現在艦これは夏イベ攻略してE-1で伊26掘りを実行中。 アクィラも来てくれたんだしこっちも来てほしいところです…!
深夜の鎮守府。
太陽が沈み黒一色に染まった空にはまばらに輝く星が眼下の海と大地を淡く照らし、そこから見える光景はどこか幻想的な雰囲気を感じさせてくれる。
だが、鎮守府の最高責任者である提督は今そんな光景を堪能している暇はなかった。
場所は工廠の建物の裏。 角からひっそりと顔をのぞかせながら、彼は歯を食いしばる。
「くっ、やはりここは見張られてるか。 だが、このままここにいたら見つかるのは時間の問題だし、一体どうするか…!」
青年…もとい提督の視線の先、そこには鎮守府の唯一の出入り口である正門がドンと建てられており、その正門の前には一人の艦娘が隙のない動作で艤装の弓を構えていた。
「提督… 貴方は絶対、ここから逃がしません……!!」
顔つきは穏やかだが鬼気迫る気迫を感じさせる艦娘、赤城は一人自分に言い聞かせるように呟いた。
「…提督。 提督っ!」
時刻は昼を少し過ぎたころ。 おもむろに自分を呼ぶ声にフッと提督は顔を上げる。
目の前にはいつも自分が提督として過ごしている執務室。 そして、隣には先ほどまで自分に声をかける一人の艦娘の姿があった。
「…あ、赤城か。 そうか、出撃から戻ってきたんだな」
「提督、さっきまで執務机でうたた寝していたんですよ。 少し、疲れがたまっているんじゃないですか?」
「…ああ、いや。 俺は大丈夫だ、心配かけて済まなかったな」
「もし何かあれば遠慮なく私たちに言ってください。 提督の身に何かあったら、私達も気が気ではありませんから」
自分を起こしてくれた赤城に声をかけつつ、提督は寝ぼけ眼をこすり目を覚ます。
赤城は提督が目を覚ますのを待って、出撃の結果を報告した。 少なからず被害があったものの、全員の無事を聞いた提督は胸をなでおろし、入渠するよう指示する。
「了解しました」という返事とともに赤城はこの場を去り、彼女がいなくなったことを確かめると提督は小さく溜息を吐いた。
「ふう… どうにか気づかれなかったな」
そう言って、彼は執務机の引き出しを開ける。
そこにあったのは黒い小さな箱と書類が一式。 それはケッコンカッコカリに使われるものだったが、彼が注目していたのはそれではなく、書類と一緒に入っていた一枚の写真だった。
「………」
裏返しになったそれを、提督は何も言わずにどこかもの悲しそうな目で見つめていた。
彼はもともと提督ではなく、それどころかこの世界の人間ですらなかった。
ある日の事、青年はいつものように仕事から帰宅するとパソコンの電源を入れた。 インターネットを起動し、そこからいつも自分が遊んでいるブラウザゲームへ接続した。
『艦隊これくしょん』
軍艦を擬人化させた『艦娘』を育成し、深海棲艦と呼ばれる敵と戦うというゲームで、彼もまた友人からこのゲームの存在を知らされやり始めたクチだった。
艦娘の容姿もさることながら、史実に沿った性格やゲームをクリアしていくことへの快感が徐々に彼を魅了していき、今ではすっかりこのゲームにはまっていた。
艦娘たちが勝利すれば喜び、負傷すれば大丈夫かと声をかけ急いで入渠させる。 あまりに騒ぎすぎて同じアパートで暮らすお隣さんから注意されることもしばしばあった。
そんな艦隊これくしょんを始めようと、彼はワクワクしながらゲームが始まるのを待った。
その時だった……
「………? 今日は、やけに長いな…」
いつもなら数秒で終わるはずのロード画面が、この日は1分待っても終わらない。
画面が映すのはいつもの母港画面ではなく、黒一色のモニターだけ。
どうしたものか、と首をかしげていると突如モニターから鳴り出す不気味な音。
ガガッ…! ガガッ…! という音にもしかして故障したのか、と慌てて青年が顔を向ける。 そこから先は彼の記憶はなかった……
次に目を覚ました時、彼がいた場所は自宅の一室ではなくこの鎮守府の執務室。 そして、彼の周りには自分を提督と呼び嬉しそうに駆けよる艦娘たちの姿があった。
