「なんだと?」
俺の目の前にいる女性――織斑千冬、世界最強の女は困惑していた。
それよりも俺は少し戸惑っていた。なぜなら、先ほどこの最強の女と戦い、そして互角まで持ちこめていたのだから。相手が世界最強と知っていたらもう少し、慎重に動いていたかもしれない。
にしても俺もかなりの人外になっていたらしい。あの最強と渡り合えるほどまで強くなっていたとは思いもしてなかった。と言っても彼女は専用ISではなかったみたいだが。
「そう。ちーちゃんの力なら、なんとかできるでしょ?」
ニコニコしながら織斑千冬に尋ねるのが我らが束せんせー。というかどうしてそういう流れになったし。
「束せんせー? どうして俺はIS学園なんぞに入らなきゃだめなんだ?」
そんなところに拘束されるとなると色々と不便になりそうな気がする。
確かに束せんせーとの契約で
「なんでかって言われるとね。その方が都合がいいんだよ。
「ふーん。どのあたりが? 俺頭悪いからわからないんだー教えて束せんせー」
「ふふん。では説明してあげよう!」
ここで俺が頭悪いと自虐を入れておくことで、『え? きょーくんはそんなこともわからないのー?』という無駄な会話をキャンセルするという技を発動させてもらった。
約2年半も一緒にいるとこれくらいのことならなんとなく予測できるようになった。
といっても、なんとなくなのだが。
「きょーくん今日やったこと覚えてるよね?」
「う……まぁそりゃあ……」
公衆の前でISを晒しながら女脅したり、現在進行形で研究所に突撃したりしてました。しかし後悔はしていない。束せんせーとの訓練が終わったらやろうと決めていたことなのだから。
「とりあえず、束さんが人工衛星などの映像はジャックしておさえました」
「おおー」
ぱちぱちぱち。と適当に拍手をする。
「でも、多分もうきょーくんの存在は政府に届いている。なんでか……わかる?」
「……公衆の面前でISを晒したりしたから……か?」
「そう。いくら束さんでも
それは多少の数だったら記憶を消すことができるともいうわけなのだろうか。
ならば、最初にあったときに殺す。っていう選択肢をつきつけなくてもよかったのではないだろうか。
それも脅しとして言っていただけなのかもしれない。流石束せんせー黒い黒い。
「そこで学園なんだよ」
「んん?」
「衛星による追跡は束さんが今は足止めしてる。だから、きょーくんの居場所はまだつかめていないはず。だから今のうちに
「でも俺は学校で勉強だなんて嫌だぞ」
「追われながら暮らすのと。学園の中で暮らすのだったら、どっちの方が自由だと思う?」
「む」
「学園にさえ入ってしまえばあとは自由だと思うよ? 授業に出ても出なくても男性操縦者なんて、保護っていう名目で絶対に退学になんてしないからね。それに休みに校外に出ても何も言われないよ。まぁ狙われることはあるかもしれないけれどね。きょーくんの強さなら問題ないよ♪」
「いえーーい!! 俺学園入る!!」
「さっすがきょーくん! 話わかるね! というわけでよろしくね、ちーちゃん」
「なにがよろしくだこの馬鹿」
「あべし!?」
今まで黙って話を聞いていた織斑千冬に突然話を振る束せんせー。そしてまたチョップを食らっている。
この2人の関係はどうなってるんだろうか。
「お前は、私がこいつをさぼらせるとでも思ってるのか? 第一学園だってこいつをそんなに自由に行動させるとも思えん」
おや。織斑千冬は俺を学園に入れるには入れてくれるらしい。意外と良い人だ。
「んーとね。きょーくんはちーちゃんが思ってるよりも、ずっと強いよ。だって、まだきょーくんは
「なに?」
「いっくんと、他のもう1人の男。結構な力があるらしいよね。ちーちゃんでも手におえない時があるんだよね?」
