今回は内容的にヤンこれ要素はなさそう……ですかね。 まあ、見てもらえるとありがたいです。
ここはとある鎮守府の中央広場。
そこはここに所属する艦娘たちの憩いの場となっていた。
海の侵略者である深海棲艦に唯一対抗できる海の戦士、それが艦娘である。
だが、彼女たちとて陸に上がれば一介の少女でしかない。
そんな彼女たちも、戦闘のない今はここで思い思いの時間を過ごしていた。
あるものはトレーニングがてら走り込みをしており、あるものは他の子たちと他愛のないおしゃべりを楽しみ、またあるものは広場の一角である遊びに興じていた。
「ああ… 今日も平和だな」
この鎮守府の唯一の男性である提督は、一人散歩をしながら周りを眺めていた。
いつもは海で戦ってくれている彼女たちが、今はのんびりとした一時を過ごしている。
深海棲艦との戦争中である今だからこそ、こうした時間は大事にしていきたい。
そう思いながらゆっくりと歩みを進めていると、
「んっ? あれは…」
広場の一角で遊んでいる艦娘たち。
青いビニールシートの上で、電や文月が小さなテーブルを置いて周りにおもちゃの食器が置かれていた。
「へえ、おままごとか。 懐かしいな」
「あっ、司令官おはよ~」
「おはようございます、司令官さん」
提督が懐かし気に覗き込んでいると、提督に気づいた電たちが挨拶してきた。
幼い外見の彼女たちらしい挨拶に提督も笑顔で挨拶を返す。
「昔は俺の知り合いの子たちがやってるとこを見てたけど、電と文月が家族の役なのか?」
「そうだよ。 文月は娘役で、電ちゃんはお母さん役なの~」
「本当は雷お姉ちゃん達にも来てほしかったけど、今日は遠征でいなかったですから」
「ああ、そっか… でも、二人だけっていうのもちょっと寂しい気がするな」
提督は頬を掻きながら辺りを見るが、今ここにいるのは挨拶をしてきた二人だけで他にはいない。
少し寂しげにも見える光景。 何とかしてやれないかと提督が考えていると、
「も…もしよければ、司令官さんがお父さん役をやってくれませんか?」
「えっ、俺がか?」
「わあ、いいねそれ! やろうよやろうよ」
電の提案に文月も嬉しげにはしゃぐ。
突然の提案に提督も戸惑いを隠せなかったが、元々暇だったし流石にこんなに頼まれたのでは断れそうもない。 提督は了承すると、再びおままごとが再開されたのであった。
「はい、お父さん。 御飯が出来ましたよー」
「ああ、ありがとう母さん」
電がおもちゃのお椀をトレーに乗せながらテーブルに置く。
エプロンをつけながらも食器を運ぶその姿は、まるで親の手伝いをこなす子供の様でどこか微笑ましく感じられた。
電の姿を見ながら提督も思わず笑みをこぼす。
いつもは上官と部下という関係でしかないが、たまには上下関係を忘れこういった形で皆と親交を深めるのもいい。
目の前に食事が差し出され、提督も食べようと食器を手にしようとしたとき、
「はい、お父さん。 あーんして」
そこにはお椀を持ちながら箸を自分の前に差し出す電の姿があった。
流石にこれには提督も慌てて止めようとする。
「い、いやお母さん…? そんなことしなくても俺は普通に食べるから……!」
「今はお父さんです。 さっ、お父さん。 あーんしてください」
真っすぐに自分を見つめ返す電。 その眼にはどこか有無を言わせぬ気迫のようなものすら感じられる。
提督も「ここは素直に応じた方がいい、どうせおままごとなんだし…」と自分に言い聞かせると、電の差し出してきた箸の先を咥え食べるふりをした。
「あーん… うん、やっぱりお母さんが作ってくれる料理はおいしいな」
若干冷や汗をかきながらも役になりきる提督。 すると、その言葉を聞いた電は、
「…お父さんが望むのなら、これからも作りますよ。 その… お父さんが電とケッコンカッコカリしてくれたら…!」
顔を赤くしてもじもじしながらも提督にすり寄ってくる。
その表情に提督は戸惑いながら後ずさりする。
何せ、その時の電の顔は幼い少女というより、愛しい人と結ばれることを望む一人の女の顔になっていたからだ。
「あ、あの… 落ち着け電。 あいにく俺はまだ誰とケッコンカッコカリするかはまだ決めてないから…!」
