憑依魔王の契約者   作:こんこん

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第2話

 見渡す限りの蒼。それが、今日この日の空の色だった。

 

 夏特有のうなだるような暑さにセミの喧しさが加わり、むしゃくしゃした気持ちで頭の中がいっぱいになるけど、それでも我慢しながら私は万理亜と共に駅前に続く通りを歩く。

 

 

 「……」

 

 

 東城迅という男が私たちに接触してきたのはつい先日のことだ。

 

 私を狙う現魔王派の手から逃れるために逃亡生活を続けていたところ、夜の街で今宵の寝床を探そうと、万理亜と相談していたら、フラッと唐突に話しかけてきたのが切っ掛けだった。

 

 もし仮に魔族相手だとしたら戦って迎撃していた所であるが、相手は一見すると人間の男であったため、私はいつものように誘導の魔法をかけて東城迅の意識を別のものに反らした。これはあくまで客観的な見解であるが、私の容姿はそれなりに整っている部類に入っているらしく、こうして夜の街を出歩いていると、このようにナンパをかけられることが多い。

 前世の男としての経験から、男が女性に対して性欲を抱いてしまうことに対して理解自体はしているつもりだし、否定するつもりもない。しかし、それでも肉欲の対象にされてストレスが貯まるかどうかで言えば話は別だ。男としての自分に引きずられて、男の人に好意の視線を向けられても嬉しく思えないというのもストレスに拍車をかけているのかもしれない。

 こうした面倒な輩はこうして魔法で意識を反らすことで、相手をせずにやり過ごしている。前までは万理亜がやってくれていたのだが、今では些細な魔法の鍛錬も兼ねて私が自主的にやらせてもらっている。

 それに私は魔族に狙われる身であり、下手に周りの人間を巻き込まないことを考えると、他人との関わりを可能な限り断つのは当然の決断だった。

 

 こうしてこの日は東城迅をやり過ごしたのだが、驚いたことに別の日、再び彼が現れ、私に話しかけてきたのだ。

 この時は『こんな偶然があるんだ……』と思いながら、再び彼に誘導の魔法をかけたのだが、次の日、また次の日になっても彼は変わらず私を見つけ出し、話しかけてきた。

 

 いくらなんでもおかしいと違和感を覚えた私は万理亜に相談し、彼の()()を確かめようと人気のない場所に彼を誘き寄せ、一度攻撃してみようとした。魔族が私を騙し、接近しようと言うなら望むところ。塵も残さず殺してやるつもりだった。

 

 

 『あー、ちょっと! ちょっと待ってくれ!!』

 

 

 虚空に無数の攻撃魔法を展開した私を見て、東城迅は切羽詰まったかのように手をブンブンと振ってきたが、構うものか。もし相手が人間だったとしたら、怪我を癒して記憶を消して何も言わずに立ち去ればいい。相手が魔族や敵だとしたらこのまま攻撃魔法を無数にぶつけて殺せばいい。第一、魔族だとしたら攻撃すれば本性を現してくるはず。

 

 とにかく油断してはならない――それはこの半年に及ぶ逃亡生活のうちに学んだことの一つだ。

 

 そんな考えのもと、私は東城迅に攻撃を放ち――次の瞬間、私の放った牽制用の魔法は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 『な……』

 

 

 牽制とはいえ攻撃の魔法を太刀筋で相殺された事に思わず唖然としてしまう私を余所に、右腕に白銀の籠手のようなモノと同じく白銀の大剣を召喚した東城迅は苦々しい笑みを浮かべながら私に向かって言ったのだ。

 

 

 『まさかいきなり攻撃されるなんてな……お嬢ちゃん、俺はお前の味方だぜ?』

 

 

 これが魔族と対をなす元・勇者の一族最強の男――『戦神』東城迅との出会いだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 五年前の()()()()で『里』を追放されたらしい東城迅は、ここ最近、私の本当の父親にして魔王であるウィルベルトが死んだという情報を入手すると同時にその一人娘である私の情報も入手していたのだそうだ。

 

 

 ――今のところ味方はおらずお嬢ちゃんは八方塞がり……こんな時こそ勇者の出番だろ? ……とは言っても『元』だけどな。

 

 

 そう言ってワッハッハと笑うこの男はどうも心が読めない、何とも言えぬ胡散臭さが炸裂していたが、私と万理亜も知らなかった情報も教えてくれた。

 

 