どうやら、青年は鎮守府の提督としてゲームの中の世界へ呼ばれてしまい、その時に自分は元からここの提督だという記憶を刷り込まれていたのだ。
それ以来、青年は何の違和感もなく、ここの提督として艦娘たちと共に過ごしてきた。
精一杯尽力してくれる彼女たちに、青年は少しでも報いたいと懸命に執務をこなし彼女たちを労ってきた。 同時に、艦娘たちもまた、自分たちのためにここまで尽くしてくれる提督へ上官としてではなく一人の異性として想いを募らせるようになった。
そうして過ごすうちに月日は流れ、ついにこの鎮守府にもケッコンカッコカリの指輪と書類が届いた。
艦娘たちは提督が誰を相手に選ぶのか気が気ではなく、そわそわと落ち着かない様子を見せる。
提督も彼女たちの中から、一体だれを相手に選ぶか…? そんなことを考え、ふと中の指輪を確認しようとしたとき、それを見つけた。
「えっ? これは……」
指輪の箱の下にあったのは一枚の写真。 それは、自分を中心に両親と姉が一緒に映っている家族写真だった。
全く身に覚えのない写真。 だが、それを見た途端、提督は頭を抱えうずくまった。
「うっ、ああ…! うああ―――――!!」
頭が割れるような激痛。 それと一緒に何かが流れ込んでくるような感覚。 激痛が収まった時、提督はようやく全てを思い出した。
自分が元は提督ではなく普通の一般人であること。
ここが自分の知っている世界ではないこと。
理由は分からないが、何かのきっかけで自分がこの世界へと飛ばされてしまったこと。
「そう…だ…… 俺は…この世界の人間じゃ…ない……」
痛む頭を押さえながら提督はどうにか体を起こす。 写真を手に取ってみると、裏に何か書かれているのが確認できた。
『今夜12時までに鎮守府の正門をくぐる事』
簡潔に書かれている内容に何を意味しているのか、彼は見た瞬間に理解できた。
「元の世界に戻りたかったら、この通りにしろってことか……」
確証はないが、今までの出来事を思い出せば単なる偶然とは思えない。
全てを思い出した以上、自分のすべきことは一つ。 元の世界に戻る事だった。
元の世界には自分の家族もいる。 何も言わず姿を消した自分を心配しててもおかしくない。
そうと決まれば話は早い。 提督はすぐにこのことを説明しようと皆の元へ向かおうとした、が…
「…そう言えば、なんで皆は俺が提督でいることを不自然に思わなかったんだ?」
考えてみれば、いきなり現れた見ず知らずの、それも違う世界から来た男を彼女たちは提督と呼んで慕っている。
普通に考えてもそんなことはありえない。 自分が艦娘の立場だったら突然現れた男をまず変に思うはずだ。
なのに、彼女たちはそんなことに何の疑問も抱かず自分を提督として迎え入れ、あまつさえケッコンカッコカリの相手に選ばれることを楽しみにしている。
そして、極めつけは昨日の秘書艦である赤城が呟いたあの言葉。
『提督がケッコンしてくれれば、私達はこれからも貴方の傍にいられますね』
あの時は何の気もなく聞き流していたが、今にして考えればその言葉の意味は理解できた。
「…あいつらは、俺とケッコンカッコカリをすることで俺をこの世界に縛り付けるつもりなのか…!」
そして一つの結論にたどり着いた。
自分がここにいるのは皆の仕業。 つまり、自分をこの世界に飛ばしたのは艦娘たちが仕組んだことではないのか。
はっきりした確証がない以上断定はできないが、とにかくこのことをみんなに知られるわけにはいかない。
提督はそう感じ、急いで写真の入った引き出しを戻したそのとき、扉の向こうから誰かがやってくる足音が聞こえてきた。
「まずいっ!?」
提督はとっさに引き出しから離れると、頬杖をついていつものように居眠りしているふりをして、報告にやってきた赤城をうまくやり過ごしたのであった。
時刻は夕方。
予定の時刻になるまで執務をこなしながら時間をつぶした提督は、皆に不自然に思われないよういつものように食堂へ夕食を取りに来た。
夕食時の食堂には、ざっと見積もっても100人以上の艦娘たちが所狭しと集まっており、食事を楽しんだりおしゃべりを楽しんだり明日の予定について話したりと各々自由な時間を過ごしていた。
