侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
嘘は言ってない
「震えろ、私の恐怖」
どさり、と人が倒れる音が廊下に響く。
マユモだけでなく、その取り巻きまでもアリィによって殺された。その表情はみな同じように絶望に染まっている。最後の最後で、ようやく自分が何をしでかしたのかに気づいたのだろう。
あるいは、己の愚かさに気づけず単に自分が殺されることに恐怖しただけか。
しかし、そんな恐怖、アリィが胸に抱いたものと比べればはるかに矮小なものでしかない。
アリィの恐怖は、もはや狂気にも等しいのだから。
「…………」
自分に断りもなく暗殺部隊を動かしたマユモに対し、激昂した様子はすでになくなっている。
確かに組織上マユモが暗殺部隊に出撃指令を出すことは問題なかった。しかし、あくまでそれは制度上の話。
アリィが管理するというのが暗黙の了解であった以上、実際のところまとめ役になっていたアリィに話を通したうえで出撃命令を出すことも含まれていたのだ。
しかし、マユモはその暗黙の了解を破った。よりにもよって、アリィが一番気を使っていた革命直前というこのタイミングで、革命軍に無策で突っ込ませるような出撃命令を出して。
「ああ……本当に。本当に、詰めが甘い……」
マユモ達を殺した後もしばらく立ち尽くしていたが、やがてゆらり、とアリィが動き出した。
イルサネリアによる瘴気は、今もなお消えることなくアリィの周囲を漂っている。
その量はさらに増えていく。帝具たるイルサネリアだけではない、
「こんなことになるなら……最初から、消しておけばよかった」
確かに、もう彼女に激昂した様子はない。
だが、それは狂気が表面化しなくなっただけに過ぎない。炎のような狂気が、冷えて極寒の冷気に変わっただけに過ぎない。
狂った少女は、濁った目をして歩き出す。
クロメはアリィと別れた後、とある裏路地に足を運んでいた。そこに集まっていたのは、暗殺部隊の仲間たち。
アリィに「用事がある」と告げて立ち去っていたが……その用とはもちろん、暗殺部隊への出動命令である。
そして彼女がいる裏路地が、合流地点であったというだけの話だ。
「みんな!」
「おっ、クロメじゃねーか!」
「ようやく来たか、クロメっち」
笑顔で声をかけてくる仲間たちをクロメは見回し、そしてあることに気付く。
「あれ……人数、減った?」
彼女の問いに、少々気まずい沈黙が流れる。
暗殺部隊の一人が、つぶやくようにして彼女の問いに答えた。
「セナ、リコは……衰弱が激しくなるからって、暗殺部隊を抜けたよ」
「ジョーも検査を受けているけど……たぶん”通知”が来る」
通知とは言うまでもなく、薬剤使用の危険域に達したとして暗殺部隊の脱退および隠密部隊等への異動を推奨する通知のことである。もっとも、クロメや他数名はこの通知が来たにもかかわらず、暗殺部隊にとどまり戦い続けるという”継続”の道を選んでいる。
だが、リーダーであるカイリは任務前に暗い空気ではだめだと感じたのだろう、笑いながらクロメの肩をたたいた。
「だけど、処分されたわけでも、帝国を裏切ったわけでもねーんだぞクロメっち! あいつらは別の形で、できることをして帝国のために尽くしているだけだ。アリィさんが作ってくれた、長く生きる道をあいつらは選んだ、それだけの話なんだよ」
「……うん、そうだね! 働く場所が変わっても、私たちが仲間なのは変わらないもんね!」
「おう、もちろんだ!」
ひとしきり笑った後で、カイリが厳しい顔になる。
暗殺部隊のリーダーとしての顔を見せたカイリに、全員が顔を引き締める。
その様子を見て、カイリは任務に向けての最終確認を始めた。
「さてっ! 今回の任務は反乱軍陣地にいる要人たちの暗殺だ! 難度はS! この中にはアリィさんと一緒に以前革命軍や裏切り者への襲撃に参加したやつもいるが……あの時とはわけが違う! 何度か隠密部隊が探ったが警戒レベルの高さは半端じゃない!」
さらに、今回の命令はアリィから出されたのではなくマユモ内政官からだと告げる。
今までのアリィ以外の命令では、アリィにすでに話が伝わっていた。だから彼らは、
「それでも強引にいけとの命令だ。アリィさんが承認するにしてはらしくない命令だが……クロメ、アリィさんは何か言ってたか?」