 ――今、お二人さんは『里』から準S級監視対象に定められているんだ。

 

 

 魔族の脅威レベルに合わせたランク付けがあることは万理亜からも聞いていた。だが、自分たちが準S級――上から三番目のランクに位置づけられていることは知らなかったので、驚きを隠せなかった。

 

 

 ――まぁ、消滅対象になっていないのはまだお嬢ちゃんが先代魔王から受け継いだ力に目覚めきっていないというのも勿論あるが……それ以上に騒ぎを起こしていないのが大きいだろうな。

 

 

 その事に関しては細心の注意を払ってきた。常に移動を繰り返し、魔族の襲撃があった際は人払いの結界を張り、万が一、戦闘を見られた場合はその記憶を消去し、周りを巻き込まないようにしてきたのだ。

 けれども私の魔力がどうしても0に抑えきれない以上、逃げ切ることはできない。いつ強大な魔力を持つ追手が現れて、周囲の人間を巻き込んでしまうということも限らない。

 

 ……とまぁ、ここまで長ったらしく回想してきたが、この東城迅という男の言葉を要約するとつまりは。

 

 

 ――このままじゃ、お二人さん、死ぬぞ。俺は一族から追放された身だから勇者も糞も関係ない。だから保護させろコノヤロー。

 

 

 ということだ。

 

 

 「……」

 

 

 冗談じゃない、と思った。私たちに関わるリスクを理解しておきながら尚、関わりを持とうとするなんて正気の沙汰じゃない。

 だから「お断りします」と言おうと思ったのだが、東城迅には「保護させてもらえるまで何時までも纏わりつくぞ」と言われたらもうどうしようもない。東城迅に私の誘導の魔法は効かず、逃げ切れるはずもないのはもはや明確なのだから。

 

 それに彼の目がまだ欲望の見え隠れする悪意に満ちた目だとしたら、張り飛ばしてでも断ることができたのだが、東城迅の目が混じりっ気なしの完全な善意から来るものであったのだから……たちが悪い。

 

 ゾルギアにお父さんとお母さんを殺されて以降、あんなにも善意に満ちた視線を向けられたのは初めてだったから――。

 

 

 「……」

 

 

 今日、この炎天下の中、わざわざ出歩いているのは、この日、改めて私たちの境遇について話し合いを行うため。駅前のファミレスが集合場所だった。

 

 

 「大丈夫ですか、澪さま? 今からでも……」

 「あの男の実力はあの時、嫌になるくらい思い知らされたわ。逃げ切ることが不可能ってことくらい、万理亜も理解できてるでしょう?」

 「しかし……」

 

 

 尚も尻込みする様子の万理亜。無理もないだろう。万理亜の話では勇者の一族は長らくの間、万理亜を含めた魔族と敵対してきた一族である。穏健派の魔王であるウィルベルトの登場によってその争いに一端の終止符を打ったものの、まだ信頼関係を築けるほどの相手ではないことには変わりはないはずだ。たとえそれが『元』だとしても。

 

 

 「そろそろこの人間界に拠点が必要だったことも事実だし、ここは話に乗るしかない。まだ完全に信じたわけじゃないけど、仮にも勇者の一族を味方につけられるのだとしたら、頼もしいことこの上ないでしょう?」

 「それはそうですが……」

 「それに万が一あの男が私たちの敵だった場合は――」

 

 

 ――殺す。

 

 その言葉を耳にした万理亜は私の胸のうちの覚悟を読み取ってくれたのか、表情を引き締めるともう何も言わなかった。

 

 

 「ごめんね、万理亜。私の我が儘につき合わせちゃって」

 「いえ、私の役目は澪さまの護衛……澪さまが覚悟をお決めになられましたのなら、私はその後に続いていくだけです」

 「……ありがと、万理亜」

 

 

 そうしている内に待ち合わせ場所のファミレスが見えてくる。

 その出入口で一度、立ち止まり、深呼吸。意を決して足を進めると自動扉がスッ、と開き、中から冷房がキンキンに効いた空気が私の肌に刺激を与えてくる。

 聴き慣れた電子音が耳を叩くや否や、一人の店員が私たちのもとへやってきた。

 

 

 「いらっしゃいませー。何名様ですか?」

 「あの、待ち合わせなんですが」

 「待ち合わせですか。少々、お待ちください」

 

 

 おそらくは先に待ち合わせの客がいたかどうか確認しに向かったのだろう、店員が店の奥に一旦消えていったのを見逆らって、私は万理亜に耳打ちする。

 

