ヤンこれ、まとめました   作:なかむ~

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はい、今回ちゃんとヤンこれ物になります。
前回ある意味タイトル詐欺になってしまってたので… とりあえず、見てもらえればありがたいです。


あと浦波が来ません… そもそもボスまで行けない……


希望と絶望の狭間で

 

 

夕暮れの鎮守府。 ゆっくりと沈んでいく太陽から注がれる光が執務室の中を照らしている。

執務室で一人執務をこなす提督はしばらく書類に目を通していたが、控えめなノックが聞こえるとそちらに意識を向けた。

 

 

「お疲れ様です、提督さん」

 

 

ノックの後に執務室に入ってきた一人の艦娘のねぎらいの言葉に、提督も返事を返す。

 

 

「ああ、君もお疲れ。 今日は色々と助かったよ、鹿島」

 

 

提督は今日の執務を務めてくれた艦娘、練習巡洋艦『鹿島』にお礼を言うと、鹿島も柔和な笑みを浮かべる。

 

 

「ありがとうございます。 鹿島も提督さんのお役に立てたのなら嬉しいです」

 

「それにしても急に具合が悪くなるなんてな… 体調はもう大丈夫なのか?」

 

「あっ、はい。 執務で座りっぱなしになってたから少し立ちくらみがしたようで… もう大丈夫ですよ」

 

 

実は、先ほどまで鹿島は少し体調が悪いと言って、いったん医務室へ行っていたのだ。

ただ、彼女も執務はほとんど終わらせてくれており、提督一人になってもそれほど時間はかからずに執務を終えることができたのだった。

 

 

「そういや、そろそろ夕食の時間だな。 鹿島、食堂に食べに行こうか」

 

「………」

 

「どうした、鹿島?」

 

 

提督は鹿島を誘って食堂に行こうとしたが、なぜか彼女は行くのをどこか渋っているように見える。

一体どうしたのかと提督が尋ねようとしたとき、

 

 

「あ、あの…」

 

「ん…?」

 

「できれば、その… 今日は提督さんと二人きりで食べたいのですが、よろしいでしょうか…?」

 

 

上目づかいでもじもじしながら尋ねる鹿島に、提督は一瞬首を傾げた。

いつもは自分の誘いに素直に応じていたのに、こんな要求をするなんて珍しい。 何かあったのだろうか…?

とはいえ、今日は彼女に一日秘書艦として頑張ってもらったし、鹿島のおかげで自分の負担もだいぶ少なかった。 そのお礼も兼ねて、それぐらいの我儘は聞いてあげよう。

提督はそう考えると、

 

 

「ああ、分かった。 鹿島には今日一日世話になったから、そのお礼にご一緒するよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「じゃあ、どこへ食べに行こうか?」

 

「それでしたら、私前から一度行きたいところがあったんです。 行きましょう、提督さん!」

 

「おいおい…! 分かったからそんな引っ張るなって!」

 

 

嬉しそうにはしゃぐ鹿島に連れられ、提督は執務室を後にしていく。

ただ、この後こんなことになるなんて、今の彼はまだ予想していなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、執務室で身だしなみを整えた提督はいつものように朝の食堂に向かう。

そこではすでに食事をとりに来たもの、まだ来ていないものなど、大勢の艦娘たちが集まっていた。

そんな彼女たちと一緒に談笑をしながら朝食をとるのが提督のいつもの事であり楽しみだったが、今日はそれをすることができなかった。

 

 

「………?」

 

 

提督が食堂に入ったとたん、一斉にみんなが彼に視線を向けてきたのだ。

ただ、その視線がいつもとは違っていた。

 

 

「ど、どうしたお前ら… そんな怖い顔して」

 

 

普段は明るい笑顔や挨拶をしてくれる彼女たちだったが、今は敵意に満ちた目をしてこちらを睨み付けている。

挨拶の言葉も何もない。 あるのは、「入ってくるな!」と言わんばかりの視線と威圧感だけだった。

 

 

「お、おい…? 皆、何も言わないんじゃわからな…」

 

「来るなっ!」

 

 

誰かが提督に向かって叫んだ拒絶の言葉。 それに続くように周りからも罵声が飛ぶ。

 

 

「出ていけっ!」

 

「消えろっ!」

 

「死んじゃえっ!」

 

 

方々から聞こえてくる罵倒に困惑する提督。 いつもはこんなことを言う子達じゃなかったはずなのに…

 

 

「くっ!?」

 

 

訳が分からずに食堂から逃げ出す提督。 一体なぜこんなことになったのか…?

