侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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案の定長くなりそうだったので、予定より早めの投稿。
そのぶん、次話も早めに出せるはず


第52話 わがままだけれど死にたくない

ウェイブの部屋にて、ウェイブとクロメは二人静かに向き合っていた。

荒れ狂うアリィが沈静化した後、クロメはウェイブの部屋を訪れたのだが……その顔には、深い悲哀が浮かんでいた。

 

「……そっか。残念だったな」

 

革命軍への急襲任務に失敗したうえ、カイリをはじめとして多くの仲間の命が失われたことをクロメが話し終えると、ウェイブは一言ねぎらいの声をかけた。

それでも、クロメの顔は晴れない。

 

「でもふがいないよ。無茶な命令でも成功させたかった。そうすれば、私たちはもっと認めてもらえたのに……」

 

アリィは自分たちが無謀な作戦に投入されたことについて怒ってくれた。それは嬉しい。

しかし、裏を返せば……「その任務をお前たちが成功することはできない」と信用されていなかった、そうとることもできる。

敬愛する彼女に認められていなかったという事実。それがつらかった。

 

しかし、その暗い顔がウェイブにとっては別なものを思わせた。

暗く濁ったあの目。

それはまるで、どんどん追い込まれ、ついには暴走したアリィのようで。

ウェイブはクロメを抱き上げると、ベッドに寝かせとりあえず休めと告げた。

 

毛布もかけ、あんなことがあったのに寝られるわけがないと駄々をこねるクロメをなだめる。

マイナスなことを考えていても、事態は好転しない。だからまずはゆっくり休んで気持ちを落ち着けてほしかった。

 

「なんなら漁村に伝わる子守歌を聞かせてやろうか?」

「え、ウェイブの? 下手すぎて私が気絶してしまう意味での……子守歌?」

「なんだよそれ! これでものど自慢大会で鐘二つだったんだぞ!」

 

鐘二つって微妙だねと笑うクロメ。

ウェイブもまた、馬鹿にするなよーと笑ってクロメの頭をなでる。

そのとき、ふと手に違和感を持って視線を動かす。

 

 

 

 

 

 

尋常ではない数のクロメの髪の毛がからみついた、自分の手に。

 

 

 

 

 

「~~~~~!!」

 

目にしたものに言葉を失い、愕然とした表情になる。

ウェイブの変化に気づいたクロメは、ついに気づかれたかと憂いた笑顔で彼から顔をそむける。

あまり彼のつらい顔を見たくなかったから。

 

「私も……もう……時間、なくなってきちゃったなあ」

「そ、そんなこと言うなよ!」

 

たまらずウェイブは立ち上がる。

クロメの体は薬によって深刻な状況にある。それはアカメとの話を聞いて知っていたことではあった。

けれども、まさかすでにここまで進行しているとは……思わなかったのだ。

そして、そのことをすでに知っていたうえで受け入れているようなクロメの態度に納得できなかった。

 

「決戦が終われば薬を抜いて部隊を抜けていいだろ、いっぱい頑張ったんだから! 治療に専念すればいい、いろんな医者に診せるから!」

 

しかし、その言葉は彼女には届かない。

彼女は、薬を抜かないととっくの昔に決めているのだから。”通知”が来たその時から、最後まで戦う道を選んだのだから。

 

「もう、薬の使用は継続するって決めたんだ……私は、最後まで戦う。アリィさんに認めてもらうにはそれしかないから……」

「お前は薬を抜いても十分強いって! アリィさんが戦力外だって言っても俺が雇ってやる!」

 

雇いもしよう。

世話だってしよう。

医者にだって診せよう。

だから、頼むから……

 

「頼むから……生きる方向に目を向けてくれよ……っ」

 

悲痛な声で漏らすウェイブの言葉に、クロメはただ沈黙で答える。

しかし、起き上がるとウェイブが止めようとするのも聞かずにベッドから出る。

そろそろ、時間が迫っていた。大事な約束の時間が。

 

