結果からいうと、織斑一夏は北条恭弥に1撃で敗北した。
試合の合図とともに、一夏は北条に向かって突撃。
しかし、そんな真正面からの攻撃に北条は当たらない。
例えどんなに速い攻撃であっても、北条はその攻撃が来る場所、タイミングがわかってしまうのだから。
北条にとって
これがもし、左右上下自由に移動できるものであったのなら、
正面から近付いてくる一夏の剣を確認して、北条は左方向に少しずれて回避した。
零落白夜の1撃は、北条が戦って来た相手の中で1番の攻撃力があったと言えるが、北条はそんなことには気付かない。いや、気付けない。
彼の危険察知の力は、大小関係なく自分の危険に対して働くものだからだ。その攻撃の力が大きくても、小さくても。その能力は変わらない。
零落白夜を躱した北条はそのまま不可視の1撃を一夏に対して放った。
――――その1撃で試合は終了した。
一夏はその事実をまるで他人事のように感じていた。
いつ自分が攻撃されたのかがわからない。
攻撃を食らった衝撃は感じた。だが、その攻撃は見えなかった。極端に言えばその攻撃が、剣によるものだったのか。それとも、銃で撃たれたのか。もしくはただ単純に殴られたものなのか。それすらもわからなかった。
北条も驚いていた。
まさか、1撃で終わるとは思っていなかったからだ。
相手が友人だったとはいえ、勝負で手加減するのは相手を侮辱するような感じがしたので、北条は一夏に対して全力で相手をする……つもりだったのだが。
たったの1撃。不可視とはいえ、ISを壊さないように注意した1撃で勝敗は決定してしまった。
山本一哉はにやり。と笑みを浮かべていた。
その笑みに気付く者は誰もいない。周りの生徒たちは全員一夏と北条の試合結果を見て、茫然としているからだ。
やっと、やっと北条恭弥の不可視の1撃を回避できるかもしれない方法がわかった。
一哉は認めたくはないが、北条の力がかなり大きいことを認める。そうしなければ彼には勝つことができないから。
一哉は転生者だ。この世界が小説だということを知っている。だから、この世界がどういうものかを知っている。
彼の中の目標は、原作の主人公――織斑一夏のハーレムを壊すこと。あとは、この世界でやりたいことをやる。
ただそれだけ。ハーレムを壊したい理由は、単純にあの鈍感野郎を嫌悪しているから。やりたいこと、というのは、そのまま気分のままに過ごすこと。
織斑一夏のハーレムを壊すことは少しだが成功している。篠ノ之箒とセシリア・オルコットを彼に惚れさせないことには成功していた。
しかし、凰鈴音は
そもそも、一夏、鈴、恭弥の3人での行動が多かったために手を出せなかったと言った方がいいかもしれない。
そもそも、北条恭弥という原作にはいなかった人物が出てきてしまった時点で、一哉の計画は狂ってしまった。
原作よりも多い無人機の襲撃。しかも、原作の中よりも強化されているように感じられた。
それなのに、前回の無人機の襲来で彼は5体中2体を1人で撃破。さらに箒と協力してだが合計で3体破壊している。
一哉は1体も1人では倒せなかったのに対して、相手は3体も倒している。
しかし、北条恭弥が無人機を3体も倒せたのはあの不可視の1撃のおかげだ。それも、連発して使用できるような物ではない。ということを前回の出来事でわかった。
つまり、不可視の1撃さえ躱すことが出来たのならば、十分に勝機はあるということ。
北条恭弥攻略の糸口は、僅かに見えてきた。
北条はがっかりしながら地上へと戻った。
あまりにも呆気なく終わってしまった。
しかし、それは少し考えればわかったことだ。
織斑一夏はまだISに触れてから、まだ間もないのだから。
北条は現実世界では、一夏と同じ程度の操縦時間だが、あの束の空間では2年以上乗り回しているのだから。
織斑先生がこちらを複雑な顔で見ていたが、何も言ってこなかったので北条も黙っていた。
それにしても、周りの視線が痛い。