だが、そんなことを悠長に考えている暇はなかった。

 

 

 

 

 

「こっちくんじゃないわよ、このクソ提督っ!!」

 

 

 

 

「不愉快だ、早く消えろっ!」

 

 

 

 

「航空隊、全機発艦! 目標、目の前の提督っ!」

 

 

 

 

 

逃げ出した先にいた艦娘たちからも激しく拒絶され、中には艤装や艦載機を向ける者もいた。

あちこちから追い立てられながら、提督はどうにか執務室に逃げ込み急いでカギをかけた。

 

 

「これは、どういう事なんだ…? 何故、皆一斉に俺を狙うんだ…!」

 

 

扉に寄りかかりながら、命からがら逃げてきたせいで乱れ切った息を整えていると、今度は扉を叩いて自分を呼ぶ声が聞こえる。

背後から聞こえる声に提督は必死になって扉を抑えていたが、しばらくすると扉の向こうから

 

 

「開けてください提督さんっ! 私です、鹿島ですっ!」

 

 

その声に、提督は鍵を開けて恐る恐る向こうを確認してみると、そこには心配そうな顔で自分を見つめてくる鹿島の姿があった。

 

 

「鹿島… お前は俺を襲わないのか…?」

 

「何を言っているんです!? 私がそんなことするわけないじゃないですか!」

 

「私は今朝ここへ来てみたら、他の皆さんが艤装や艦載機を出していたから何かあったんじゃないかと思って、提督さんの元へやってきたんですよ」

 

 

恐々と尋ねる提督の言葉を鹿島は涙を流しながら必死に否定する。 その姿に提督も鹿島を信じて彼女を執務室へと通したのである。

 

 

「疑ってすまなかった。 急に皆が襲ってくるから、つい警戒してしまってな…」

 

「襲う…? 提督さん、それは一体どういう事です?」

 

 

訳が分からず呆然とする鹿島。 提督はそんな彼女へ今までの出来事を話していった。

 

 

 

 

 

「そんな… 本当に、皆さんがそんなひどいことをしたのですか!?」

 

「俺も信じられなかったが事実だ。 現に皆俺の顔を見た途端に激しく俺を追い立てて、中には武器を向けてくる者もいたんだ」

 

 

今までの出来事を知った鹿島は信じられないといった表情で驚き、提督はあの時皆に襲われたことを思い出したのか、少し落ち込んだ様子を見せていた。

肩を落とす提督を鹿島が励まそうとしたとき、一人の妖精が二人の元に敬礼をしながら現れた。

 

 

「妖精さん? どうしたんですか、急に」

 

 

鹿島が妖精を優しく掬い上げると、妖精は身振り手振りで自分たちが調べたことを報告した。

どうやら、妖精たちも今朝の艦娘たちの行動に驚いたらしく、原因を探るため独自に調査を行っていた。

そして、艦娘たちが豹変してしまった原因を突き止めることに成功した。

原因は昨夜艦娘たちの夕食として振る舞われたカレーに、特定の人物に対し強い不快感を感じさせる薬が混入されていたとのこと。

以前にもそうした薬を使った事件もあり、薬の効果は数日で切れることを話してくれたのであった。

 

 

 

 

 

「そうだったのか… ご苦労だった、あとで間宮の羊羹を皆で食べるといい」

 

 

提督は懐から間宮の食券を取り出し妖精に手渡す。 妖精も一瞬顔を綻ばせるが、すぐに真面目な顔になると二人に敬礼しその場を後にしていく。

残された提督は、天井を見ながら小さく溜息を吐いた。

 

 

「さて… 原因も分かったし、誰がやったかは後で調べるとしよう。 とりあえず、今日の執務をこなさないとな」

 

 

膝に手を置き、ゆっくりと立ち上がる提督。 そんな彼を見て、鹿島は慌てて引き留める。

 

 

「て、提督さん! 逃げなくていいんですか…!?」

 