「……なぜ知ってる。というのはお前には愚問か」
「うんうん。そういうこと。きょーくんの力があればその男も抑えることも出来るしね。ちょっとくらいのことなら学園側も目を瞑ってくれるんじゃないかな?」
よく話がわからない。一体学園にはどんな奴がいるというのだろうか。しかも、あの世界最強でも手に負えない程の力を持つ操縦者だなんて。
……いい響きだ。
「力で勝てないわけじゃないんだ」
唐突に心を読んだかのように織斑千冬が言った。
「私だって四六時中そいつを見張ってるわけにもいかないわけだ。現状やつを抑えれるのは私と生徒会長くらい。正直人手が足りてないのも事実だ」
なるほど。それは大変なことだ。
と言っても、生徒会長とはいえ織斑千冬より強いというわけではないだろうし、少し期待外れだ。
「それじゃあこれからの予定を――」
束せんせーの言葉は最後まで続かなかった。
「いたぞ! あそこだ!」
「男性操縦者を発見しました!!」
「!? 隣にいるのは、束博士!!?」
……あれ、どうしてここに追手がもう迫っているのだろうか。さっき束せんせーがもう少しの間ならまだ大丈夫だって言ってたような気がするのだが。
そう思い束せんせーの方を見ると、露骨に目をそらされた。おい。
「少し、気配を見てみるか」
言って少し集中する。
これは訓練しているときに身についたもので、周りの50メートルくらいならば人の気配を感じることができる。
それにしてもなんでこんな力が身に付いたのだろう。
ちなみに、50メートルというのは束せんせーと実験した結果である。
「なるほど。研究室の奴らが通報したらしい。やってくれる」
じと目で束せんせーを見ながら言う。
「うー! 仕方ないじゃん! 天才束さんでも玉には失敗することだってあるんだよ!!」
「逆切れしないでくださいよ」
さて、この状況はどうするべきか。
まだ近くには近付いてきてはいないが、人が約50人くらい集まってきている。
こうなった以上俺の居場所どころか束せんせーも少しは危ない状況なのではないだろうか。一応指名手配とかされてたような気がするし。
ならば。
「全員殺すか」
とりあえずここの奴らさえ消しておけば、情報は洩れることはないだろう。
衛星とか俺たちを追跡してこようとするのは、きっと束せんせーがなんとかしてくれるはずだ。
ならば、俺は目の前の邪魔なのを消せば――――
「その必要はないね」
「あん?」
「逆にこの状況を利用させてもらおうよ」
「どういうことだ束」
織斑千冬も束せんせーに問いかける。以心伝心というわけではなかったらしい。
「とりあえず、1回捕まろう。きょーくんが」
「え」
それから色々とあった。
まず、束せんせーはあの後すぐにまた姿を消した。と言っても俺との回線は話せるようになったままだったが。
なのでそこから指示を出してくれた。
もはや全てにばれてしまったのなら、もう隠さずに世間に出てしまおう。というのが束せんせーの作戦だった。
束せんせーが姿を消したのは、本当にすぐのことだったので、最初は俺も織斑千冬も驚きはしたものの、混乱はしなかった。束せんせーならもう何をしたって不思議ではないと俺は思っている。
束せんせーが姿を消すと、50人近くの人の半数は束せんせーを探しに。もう半数は俺に詰め寄ってきた。
そこからがまた大変だったのだが、隣にいた織斑千冬が取り計らってくれたおかげでなんとか話合いにもちこめた。
もちろん俺は織斑千冬に感謝の念を抱いたわけで、一応今度からは織斑せんせーと呼ぶことにした。ちなみに礼を言ったら親友に頼まれたから一応。との返事が返ってきた。これは、ツンデレというやつではないだろうか!