「じゃあ、電が司令官さんの最初のケッコン相手ですね! 電、司令官さんのためならおいしいものたくさん作りますし、それに…その……や、夜戦の相手も……///」
「待て待て待てほんと落ち着け電!! それ以上は色々やばい…!!」
ヒートアップする電をなだめようと提督も必死になって落ち着くよう説得する。 そうしていたその時、
「もうお父さんってばお母さんに構ってばっかりでひどいー! 文月にも構ってー!」
娘役の文月がむくれながら提督に抱き着いてきた。
突然の登場に戸惑ったが、提督にとってこれは渡りに船。
提督も慌ててその場を取り繕った。
「お、おお…! いや済まなかったな文月。 じゃ、じゃあ母さん、食事はこの辺で終わりにしようか!」
「わーい! じゃあお父さん、文月と一緒に散歩に行こう♪」
「ああ、分かった。 それじゃ母さん、ちょっと出かけてくるよ」
そう言って、提督は文月を連れてそそくさとこの場を去っていった。
文月は笑顔ではしゃぎ、それを見届ける電は…
「……チッ! あと少しだったのに、とんだ邪魔が入ったのです…」
誰もいない広場で、小さく舌打ちをした。
電の元を離れ、提督と文月の二人は広場から少し離れた場所を散歩していた。
辺りには植えられた木々が生えそろい、その向こうには入渠ドックや艦娘寮といったいつも利用している施設がある。
いつも歩いている道だが、こうして天気のいい日に歩くとどこか心地よい気分になれる。
提督は歩きながら、隣で自分の手を握る文月に目をやった。
「ふんふんふーん♪ お父さんと一緒のお散歩、文月嬉しいな~♪」
無邪気にはしゃぐ文月に提督も笑顔を見せる。
もし自分が結婚すれば、いずれ文月のような娘をもってこうした穏やかな時を過ごす日も来るのだろう。
こんな平和な日を迎えるために自分は提督になった。 そのことを忘れてはいけない。
初心忘るべからず。
今の自分にそれを教えてくれた文月のためにも、せめて今日だけは皆の好きなことをさせてあげよう。
提督はそう思った。
「ねえ、お父さん。 お父さんは文月と一緒にお散歩できて楽しい?」
突然自分にそう尋ねてくる文月に驚きつつも、提督は笑顔で答える。
「ああ、楽しいぞ。 こうした穏やかな日々を過ごせるのなら、文月と一緒にいるのも悪くないかもな」
それを聞いた途端、一瞬だが文月の目が怪しく光る。
同時に、待ってましたと言わんばかりに食いついてきた。
「ねえねえ! それって司令官が文月とケッコンカッコカリしてくれるってこと!? 司令官が文月を選んでくれたら、毎日こんな日を過ごせるようになるよ!!」
さっきのあどけない様子から一変、まるでほしいおもちゃを前にして興奮する子供のように文月は提督に飛びついてくる。
「うおっ!? ちょっと待て文月、落ち着けって…!!」
提督はどうにか文月を宥めようと押さえるが、いかんせん相手は艦娘。 外見は子供と言えどその力は大の大人をはるかにしのぐ。
爛々と目を輝かせる文月に提督は完全に力で圧倒され、振り回されてしまう。
一体どうすれば…! 提督がそう考えていると、
「いい加減にしなさい」
凛とした声が二人の元に響く。
声のした方を見ると、そこには…
「か…加賀……」
腕を組み仁王立ちの姿勢を取った加賀が文月を睨み付けていた。
無言で自分を睨む加賀に対し、文月も怯え委縮してしまう。
しかし、加賀は容赦なく文月に近づいていく。
「か、加賀さん…?」
「上官である提督に対して何をしているのかしら貴方は? この人だから良かったものの、他の提督なら貴方軍法会議にかけられていたわよ」
「それに、貴方のような小娘が提督に釣り合うわけがないでしょうに。 身の程をわきまえなさい!」
目を吊り上げながら加賀は厳しい叱責で文月を責め立て、それに耐えられなかった文月も泣きながら逃げだしていった。
提督は、そんな加賀を慌てて止める。
「おいよせ加賀! いくらなんでもあれは言い過ぎだぞ!」
加賀の言いたいことは分からなくもないが、流石に文月を泣かせたのは黙って見ていられなかった。
しかし、加賀は提督の方を向くと文月に向けた時と同じ鋭い視線を見せる。