だが、そんな彼女たちも提督が食堂に入ったとたん一斉に彼へ視線を向ける。
ある者は信頼できる上官として尊敬の視線を、またある者は一人の異性としてうっとりした表情を浮かべ、そんな彼女たちに提督も笑顔を向ける。
「ヘーイテートクー! 私達とディナーにしまショー!!」
「提督、ちょうどここが開いてますよ」
「しれぇ、雪風たちと一緒にごはん食べましょう♪」
あちらこちらから自分を誘う声に、提督もありがとうという言葉と共に手を振ってやる。 彼女たちに自分が記憶を取り戻したことがばれたら一大事、提督は自然に振る舞って彼女たちに気づかれないようにしていた。
しばらく食堂を歩いていると、急に自分の手を引く一人の艦娘。
「提督、どうぞこちらへ」
そこには、さきほど自分を起こしてくれた赤城が座っていた。
提督もまた、赤城に勧められるままに彼女の隣に腰かけたのであった。 その際周りの艦娘たちからブーイングが飛んできたが、聞かないことにして……
「ところで提督、一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「うん? どうした急に…」
提督はさっきもらってきた夕食のカレーを口にしながら赤城に顔を向ける。
赤城の方はすでに食べ終わったらしく、空のカレー皿が彼女の前に置いてあった。
「ここにもケッコンカッコカリの書類と指輪が届いていますね。 それで、提督はもう指輪を渡す相手を決めましたか?」
気恥ずかし気にもじもじした様子で提督に尋ねる赤城。
同時に彼女が質問をした途端、急に周りがしんと静まり返る。
まあ、そうなるのも無理はない。 なにせ意中の相手である提督が誰を選ぶか、赤城だけに限らず他の皆も気になっていること。 その答えを聞きたいがために、皆は一斉に二人の会話に聞き耳を立て始めた。
しかし、提督の方は頬を掻きつつこう答えた。
「…正直、まだ決まっていないんだ。 皆魅力的な子ばかりだから、どうしようかと決めあぐねていてな」
これは本心だった。
提督も元の世界に帰りたい気持ちはあるが、ゲームじゃなくこちらの世界でも彼女たちと触れ合い思い入れがあるのも事実。
記憶を取り戻さなかったら、ここで誰かと結ばれるのも悪くない… そう思っていたほどだ。
提督からの返事を聞いた赤城は、少し残念そうな顔で
「…そう言って頂けるのは嬉しいのですが、できればなるべく早く決めてくださいね。 皆、提督が誰を選ぶのか気になってますので」
「やっぱり皆は俺に早くケッコンカッコカリをしてほしいと、そう思っているのか?」
「もちろんじゃないですか! 私達は貴方の事を慕っています、だから貴方が誰を選ぶのか気になってしょうがないんですよ。 まあ、その気になればジュウコンという手もありますが、やはり一番最初に選ばれたいという気持ちは皆あるんですよ。 …私を含めて、ね……」
にこやかに微笑む赤城の顔を見て、提督は確信した。
やはり彼女たちはケッコンカッコカリをさせることで、自分を此処に縛り付けるつもりなのだと……
確信が持てた以上、彼はどうやって指定した時刻までに鎮守府の正門を潜り抜けようかと思考を切り替えた。
このまま脱出しようにも夜には外へ散歩しに行く者や、『夜戦っ! 夜戦っ!』と騒ぎまくる某軽巡がいるのでばれずにこっそり抜け出すというのは難しい。
何より鎮守府の正門は鉄の扉で固く閉ざされているので、よしんば皆の目をかいくぐっていったとしても出られるかどうかわからない。
しかし、あそこには今晩までに門をくぐれと記載されていた。
つまり、元の世界に帰るチャンスは今夜しかないということだ。
提督は考えに考え、ある一つの方法を思いついた。 そして、突然立ち上がると食堂中に聞こえるほどの大声で、こう叫んだ。
「皆、さっき俺はケッコンカッコカリの相手がまだ決まってないと言った! ただ、もう候補となる艦娘は何人か決めてある。 あとはその中から選ぼうと考えている」
