気合いを入れる為に声を張り上げたりしない。
そんなものは必要ないからだ。必要あるものはただ単純に力のみ。
力が足りなければ
黒いIS――次からはVTと呼称する。に向けて北条は全力で突撃する。
接近には1秒も掛からない。ラウラには悪いが多少の揺れは我慢してもらおう。と北条は全力で右の白剣を振るう。
先ほど屋上で1撃を与えたときの様子から、相手の動きが鈍いということは確認済みだ。
だから北条は相手の剣ではなく、本体目掛けて一気に剣を振るった。のだが、
VTはその動きに反応した。
北条の白剣を防ぐように、VTも剣を振るったのだ。
剣1本しか使っていなかったのならば、ここで終わっていただろう。しかし、今は2本持っている。
それは無理矢理だった。
左から右へと振るった剣の衝撃を利用し、今度は反対方向に回転しながら黒剣を振るう。
これは当たった。しかし、ダメージを受けたのは北条の左手だ。まるで壊れない壁を叩いたような衝撃。
痛みを堪えながら、北条は左に回転を続けてVTとの距離を取る。くるくると3回転程しただろう。
地面に着地したと同時。北条は走り出す。
1刀流と2刀流の違いは、手数の違いだと北条は考えている。
北条は普段1本しか剣を使わないのは、単純に束に命令されているからであり、決して1本の方が強いからというわけではない。
1本の時の方がかなり弱体化していると言ってもいい。
例え剣を1本しか使っていなかったとしても、北条は両手持ちをすることがない。いつも片手は空いたままだ。
北条恭弥の剣は、威力の重さに重点を置いていない。彼が大事にしているのは速さだ。1つの重みよりも複数の軽さで勝負している。……のだが1刀流のときは手数が少なくなるので、どうしても重さに頼る場合が出てくる。
しかし、今は2刀流。
この状態での実践は、あの虚数空間以外では初めてだった。
『……気を付けて、さっきより速さが格段に上がってるよ』
わかってる。と心の中で言って北条はそのまま斬りかかる。
右の白剣でVTの剣をはじき、左の黒剣で斬る。
北条が見えない一撃の一歩手前程度の速さで、VTの剣を叩いた。全力ではないとはいえ、かなりの威力があるものだった。
しかし、VTの剣はそこに静止したままだった。まるで、北条の1撃がなかったかのようだ。
「んなっ」
思わず北条は声をあげた。ぴくりとも剣が動かないのだ。いや、
VTの力には勝てない。そう直感した北条は身を捻ってVTの剣を受け流した。左周りで回転し、そのまま相手を叩くつもりだった。
だがそれも防がれる。先ほどの屋上で1撃当てられたのは、一体どうしてだったのだろう。と疑問を抱く程にVTの力は大きくなっていた。
『さっきまで動きが悪かったのはまだ起動してから間もなかったから、なのかな。とりあえずわかってることは、当たったらただじゃ済まないってことくらいかな?』
「1撃くらい耐えてやるよ」
それでも耐えて1撃。
北条は1撃は耐えれても、その次は無理だと確信した。
だから、奴の攻撃は躱すしかない。
でも、攻撃を撃ちこみ続けていればその必要はなくなる。
攻撃は最大の防御とも言われているのは、こういう事態があるからなのだろうか。
北条はとにかく剣を振るった。
先ほど言ったように、北条は2刀流の利点は手数だと思っている。
もはや威力は求めていない、速さだけの剣。
VTは剣を1本しか持っていない。北条はそれよりも1本多く持って戦っている。
しかし、VTは未だに北条の攻撃を許さない。
北条は見えない1撃を使用してはいない。なぜなら、それは連発できるような
『……きょーくん。それじゃあ埒が明かないよ。せめて"
「無線?」
新しい言葉におうむ返しに答えた。しかし、ニュアンスが違う。
『そ。きょーくんの見えない1撃ってあるでしょ? それに名前を付けてみたのです。束さんが名付け親だよ! かっこいいでしょ!』
「んなのはどうでもいいわ! つか、人がこんな! 戦闘中に! 変な技名付けられても! 困るわ!」
『……うう、必殺技は名前があった方がかっこいいのに……』
「知るかーっ!」
心からの叫びだ。
叫ぶと共に気合いを入れて、VTに向けて剣を振るう。わかってはいたが、それは簡単に防がれてしまった。
戦闘を開始してから、まだ3分程しか経過していないが、北条はかなり疲労が溜まって来ていた。
でも、
「……ッ!」
それでも北条は動く。
きっと、いや絶対にラウラを助けるまでは北条は止まらないだろう。
それに、やっと攻撃を当てる手段を思いついたのだ。
北条は攻撃をやめた。
剣をそれぞれ真っ直ぐに構えて、突撃する。