「実はこれからお姉ちゃんに呼び出されているんだ。一対一で」

「!!」

「お姉ちゃんを八房で斬って連れてくるね」

 

そのままウェイブの横を通り過ぎ扉へと向かうクロメ。

彼女の言葉に、ウェイブはアカメとの会話を思い出し、クロメの言葉が何の偽りもない本心だと確信する。

そして……たとえクロメの望みであっても。

その望みに応えるわけにはないと、扉を背に彼女の前に立ちふさがった。

 

「ダメだ。行くな」

「どうして……? 仲間でしょ?」

「仲間だから止めてるんだ。行くならせめてアリィさんや隊長に知らせて、皆で行くぞ!」

 

お前は俺が守る、とウェイブは譲らない。

血を吐くような彼の叫びに、クロメは嬉しいような悲しいような、複雑な笑みを浮かべた。

 

 

そして唐突にウェイブ、と呟くと……彼に、自分から口づけをかわす。

 

 

お互いが一瞬の時を長く感じる。しかし、あっけにとられたウェイブに対しクロメは冷徹に彼の腹へと拳を入れる。

 

「がっ……」

「ごめんね。仲間なら、お姉ちゃんのことだけは私の好きにさせて。一対一で決着をつけたいんだ」

「クロ……メ……」

 

立ち上げることができずうめくウェイブの目には、クロメが背を向け、部屋を出ていく姿が映っていた。

 

クロメはそのまま部屋を出ると、薬と八房を持ち、上着を羽織る。

最後に、アリィへ向けたメッセージを机に残す。

彼女にはずいぶんと世話になった。もちろん姉を斬り戻ってくるつもりではあるが、場合によってはそれもかなわないだろう。だからせめて、メッセージを残しておきたかった。

自分の勝手な行為のせいで、暗殺部隊の仲間を罰しないでくれと。

 

すべての用意を終えたクロメは、薬を口にすると宮殿を出て闇へと消えた。

 

 

 

 

 

 

帝都近郊・ギヨウの森。

帝都近くにありながら薄暗いこの森の奥は、危険種の生息地と知られ民は近づかなかった。

そしてそれ故に……闇の部隊を育成する拠点としては、好都合であった。

 

「お姉ちゃん!」

「クロメ」

 

今では廃墟と化したがれきの一つに、クロメは座って姉が来るのを待っていた。

アカメが到着したことで、クロメは純粋な笑顔を見せる。

これから殺しあうとはとても思えないほどおだやかな空気の中、二人は横に座ってクロメの持ってきたおかしを口にする。

 

クロメはもう一人気配があることに気付いたが、アカメはそれが仲間だと断ったうえで、彼が決闘には一切手出しせず、むしろ自分たちの邪魔をする相手を排除してくれると説明した。

クロメとしても邪魔が入らないのならそれでいい。見届け人のようなものかと納得した。

 

二人は思いだす。

共に高めあった日々を。大変な毎日だったけれども、それでも二人一緒で楽しかった日々を。

 

だが、それはもう過去の話だ。

 

「これからも一緒にいてよ、お姉ちゃん」

「いいぞ。お前が私と来てくれれば、ずっと一緒にいられる」

 

こんな話、それで解決すればどれだけいいか。

 

「駄目だよ。証明しなきゃ。私たちがいかに強いか、使えるかを! 私たちは帝国で戦わなきゃ!」

 

どろりとした目で返答するクロメ。

むしろアカメが戻ってくるべきだとクロメは説くが、戻れないのはアカメも同じだ。

だからこそ、二人の激突は決定的なものとなる。

 

「クロメ」

「お姉ちゃんは、妹や仲間よりも志をとったんだ」

 

しかし、クロメにとってはそんな姉が愛おしい。

民のためにと行動する真面目な彼女こそ、クロメが愛した姉なのだ。

許せない。でも大好き。

大好き。でも許せない。

 

