浮かべて喜んだ。

よほど嬉しかったんだろう、鼻歌を歌いながら赤城は執務室を去っていく。

だが、赤城とは対照的に提督はますます言いづらくなったことに頭を抱えながらも、

 

 

「…やはり、言わないわけにはいかないな」

 

 

一人、決意を固めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕方。 日が落ちるにつれて夕食を取りに食堂に集まる艦娘の数も多くなる。

提督は赤城と一緒に食事を受け取るため、他の艦娘達と一緒に列に並ぶ。

その折に、提督は前後に並ぶ子や列に加わろうとしていた子たちに誘われるが、既に赤城と食べる約束をしてるからと断り、時に赤城の方が提督に代わって断ったりしていた。

そうしているうちに列は進み、二人は列の先頭である食事の受け取り口にたどり着いた。

 

 

「おっ、今日はカツカレーか。 いいなー♪」

 

「うふふ。 提督ったら、子供みたいですね」

 

 

夕食のカツカレーに提督は喜びを露わにし、赤城はそんな提督を見て口元に手を当てながらクスクスと笑っている。

 

 

「しれぇ、そのカツ足柄さんが揚げてくれたんだよ」

 

「雪風たちもお手伝いしたんです。 一緒に野菜の皮むきしたりして、頑張りました!」

 

 

配膳口の向こうで二人にカレーを渡した艦娘、雪風と時津風は自分たちの働きを報告すべく、楽しそうに提督に話をした。

 

 

「おっ、そうだったのか。 偉いぞ、雪風」

 

「はいっ! ありがとうございます、しれぇ♪」

 

「あー、雪風だけズルい! しれぇー、時津風もやってー!!」

 

「分かってるって。 よくやったな、時津風」

 

「えへへー。 うれしうれしー♪」

 

 

提督は優しく二人の頭を撫でてあげる。

深海棲艦と戦う力を持つ艦娘だが、こうして喜ぶ姿は傍から見れば年相応のあどけない少女にしか見えなくて、提督と戯れる姿はどう見ても父と子の絵面でしかなかった。

しばらく二人にせがまれるままに頭を撫でていた提督だったが、

 

 

「…提督、せっかくのカレーが冷めてしまいますから早く食べましょう」

 

「うおっ!? 赤城、そんな引っ張るなって!」

 

 

突然背後からムスッとした表情の赤城に服を引かれ、提督はその場を後にしていく。

テーブルに着くまでは不機嫌な顔をした赤城に提督は困惑していたが、足柄と雪風たちが作ってくれたカツカレーを食べた途端にその心配はすぐに解消した。

美味しいカレーに赤城も機嫌を直し、提督も素直にうまいと舌鼓を打つ。 それから、二人は今日の出来事について話し合った。

初めはお互い出撃や執務中にこんなことがあったと楽しげに話していたが、赤城は話をするたびにどこか浮かない顔をしている提督の事が気になっていた。

いつもの提督ならこんな顔をせず、笑顔で話を聞いてくれる。 でも今日はいつもと違う。

違和感を感じた赤城は、思い切って彼に尋ねてみた。

 

 

 

 

 

「あの… 提督、何かあったのですか?」

 

「んっ? どうした赤城、突然そんなこと聞いて。 俺、何か変だったか?」

 

 

どうやら提督の方は自分が浮かない顔をしていることに気づいていない。

そう確信した赤城は、提督に詰め寄っていった。

 

 

「先ほどから、提督が浮かない顔を見せているじゃないですか。 そんな悲しそうな顔を見れば、提督が何か隠しているんだって皆分かります!」

 

「もし可能なら、提督が何に悩んでいるのか私たちに話していただけませんか? 提督がそのような顔をしていたら、私達も心配になりますよ」

 

 

真摯に提督の瞳を赤城は見つめ、他の艦娘たちも赤城の話が聞こえていたのか心配そうに二人を遠巻きに眺めている。

提督も流石に頃合いかと感じたのか、赤城の顔を見ながら先の出来事を打ち明けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…実は、今まで皆には言わなかったんだが、俺は正式な提督ではない。 俺は人間である提督と艦娘であるお前たちの親交を深めるために期限付きで選ばれた雇われ提督なんだ。 そして、その期限はあと数日に迫っている。 つまり、数日後には俺は解任となりここを去る。 皆、今までよくやってくれたな」

 

 

そう言って、提督は皆に深々と頭を下げる。 だが、それを聞いた艦娘たちは信じられないと言わんばかりの表情で血相を変えていた。

 

 

「い、いきなり何言ってんのよ!? そんなの、あたしちっとも知らなかったわよ!!」

 

 

涙目になりながらも提督に掴みかかる霞。 しかし、彼は動じることなく、

 

 

「一般人が提督になっているなどと知れたら、艦隊の士気にも影響が出る恐れがあると大将から口止めされていたんだ。 黙っていたことについては謝る、すまなかった……」

 

