侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
また、63話も少しだけ修正しています。
「はぁぁぁぁ!」
「アアアアAAAA■■■■!」
二人が叫び声をあげ、己の武器を振るって相手を屠らんと攻撃を繰り返す。
アカメの持つ村雨は一度相手を斬ればそこから呪毒が流し込まれ、たとえ一撃でも、軽い切り傷であろうとも、相手を死に至らしめることが可能である。
だから、アリィはその攻撃を一つも受けぬよう防いでいく。
今現在、アリィはイルサネリアの奥の手「生存獣」を発動させている。顔の半分が瘴気に覆われた禍々しい容貌のほか、両腕には手甲のようなものと、そこから伸びた大きな爪がある。
この爪で村雨を防いでいた。
(……強化しているにも拘わらず、私の動きについてくる。アリィに戦闘力があるという話は聞いていないが……これも奥の手の影響と思った方がいい)
アカメの推測は正しい。
この戦闘において、素の戦闘力だけで見ればアカメの圧勝であっておかしくない。
そもそも、アリィは戦闘の心得など全くないし、訓練も受けていない。
肉体も戦士のそれとはかけ離れている。役小角によって強化されたアカメと戦えるはずがない。
だが、それを可能にしているのが「生存獣」である。
生存獣はアリィの意識が一時的になくなる代わりに、その行動すべてが強化された生存本能によるものとなる。つまり、イルサネリアによって強化された第六感によってアカメの猛攻を予測し、凌いでいるのだ。
「AAAAA!」
「くっ……」
ただ防ぐだけではない。
隙あらば脅威たるアカメの命を奪わんと爪をアカメへと振り下ろす。その攻撃を防ぎつつアカメは返す刀でアリィへと斬りかかり、そしてまた防がれる。
互いが一歩も引けぬような爪と刀の応酬の繰り返し。もしどちらかが少しでもミスをすれば、その時点で勝負が決まってもおかしくないほどの拮抗した戦い。
しかし、この戦いは持久戦になるかといえばそれは否である。
なぜなら、現在二人が使用している帝具の奥の手はどちらも強化型の奥の手。そしてその類の力は、肉体に大きな負担をかけるものであるが故に決して長続きするようなものではない。
つまり。
この戦いの決着は、もう間もなく訪れる。
瘴気の外では、革命軍が布陣しつつも、その中に突入することはできないというジレンマの中にいた。
瘴気の中に銃などを向ければ死者が出ることはすでにわかっていることだし、そもそも現在は中にアカメがいて、おそらくアリィと戦っている。中がよく見えないというのに銃撃をするなど不可能だ。
「ナジェンダさん……俺たちはどうすれば」
「私たちにできることはない。別働隊が大臣を探しているからそっちにも人を割いたが……恐らくこの瘴気の中にアリィと皇帝がいる。アリィはともかく、皇帝を放置しておくわけにはいかない。新しい国を作るのならな」
子供とはいえ、皇帝というその立場は重い。
革命軍の目的はただ国を変えるだけではなく、国そのものを新しく建て直すことにある。だからこそ、帝国の頂点である皇帝の存在は決して看過できるものではなかった。
とはいえ、彼女たちができることなど何もない。
皇帝が隙を見て逃げ出すことがないよう包囲してはいるが、それも最低限の人数に減らしてほとんどの人数を腐敗の大本たる大臣の捜索にあたらせていた。
はっきり言って、万が一皇帝を取り逃がしたとしても彼一人ではどうもならないだろう。
だがオネストだけは取り逃がしてはならない。新国家を樹立しても悪影響を及ぼされる可能性が高いというのもあるが、何より、彼を逃がしてしまえば誰も納得などできない。
彼こそが諸悪の根源なのだから。彼を憎んでいない者など革命軍には一人もいないだろう。
だから、オネストの捜索が現時点では唯一できること。奸臣たちはほとんどが討ち取られたと報告が来ているうえに戦闘上一番の難関と考えられていたエスデス討伐も完了した。
後はアリィと皇帝だが……手出しができない以上、全てをアカメに託すほかなかった。