「薬の効果が数日で切れるなら、それまで俺が耐えればいいだけの事だ。 これぐらいの事で根をあげてたら提督は勤められんからな」

 

「で、でも提督さん… 皆さんすごく提督さんの事嫌ってましたし、いくらなんでもここに残るのは危険なんじゃ…!」

 

「鹿島… 心配してくれるのはありがたいが、俺はこの鎮守府の提督であり、あいつらの提督だ。 いくら嫌われているとはいえ、上官である俺が職務を放棄して逃げ出すわけにはいかないだろ」

 

 

静かに、だが力強くそう語る提督。

その言葉には、大事な仲間を捨てて逃げるような真似はしたくない。 そんな彼の思いがひしひしと感じられた。

初めは逃げるよう進言していた鹿島だが、彼が逃げるつもりがないのが分かったのか、静かに溜息を吐くと彼に言った。

 

 

「…でしたら、皆さんが元に戻るまで鹿島が提督さんの秘書艦を務めますよ。 他の方たちが提督さんを嫌っている以上、とても引き受けてくれそうにないですからね」

 

「すまない鹿島。 俺の勝手にお前を巻き込んでしまって…」

 

「いいんです。 私は私の好きで提督さんの傍にいるんですから、むしろ提督さんこそ今は自分の身を心配してください」

 

「…ああ、分かった。 これからよろしくな、鹿島」

 

「はい。 よろしくお願いします、提督さん」

 

 

そう言うと、提督は鹿島に手を差し出し、鹿島もまた提督の手を取りその場で握手をするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、提督は鹿島とともに数日を過ごしていった。

今朝の暴走に比べれば艦娘たちは少し大人しくなったもの、陰口や職務放棄などの露骨な嫌がらせ、そして提督への直接的な暴力は絶えなかった。

周りから嫌われ、殴られたり艤装や艦載機を向けられる提督の姿は傍にいた鹿島から見ても悲惨極まりないものだった。

涙を流して心配する彼女に、提督は優しく頭を撫でながら大丈夫だと言い聞かせ、ひたすら耐えてきた。

だが、薬が切れるはずの数日が経っても彼女たちの提督嫌いは収まらず、むしろ日を追うごとに艦娘たちの暴力は度を増していった。

 

 

 

 

 

 

ある日のこと。 この日は鹿島が演習の旗艦を務めなければならず、やむなく提督の元を離れて演習へ入っていた。

最近は特に艦娘たちの暴行がひどくなっており、彼女にとっては執務室に残った提督の安否が気になって仕方なかった。

演習を終えた後、鹿島は補給を行うことなく駆け足で執務室へと戻っていく。 息を切らせ、廊下の先にある執務室の扉を開けたとき、

 

 

「提督さん。 鹿島、ただいま戻りまし……て、提督さんっ!?」

 

 

鹿島は目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

鹿島が入ってきた執務室は滅茶苦茶に荒らされて、辺りの家具は派手に壊されていた。

提督は執務机に寄りかかりながら肩で息をして、「はあ… はあ…」と苦しそうな声を漏らし、顔や体には明らかに暴行された後もはっきりと残っていた。

 

 

「提督さん、しっかり! 提督さんっ!!」

 

「…あ、ああ。 鹿島か… 演習…ご苦労、だったな……」

 

「そんな事言ってる場合ですか!? これ、どう見てもだれかに暴行された跡じゃないですか!」

 

「提督さん、これ以上無理しないでここから逃げましょう! このままじゃ本当に死んじゃいますよ!」

 

 

涙ながらに必死に提督を説得しようとする鹿島。 しかし、提督は返事がわりに小さく首を横に振る。

 

 

「だ…大、丈夫だ……鹿島。 あい…つら、は……薬で、おかしく…なって、る…だけ…… 明日に…なれば……きっと、戻るさ…」

 

 

そう言って、提督は自分に泣きつく鹿島の頭を優しくなでる。

どんなに理不尽な暴力を振るわれても、彼は明日になればきっと戻ると言ってじっと耐え続け、鹿島もまたそんな提督を傍らで見守ることしかできなかった。

そんな日々を二人は送り、艦娘たちがおかしくなってから一か月になった頃、事件は起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の執務室。 いつものように提督は傷だらけの顔で執務をこなし、傍らで鹿島が手伝いをしている。

