事件の収集がつくのにそう時間はかからなかった。
北条と箒が相手をしていた無人機の他の機体は、それぞれ一哉とセシリア、一夏と鈴に片づけられていた。
幸いにも負傷者はゼロ。しいて挙げるのならば、北条の腕が少し痛くなった程度だろうか。
北条たち6人は、相手が無人機だったことを口外するのを禁じられ、特に褒美をもらうこともなかった。
少しだけ北条はその対応に疑問を持ったが、気にしないことにした。
ISに乗れて久しぶりにストレス解消ができたので、自分への報酬は十分だったからだ。
一夏たちも何か文句を言っているわけではないので、それでいいのだろう。
それにしても、散々なイベントだったな。と今更ながら北条は振り返る。
無人機の介入のせいで、クラス対抗戦は中止。戦闘で破壊されたアリーナの修復には数日かかるようで、しばらくの間使用できないようだ。
一般の生徒からしてみれば、散々な結果だろうが北条にはあまり影響はない。
アリーナが使えないとしても、北条はISを使うことは禁止されているので意味がない。
クラス対抗戦が中止になったところで、クラスに属していない北条は優勝賞品をもらうこともない。
そんな北条は今、
「ふふふ、自由だあああ!!」
学園の外に遊びに出ていた。もちろん無許可である。
周りの目を気にせず叫び、少しだけ満足した北条は歩きはじめる。
もはや周囲の目など気にしないことにしたのだ。学園にいれば常に珍獣を見るような目で見られ、顔も良いとは言えない北条は女学生には気に入られてはいない。
例外といえば、鈴や箒、セシリアなどが挙げられる。
普段他の男と関わりあうことが多いからなのか、北条に対しても普通に接してくれる。とは言っても、鈴以外はほとんど挨拶程度のものではある。
『楽しそうだねきょーくん』
そんな北条に声がかけられた。
その主は北条の近くにはいないのだが、すぐ傍で話しているように感じられた。
北条はポケットに手を突っ込み、携帯電話を取り出した。
電話が鳴っているわけではないが、北条は携帯を耳にあてて……、
「もしもし。おう。楽しいぜ」
『なるほど。携帯を使って擬態してるんだね。少しは頭がよくなったのかな』
「まあな。流石に何もせずに独り言っていうのもちょっとおかしいだろ?」
『さっき奇行に走っていたのは誰だったのかな』
「さぁ? 誰だっけ?」
『…………』
「その無言やめてくんね?」
電話をしている振りをしながら北条は町を歩く。今のところ自分に危険が向かっている気配もないので、しばらくの間は誰にも気付かれないだろう……と思う。
今日の目的は漠然としているが、おいしいものを食べたい気分だった。
学園の食事がまずいわけではない。むしろ美味しい。それでも、たまには外の食事を楽しみたいことがあるのだ。
「なんか美味しいご飯食べれるところわからない?」
『そんなこといきなり言われても……』
「ちっ、使えない天才だ」
『ひどい!?』
とはいえ腹が減っているというわけではないので、がっつり食べる物ではない方がいいだろう。
手頃な物、アイスクリームなどが売っているお店はないかと北条は探し始めた。
『…………ところできょーくん。
「唐突だな。しかし、
『そういえば、内容を話していなかったね。これは束さんの失態だ。失態失態』
楽しそうに笑う彼女の言葉をBGMに、北条は目的の店を探索する。BGMと言っても、ちゃんと内容は把握している。
『簡単にいうと、エネルギーの無限化。だよ』
「無限化?」
聞きなれない言葉に北条は歩みを止めて束に確認を取る。
『そうそう。シールドエネルギーを無限にするの。つまり、ISを無限に動かすことが出来るようになる』
「無敵じゃねぇか」
『うん、無敵だよ。だから、
「なるほどね。ま、気軽にやるさ」
『真面目にやってくれないと困るのはきょーくんなんだけどね』
「ん?」
『だって、ゆっくりだったら死んじゃうんだよ?』
「ああ。そういえばそうだったな」
『そういえばって……呑気だなぁ』
「はは、悪い。でも、頑張ってみるよ」
『本当かな……?』
「ああ。今は結構楽しいしな。学園に監禁されてはいるが、それはそれで面白味がある。それに、束せんせーには感謝してるからな。一応」
『一応って言った!? なんでそこで一応ってつけるの!? それ必要ないよね!』
「ああもううるさいな。黙れよ」
『DVだっ!?』
言って北条は携帯電話をしまった。これ以上は束と話さないという意思表示である。
束側からでは、その行為が見えないはずだが、それ以降北条に話しかけてくることはなかった。
電話を切ってからさらに3分程歩いたところに、アイスクリームが売っているお店があったので、そこで北条はバニラ味のアイスを買うことにした。
単純イズ ザ ベスト! と心の中で思いながらアイスを購入して近くの椅子に座った。
アイスクリームをぺろぺろと舐めながら、北条は目を瞑った。
これにより北条の危険察知能力が高められ、さらには周囲の動きまでわかるようになる。
これと言って危険は迫って来ている様子もない。安心して目を開けたところで――――織斑千冬が立っているのを見つけた。