それも、『この人なんでこんなに強いの?』というような物ではなく、『何織斑クン倒してんのよ』『調子乗ってんの?』みたいな視線の気がする北条。
……こりゃまた嫌われるなー。
などと考えていると、授業が再開されていった。
――ISの授業は楽でいい。
そんなことを思いながら、北条はのんびりと食堂で過ごしていた。
ISの実技の授業は、あのあとは何となく過ごしているうちに終わった。
女生徒たちからは嫌われているようだが、北条は気にしていない。友人が1人でいればそれで満足だったからだ。
あの試合のあと一夏とは話をしていないが、仲が悪くなったということはないだろう。
問題は普通の授業だろうか。北条は実技での問題はないが、座学はさっぱりわからなかった。
ISの条約などは束に教わっていないので、授業のほとんどがわからない。
「ところで、お前は何で俺と飯食ってるんだ?」
朝に一緒に2組に配属された銀髪の少女。北条は特に彼女のことを気にしていなかったので、名前をはっきりと覚えていなかった。
「お前の周りは人が少なかったからな」
確かに北条の周りに生徒たちの姿はない。
原因は嫌われているか、男性操縦者というわけで話しかけずらいのか。というよりも男自体が苦手な生徒もいるだろう。
北条は嫌われているからだろうと予想していた。
「……そうか」
しかし、周りに人がいないからという理由ならば仕方がないだろう。それに、無理に会話することもない。
というわけで、北条は黙々と食事を続け、正面に座っている銀髪の少女もそのまま黙って昼食を食べていた。
会話をする必要はないのだが、正面に座られていると、北条は嫌でも目に入ってしまうので、様子が気になってしまう。
「……どうか、したのか?」
「……いや」
じっと向こうを見すぎたらしく、あちら側に不思議がられてしまった。少女のきょとん。とした顔が可愛かったので、返事をするのに少し時間がかかったのは秘密だ。
それにしても、ここの食堂はいつもおいしい。
学園に来るまでは自炊していたが、自分で作るよりも食堂の料理の方が10倍はおいしく感じる。機会があれば、食堂のおばちゃんに料理を教わってみるのもいいかもなー。とほのぼのと北条は考えていた。
北条は昼食を食べ終わったあと、すぐに教室に戻ってきていた。
誰かと会話するわけでもなく、ただ椅子に座って、机にだらーと伏せていた。
教室に鈴の姿はない。1組に一夏がいるかもしれないが、あと5分もしたら授業が開始されるので、わざわざそちらに行くのも面倒だ。
なので、北条は1人クラスでだらけているのだが。
(……意外と5分長い……!)
誰とも話さず、かつ何もしていないという状況は思った以上に北条を苦しめていた。
こんなことになるのだったら、食堂で銀髪の少女ともう少し会話をする努力をしておけばよかったなどと後悔。教室にはあの銀髪の少女の姿はまだ見えない。
あまりにもやることがなかったので、北条は教科書を読むことにした。
しかし、全く理解できなかった。
「ぐへぇ……」
あまりにも暇だからはやく学園に通いたい。
なんて思っていたときの自分を殴りたい。
北条は本気でそんなことを考えていた。
1日の全て授業が終了し、北条は机に伏していた。
元々頭の悪い北条には、実技以外の教科はまるで理解ができなかった。まるで知らない言語で授業を受けているような気分だ。
気晴らしに一夏に会いに行こうと1組の方へと向かったが、既に一夏たちはいなかった。
北条が教室内をきょろきょろと見ていると、「おりむーたちならアリーナにいるよー」というのほほんとした感じの声が教えてくれたので、北条はアリーナに向かうことにした。
ところで、なぜ北条が一夏を探していることがわかったのだろう。
何だか騒がしい。
適当に近くにいた生徒に何があったのか尋ねると、今日一緒に転校した少女が一夏に喧嘩を売ったとか。
そこで何故か近くにいた一哉が乱入して転校生と戦っているらしい。
いや、なんでお前が戦ってるし。