すると、

 

 

「んっ? どうしたお前たち、みんな揃って……」

 

 

執務室に押しかけるように入ってきた大勢の艦娘たち。 皆揃って不愉快な様子を顔にも態度にも見せる中、先頭に立つ長門が口火を切った。

 

 

 

 

 

「提督よ、いつまでここにいるつもりだ?」

 

「なに…?」

 

 

一瞬意味が理解できず尋ね返す提督。 そこへさらに声がかかる。

 

 

「なに…? じゃ、ないわよ! いつまでここに居座ってるつもりって聞いてんのよ!」

 

 

苛立ちを隠せず癇癪を起こす瑞鶴の言葉に、他の者達も「そうだそうだ!」 「さっさと出ていけー!」と一斉に提督への不満を爆発させてきた。

矢継ぎ早に飛んでくる提督への出て行けコール。 だが、そんな中で鹿島は間に割って入った。

 

 

「やめてください、皆さん! 提督さんは今まで皆さんのために頑張ってきたのに、そんなのあんまりじゃないですか!」

 

「うるさい、邪魔をするなっ!!」

 

「きゃあっ!」

 

 

鹿島の擁護の声に苛立ちを感じ、長門は鹿島を弾き飛ばす。 その行為には、流石の提督も黙っていられなかった。

 

 

「何をするんだ長門!? 同じ鎮守府の仲間に向かって!」

 

「黙れっ! 元はと言えば貴様がいつまでもここにいるのがいけないんだ!!」

 

 

提督は倒れこんだ鹿島に駆け寄る。 叩かれた頬をさする鹿島を心配そうに抱きかかえていると、後ろの艦娘たちの間から一人の艦娘が姿を見せた。

 

 

 

 

 

「提督…そして鹿島。 貴方達には失望しました…」

 

「お前…香取……」

 

 

まるで二人を虫けらのように蔑んだ眼で見降ろす一人の艦娘。 鹿島の姉、香取は二人にそう言ってきた。

 

 

「提督、これまで再三貴方にはここを出ていくよう私達が示唆してきたというのに、そんなことも理解できずここに居座り、あげくに鹿島もそんな貴方を慕い擁護してきた。 正直、呆れて物も言えませんよ……」

 

「何を言うんだ香取! お前は、自分の妹がこんなひどい目に合ったというのに何も思わないのか!?」

 

 

まるで妹を心配する様子のない香取に激昂する提督。 しかし、香取の返事は…

 

 

 

 

 

「何も思わないわけないじゃないですか。 貴方のようなろくでもない男にここまで耄碌する姿を見せられたんです。 練習巡洋艦として、姉として嘆かわしい限りですよ、全く……」

 

「香取……!」

 

「どうやら、貴方達二人とも少し厳しい躾が必要みたいです。 今回は他の皆さんにも協力してもらいましょう」

 

 

そう言って、香取は右手をスッと上げる。

すると、それが合図だったかのように他の艦娘たちが一斉に二人の前にやってきた。 艤装を握る者や、拳をポキポキと鳴らす者。 これから何が起きるか理解した提督は、鹿島を抱きかかえながらグッと瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督さん! 目を覚まして、提督さん!」

 

 

執務室に響き渡る声。 鹿島は涙をポロポロと流しながら、必死に目の前に横たわる提督へ呼びかけていた。

 

 

あの後、二人は躾という名の集団リンチを食らうことになった。

だが、そんな状況でさえ提督は鹿島を抱きかかえ他の者達からの暴行に耐え続けていた。

暴行が終わり彼女たちが去っていった後、意識を取り戻した鹿島は自分をかばいながら倒れこむ提督を見て呼びかけを続けていた。

いくら呼んでも意識がなく、それでも声をかけることをやめない鹿島。

そんな彼女の想いが通じたのか、しばらくしてようやく提督が意識を取り戻した。

 

 

「あ… か、しま…… 無事…だったんだな……」

 

「無事だったんだな、じゃありませんよ! どうして、私を庇ったんですか!? 提督さん、本当に死んじゃったのかと思いました!!」

 

「は…はは…… 悪い… お前が…傷つくところ…を…見、たく……なか…ったん…だ……」

 

「…っ! もう… 貴方っていう人は…!!」

 