 

 「……ちょっとトイレ行ってくるから、よろしく頼むわね」

 「わかりました」

 

 

 いや、なに、さっきの深呼吸で緊張をほぐしきれなかっただけ。

 

 私は店の奥にあるトイレに向かう。このファミレスのトイレはどういった訳か男女共同で、トイレの横の壁にはこんな張り紙がしてあった。

 

 

 (『鍵をしっかり掛けてください』か……)

 

 

 男女共用で、トイレ中に鉢合わせることになったら気まずさを越えて色々とマズイのは明確であるから注意書きがあるのは当然といえば当然か。

 

 トイレに入った私は鍵を閉め、蓋を一枚持ち上げると便器に腰を下ろし、用を足す。

 

 

 「ふぅ……」

 

 

 用を足し、パンツを持ち上げようとしたところで、それは起こった。

 

 

 ガチャッ。

 

 

 「えっ」

 

 

 鍵をかけたはずの扉がいきなり開いたのだ。そして扉の向こうには茶髪に緑色の瞳を持つ一人の青年が――口をパクパクした状態で、顔を真っ赤に染め上げた状態で固まっていた。ああ、鍵を()()()()かけてくださいって、そういうこと――。

 

 あの張り紙の本当の意味を悟った私は自分の不注意さにため息を吐こうと息を吸い込んだところで。

 

 

 「っ――ちょっと待ってくれ!」

 「んむうっ!?」

 

 

 何を思ったか目の前の青年がパニクった状態で私に飛び掛かってきた。

 口を押えられた私は、思わず驚きの声をあげてしまう。

 

 

 「怖がらせてすまないけど、頼む――どうか暴れずに聞いてくれ。この状況は故意じゃない。悲しい事故で、誤解なんだ……」

 「……」

 

 

 唐突に弁解を始める青年の慌てふためくその様子を見て、多分、ため息を吐こうと息を吸い込んだのが、悲鳴をあげられるのと勘違いしたんじゃないかなーと勝手に検討をつける。

 

 ここで誤解を生まないように説明するが、この状況で悪いのは鍵のしまりが悪いのに、しっかりと確認せずに用を足した私だということだ。強いて言うなら、この青年はトイレに入る前にノックをしておくべきだったと言えるが、今言ったところでそれはもう後の祭りだ。

 

 これが仮に私が()()()女の子だったとしたら、そんなことも考えずに被害者意識満載で悲鳴の一つや二つあげていただろうが、男としての前世の記憶がある分、目の前の状況に幾分か冷静な状態でいられた。

 

 鍵を閉めた(と思い込んでいた)はずのトイレにいきなり他人が侵入してきて驚いたのは確かだが、あくまでも驚いたというだけの話で、決して目の前の青年が考えているであろう事は考えていないし、行動に移そうとも思っていない。

 

 故に私は静かに口を押える青年の手を掴むと、「大丈夫、大丈夫だから」と言ったニュアンスでコクコクと頷いて見せる。

 そこまでやって、ようやく青年はおそるおそる抑えていた手を退けてくれた。

 

 

 「……誤解っていうか、ちゃんと鍵をかけていなかった私が悪いんだけど……こんな密室で女の子を抑え込んで、弁解に弁解を重ねるのは男の子としてどうかとも思うわ」

 「ウッ……それは……」

 

 まぁ、目の前の青年の気持ちもわからないこともないというか、痛いほどわかるので、もうこれ以上は何かを言う気はないけど。

 

 

 「とにかく鍵がちゃんとかかっているかどうか確認しなかった私も悪かったんだし、これでお仕舞い。この事は綺麗さっぱり忘れましょう――」

 

 

 ――お互いに。

 

 そう言葉を続けようとしたその時だった。聞き覚えのある、あの男の声が聞こえてきたのは。

 

 

 「――ん? 何をしてるんだ、二人共?」

 

 

 トイレの扉にいたのは先日出会い、今日この場所で待ち合わせをしていたあの男――東城迅であり。

 

 

 「親父……」「迅さん……」

 「「えっ?」」

 

 

 この男を親父と呼んだこの青年こそが――東城迅の一人息子である東城刃更であった。……って。

 

 

 (息子がいるなんて聞いてないわよ――!!!)

 

 

 私の心の絶叫が聞こえたかのように東城迅は「あれ、そうだっけ?」といったニュアンスの笑みを浮かべるのだった。


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