「そこで、俺は今夜ケッコンカッコカリを行う相手を決めて、その艦娘の部屋に向かおうと思う。 だから、今夜は皆夜間の出撃や演習を中止して、各自自室で待機しててくれ。 誰のもとに来るかはその時のお楽しみということで、な…!」
提督が食堂中の艦娘たちにそう宣言したとたん、食堂は大いに盛り上がった。
「キャー!!」という黄色い声が飛び交い、提督はだれを選ぶんだろうと話し合う声。 さらには近くにいる艦娘同士が提督は私を選ぶと主張しあい、いろいろと収拾がつかない事態になっていた。
「提督、本当に今夜誰にするか決めてくれるのですねっ!?」
「ああ。 もっとも、それをだれにするかはその時まで秘密でな」
提督にそう尋ねる赤城。 表にこそ出していないものの、彼女もまた他の艦娘たちと同じように目を輝かせその時が来るのを楽しみにしていたのであった。
「…… よし、誰もいないな」
時刻はフタサンサンマル。
提督は執務室から出て廊下の窓からゆっくり外をうかがう。
誰一人出歩く者のいない外を見て、彼はなるべく音を立てないようにゆっくりと外へ向かっていった。
彼の狙い通り、艦娘たちは提督の言いつけを守って自室で彼が来るのを今か今かと待ち望んでおり、外を出歩く者は一人もいなかったのだ。 よもや、これが皆を部屋で大人しくさせるための作戦だとは誰も思ってないだろう……
「これで、皆にばれずに鎮守府の正門へ向かうことができる。 急ぐか…!」
皆をだますような真似をして悪い気もしたが、それでも自分はもともと違う世界の人間。 ここにいること自体が不自然なのだ。
それに家族を放っておくわけにもいかない。 そのために元の世界に帰らなければならない。
提督は自分にひたすらそう言い聞かせ、駆け足で正門へと向かった。
執務室のある中央建物を出て、前にある広場を通り抜けていく。 そこさえ超えれば、あとは正門のある鎮守府の正面口へたどり着く。
中央広場を抜けて、夜の暗闇の中からうっすらとだが正門が見えてきた。
もう少しでたどり着く。 提督がそう確信したときだった。
「どこへ行くんです? 提督…」
「…っ!?」
突然自分を呼ぶ声に驚き、後ろを振り返る。
そこにいたのは艤装を身につけこちらを見る赤城たちの姿があった。
赤城は表情はいつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべていたが、殺気じみた雰囲気を纏うその姿はまるで別人のようだった。
「私達のいる艦娘寮は向こうですよ。 通り過ぎているじゃないですか」
「いや、まだ時間があるから心の整理がつくまで散歩しようかと……」
「テートクー。 だからって、こんな暗い夜道の散歩は危険デース」
「あっ… ああ、そうだな。 じゃあ次からは月の明るいときにしようか…」
「提督… これ以上しらを切るのはやめにしないか…?」
凄みのこもった長門の言葉に提督は黙り込み、赤城は表情を崩し悲しげな顔で問う。
「……気づいてしまったんですね、提督」
「ああ… 執務机に入っていたこれのおかげでな」
提督は皆から距離を取りつつポケットにしまってあった写真を取り出した。
赤城は写真を一瞥しながらも、悲しげな表情のまま話を続ける。
「それは、貴方がここへ来たときにたまたま持っていたものだったのです。 流石に私たちの手で処分するのは忍びないと思い、隠していたのですが……」
「これがきっかけで俺が記憶を取り戻すとは予想外だったってことか。 …やっぱり、お前たちが俺をこの世界に呼んだんだな?」
提督の言葉に、無言の肯定を見せる赤城。
他の艦娘たちもまた、何も言わず暗い表情を見せるだけだった。
「聞かせてくれ、赤城。 何故俺をこの世界に呼んだんだ?」
真剣な顔で提督は今まで気になっていた疑問を問う。
赤城もまた、真剣な表情で真っすぐに提督の目を見返しながら答えた。
「それは、私たちが貴方を愛しているからですっ!」
歯が浮くようなセリフを臆面もなく口にする赤城。
そんな彼女の言葉に提督は面食らった様子を見せる。
「提督… 貴方は向こう側からいつも私たちを見守っててくれました。 海域を攻略したときはまるで自分の事のように喜び、大破したときは戦果よりまず私たちの安否を気にかけてくれた。 おかげで私たちは誰一人沈むことなく今日まで無事でいられたんです」