「ううん、ここに来る直前まで一緒にいたけど、何も言わなかったよ」
もしも彼女が「用事がある」ではなく「任務がある」とはっきり告げていたら、アリィは驚いて止めていたかもしれない。いや、間違いなく止めただろう。
だがクロメは、彼女が”継続”を選んだことにどこか思うようなアリィを見て……これから戦闘に向かうという後ろ暗さから、つい「用事がある」などとはぐらかした言い方をしてしまった。
彼女は怖かったのだ。戦いに出ることを止められることが。アリィにもう必要ないと言われることが。
「だったら、何が何でも帝国の人間が殺されたことへの報復はしろってことだ! 上等だろ! めっちゃ殺してアリィさんたちを驚かしてやろうじゃねえか!」
最後に、アリィからの基本命令――どのような任務でも守れとされた命令――を確認して、カイリの指示のもと全員が投薬を開始、暗殺に向けて出陣した。
月夜の下、カイリたちは駆ける。
カイリたちは暗殺部隊の人数がすでに二つに分けるには革命軍の突破には心もとないことから、あえてわけずに襲撃を行うことにした。
だが、その途中に一つの人影が彼らの前に現れたことで足を止める。
「……クロメ」
「お姉ちゃん……」
「襲撃を読んでいたのか……一人で待ち伏せていたのか? アカメっち」
「今日の私の暗殺に対し、あれ程殺せば帝国側も黙ってはいないだろうと思った。それに、大勢で待ち伏せていたらお前たちは気づいてしまうからな。……もっとも、私の後ろには数を用意した布陣が展開されている。私一人を足止めしても意味はないぞ、クロメ」
ここで、アカメは老化が進み、彼女の記憶とは違って髪も白くなったカイリのことに気が付いた。
「誰かさんが抜けたおかげでな」とカイリは答えるが、その揺さぶりは通じないとアカメは強く村雨を握る。
一方でカイリたちも内心焦っていた。今回の襲撃はナイトレイドではなくあくまで革命軍の要人を対象としたものだ。帝具使いの警備も予想してはいたが、アカメが出てきたのは痛い。
暗殺にたけたものは、逆に暗殺を防ぐことにもたけているからだ。
「ここから先に行くというのなら……”葬る”」
アカメが事あるごとに口にするこの「葬る」という言葉は、アカメにとってのスイッチである。
かつて彼女を指導した男の言葉に従い、アカメは殺しの際、自分を切り替えて非情になるための言葉としてこの言葉を選んだ。
一瞬の葛藤を経てアカメはスイッチを入れる。
「本気で来るか……足止めするだけじゃ意味がねえ、突破するぞ」
「うん」
クロメは八房を抜くと、帝具の能力を発動させる。
ロマリーでの戦いにおいて彼女の死体人形の多くは撃破され失われた。だが、その分は新たに死体人形を補充している。
「裏切り者め!」
「死ねぇ!!」
「葬る!」
二人の暗殺部隊がアカメに向かって武器を振り下ろすも、その懐に入られ、次の瞬間両断される。
昔の仲間の血を浴びながらも、彼女は止まらない。
「葬る!」
死体人形の一人を切り裂き、さらに暗殺部隊の一人を斬り
「葬る!」
「させないっ!!」
仲間が斬られるのを止めようとしたクロメの八房と村雨をぶつける。
鍔迫り合いの後後退するが、即座に振り向くと同時に刀を振るう。
ガキィン! という金属音が、先ほどよりも大きく響いた。
「やるねぇ、アカメっち」
「報告にあった、空間転移の帝具か……!」
後ろにいたのはカイリ。先ほどまでは確かに別の場所にいたはずのカイリが一瞬でアカメの背後に移動していたのだ。
これはもちろんシャンバラの帝具によるもの。アカメが他の者と戦っている間にマーキングを行って、そのうちの一つに転移したのだ。
「……その帝具は文献にあった。マーキングした場所に瞬時に転移できるということだったが……マーキングできる数が限られているうえに連発はできないはずだ」
「ま、そうだな。本来の使い方じゃあ使用者のエネルギーがもたないからそうなっちまう」
けどよ、とカイリは二つの薬物を取り出した。
一つは錠剤。クロメや他の暗殺部隊が戦闘にあたり服用したものと同じ形状だが、より効果が強い超強化薬。
そしてもう一つは液状の薬品。こちらは注射機能をもったケースに入れられている。よく見れば、同じケースが一つ、空になって地面に転がっていた。