「許せないのに大好き……頭の中ぐるぐるだよ」

 

だからこそお姉ちゃんは他の人には斬らせたくないとついにクロメは刀を抜いた。

対するアカメも、覚悟を決める。彼女の言う通り、志をとった時点でこうなるとわかっていたはずだから。

超強化薬を飲んだことで強くなっているクロメに、揺らいだ心では決して太刀打ちできない。

 

「戦うなら容赦はしない……クロメ。お前を”葬る”」

「スイッチ入れてくれたね。嬉しいよ……」

 

互いが刀を構え、緊迫した空気が辺りを満たす。

すでに刀を抜いて構えたこの時点で戦いは始まっている。

いつ踏み込むか。どう刀を振るか。そのすべてが駆け引きとなる。

 

「お姉ちゃんを斬ればずっと一緒にいられるだけじゃない……私たち(非選抜組)の存在を強く認めさせることができる」

 

いくよ、お姉ちゃん。

来い、クロメ。

 

互いが同時に踏み出し、相手に向かって刀を振るう。

姉妹の激突が、始まった。

 

 

 

 

 

 

「くそっ……どこだクロメ!」

 

ウェイブは一人、宮殿を飛び出していた。

目的は、もちろんクロメを止めること。

 

(隊長は軍議、アリィさんは今クロメが飛び出したなんて伝えて刺激するのは危険……! 俺が何とかするしかねぇ!)

 

彼女はこれからアカメに会う、といっていた。

遠くに行ったとは考えられず、どこか近場で戦っているとしか思えない。

 

走りながらも四方八方に目を配り、些細な音にも耳を澄ませる。

轟音でも爆発でも、なにか手がかりがないかと必死で感覚を研ぎ澄ませながらウェイブは駆ける。

 

(どこだ……クロメ……!)

 

 

 

 

 

 

一方。

ようやく落ち着いてきたからと部屋を出たある侍女が、暗殺部隊の具体的な被害について確認しようとクロメの部屋を訪れる。

ドアをノックするが返事がない。

イェーガーズが集合するような話はなかったはずだと思いながらも、何か嫌な感じが止まらない。

 

彼女の帝具には、危険を察知するために第六感を強化するという副次能力がある。

あくまで帝具の能力ではなく、素材となった危険種の能力が使用できているに過ぎない。

しかしこの能力があるが故に、彼女は己の第六感については信用している。

 

危険というよりはただ、嫌な予感。

しかし無視することもできないと彼女は部屋の扉を開く。

 

暗く、誰もいない部屋には薬のケースも帝具たる八房もない。

しかし、机の上にまるで誰かにあてた手紙としか思えない紙が置かれている。

 

「……何です、それ?」

 

いつの間にか背後に降り立った新たな戦力(・・・・・)の言葉には答えない。

この人物はつい先ほど、荒れ狂った折に自分を止めようとするも返り討ちになった人物だ。彼女を殺す気はなくあくまで止めようとしただけだったため、命を落とさずには済んだ。

その人物を、彼女は利用することにした。カイリが死んでシャンバラが残されたことはすでに聞かされており、シャンバラも返還されていた。

だからこそ、シャンバラの新たな使用者が必要だったのだ。

 

「あっ、放置ですねっ!」

「黙っていなさい」

 

彼女の冷徹な視線を受け、もう一人の人物は命令通り黙り込む。

邪魔者が黙り込んだことで、彼女は残された手紙を手に取ると、目を通す。

 

「…………」

「…………」

 

手紙はそう長いものでもない。この部屋の主が、万が一戻れなかったときに備えての伝言しかないのだから。

そして、その伝言は届けたい者へと確かに届けられた。

手紙を読んだ、彼女は……

 

グシャッ!

 

何も言わずに、手紙を握りつぶした。




次話で、アリィ慟哭編は終わります。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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