そして三日後。記者会見が開かれた。俺の。
何言ってるかわからない? 俺もわからない。
どういうことか3人目の男性操縦者というわけで、色々と世間様は俺のことを気になっていたらしく、カメラの前でかなり質問攻めにあった。
たとえば篠ノ之束とはどこで知り合ったのか。篠ノ之束とはどういう関係なのか。
ISをどこで手に入れたのかだのなんだの。
その当たりの質問には俺は答えていない。いや、答えていないというわけではないのだが、
答えは簡単。束せんせーのアドバイス通りに俺がそのまま話しただけ。簡単に言うとでたらめである。
そこら辺は頭の悪い俺には向いていないので、全て天才様に任せることにしたのだ。おかげで色々と俺は楽をしていたわけなのだが――――その後に大変なことが待っていた。
IS学園へ入学するための資料を書く作業だ。
これは困った。何が困ったというのは親族のサインが必要な部分である。
何せ、先方も俺ももはや家族などとは思ってはいないわけで、そこにあの母親がサインなんぞしてくれるはずもなく……いわば未だに保留の状態なのである。
どうも俺にISでの勝負に負けたのが響いているらしい。確かにISを斬り裂くのはやりすぎた気もしたが、俺は悪くない。あんなことを言われたら後先なんて考えられない。むしろ相手を殺さないようにした俺をほめてほしいものだ。
まぁ無理だろうけど。
それと、これはあんまり関係ない話なのだが。とある問題が出て来た。
問題と言ってもそんなに重要ではないのだが、1つここに報告させてもらう。
夜。寝付き悪くなった。
それだけだ。しかし俺にとっては結構な問題なのだ。
約2年半寝ないで(と言っても体感的にだが)過ごしていた俺は、どうやら身体が寝るという行為を忘れてしまったらしく寝るに寝れない。
ちなみにこの3日間はずっと起きたまま過ごしてきている。一応ベッドに入り、目を瞑ったりと色々と試してはいるのだが、あまりうまくいかない。
うまくいかない原因の1つにこれもある。
例の危険察知能力だ。
目を瞑ると周り50M程度の範囲しか動きを探れないはずのこの力が、なぜかそれよりも範囲を広げるらしく、どうでもいい動きまで感じ取ってしまうようだった。
要するに、周りが気になって寝れない。
しつこいが、あの束せんせーとの修行中はいつでも何か危険なものが飛んで来る状況であり、周りで何かが動いていると気になって仕方がなくなってしまったのだ。
というわけで目を開けながらベッドに横になっているわけなのだが、やはり眠気は一向にこない。
こんな状態で俺の身体は大丈夫なのだろうか。一応病を患わっているわけだし。
――――と。
「はろはろー。きょーくん元気してたかな」
束せんせーが現れた。神出鬼没とはこの人のようなことを言うのだろう。
「なんのようですか」
「病気っ子なきょーくんに送りものだよ」
そう言って束せんせーは赤い蓋のついた瓶をこちらへと投げてきた。慌ててベッドから起き上がり投げられたものを掴む。
中を確認すると白と赤の色が半々に分かれているカプセル型の薬のようなものが入っていた。
「これは?」
「きょーくんの病気の症状を抑える薬です。一応毎日飲んでも大丈夫だと思うよ。飲んでおく?」
「…………いや」
……どうしてだろう。束せんせーのことは味方とは思ってないけど、協力関係としては
「……そう」
興味なさげに束せんせーが言った。不服らしい。
それもそうだろう。俺の為に一応作ってくれたらしいものを試してくれてないのだから。
悪いとは思う。でも――
「ごめん。束せんせー……。俺は
「最初に信じるな。って言ったのは束さんだからね。仕方ないっていえば仕方ないんだけどね」
やれやれ。というようなジェスチャーを束せんせーはしていた。
申し訳ないとは思う。でも、俺は
寿命を告げられたとき。俺は医者の話はほとんど頭に入ってきていなかったから、症状なんて知らないし、どんな病名かなんかも知らない。