喧嘩売る買うはまず置いておくとして、なぜ相手は一夏ではないのだろうか。
まぁいい。
とりあえず、折角ここまで来たのだから観戦しに行こう。
……騒がしい理由がわかった。
一哉が転校生を嬲っているからだ。……転校生っていうのもあれだな。今度名前を聞いておこう。今はとりあえず銀髪ちゃんとでも呼んでおこう。
嬲っていると言っても、銀髪ちゃんのシールドエネルギーが切れている状態というわけではないのだが。
……しかし、あれは完璧に手加減して遊んでいるだろう。
一哉が接近すると、銀髪ちゃんが何かをしているのか、それとも一哉がわざとなのか判断に迷うが、銀髪ちゃんの少し手前で停止。
そこから一哉が背中からエネルギー弾を銀髪ちゃんに向けて射出。すると、一哉が動き始めて武器も使わずに顔面に向けて殴る。
それの繰り返しだった。
その間、銀髪ちゃんはワイヤーや遠距離攻撃など使用し、応戦してはいるものの動きが単調すぎて簡単に躱されている。
最初はこんなに酷い物ではなかったかもしれないが、この一連の流れを断ち切ることが出来ずに焦っているのかもしれない。
あ。
どうやら銀髪ちゃんのシールドエネルギーが切れてしまったらしい。
彼女は地面に降り立ち、ISを解除していた。
「……は?」
なんと一哉はまだ攻撃をやめていなかった。
生身相手にISを使って攻撃を行っている。そこまで彼女に何か恨みがあるのだろうか。
しかし、なぜ周りは彼のことを止めようとしないのだろうか。教師働け。
そんなことを考えていたのだが、なぜか俺の身体は動いていた。こういうのは俺のキャラじゃないと思うんだけどな。
なにせ、この前は俺が生身の一般人殺そうとしていたわけだし。
……今日は一夏と温い対戦のせいで鬱憤が溜まっている。ということを理由に一哉くんに相手してもらうことにしよう。
一哉は北条が接近してきていることに気付き、武器をそちらの方へ向ける。
回転しながら勢いをつけて、北条は一哉に斬りかかる。
速さはあまりなかったが、衝撃は重かった。一哉はその場から数センチ後ろに下がりながら衝撃を受け止めた。
そして、一哉は北条を押し返すように武器を横に振るが、そこにはもう北条はいなかった。
1度一哉の動きを止めた北条は、彼を無視するような形でラウラの元へ向かった。そこで彼女を片手で抱えて一哉から距離をとった。
その間、ラウラは何も抵抗してこなかった。
「何のつもりだ。北条恭弥」
「どういう状況かは知らないけど、このまま続けていたらお前とはいえ退学になるんじゃないかと思ってね」
ま、嘘なんだけどね。と北条は呟く。
剣を持った手の調子を確かめるように、くるくると北条は剣を振り回す。
「確かに、やりすぎたかもしれないがな……!」
一哉はそのまま北条たちの方へと襲いかかる。
北条はラウラを横に降ろして、同じように突撃。
剣と剣がぶつかり合い、ガキン! ガキン! という音がアリーナ内に響く。一哉は北条を倒そうと攻撃的に。逆に北条は攻勢に出ることはなく、防御に徹していた。
「どうした? ……てめぇの見えない斬撃は使わないのか?」
「必要ない」
ぴくっ。と一哉の眉が動く。
つまり、北条にとっては一哉に対して本気を出すまでもないという意味なのか。
「舐めてんの――」
『君たち一体何をしているんですか!?』
教員の言葉が割り込んで来た。
今更かよ。と北条はやれやれと肩をすくめた。
「……」
「なんていうか。タイミング悪いと思わないか?」
「次はないぞ……!」
「えー」
そう言って一哉は一夏たちの方へと向かって行った。
北条が周りを確認すると、大半の生徒がこちらを見ていた。一体なんなのだろう。これではまるで悪いことをしたみたいではないか。
北条は気分が悪くなったので、アリーナから出ることにした。
どういう状況だったのかは、あとで一夏か鈴にでも訊ねてみようと考えながら。
北条が歩くその後ろには、ラウラがとことこと付いて来ていた。
アリーナの中で動きを見せているのは、北条とラウラ。その2人だけだった。