「提督も提督です。 貴方こそもう少しご自分の立場をわきまえてください」
加賀の指摘に提督も言葉を詰まらせた。
確かに、提督は鎮守府の最高責任者。 それが部下一人に対してあのような甘い態度を見せていては上官として成り立たない。 そういう意味では加賀の言う事にも一理あった。
「た、確かに加賀の言う事も分かる…。 俺も部下に振り回されていては提督として示しがつかない。 でもな、やっぱりあれはやりすぎじゃ……!」
「全く、本妻である私を差し置いて他の女に現を抜かすなんて… ちゃんと夫としての自覚を持ってほしいものです」
「……へっ?」
意外すぎる彼女の怒りに目が点になる提督。 そんな彼をおいたまま、加賀の独演は続く。
「やっぱり、まだケッコンカッコカリを済ませていなかったのが悪かったようです。 では提督、すぐに私とケッコンカッコカリをしましょう。 正式な夫婦になれば、他の女も貴方によりつこうとはしないでしょう」
「………。 えっ、これってもしかしておままごとの続きなの? …っていうか、俺って二股かけてる設定だったのか……」
若干頬を赤らめながら提督にすり寄ってくる加賀。 どうやら、彼女たちはおままごとという遊びにかこつけ、自分をケッコンカッコカリの相手として選ばせようとしている。 本人の口から確認したわけではないが、提督もこの様子を見てなんとなく察してきた。
「あ、あのな加賀… さっきの文月のもあくまでおままごとだからな。 それに、俺がお前に言いたかったのはケッコンカッコカリの事じゃなくて……」
「……。 なるほど、そうでしたか…」
提督が全てを話す前に、加賀は落ち着いた様子で提督から距離を置いた。
どうにか分かってくれたか。 っと提督が安心した矢先、
「確かに、私も子供は欲しいですけど… やっぱり、そういったことはちゃんと順序を踏まえたほうが良いのでは……///」
「ぜんっぜん違うぞ加賀!! お前は一体何を考えていたんだ!?」
まるで会話がかみ合わない加賀に対し、提督はケッコンカッコカリをするつもりはないとどうにか説得しようとする。
しかし、この状況でも災難は訪れてしまう。
「あら、あらあら~。 提督ってば、こんなところにいたのね」
「む…陸奥……」
「早く戻って今日の執務を終わらせましょう。 そうすれば、あとはゆっくりすごせるわよ」
さりげなく提督の腕に抱き着きながら連れて行こうとする陸奥。 そんな彼女に、加賀は待ったをかける。
「待ちなさい。 何で秘書艦でもない貴方が提督を連れて行こうとするの? 彼は私と一緒にいるのよ」
「あら? 別に夫の仕事を手伝うのは妻として当然でしょ。 それのどこがおかしいのかしら?」
「貴方の言ってることがすでにおかしいです。 その人は私の夫で貴方のじゃありませんから」
「あらやだ。 貴方こそ人の夫を自分の呼ばわりするなんて痛々しいわね。 妄想と現実の区別もつかないの?」
「……頭に来ました」
「おい待て陸奥、俺はお前ともケッコンした覚えはないからな!? あと加賀も艤装を出すな!!」
必死に止めようとする提督を他所に加賀は艤装の弓を構え、陸奥も微笑を浮かべながらも自身の艤装を展開していた。
一触即発のこの状況。 提督の制止もむなしく、このまま戦闘が始まるかと思ったその時、
「そこまでですっ!!」
加賀と陸奥の間に割って入った一人の艦娘、大和の一喝によってこの場は静まり返った。
「二人ともいい加減にしてください、提督が困っているじゃないですか!」
「ましてや、貴方がたは誉ある一航戦とビッグセブンです。 その二人がおままごとという子供の遊びにそこまで必死になるなんて、そんな醜態を晒して他の子達や提督に恥ずかしいと思わないのですか!?」
「うっ…」
「そ、それは……」
毅然とした大和の言葉に二人も返す言葉が見つからなかった。 流石に、今の自分たちの姿が周りにどう見えているか、ようやく気付いたようだ。
「今回の件についてはよく反省してください。 このような形で誰がケッコンカッコカリの相手になるかを主張しあうなんて不毛な事です」
さすがに大和は言う事が違うなと、提督も思わず感嘆の声を漏らす。