「頼むぞ、アカメ」
瘴気の先に希望を託し、ナジェンダは呟く。
彼女の目線の先に広がる真っ暗な闇のような瘴気は、これからの未来のように一切先が見えなかった。
一方。少し離れたところから革命軍同様に瘴気で覆われた一帯を見つめる姿があった。
彼女の
しかし、それも……アリィの勝利が前提となってしまっているのが今の状態だ。アリィが退いては皇帝の身柄を奪われてしまうことになりかねない。それでは本末転倒だった。
「メイリー、どう? 様子は」
「……私には見えません。スズカさんにも見えませんか?」
「いやいや、いくら私でも限度があるからね? 瘴気の動きから中で戦いが起こってるんだろうなーってのはわかるんだけど。さすがにはっきりと見るのは無理」
そう会話をしているのはメイリーとスズカ。
メイリーは敬愛するアリィの勝利をただただ祈っているが、スズカは冷静にその光景を眺めているだけ。
最悪アリィが負けた場合は、この国から逃げることも視野に入れている。それくらい突出した身体能力と武芸を身に着けているスズカにとっては造作もない。
「……やはり加勢に行くべきでは」
「焦る気持ちはわかるけどさ。私らが行ってアリィさんに敵認定されるのは嫌だからね? 特に今は戦闘中、アリィさんの意識もかなりピリピリしてそうだしさ……」
「それは……っ」
彼女たちはアリィが暴走した姿を知っている。アリィがいざとなったら敵味方など一切区別せず殺戮することを知っている。
だからこそ、彼女を迂闊に刺激するような真似は絶対にできなかった。
そしてもう一つ、彼女たちが戦闘に加われないわけがある。
「何より、今ここを離れるのもマズイでしょ。さっきから革命軍の連中がうろちょろしてる。ここから離れている間に、へたにあれを見つけられたらアリィさんの保険が効かなくなるよ」
「……あなたの言う通りです、ね」
それでも。
それでも、もし彼女が危機に陥っているのなら助けたい。暗殺者としての実力もなく、死を待つだけの自分に手を差し伸べてくれた彼女に恩を返したい……。
そう思いながら、革命軍同様何もできないことにメイリーは手を強く握りしめ、瘴気だけの光景を見守っていた。
「くっ……」
「AAAAAA!」
二度、三度と刀と爪が交差する。
アリィの攻撃を弾いて一度距離を取ったアカメだったが、すでに息が上がっておりタイムリミットが近いということは彼女自身が一番わかっていた。
(この力も長くはもたない……次で決着をつけないと)
彼女はエスデス戦も潜り抜けたうえで、ろくな休息もとらぬままアリィとの戦いに突入している。
体力の減少もあるし、薬物を使用した負荷もある。何より、奥の手を使っている負担も大きい。村正の呪いをその身で受け止めているようなものなのだから。
だが、一方でアリィの方もわずかにだが動きに陰りが出てきていた。
咄嗟の攻撃に対し回避が間に合わず防御をすることが増えてきている。それが無理に体を動かすことにつながっているのだからアリィとて体に大きな負担がかかっているはずだ。
つまり、消耗しているのはどちらも同じ。
決して、アカメ一人が劣勢に追いやられているというわけではない。
ならば勝てる。
圧政に苦しんでいた民のために。倒れていった仲間たちのために。自分が殺してきた者たちの死を無意味にしないために。
全ては……未来のために。
アカメは刀を構え、目の前の異形を見る。
頭の半分が瘴気で覆われ、背中からは翼を生やし、腕は甲殻のようなものと巨大な爪を生やしたものになった姿となっているアリィ。
なおも人としての意識は失ったまま、アリィは吠える。
「AAAAAAA■■■■■!!」
「葬るっ!!」
最後の攻撃になるであろうことを予感しながら、アカメは駆ける。
訓練によって鍛えられた素早さを活かして四方八方へ移動しながら、アリィを翻弄しつつ攻撃を仕掛けた。
防がれたら即座に背後に回り刀を振る。アリィの爪を避けながらしゃがんで刀を振り上げる。