でも束せんせーは俺が寿命で死ぬということを知っていた。その方法はきっと違法なもの。
もしかしたら、もしかしたら俺は本当は病気ではなく、束せんせーの駒になるために、束せんせーにそう仕組まれているのではないか。そして、この薬は微量の毒が入っていて、俺を本当に病気にさせるための物ではないかと疑ってしまっている。
最低かもしれない。だけどこれが俺。北条恭弥とはこういう人間なのだ。
「ま、症状が出てから飲んでも大丈夫なようにしておいたからね。違和感を感じたらすぐに飲んでおくことをお勧めするよ」
「……はい」
そういうと束せんせーはベッドに腰掛けて俺の方に近付いてきた。うつむいていて、表情が見えない。
「なんですか」
「私ね……実はね。きょーくんのことが……」
え。何この展開。束せんせーが顔を上げ、頬をそめながら接近してくる。
束せんせーの左手が右手に絡まさせられ、身動きが取り辛くなる。その間にも束せんせーは近付いて来て……、
「大好きなんだ♪」
ドン! という音が響いた。
束せんせーの言葉と同時に鳴らされたのは銃声音。
出所は
もちろん、俺がその腕を左手ではじき飛ばさなければ
「うんうん♪ やっぱり束さんはきょーくんのことが大好きです♪」
「やっぱり、
「ここ最近はあまりこういうことがなかったからね。いい刺激になったでしょ?」
「ああ、十分すぎるよ」
銃声のせいか、周りが騒がしくなってきた。
それもそうか、世界で珍しい男性操縦者の周りで銃声が聞こえたのだから。
「それじゃ、束さんは元の場所に戻るよ。困ったときは束さんを頼ってくれていいんだよ?」
「そうさせてもらうよ」
その言葉を残し、束せんせーは虚空へと消えて行った。一体どんな技術を使っているのだろうか。
しかし、そんなことを考える間もなく、部屋に護衛さんたちが入ってきた。御勤めご苦労様です。
皆が皆大丈夫ですか。怪我はありませんか。などと問いかけてくる。見た目を確認すればわかるだろう、という言葉が出てきそうになったが抑える。
説明は単純で、簡潔に伝えよう。
「襲撃された」
そこからの対応は早かった。俺は翌日にIS学園に入れられた。
とは言っても、学生としてではなく、保護という名目で。一応まだ親族の許可は取っていない……というのは建前らしく、俺のIS技術が高いから本当に学生として入学させていいのかという議論が起こっているらしい。
まぁ、世界最強(手加減状態)と同等に戦う程度の力しかありませんよーだ。
そして、現在俺はIS学園の敷地内にいる。敷地内と言ってもまだ学園の外。
政府の関係者はIS学園に着いてすぐに、帰ってしまった。ここから先はIS関係者以外は立ち入り禁止だとかなんとか。
事前に織斑せんせーの所に行くようにと指示はもらっているので、とりあえずはそこに行くことにしよう。
しかし、俺は力があるから織斑せんせーの場所まで行けるとは思うが、地図くらい渡してくれてもいいのではないだろうか。うむむ……。
現在時刻は夜の8時くらい。辺りは結構な暗さである。
「ちょとあんた」
「ん?」
話かけられた。後ろを振り向くと、少し背が小さ目な少女が立っていた。はて、いつの間に近付かれたのか。気付くことができなかったのはその小ささの所為だろうか。
「なんだ」
「ここはIS学園よ。なんで男のあんたがこんなところにいるのよ」
3人目の男性操縦者がいるという発表があったのは3日前。そのことを知らなくてもおかしいことはないので、素直に答えることにした。
「俺は、3人目の男性操縦者だ。一応今日からここに通うことになったらしい」
「へぇ。ニュースで見たわそれ。あんたがそうなのね」
彼女は珍しそうに俺を見てくる。なぜか普通に話しかけてくれる女性が久しぶりすぎてかなり違和感がある。どうやら俺の感覚はそうとうおかしいみたいだ。
俺のそんな考えを知らない彼女は少し笑いながらこういった。
「私は凰鈴音よ。よろしくね、3人目の男性操縦者さん」