「ただ…今回…ばかりは……少し、堪えた…な… さ、すがに…これ以上…提督をつづける…のは……きび…しい…かも、な……」

 

 

鹿島に抱きかかえられながら、提督は小さくか細い声で呟く。

今まで気丈にやってきた彼が初めて弱音を吐いた。 その事実に、鹿島はぐっとこぶしを握り意を決する。 もう、これしかないと……

 

 

 

 

 

 

「…ましょう」

 

「えっ…?」

 

「二人でここから逃げましょう! これ以上ここにいたら提督さんが殺されてしまいます! 二人で、どこか遠くへ逃げて、そこで静かに暮らしましょう!!」

 

「鹿島… 俺は、ともかく… お前まで俺についてくる必要は…」

 

「私は提督さんに生きてほしいんです! 傷ついてほしくないんです! 今までは提督さんが頑張っていたから言えませんでした… でも、これ以上こんなつらい思いをする提督さんを見るなんて、鹿島には耐えられません!!」

 

「鹿島… お前…」

 

「提督さんが皆さんを大事に思っているのは分かっています… でも、今だけは自分を大事にしてください… お願いですから、今だけは鹿島の我儘を聞いてください……」

 

 

提督の胸に顔をうずめて、鹿島は泣き崩れる。

そんな彼女の姿を見て、提督はそっとズボンのポケットに手をまわし、そこに入っていたものを取り出した。

 

 

 

 

 

 

「鹿島… これを、見てくれ…」

 

「えっ…?」

 

 

提督がポケットから取り出したもの。 それを見た途端、鹿島は驚愕の表情を見せた。

 

 

「…っ!? て、提督さん! これって…!」

 

 

それはケッコンカッコカリに使われる指輪だった。

まるで本物の結婚指輪のように黒い小さな箱に収められたシルバーリングが、日の光を浴びて燦々と輝いている。

目を見開く鹿島に、提督はニッコリと笑いかける。

 

 

 

 

 

「今まで… 誰に上げようか決められずに困っていた。 練度は問題なかったが…皆気立てのいい子ばかりで、決めあぐねていたんだ…」

 

「皆が元に戻ったら…俺も誰に渡そうか決めようと思っていたが…… どうやら、それもできそうにないみたいだ…」

 

「鹿島… お前の我儘を聞く条件として、俺からも一つ我儘を言わせてほしい……」

 

「俺と一緒に逃げるというなら、秘書艦として……部下としてではなく…」

 

「妻として……家族として俺と一緒に来てほしい…… いい、かな…?」

 

 

横たわりながら提督は鹿島の顔を覗き込む。

鹿島はしばらく呆然としていたが、提督の顔を見るとそっと両手で指輪を持つ提督の手を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「…はい。 鹿島、これからも提督さんの傍にいます。 だから、鹿島を貴方のお嫁さんにしてください」

 

「…ああ。 ありがとう、鹿島…」

 

「提督さん… 私…すごく…嬉しい!!」

 

 

再び提督の胸に顔をうずめる鹿島。

笑顔で涙を流す鹿島を、提督は何も言わず優しく頭を撫で続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、提督は鹿島と共に軍を辞任した。

ほとんど夜逃げ同然に鎮守府を抜け出し、軍にも事後報告という形になってしまったが、軍も彼が艦娘たちにひどい目に合わされたことを知っていたのでこの件について彼が糾弾されることはなかった。

軍にも艦娘たちにも告げないまま、二人は鎮守府から遠く離れた場所でひっそりと暮らすこととなり、月日は流れていった。

 

 

 

 

 

「……。 今日も平和だな」

 

 

場所は海沿いにある一軒家。 深海棲艦が現れないとされる海を眺めながら、元提督の男はのんびりと過ごしていた。

今まで提督として過ごしてきた性か、海が見えるここが落ち着くということで彼はここで暮らすことを決めた。

空も青々とした光景が広がり、今までとは打って変わって静かな毎日に、元提督は小さく息を吐いた。

 

 

「おはようございます。 今日も海を眺めてたんですか?」

 

「ああ、おはよう。 提督として過ごした時間が長かったからか、どうにもこうしていた方が落ち着いてね」

 

「本当に、提督さんって海が好きなんですね。 でも、それで提督さんが元気になってくれて、鹿島もよかったです♪」

 