「…じょ、冗談……ですよね? 貴方がここを出ていくなんて、何かの冗談でしょ? お願いですから、そうだと言ってください…!」

 

 

向かいに座る赤城は、涙を流しながらも作り笑いを浮かべて必死に提督へと懇願する。 だが、提督の返事は、

 

 

「皆の想いを裏切るようで申し訳ないが、今話したことはすべて事実だ。 俺がここを去った後には、すぐに後任の提督が着任する。 俺も一度会ったが、実力も確かだし人柄も信用できる。 何より、お前たちは提督としての経験がない俺が相手でも、立派に艦隊運営を行ってきたじゃないか。 お前たちならやれる、俺が保証してやるぞ」

 

 

話が終わったのか、提督はその言葉を最後に引き継ぎの準備があるからと食堂を後にしていく。

しかし、食堂に残された艦娘たちは、いまだに信じられないといった顔で呆然としており、食事時はいつも賑やかな食堂が、今は火が消えたかのようにしんと静まり返っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜の私室。

提督は布団の中でぼんやりと天井を見上げている。

 

 

あれから、食堂で見た皆の顔が忘れられない。 あんなに悲しげな顔で落ち込む皆を見たのは初めてだった。

本音を言えば、自分にとっても皆との別れは辛い。 たった一年とはいえ、喜びも困難も分かち合い深まった絆は自分にとってもかけがえのないものだから。

しかし、自分は一年だけという条件で提督となったわけだし、仮に残ったとしても軍人としての経験がない自分がこれ以上提督をやっていけるとは思えなかった。 もし下手な采配をして皆を轟沈させたらと思うと、最悪自責の念に堪えられず自殺してしまうかもしれない。

あの時大将が言いたかったことはこれだったのかもしれない。

彼女たち艦娘を人として見ると、情が移りこうして別れるのが辛くなる。 だからあまり入れ込むなと、そう言いたかったのかもしれない。

でも、それでも自分は皆を人として見た。 自分は、提督に向いてなかったのであろう。

そう結論付けながら、彼は余計なことは考えずもう寝てしまおうと思い、布団を頭から被った……その時だった。

 

 

 

 

 

「…ん?」

 

 

布団越しだからほんの微かにだったが、ドアのある方からカチャリという音が聞こえた。

扉はしっかりしまっているから、自然に開くなんてことはあり得ない。 となれば、誰かが開けたとしか考えられない。

 

 

「誰かいるのか…?」

 

 

提督がそう言いながら布団から顔を出した時だった。 突然何かが提督の上に乗っかってきたのは。

足の上に響く衝撃に驚きを隠せず、足は乗っかってきた何かのせいでほとんど動かせない。

提督は必死に抵抗しようとすると、窓から月の光が注ぎ込み布団の上に乗っている何かを淡く照らし出してくれた。

 

 

「お前……霞…?」

 

 

上半身だけ起こした姿勢で、提督は布団の上に乗っかってきた張本人である霞の姿を見た。

月明りだからはっきりとは見えなかったが、今の霞はいつもの彼女とは明らかに違う。

いつもの気丈な様子は微塵もなく、顔を俯きしおらしい様子を見せる彼女は、自分の知ってる霞とはまるで別人のようだった。

何も言わず、無言でじっとそこに座り込む彼女に提督が問おうとしたとき、霞は小さく口を開いた。

 

 

 

 

 

「…わけない」 「えっ…?」

 

 

 

「あんたが… あんたみたいな奴が、ここを出てやっているわけないじゃない。 あんたはあたしがいなきゃ何もできない、そうでしょ!?」

 

「お、落ち着け霞! どうしたんだ急に…!?」

 

 

いきなり声を張り上げ喚きだす霞。 宥めようとする提督の言葉も耳に入ってこない。

 

 

「あたしだってそうよ! あんたがいなきゃ、あたしは何もできなかった! あんたがいたから、あたしはここまでやれたのよ!」

 

「あんたにはあたしが必要で、あたしにはあんたが必要なの! だから…だから……」

 

 

提督に乗ったまま、思いの丈をぶちまける霞。 叫んでいくうちに彼女は涙をポロポロと流し、最後は提督に抱き着いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「どこにも行かないで… これからもここにいて。 司令官……」

 

 

涙にぬれた瞳で、霞は提督を見上げる。

さっきまでは暗くて気が付かなかったが、近くで自分を見つめる彼女の目は焦点が定まってなく、漆黒に染まったままこちらを見つめていた。

そんな霞の姿に提督が戸惑っていると、

 

 

「提督…」

 

 

ふと自分を呼ぶ声に振り向き、気づく。

部屋にいたのは霞だけではなかった。

赤城を筆頭に、加賀や金剛、霧島に飛龍と、他の艦娘たちもここへ集まっていたのだ。

 

 

 

 

 