VTはそれを見て、真上から北条を潰そうと剣を上から振り降ろす。
それはとてつもない速さだった。北条の見えない1撃改め、"無閃"と同等程度の速さを持っているだろう。
でも、北条の危険察知の前ではそんな速さは無意味。
紙一重でその1撃を躱す。
そして、そのまま北条はVTに対して抱き着くかのように接近する。よく見ると、何時の間にか北条の手からは2本の剣が消え去っていた。
そう。北条の
VTとの距離はほぼゼロとなっている。
今VTは剣を振り下ろしたばかりなので、この状態で防ぐことは不可能。
北条が剣を1本の時でさえ、かなりの連射力があったこの力。
2本になっただけで単純に2倍のダメージを与えれるはずだ。……VTの硬さは、かなりのものを誇っていたので油断はできないが、ダメージを与えることはできるだろう。
まず攻撃を始めて北条が感じたのは、両手に来る衝撃。
ラウラを傷つけるわけにはいかないので、彼女が飲み込まれた場所から少し上の辺りを攻撃しているが、かなりの衝撃で段々と位置がずれてしまいそうだ。
それでも、北条はぐっと堪えた。
攻撃を行ったのは、2秒くらいだろうか。
しかし、当てた攻撃の数は3ケタを超えただろう。
VTは突きの威力で吹き飛び、地面へと倒れ土煙が舞った。それの所為でVTの姿が見えなくなる。
「やったか!?」
『んなっ!?』
声を上げたのは束。北条の攻撃に驚きでもしたのだろうか。
『落ち着いて聞いて、きょーくん』
「どうした」
まだ戦闘中だ。
北条は早口で答える。土煙でよくわからないが、まだ相手を倒しきっていない可能性もある。
『あのVTのエネルギーは
「……は?」
『つまり、中途半端な攻撃じゃ銀髪の命を削るだけ! 大きな技でさっさと終わらせないと銀髪の命がなくなる!』
「それって! どういうことだ――」
北条が言い終わることはない。
土煙の中からVTが出て来た。北条は束との会話に集中していたせいで、反応が少し遅れた。
その少しで手遅れだった。
VTが剣を振りかぶっているのを、北条は見た。気がした。
「うごっ……! あがっ……!」
あまりにもの衝撃で変な声が出た。
北条は右と左の剣を交差させ、その1撃を防ぐことには成功していた。それは意識してやったことではなく、ただ単に身体が動いただけだった。
もし、その行動がなければ北条のISエネルギーは全て無くなっていただろう。
しかし、防いではいたがエネルギーの30%は減った。それほどの衝撃だった。
『こんなのまともに戦って勝てるわけないよきょーくん! ここはちーちゃんといっくんを呼んで手伝ってもらうべきだよ!』
北条の様子を知っているからか、束はかなりの早口で話している。
手をがくがくさせながら、VTの1撃に耐えている北条にはその声に答えることはできないのだが。
『いっくんを呼ぶのは零落白夜1発でISを斬ることができるから。ちーちゃんを呼ぶのは説明しなくてもわかるよね!? というよりもう呼ぶからね!!』
今の束は北条の身を案じてしかいない。この戦いによって、北条が
北条はそのことを知らない。
でも、北条がそのことを知っていたとしても、同じように答えただろう。
「どうでもいいよ。ラウラは俺が助けるからな……!」
ラウラに助けて。とは言われなかった。
でも、VTに飲み込まれる前にラウラは北条の名前を呼んでいたから。ただ、それだけで助ける理由は十分だった!
無理矢理身体を捻ってVTの1撃から脱する。
重い1撃が地面に激突し、轟音が響く。
北条はVTから、かなり距離が離れた位置まで下がる。下がる、というより上に向かって逃げたと言った方がいいだろう。
しかし、VTは追ってこない。
先ほど攻撃を仕掛けて来たことを考えれば、決して待ちの状態で居続けることはないはずだ。
それなのに、一向にこちらに向かってくる様子はない。
「まさか、空中戦はできない。のか?」
束の返答はない。
千冬や一夏に連絡をしているらしかった。
束の答えが無ければ、北条は自信は持てないが空中には来ないと仮定した。
先ほどの連続の突き攻撃で、VTの機体に傷を与えたことは空中から確認することができた。しかし、それも徐々にだが修復されているようだ。束の言う事が正しければ、ラウラの生命力を使って。
ぎゅっと北条は両手の剣を握りしめた。
やることは決めた。あとは、腕を捨てる覚悟をするだけだ。
2刀流で"無閃"を連続で放つ。虚数空間では、その力で何十機、何百機もの無人機を斬り裂いてきた。
あの馬鹿みたいに硬いVTにどこまで通用するかはわからない。
わからないなら、通用するまで放つまでだ!
