侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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「侍女のアリィは死にたくない」を書く際、私はイメージソングとしてダンガンロンパ未来編、絶望編のOPとRe:ゼロからはじめる異世界生活の第2期OPを聞きながら書いています。

というか、この3曲のOPのアリィ版パロディ映像がすでに頭の中で流れています。
さすがに動画にするスキルがない・・・!


第9話 顔を剥がされて死にたくない

ある危険種の話をしよう。

 

彼らは、きわめて臆病だった。

森の奥地にひっそりと生息していたが、敵も多い。

だからこそ彼らには身を守るすべが必要だった。

 

共生関係というものをご存知だろうか。

別々の種の生物が、互いの利益になる相互関係を持ちながらともに生活する現象が共生である。

 

彼らもまた共生関係を持つに至った。

自分の力で自らを守れないのなら、他の生物の力を借りる。すべては生き残るために。

 

そして彼らが共生関係をもったのは、ある細菌であった。

その細菌は繁殖能力が弱かったのだが、彼らの体内に寄生することで爆発的な繁殖能力を得ることができた。

一方彼らは、細菌が敵の体内に入り込み、脳内で意識操作を行うことによって自らの身を守ることができるようになった。

 

代を重ねることで、彼らと細菌は完全にひとつの存在となった。

生まれたときから彼らの身には細菌が生息しており、危険が迫れば相手に感染させる能力を得た。

 

この危険種の存在を人間が知ったのは、すでに一通りの進化が終わった後である。

彼らの存在を知らなかった人間は、彼らに襲い掛かった。

身を守るためなのか、狩りとして肉や毛皮、爪を得るためだったのか。そこまではわからない。

あくまで、記録に残っているのはその顛末だけである。

 

 

 

 

 

集落がひとつ、一匹の危険種によって消滅した。

 

 

 

 

 

多数の犠牲を経て、ようやく人間は彼らに危害を加えようとすること自体が危険だと気づいた。

それと同時に、彼らは危害を加えようとしなければ何もしない臆病な生物であることも判明した。

うかつに手を出せば大きな被害をもたらす爆弾のような存在。

後に彼らは生物学の発展に伴い、獰猛でないにせよ大きな被害が起きる前例から特級危険種に分類された。

 

これが、「最も臆病な特級危険種」、パンデミックについての話である。

 

 

 

 

 

 

 

現代・宮殿の一角。

 

「あははは! 待てー!」

 

アリィは三獣士ニャウに追いかけられ、廊下を逃げていた。

まずはいたぶることにしたらしい。ニャウはあえて、アリィより少し速いくらいのスピードで追いかけていた。

 

捕まったら顔の皮を剥がされる。ショック死してもおかしくない。出血多量で死ぬかもしれない。

それがアリィには何より恐ろしい。

他の兵士を頼ろうにも、いない。これは後で知るのだが、帝具使い二人の戦いに参加などできない彼らは対処のできる者に伝達するため、そして他に巻き込まれるものが出ないよう動いていたのである。

 

しかしそれを知らないアリィは、一人で対処しなければならないことに焦りが募っていた。

宮殿にいるニャウがなぜ自分を追いかけれられるのか。不思議ではあったがおそらくエスデスと共に帝都に戻ってきた一人なのだろうと推察した。

 

ならば仕方ない。

アリィが普段宮殿で歩き回って撒き散らした瘴気は、通常はアリィの近くに一定時間いないと十分に感染しない程度の濃度なのだから。

 

 

 

 

 

だから、死から逃れるためにアリィは帝具の力を引き出す。

 

 

 

 

 

「イルサネリアァァァ!!」

 

彼女が叫ぶと同時に、彼女の首に巻かれている黒い首輪――死相伝染イルサネリアから高濃度の瘴気が噴き出した。

イルサネリアの能力は、大きく3段階にわかれる。

まず1段階目が「瘴気伝染」。首輪から瘴気を噴き出し、相手に感染させる。この能力は常時発動のため普段から微小なりとも瘴気を発しているが、今のように危険が迫れば高濃度の瘴気を発生させることもできる。範囲は時間をかけて広がっても部屋ひとつ程度と広くないが、もしかしたらより危険に陥ると範囲も広がるのではないかとアリィは考えている。もちろんそんな危険にあいたくはないので試したことはない。

 

「うわっ!?」

 

急に瘴気が現れたのでニャウはあわてて飛びのく。

毒ガスか? いや、違う。

アリィがその中を平気で走っていくのを見て、ニャウはこれが煙幕の類だと判断した。

 

「ちっ、面倒だなあもう!」

 

侍女風情が、エスデスに仕える三獣士たる自分を僅かでもひるませたのがニャウには癪に障った。

だからもう遊びは終わり。

今までの比ではないスピードを出すと、すぐにアリィとの距離をつめていく。

 

「つぅかまえたぁ!」

「あぐっ!」

 

そのままアリィをつかむと、床に引き倒す。

震えるアリィは逃げようともがいたが、ニャウの拘束を振りほどくことができなかった。

そのままニャウはアリィの口をつかみ、声が出ないようにして頭を床に押さえつける。あいたもうひとつの手にナイフを持ち、にやりと笑った。

 

「お姉さんさ、ずいぶんと面倒かけてくれたよね。さっきの煙幕とかあせったんだけど。だから少し遊んでもばちは当たらないよね?」

 

アリィは答えない。

すでにイルサネリアの能力の2段階目、「観察潜伏」において、ニャウの脳に至ったイルサネリアの瘴気が、自分への悪意を確認したはずだと考える。しかし、怖いものは怖い。死ぬかもしれない。だから声が出なかった。