「提督… 軍は私たちを兵器と呼び、まるで道具のように扱っていました。 私も、ここへ来たときはそうなるのかと覚悟していました」

 

「でも、貴方は私たちをそのように扱わず、一人の人間の女性としてみてくれました。 出撃や遠征の時はいつも出迎えてくれて、負傷すれば自分の事のように心配してくれた。 私は、そうしてくれることが本当に嬉しかったのです」

 

「それに、このような思いを抱いているのは赤城さんだけじゃありません。 私も含め、ここにいる皆が同じ思いを抱いています。 だからこそ提督、貴方にはここを出てほしくないのです」

 

「司令、貴方は大きな勘違いをしています。 貴方は自分のような者が提督でもやってこれたとおっしゃってましたが、私たちは貴方が司令だからこそ、ここまでやってこれたのです」

 

「私たちは貴方以外の人間の元では戦えないし、戦いたくありません。 だから提督、どうかこれからもここにいてください。 これからも、私たちの提督でいてください……」

 

 

 

 

 

懇願と共に、そっと頭を下げ頼み込む艦娘たち。 それを見て、彼は理解した。

艦娘達(かのじょたち)は人間ではない。

誰かに慕われ、信頼を築いた人のために戦うことができる存在。

とても強大で、とてつもなく脆い。

まさに、人の姿と心を持った兵器なのだと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督… 人間にはお互いに関係を結ぶ方法に、既成事実というものがあるそうですね」

 

「あ、赤城…? お前、何を言って……」

 

「愛しい人と夫婦になり、子供も持てる。 なんと素晴らしいものなのでしょう! 提督、是非私たちにも夫婦の営みというものを教えてください」

 

「お、おいよせ! お前らも落ち着け…!」

 

 

少しずつ自分によって来る艦娘たちを引き止めようとする提督。

しかし、彼の声は彼女たちには届かず、傍らに抱き着く霞も彼に何かを期待する雌の顔を見せていた。

 

 

 

 

 

「こうして提督と夜戦ができるとは、流石に気分が高揚します」

 

「司令からのご指導ご鞭撻、よろしくお願いします。 不知火も、楽しみにしています」

 

「テートクー。 あんまり他の子ばかりに構ってたら、NOなんだからネー」

 

「提督との赤ちゃんが出来たら、真っ先に多聞丸に報告しなくっちゃ♪」

 

「流石にこれだけの数は大変かもしれませんが、私は信じていますよ。 司令は、データ以上の人だとね」

 

 

喜々として提督に近づく皆の顔が、月明りに照らされはっきりと映る。

その時の皆の表情は、霞と同じように黒く澱んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大本営の一室。

落ち着いた雰囲気を持ちながらも豪華な家具や置物で彩られた執務室では、大将の男が先ほど戻ってきた秘書艦の報告を聞く。

自分の選んだ一般人の男性が、艦娘たちの希望で提督になったことを聞いた彼は、小声で…

 

 

「やはりな…」

 

 

とだけ呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女たち艦娘は、人と同じように誰かに感情や思いを寄せることによってそのポテンシャルを引き出している。 ゆえに、艦娘を兵器としか見ない軍人より、人としてみる彼のような一般人の方が都合が良いんだ」

 

「最も、それを最初に話したらやりたがらないかもしれないから、あえて言わないことにしているのだがな」

 

 

窓から見える満天の星空を眺めながら話す提督。 そんな彼に、隣にいる秘書艦は意地の悪い笑みを向ける。

 

 

「貴方も悪い人でありますな、大将殿。 初めから彼をあそこへ引き込むつもりで選んだのでありますから」

 

「お前がそれを言うか? 元は正規の軍人でなかった私をここへ縛り付けた、お前がそれを言うのか?」

 

「フフフ、そうでありましたね。 失礼…」

 

 

大将に軽く嫌味を返された秘書艦は、軽い口調でぺろりと舌を出すが、ほんのり頬を染めるとそっと彼の腕に抱き着いた。

 

 

「でも、仕方なかったのであります。 兵器だと思っていた自分を貴方は一人の女として見てくれた。 そんな貴方を愛してしまった自分には、この気持ちを抑える術がなかったのです」

 

「だから、こうして貴方を自分の傍にいられるようにしたのであります。 自分が愛した人に、自分を愛してもらうために……」

 

「ああ。 分かっているさ…」

 

 

そう言って、大将は傍らに寄り添う秘書艦を抱きしめる。

自分が愛した艦娘を… 自分を愛してくれた艦娘を、彼はそっとその腕に抱いた。

 

 

 

 

 

「愛してるよ、あきつ丸…」

 

「自分もであります、提督殿…」

 

 

 

 

 

お互いに愛を囁くと、二人は瞳を閉じ唇を重ね合わせる。

その二人の姿を、黄金色の満月が祝福するかのように照らし出すのであった。

 

 

 


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