「そうして私たちを大事にしてくれるテートクへ、私たちがheartを奪われるのにそう時間はかからなかったのデース」
「いつしか、我々は直接提督に会いたいと願うようになっていた。 しかし、向こう側にいる提督と一緒になるなど不可能なのは分かっていた。 だが、ある日私たちにとっても奇跡と呼べる出来事があったんだ」
「…それは、一体何なんだ?」
神妙な面持ちで提督が問うと、赤城は柔和な笑みを浮かべながら懐からある物を取り出した。
「そ、それはっ!?」
赤城が取り出したもの。 それは彼の写真と本名が書かれた一枚の紙だった。 傍から見ても、何の細工もされてないごく普通の写真と紙。 だが、それが何を意味しているものなのか、彼は知っていた。
彼の故郷である街にはこんな噂があった。
それは、好きな人の名前を書いた紙を写真と一緒に持ったまま5日間過ごすと、6日目にその人との恋が成就するというおまじないだ。
彼の小学生時代にも、このおまじないを試そうとクラスの女子が何人も好きな子の写真と紙を持っていたことがあった。 もっとも、このおまじないを試して実際恋が成就した女子はいなかったそうだが……
「昔、提督がこのおまじないについて話していたのを聞いて、私もせめて気分だけでもと思いこれを試したんです。 そしたら、本当に提督がこちら側の世界に来てくれたんです! このおまじないが、私達の望みをかなえてくれたのです!」
赤城は両手を大きく広げ、これ以上ないほど嬉しそうな顔で話す。 目に大粒の涙を流しながら、彼女は心から嬉しそうに叫んでいた。
「それで、私達は決めたのデース。 これからは、提督が元いた世界に帰らないように私たちの誰かとケッコンしてもらい、ずっとここにいてもらおうッテ…」
金剛もまた、笑みを浮かべながら提督に近づいていく。 楽しげな表情とは裏腹に、彼女の瞳は徐々に濁っていく。
「すまないが提督、貴方を此処から出すわけにはいかない。 大人しく捕まってもらうぞっ!!」
濁った瞳で長門は提督を睨み、捕まえようと駆けだしてきた。 提督もすぐに正門へ行こうと走り出したが、
「逃がさんっ!」
長門は提督の行く先へと主砲を放ち提督を足止めする。 彼の目の前に着弾した砲弾は派手に爆発し、周囲に爆風と煙をまき散らす。
「くっ、このままじゃ捕まってしまう!」
提督は、咄嗟に煙にまぎれて正門の脇にある建物。 工廠の裏へと身を隠した。
時間が経つとともに少しずつ晴れていく砂煙。 しかし、そこに提督の姿はないことを知ると、
「提督がいないデース!!」
「提督め、今の煙にまぎれて隠れたなっ!」
「金剛さんと長門さんは他の子たちに連絡を! ここは私が見張ります」
赤城の指示に金剛と長門はお互い頷くと、すぐにこのことを伝えるべく艦娘寮の方へと向かい、正門の前には赤城が艤装を構えながら仁王立ちで陣取っていた。
あれからどれくらい時間が経ったか。
提督は未だに工廠脇に隠れたまま赤城の様子をうかがい、赤城は正門を離れることなく辺りを警戒していた。
向こうの方では長門たちから話を聞いたのか、大勢の艦娘たちが提督を探し回っている。 幸いこちらまで探しに来てはいないが、ここへ誰かが探しに来るのも時間の問題だった。
「どうやら他の奴らも探しに来たみたいだな。 それに対してここにいるのは赤城一人だけ… 逃げるなら今しかない…!!」
ガタンッ!
「…っ!!」
突然工廠の建物脇から飛び出した影。
赤城は即座に艤装の矢を向け影を狙い放った。
赤城の放った艦載機は非殺傷性の鎮圧弾を影目掛け放ち、それは見事に影に命中したのだが、
「これは…ドラム缶っ!?」
提督かと思ったそれは、鎮圧弾を受けてあちこちへこんだ古いドラム缶だった。 予想外の出来事に動揺する赤城。 そこへ別の影が飛び出し、正門とは反対側の方へ逃げ出していった。
「…っ! 逃がしません!」
ドラム缶に気を取られている隙に飛び出した影を逃がすまいと赤城は後を追う。 そして誰もいなくなった正門前の広場で…
ガコンッ!