『すぐにちーちゃんといっくんが来てくれるって! きょーくんがそんなに無理する必要なんてない!』
心配してくれる束の声を北条は聞いた。
でも、もう北条はVTに向けて突撃を開始している。止まる理由なんてない。
"無閃"の連続攻撃。
VTの剣に対して、"無閃"を当てて弾くことが出来るのかは試していなかったが、"無閃"を使えば弾くことは可能だったらしい。
VTの剣は弾いた。あとは、連続突きで傷つけた場所を集中的に狙うだけ。
見えない1撃、とはいえ放っているのは人間だ。
そこまで連続して放つことはできない。北条が4発"無閃"を放ったところで、VTは剣を構え直す。構え直したところで、それはすぐに弾かれるのだが。
VTに北条の攻撃を防ぐことはできかった。VTは北条が"無閃"を放つことをやめるまで、抵抗することはできない。
40発、50発ほど放ったところで、北条は限界を感じた。
VTの傷はかなり広がっている。だが、まだラウラを引きずり出すことは出来ないだろう。
北条は左の黒剣をVTに無理矢理突き刺す。これで、傷を修復させることは困難になったはずだ。逆に考えれば、ラウラの生命力が永遠と使われることになるのだが、北条は迷わない。
VTはやっと攻撃が終わったか。と言った風な感じで剣を構え直した。
北条は実感した。ラウラを助ける為には、ただの"無閃"では不可能だと。
ならば、どうすればいいか。
簡単なことだ。限界を
「……はぁ」
息を吐く。
よくここまで"無閃"を放つことが出来たな。と北条は自分を褒めた。
両腕は痛いし、ISのエネルギーはもうすぐ底を尽きそうだ。
でも、不思議と緊張感はなかった。自信しか湧いてこない。
そして、
北条恭弥。彼の最強の技は完成した。
その1撃に音はなかった。
その1撃に衝撃はなかった。
その1撃に動きはなかった。
ただ、事実のみが残る。
VTは横に斬り裂かれ、あまつさえVTの剣すら真ん中から斬り裂かれていた。
限界を超えたその1撃の名は、"
その1撃を放った直後、北条のISエネルギーも丁度切れた。
「ラウラっ!」
北条は全力でVTに向かって走る。走るのだが、うまく身体を動かすことが出来ず、辿りつくのに少し時間がかかった。
そして、斬り裂かれた場所からラウラがどこにいるのかを確認し連れ出そうとして……、
VTの手、さらにいうなら剣を持った方の手が動いていることに気が付いた。
まだ、VTは動いていたのだ。
剣は真ん中から折れているとはいえ、立派に凶器として使えるだろう。
それに対して、北条は生身だ。ISのエネルギーももうない。部分展開さえすることのない北条に、抵抗することなどできない。
剣は北条の左肩に当たった。当たったというよりも突き刺さったというのが正しい。
北条は後ろに倒れる。
なぜか後ろに倒れていく中、北条の思考だけは加速していた。
後ろに倒れている速さが遅く感じる。
でも、遅いからと言って、何もできない。
北条恭弥からISを取ったら、何もない。
北条恭弥という人間は、ISというものしか取り得がない。
彼からISを取ったならば、ただの平凡な少年。という評価しか残らないだろう。
頭もよくない。顔もあまりよくはない。運動だってISが無ければ良いとはいえない。性格だって悪い方だろう。
そんな人間だ。
そんな人間だけど、
そんな人間だけれども!
1人の少女くらい、助けることができるはずだ!
北条は自分の後ろに、白い翼が生えていることに気が付いた。
そして感じた。
意識が急速に覚醒する。
左肩の傷なんて関係ない。
近いうちに死んでしまう自分の身など知ったことか!
"音無"で邪魔なVTの腕を斬り落とした。
そして斬り裂かれている機体に手を突っ込み、ラウラを掴むことに成功した。
両手を機体に突っ込み、無理矢理ラウラを抱えて外へ連れ出す!
「うお……らああああああああああああああ!!」
気合いと共に空中に飛び出す。
後ろから生えている白い翼がとても綺麗に光っていた。その姿を見る者がいたら、北条の機体が白いこともあって、それを"天使"と表現したかも知れない。
地面に向けて急速に落下。翼を1度はためかせ、勢いを落としてから地へと降りた。
腕の中にはラウラがいる。
呼吸をしているし、心臓も動いているので、一先ずは安心できるだろう。
「全く……苦労をかける同居人だ」
ラウラがいないと眠れない北条言える台詞ではないのは明らかだったが、周りには誰もいないのでそれを咎める声はない。
いつの間にか北条のISエネルギーは切れていた。白い翼も消えていた。
でも、そんなことを気にすることはない。
一夏と千冬が近付いて来ていることは感じているので、もうすぐ安全になるだろう。
北条が右手でぎゅっとラウラを抱きしめて、左手で彼女手を握る。
ラウラが、とても小さい力だったが、手を握り返してくれたことに安心して、北条は意識を手放した。
あとは、他にお任せだ。