 

そして、ニャウは勢いよくナイフを彼女の手めがけて振り下ろし

 

 

 

 

 

ナイフは、アリィを押さえつけるニャウの手を貫いた。

 

 

 

 

 

「ぐがああ!?」

 

痛みと驚愕でニャウから悲鳴があがる。

その隙を見逃すアリィではない。拘束が緩んだその一瞬、ニャウの体を両手で突き飛ばすと馬乗りになっていた彼の体から逃れた。

 

そのまま逃げ出すアリィの背中に、ニャウは怨嗟の声を上げる。

 

「お前……お前、僕に何をしたぁ!!」

 

油断した。

三獣士ともあろうものが油断した。

まさか相手が帝具使いだなんて思ってなかった。

 

完全に慢心が消え去ったニャウの頭に、苛立ちと後悔がぐるぐると回る。

あれは煙幕じゃなかった。自分に何か悪影響をもたらす何かだ。つまり、ただの煙じゃない。きっと帝具によるもの。

 

帝具には、帝具。

慢心は消えたが、理性も一部飛んでいたニャウは怒りのままに自らの帝具を取り出した。

それは笛型の帝具、軍楽夢想スクリーム。演奏することで、その音色により相手の感情を操作する帝具である。味方の意思を向上させることもできるし、敵の戦意を下げることもできる。

 

そして今、追いかけながら演奏したスクリームの音色により、アリィはだんだんと足に力が入らなくなっているのを感じていた。

そのまま足が動かなくなり、再び倒れこむ。

 

「ほんっとさ、ここまで手を焼かせてくれるなんてさ……いやになるよ。でももう動けないでしょ?」

 

はあ、はあ、と息を荒くするアリィは確かに力が入らない。

しかし、イルサネリアの能力が3段階目まで達したことはもうわかっている。だから彼が自分を殺そうとするなら止めることなく死んでもらおう。そう考えていた。

 

アリィは死にたくない。

だから死ぬぐらいなら彼を殺す。

そのまま彼女はニャウをにらみつけ、振り下ろされるナイフを目に怯えつつも叫ぶ。

 

「死んじゃえええ!」

「”震えろ、私の――」

 

 

 

 

 

 

「貴様。何を、したのか、わかっているか?」

 

 

 

 

 

二人が固まる。新たに現れた第三者の、震えるような怒りの声に。

 

圧倒的な覇気をまとって仁王立ちしているのは、宮殿を守護する最強戦力。

大将軍、ブドー。

 

腕を組んで二人を睨んでいた彼は、ゆっくりと近づいてくる。

その目に、体に、怒りをたぎらせて。

 

「アリィ。貴様が瘴気を撒き散らしたことにも言いたいことはある……が、致死性が増すわけでも、今以上に危険性があがるわけでもない。皇帝陛下に悪意がない以上あの方の危険になるようなことはないだろう。お前も身を守るためであったのだろうし小言ですませてやる」

 

だが、と彼の目はニャウに向く。

自分がしたことにようやく思い至った彼はガタガタと震えだす。その顔に先ほどまでの相手をいたぶる嗜虐の笑みはかけらも残っていなかった。

 

「貴様、帝具を使ったな? それもこの宮殿全体に広がる音の帝具を。皇帝陛下に万が一があるようなことは、断じて、許されてはならん。そしてお前が手を出そうとしたのは皇帝陛下付きの侍女だ。オネスト大臣も彼女のもつ帝具の危険性から彼女に手出しすることをお前の主に禁じたばかりだ」

 

それを聞いてニャウの顔はさらに青くなる。

自分は主の顔に泥を塗ったのだ。彼女からの罰も覚悟しなくてはならない。

いや、罰だけで済むのか……?

 

聞いてない聞いてない。そんなやつがいるなんて聞いてない。

ただの侍女が帝具を持っているなんて聞いてなかったし、そんなにも守られたやつがいるなんて聞いてない。

ガタガタといまやアリィ以上に震えるニャウに、ブドーはゆっくりと右腕を振り上げた。

 

「エスデスにも後で通達する。宮殿で多くのものに危害を加えようとしたその罪、今ここで報いを受けろ」

 

拳骨では済まさんぞ。

そう唸るブドーの右腕が光り始める。

彼の帝具は籠手型の帝具、雷神憤怒アドラメレク。雷を操る帝具である。

その雷撃エネルギーが今、彼の右手に集まっていた。

 

雷の拳が、ニャウに向かって振り下ろされる。

 

「ギィヤァァァァァァァァァァァァァァァァ!!?」

 

真っ黒になり、体中から煙を出すニャウを放置し、ブドーはアリィのもとにしゃがむ。

 

「怖かっただろう。あやつとエスデスにはきつく言っておく。だから皇帝陛下に心配をかけぬよう、いつも通りにお仕えしろ、いいな?」

 

無骨だが、紛れもなくアリィをいたわる言葉。

死の恐怖から開放されたアリィは、安堵のあまりぼろぼろと泣き出した。

イルサネリアの力があったとはいえ、動けなくなったり拘束されたりとザンク以上に死ぬかもしれない、死にたくないと恐怖していたのである。

 

「あ、ありがとうございました、ありがとうございました……」

 

泣きじゃくるアリィに、ブドーは仏頂面のままとりあえず頭をなででおいた。




イルサネリアの能力について、少しだけ触れました。
まだ見せていなかった片鱗も見せましたし、完全な詳細は楽しみに待っていてもらえればと思います。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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