次は飛び上がって右前方から斬りかかる、と見せかけて逆側に回り込んで攻撃する。
アリィの体勢が僅かでも崩れようものなら即座にその隙を狙って攻撃を仕掛ける。
アカメの攻撃に対しアリィは防御することが手一杯となり、追いきれない攻撃は第六感で防ぎ続けていたがついに彼女の体が大きくよろめき、バランスを崩す。
「―――!」
その一瞬をアカメは見逃さなかった。
アリィが防御できないであろうそのタイミング、攻撃する場所は暗殺者として訓練をつんだアカメが見つけることなど造作もない。
アカメが隙を逃すまいと突きの体勢で突貫したところで
「AAAAAAA!!」
アリィは爪をアカメが
アカメが攻撃を仕掛けてくることはわかるがそれを防ぐのは間に合いそうもない。
だからこそ、アリィの生存本能はカウンターの要領でアカメへとその凶爪を放ったのだ。
そして――
アリィの腕は、空を切った。
「…………!!?」
声にもならない驚愕をアリィは口から出すが、無理もない。
確かに捉えたと思ったその攻撃がまさかの空振り。これはアカメによる渾身のフェイントが原因であった。
アカメは戦いの中で、アリィが自分の殺気を敏感に察して攻撃を防いでいるということはすでに予測できていた。
何かしらの第六感的察知でもなければ防げなかっただろう攻撃があまりにも多かったからだ。
だからアカメは最後の突貫の際、全力でアリィを貫こうとする殺気を放った。
アリィの第六感は突き詰めてしまえば恐怖と生存本能によるものだ。だからこそ、殺気には特に敏感に反応する。
もちろん確証があったわけではない。だがアカメは賭けに勝ち、アリィは見事フェイントに引っかかった。
アリィはフェイントにあったことにより、一瞬だがアカメの姿を見失う。
左、いない。右、いない。後ろもいない!
あとは……上!
「葬るっ!」
「AAAAA■■■■■!」
その一瞬の交差が決着となる。
アリィが吠えながら振るった爪はアカメの腹部に深々と突き刺さり。
アカメが振るった一斬必殺の刃は、アリィの胸の部分を斬り裂いた。
「KYAAAAAAAAAAAAA!!?」
「やっ、た……ゲホッ」
それまでの吠え声とは違う、悲鳴のような声がアリィからあがる。
しかしアカメも腹部を巨大な爪で貫かれたことにより、村雨を手放して地面に転がる。
なおも悲鳴をあげながらアリィは転がった村雨を粉々に砕くが、すでに一閃が彼女の胸の傷となっている。
斬りつけられた傷から血が出るとともに、アリィの体へ広がるように傷口から呪毒が溢れ出す。
また、アリィの「生存獣」が解除されたらしくアリィの顔から瘴気が消えていく。その表情は苦痛と悲愴に満ちており、涙を流しながら傷口を抑えていた。
「痛い……痛いっ……!」
「これで……終わり、だ……!」
腹部からの出血で顔を青ざめさせながらアカメは地に転がりながらも笑う。
傷はアカメの方がはるかに深い。だが、呪毒が体にまわってしまえばアカメがつけた傷の深さは関係ない。
倒せないとも思っていた怪物も、これで――
「死んで、たまるか……私が、呪毒に対策をしてないわけが、ないでしょうっ……!」
胸を押さえたアリィの手の下で、赤い何かが光る。
それは、優れた錬金術師であったドロテアがこの帝国にもちこんだもの。
それは、アリィがドロテアを拷問した際に在りかや効能まで聞き出して奪い取ったもの。
それは、アリィの体にまわろうとしていた呪毒を吸い上げるように集め、そして砕け散る。
それの名前は……”賢者の石”。
「ドロテアさんから、これについて聞き出して……! 必死で、錬金術を学んで、どうにか体に同化だけはさせました……! アカメの村正のことは、知って、いました。絶対に、絶対に、対策しておかなくては、と、強く思っていました……!」
教養があり、また頭脳もある。
そんなアリィでも、さすがに賢者の石を作り出すまでには至っていない。だからこそ、ドロテアを捕まえたうえで拷問し、その在りかや同化させる方法まで聞き出して、奪った。
全ては、「死にたくない」から……!