「おいおい、俺はもう提督じゃないんだしその呼び方はやめにしないか?」

 

「そ、それもそうですね…! じゃあ、おはようございます。 あ、あなた…///」

 

「おはよう、鹿島。 君も、朝から綺麗だよ」

 

「も、もう…! あなたったら…!!」

 

 

顔を赤くしながら鹿島はそそくさと去っていく。

気恥ずかしい気持ちもあったが、それ以上に彼に褒められにやけきった自分の恥ずかしい顔を見られたくなかったのだ。

バタバタとキッチンまで駆け込み、ようやく顔を上げた鹿島は、再び嬉しそうに声を上げた。

 

 

「提督さんってば、あんな恥ずかしいこと平気で言っちゃって… 鹿島、提督さんの顔を見れなかったじゃないですか…!」

 

「…でも、良かった。 提督さん、やっと笑顔を取り戻してくれて」

 

「鎮守府にいたころと比べて元気になってくれたし、良かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に良かった… あの日、この薬を使って……」

 

 

そう言いながら鹿島がスカートのポケットから取り出したもの。 それは、カレーに仕込まれたという薬の瓶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては鹿島の自作自演だった。

艦娘たちがおかしくなる前日、鹿島は具合が悪いと言って執務室を抜け出した。

しかし、彼女が向かった先は医務室でなく食堂。 そこで、周りの目を盗んで彼女が薬を盛っていたのだ。

その後、自分は薬入りのカレーを食べないよう提督と一緒に外に食べに行きたいと言った。

次の日から、提督を嫌いになった艦娘たちから彼を守るという名目で、鹿島は大好きな提督と二人きりの時間を過ごすことができた。

初めは艦娘たちから嫌われた彼と一緒にどこかへ逃げる予定だったのだが、責任感の強い提督はここに残る決断をしたので、やむなく鹿島もここへ残ることにした。

それから、鹿島は薬が切れる頃合いを見計らって、数日おきに艦娘たちの食事に薬を盛り続けた。 もちろん、自分は食べないようにして。

自分の蒔いた種とはいえ、大事な提督を傷つける艦娘たちは殺したいほど憎かった。 それは姉の香取とて例外ではなかった。

だが、そんなことをすれば提督が悲しむのは目に見えている。 怒りをひた隠しにしながら、鹿島はそっと提督の傍に寄り添っていた。

そして艦娘たちが直接出て行けと押しかけた日、ついに提督も心が折れた。

その姿を見て鹿島は必死に泣きつき、ようやく予定通り提督は自分と一緒に逃げてくれた。

計画通り。 いや、計画以上だった。

提督はその場で、自分をケッコンの相手に選んでくれた。 カッコカリのような仮初ではなく、生涯の伴侶として彼は自分を選んでくれた。

そのことについてだけは、鹿島も艦娘たちには感謝した。

こうして今、自分は大好きな人と夫婦として一緒にいられている。

今頃鎮守府では、正気に戻った艦娘たちがパニックを起こしていることだろう。

大慌てで捜索している者もいるかもしれない。

泣き崩れて必死に謝っている者もいるかもしれない。

もしかしたら、提督を追い詰めたことへの罪悪感で自殺している者もいるかもしれない。

だが知ったことか。 薬でおかしくなったとはいえ、提督を追い詰めたのは他ならぬお前たちだ。

薬を入れたのは私だけど、そこまでやれと言った覚えはない。 すべては自分たちによる自業自得なのだ。

でも心配しなくていい。 提督は今幸せに過ごしている。

私が提督を幸せにする。 お前たちなんかに会わせはしない。 絶対に…!

 

 

 

 

 

黒くよどんだ瞳で鹿島は薬の瓶を握りしめる。

今までの艦娘たちへの憎悪をぶつけるかのように力を込めたせいで、瓶はその場で握りつぶされた。

 

 

「鹿島ー、そろそろ朝食にしようか?」

 

「あっ、はーい。 今作りますからお待ちください、あなたー♪」

 

 

先ほどの憤怒に染まった表情から一変、奥から聞こえてきた提督の声に鹿島は笑顔で返事を送る。

瓶の破片で血に染まった手を洗い流し、彼女は愛しい人への食事を作り始めるのであった。

 

 

 


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