自分で止められなかったことを少し情けなく思いながらも、大和に声をかけようとする。 が……
「だって… 提督にはすでに大和という正妻がいますから……///」
両手を顔に添え、恥ずかしげにそうつぶやく大和。
「えっ…?」
「「はっ…?」」
それを聞いて提督は唖然と、加賀と陸奥は凄みの利いた声を漏らしながら大和を睨み付けた。
「ちょっと待ちなさいよ。 何自分だけ正妻ヅラしてるの? そんなこといつ決まったのよ?」
「戦艦の名に恥じぬ超火力に料理の腕も一流。 なにより夜の居住性(意味深)も抜群のこの大和ほど、提督の妻を名乗るにふさわしい艦娘はいないじゃないですか」
「呆れたわね。 己の燃費の悪さを棚に上げて、どの口が提督の妻にふさわしいとぬかすのかしら?」
いや、大和ほどじゃないがお前も大概食うだろ…
「それに、そんな胸に徹甲弾型のパットを詰めなきゃいけないような体でほんとに提督を満足させられるの?」
「うっ… こ、これは違いますよ…! 私だってそれなりにはありま……ってパットじゃありません!!」
「なら、提督に触って確認してもらう? 私は一向に構わないわよ」
おいよせ陸奥! そんなことすればオレ憲兵さんにしょっ引かれること間違いなしだろ!!
「フ、フフフ… どうやら、私にとって貴方達は邪魔なようです。 提督にたかるような悪い虫は私が払わなくてはいけませんね…!」
「それはこっちのセリフです。 提督の妻として、貴方を近づけるような真似はできません」
「あらあら… そういう事なら私も容赦しないわよ…!」
無事に収まったと思ったのもつかの間、今度は大和も加わって三つ巴のバトルへと発展し、提督は再び必死に止めようとする。 しかし…
「テートクのWifeになるのは私デース!!」
「提督さんは渡さないんだからね!!」
「そう言う事なら、鈴谷も黙ってられないなー!!」
どこから現れたのか、金剛を筆頭に他の艦娘たちも三人のバトルに加わり、あっという間にこの場は艦娘たちによる乱闘会場と化してしまったのである。
誰もかれもが自分が提督とケッコンするんだと主張しあい、当の本人はなぜこうなったのか分からず一人呆然としていた。
「いやー、これは思いのほかすごいことになってますねー♪」
「あ、青葉…!」
隣を向くと、そこには乱闘に加わっていない数少ない艦娘の一人、青葉が楽しげに乱闘の様子を眺めていた。
「実は先ほど青葉のもとに誰が司令官の相手になるというケッコン争奪戦があるとタレコミがありまして、おもしろ……大変だと思ったので青葉が皆さんにお知らせしたんです♪」
「原因はお前かー!!」
提督はそそくさと去っていく青葉を捕まえようとするが、
「危ないのです、司令官さんっ!!」
「い、電っ!?」
後ろから自分の手を引く電に連れられ、先の広場へと走って戻ってきた。
膝に手を置き息を切らせる提督に、電は心配そうに顔を覗き込む。
「司令官さん、いくらなんでも皆さんが暴れてるあの中に行くのは危険なのです。 青葉さんを追いかけたいのは分かりますが、そこは落ち着いて考えてほしいのです」
「…そ、それもそうだったな。 すまない電、お前に余計な心配をかけて」
「いいのです。 司令官さんに何かあったら、電も大変だったのです」
「電…」
自分を気遣ってくれる心優しい少女に、提督も嬉しそうに彼女の頭を優しくなでてあげる。
そして、電は明るい笑みを浮かべながら言った。
「でも、これで電が司令官さんを独り占めできるのです。 このためにわざわざ青葉さんに情報を流した甲斐があったのです」
「お前も狙ってたのかー! ってか、青葉にリークしたのもお前かよ!!」
悲しいかな、目の前にいたのは心優しい少女の皮を被った悪魔だった。
その後、ケッコンカッコカリの指輪を手に入れようとした電を遠征から帰ってきた雷たちが取り押さえ、どうにか指輪は奪われずに済んだ。
しかし、だれが提督とケッコンカッコカリをするかというのを知った駆逐艦娘たちも、自分がすると指輪の取り合いに発展してしまい、えらい大騒ぎとなった。
後日、ケッコンカッコカリを先送りする旨と、鎮守府内でのおままごと禁止令が出されたのはこの後の話である。