ドラム缶の蓋を蹴り開け、提督は身を乗り出した。
古いドラム缶だからか服のあちこちが汚れていたが、提督はそんなことに構わず辺りを確認すると安堵の息を漏らした。
「ふう… うまく妖精たちが赤城を引き付けてくれたみたいだな。 今のうちに早く正門へ向かわないと…!」
提督は赤城が去っていった方に目を向けるが、すぐに正門の方へ走り出した。
息を切らせながらもどうにか正門の前にたどり着くが、分厚い鉄の扉がしまっている。
一体どうやって開けようか? 提督がそう思いながら扉に手を付けたとき、
「…えっ?」
すんなりと扉は動き、人一人が通れるほどの隙間ができた。
困惑しながらも、提督は扉をくぐる。 その瞬間、提督の目の前がまぶしく光り出し、彼は意識を失ったのであった。
その後、彼が目を覚ました場所はいつも自分が過ごしているアパートの一室だった。
どうやら、提督は無事に元の世界に戻れたらしく、そのあと知り合いから聞いた話によると、彼は向こうへ行った日から半年ほど行方不明になっており、家族や警察も足取りがつかめず困っていたとのことだった。
彼は今まで世話をかけたことを家族に謝ると、再び元の生活へと戻っていった。
それから、彼はあれ以来『艦隊これくしょん』に手を付けることはなかった。
確証はないが、またあのゲームを始めたら再び向こうの世界へ飛ばされ、今度は戻ってこられなくなる。 なんとなくだが、そんな予感がしたからだ。
艦これ世界から元の世界に帰ってきて1年以上が経ったある日。 彼は仕事が遅くなりくたくたの体で家へ帰ってきた。
いつもは自炊している彼だが、流石に今日は疲れているので食事を作る余裕はない。
彼は家を出ると、近場にあるレストランへと足を運んでいった。
店に入ると夕食時だからか、どこも席が埋まっていて空いてそうな場所は見当たらなかった
どうしようかと彼が頭を抱えていると、店員は相席でよろしければ一つ空いていますよと提案してきた。
彼は了承し、店員の案内の元その席へとやってくると、4人席用の大きめのテーブルに一人の女性が腰かけていた。
上品そうな物腰に、黒の長い髪をした女性だった。 長い髪が顔にかかっているせいで、女性の顔ははっきりとは見えない。
彼は相席してもいいですかと尋ねると、女性は小さく頷く。 青年はお礼を言って女性の向かいの席に腰かけると、不意に女性が彼に声をかけてきた。
「…あの、もしよろしければ少し私の話に付き合ってもらえませんか? 料理が来るまで時間があるので…」
おずおずと尋ねる女性に彼はいいですよと気さくに返事を返す。 相席を承諾してもらったお礼に彼女の話に付き合ってあげようと思ったのだ。
女性は嬉しそうに口もとで笑みを作り、自分の事について話し始めた。
「私、元はある海軍に所属する軍人だったんです。 でも、そこで出会った上官を好きになって、いつしかその人と添い遂げたいと思うようになりました。 でも、その人は自分には戻る場所があると言って、私達の元を去っていったんです…」
「それでも、私は諦めきれずどうしようかと考え、そして思いついたんです。 なら、私も彼の元へ向かえばいいと」
彼女の話を聞くうちに、彼はかつての出来事を思い出し、背筋が寒くなってきた。
いや、原因はそれだけじゃない。 何せ、話をする女性の声に彼は聞き覚えがあったからだ。
彼の頭が必死に否定しようとする。 いるはずがない… あいつが… あいつがここにいるなんて、絶対にありえない…!!
「本当はね、気づいていたんです… 貴方がドラム缶の中に身を隠していたことも、あれが私を引き付けるための罠だったことも。 でも、私はどうしても他の子たちに貴方を取られたくなかった。 だからあえて手引きしたんです、向こうでまたあなたに会うために…」
嬉しげに話す女性の言葉を聞き、青年はようやく気付いた。
あの時、写真の裏のメモを書いたのが一体誰かということに…
どんどん血の気が引き、青年の体は震え出す。
そんな青年へと、女性はゆっくり顔を上げる。
「ねえ、貴方はどう思います? このようなことをしてまで愛しい人に会いに来た私をどう思います?」
「聞かせてください。 提督…」
青年の向かいに座る女性……赤城は、黒く濁った瞳で震える青年を見つめながら、にっこりと微笑むのであった。