「…………く、そ……」
「は、はは、ハハハハハハハハハハ! 勝った! 勝ったァァァァァ!」
アカメが力尽きて顔を落としたのを見て、狂ったようにアリィは叫ぶ。
刀による傷は今もなお血を流している。だが、致命的であった呪毒は賢者の石を代価にすることで一度だけではあるが無効化に成功した。
ゆっくりと生存獣が解除されていくのを感じながらアリィは勝利と生存に喜び、叫び……
そして、崩れ落ちるように地面に倒れた。
壊れた人形のように、何が起こったかもわからず無様に地面に倒れこんだ。
「あ……あ……? あぁぁぁぁ……!」
生存獣が解除されたことにより、彼女の体は元に戻る。
腕も足も、ズタボロになった重傷という言葉も生易しい状態のその体に。
鍛えられていない体で強化型の奥の手を、しかも二度使っている。
二度目は言うまでもなくアカメとの戦いのときに。そして一度目は、シコウテイザーの粛清モードが起動した時に。
おまけに、二度目の使用はアカメとの、しかも奥の手を使っている状態の彼女との戦いだった。そのため生存獣は、今殺されないためにアリィの意識をシャットダウンしている分、限界を超えて体を酷使することになったのだ。
そう。
これが、アリィの、そしてイルサネリアの最大の弱点。
いかにイルサネリアの能力が凶悪であっても……そのイルサネリアが戦士には使えぬ欠陥品である以上。
アリィが弱者であることはまぎれもない事実なのである。
アリィに頑強な肉体などない。だから、奥の手を何度も、そして激しく使用することになるのなら……彼女の体が耐えられない。
「ゲホッ、ガハッ」
内臓も損傷しているのだろう、倒れたまま動けなアリィは血を吐いた。
体がボロボロでもう指先すら動かせる気がしない。胸の刀傷もなお痛み血が流れているというのに抑えることすらできない。
(嫌だ……嫌だ……!)
寒い。
冷たい。
痛い。
苦しい。
(死にたくない……死にたくない……死にたくないっ!)
村正の呪毒からは逃れられたのに。
あと一手で、この革命を終わらせられそうなのに。
あと少しで、平穏な未来が得られそうなのに!
(もう、意識が保てない……瞼が、おも、い……)
これが。
これが、死なのか。
あれだけ恐れた死が、今まさに目の前にある。
嫌だ。死にたくない。嫌だ。
(なのに……なんで、こう、も)
サンディス邸の地下室で、ずっと人が拷問の末に死んでいくのを見てきた。
苦痛の末に、絶望の末に死んでいくのを見てきた。
だからこそ怖かった。あの苦痛と絶望を味わうのが怖かった。
その恐怖も……ようやく、終わる。
「――――――! ―――――!」
(……………………)
どこからか聞こえる声ももはや聞きとれず。
アリィはゆっくりと、目を閉じた――
人生には終わりがあるように、物語にもまた終わりがある。
次回、最終話。「その日微笑んだ彼女はきっと」
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
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IFルート(A,B,Cの3つ)
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アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
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皇帝陛下告白計画
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イルサネリア誕生物語
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アリィとチェルシー、喫茶店にて