「!?」
幸いにもあちらはこちらには気づいていない様子だった。
とはいえ、まだ安心できる状態ではない。
北条が許可を取って、外出しているのだったら何も問題はない。だが今回の北条は許可を取っていないので、見つかった場合どうなるかは火を見るよりも明らかだ。
危険察知能力どうしたーッ! と心の中で叫びながら、北条はその場から一刻もはやく立ち去るべく立ち上がった。
立ち上がったところで、
「なんであんたみたいな男が椅子に座ってるの!!?」
今度は面倒なのがきたーッ! と声には出さないように気を付けながら北条は心の中で叫んだ。
目の前にいるのは、30代くらいの女性だった。この女も女尊男卑社会崇拝者か。と軽蔑しながらも、今はそれどころではないことを思い出す。
今の騒ぎで織斑千冬は確実にこちらに気が付いている。気配でわかる。
無理矢理にでもここから立ち去った方が、災難から逃れることが出来ると判断した北条が逃げ出そうとしたところで、
「貴方みたいな男がいたら周囲が穢れるでしょうが! 何を考えているの!」
気が変わった。
目の前の女をぶちのめすことにした。
周囲を一瞥する。男たちは申し訳なさそうな顔をしながらも、関わらないように足早に立ち去って行く。
これは仕方がない。
人間誰だって自分が可愛い。人のことを助けようとするお人良しなどそうそういない。
女共はそもそも興味すらないらしい。北条の方を気にする者は誰もいないようだ。
世界は全然変わっていなかった。
3人目の男性操縦者が現れているにも関わらず、世界は未だ女尊男卑のまま。
はあ……とため息をつきながら、右手に持っていたアイスクリームを投げ捨てた。そしてそのまま右手を女の正面に向ける。
目で視覚することすら出来ないはやさで剣を展開して、女を貫くつもりだった。
が、女に向けられていた手は優しく掴まれて、ゆっくりと女の方向から逸らさせられた。
「失礼。私の生徒が何か迷惑を――」
織斑千冬が北条の手を引き、言いかけたところで女の表情が一気に変わった。
絶叫に近い声で、
「ひっ! 織斑千冬!? てことはこの男はIS操縦者!?」
そう言って駆け足でどこかへと消えてしまった。
「人の話は最後まで聞くべきだと思わないか?」
「ええ……まあ」
千冬に手を掴まれて、逃走することも出来ない北条はびくびくしながら返事を返す。
「とりあえず、移動しよう」
「は、はひ……」
心の中でお仕置きされるー! と絶望しつつも千冬に抵抗することなく付いて行く。
手を繋いだままなので、抵抗することも出来ないと言った方が正しいかもしれないが。
「災難だったな」
しばらく歩いて、織斑千冬がそう切り出した。
「まあ、慣れてますから。大丈夫です」
顔を逸らしながら、北条は敬語で答える。なぜか織斑千冬が相手だと北条は敬語になってしまう。
「それにしても、何故君は外にいるんだ?」
「…………えーと」
か細い声で北条は間を持たせながら、何と言うかを考える。
素直に外に遊びに来ていたというか。用事があって外に来ていたと嘘をつくか。迷ったのは数秒で、正直に告白することにした。
「遊びに来てました」
「はぁ……、許可書は?」
「出てません。無許可です」
「だろうな。全く、次からは許可を得てから外に行け」
「……許可でないじゃん」
「私が出してやるよ」
「本当?」
「嘘は言わん」
なんだか今日の織斑千冬は優しい。そんな風に北条は思った。
それにしても、一体いつになったらこの手を放してくれるのだろうか。
「だが、今日のは反省文だ」
「うげ……」
「1枚で勘弁してやろう。だから安心しろ」
「反省文書くってだけで安心など出来ない!」
しかし夜になってもやることはないので、これは良い暇潰しになるかもしれない。
それに1枚なのだから、甘んじて受けることにした。
「織斑せんせーは何してるんですか」
「私か? 私は前の事件の事後処理さ。政府のお偉い人に報告だ」
「何それ怠そう。にしても、織斑せんせーは大変ですね」
「教師は皆そうさ。そうだ、お前に朗報がある」
「なんです?」
「学園で勉学に励む権利が与えられたぞ」
「それはそれは、一体どういう経緯で?」
あの母親が、こんなあっさりと認めるとは思えなかった北条は織斑千冬に尋ねる。
「簡単だ。授業中に今回みたいなことが起きた時にも、対応できる人員を1人でも確保しておきたい。というだけだ」
「なるほど。親の意思は関係ないってことですね」
「そういうことになる」
「クラスはどこになるんですか? やっぱり織斑せんせーのクラス?」
「それは、来週まで楽しみにしておけ」
「来週……てことは、学校生活は来週からか。はぁ……ここに来て焦らしプレイとかレベルたか……」
「ふ。楽しみにしておくがいい」
独り言のつもりだったので、普段の口調で言ったが織斑千冬はこれにも答えてくれた。
「ところで、この手はいつまで握ってるんですか?」
「学園に着くまでだ。お前が逃げないように、な」
「ぐすん」
学園に帰る途中の姿が、他の人から恋人同士に見られていたことに2人は気付いてはいなかった。