「帝都じゃ薬物でそのエネルギーも補えるんだよ……超強化薬と併用すりゃ戦闘力も上げられる! もともと薬漬けの体だ、よく馴染んだよ」
「よせ! お前の体、その髪といい皺といい、危険な領域だろう! さらに負担をかけることになるぞ!」
「あいにく、もとよりその覚悟なんでなぁ!」
カイリもまた……”通知”が来たにもかかわらず、”継続”を選んだ一人。
超強化薬を口に含み、さらに首元に薬物を注射する。
「ぐ、が、あぁぁががぁぁあぁ!!」
ビキビキと嫌な音がカイリから発せられ、暗殺部隊の面々はカイリの様子に思わず釘付けになる。やがて震えが止まったころにはカイリの目が血走り……
「!」
「死ね」
一瞬で姿を消し、アカメの左側に転移した。
咄嗟にアカメは防御したものの、カイリは手にした短刀で次々に攻撃を仕掛けていく。
さらにクロメの死体人形がアカメに接近して切りつけたり、羽を飛ばして攻撃する。
しかし、そのさなか何やら音が聞こえてきた。
「まさか……増援!?」
カイリとアカメの剣戟は続けられる中、迫ってきたのは革命軍の増援だった。
カイリたちが別ルートで来る可能性、部隊を分ける可能性もあったため、違う箇所を警戒していた革命軍の一部が、アカメに加勢するために迫って来ていたのだ。
「くっ……」
アカメ一人すら突破することができない以上、さらに数を固めた増援を突破することは困難に近い。
さらに言えば彼らは暗殺部隊であって、軍の兵士ではない。襲撃をかけることには優れていても正面から数と戦うには向いていないのだ。
「撤退しようカイリ! アリィさんの基本命令だよ!」
アリィは「命を捨てて特攻するのは、確実にそれで相手をしとめることができる場合のみ。やぶれかぶれの賭けに出るくらいなら撤退せよ」という基本命令を出していた。アリィにとっては自分に忠誠心の高い、しかし限られた数の暗殺部隊を無闇に消費することは避けたかったのだ。
「おおおおお!」
「葬る!」
しかし、クロメが叫んだ時には、すでにアカメとカイリ、二人の戦いには決着がついていた。
交差し、刃を振るった二人。
その二人のうち、血を流したのは…‥‥カイリの方だった。
だが彼もこのまま死ぬわけにはいかなかった。彼は帝具・シャンバラをアリィから預けられているのだ。
即座に集まった生き残りの暗殺部隊のほうへ転移すると、最後の力を振り絞って暗殺部隊全員を転移させるべくシャンバラを地面にたたきつけた。
「クロメ! 明日の夜、一対一で会おう! 帝都の外、あの場所で待っている…‥!」
「うん。わかった……!」
クロメもともに転移していくのを見て、アカメはウェイブに託せなかった言葉を叫ぶ。
全ては、決着をつけるために。
暗殺部隊の死体が転がる中、革命軍の増援が着いた時には、すでにカイリたちの姿は消えていた。
「カイリ! カイリ!」
「あー、くそ……やっぱ選抜組、気に入らないけど……強いわ」
カイリは転移後、仲間たちの声もむなしく崩れ落ちた。
傷自体が致命傷だったうえに、アカメの村雨で斬られた以上、死をまぬがれることはできなかった。
クロメが慌てて八房を突き立てようとするも時すでに遅し。その時にはすでにカイリは死んでいた。
「…‥‥戻ったか、お前たち」
宮殿に戻ろうとした彼らに、突然声がかけられる。
振り返った先にいたのは、冷気を操る女将軍。
「エスデス、隊長……」
「クロメも無事、か。今すぐ宮殿に戻れお前たち」
エスデスが顔をしかめる。
自分たちに処分が下るのではと暗い顔になるクロメたちだったが、次のエスデスの言葉に思わず顔を上げる。
「お前たちが戻れば、あるいは止まるかもしれん……宮殿で、アリィが暴れ狂っている。すでに十人以上が死んだ」
作者が課してる裏ルール
「帝具使い同士が戦う時は必ず死者を出す」
ジンクスとはいえ公式設定だもの
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
-
IFルート(A,B,Cの3つ)
-
アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
-
皇帝陛下告白計画
-
イルサネリア誕生物語
-
アリィとチェルシー、喫茶店にて