侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第47話 望まれなくても死にたくない

「いやぁ、お見事ですなぁアリィ殿! 襲撃ご苦労様でした」

「いえ。……私は、革命軍の戦力を削れはしたものの、ブドー大将軍の死を防ぐことはできませんでした」

 

機嫌のいいオネストはむしゃむしゃと目の前の食事をむさぼる。

一方で同席している皇帝は静かなものだ。時折アリィの方を窺うそぶりは見せるものの、何かを言うことはなく黙々と手を動かしている。

給仕をしているのはもちろん皇帝付き侍女たるアリィだ。彼女が紅茶を注ぐ音が静かな部屋に響く。

湯気が立つティーカップがアリィによって皇帝の前に置かれるが、皇帝はそれを見つめるまま手に取ろうとはしない。

 

「……どうか、なさいましたか?」

 

さすがに皇帝の様子がおかしいと感じたアリィは尋ねる。

自分が何か粗相をしたのか。それとも食欲がないのか。

彼女にとっては皇帝は自らの地位を、生活を保障してくれる大切な存在だ。その彼が何か問題を抱えているというのならば、アリィはそれを解決したい。

そう思っていたのだが。

 

「……アリィ。そなた、無理をしているであろう?」

 

彼の口から出てきた言葉に、思考が停止した。

まさか自分の心配をしているとは夢にも思わなかったのだ。

震える声で、アリィはなぜと問いかける。

 

「皇帝陛下……どういう、ことでしょう」

「そなたが、戦場に出るなど……おかしいではないか。あれほど臆病であったそなたが戦場に出たのだぞ? 無理をしているとしか、思えないではないか」

 

それに、と皇帝はアリィの顔を見る。

今までアリィは給仕をしたり書類仕事の傍らで補助をしてくれたりと、皇帝を支え続けていた。

だからわかる。つい彼女に視線を向けてしまい、ささいな表情の変化すらも見ていた皇帝にはわかるのだ。

 

「そなたは……もう、ずっと笑っていない」

 

宮殿に来たばかりの頃は、給仕の合間にすら、穏やかな微笑を向けることがあったというのに。

だんだんと彼女の目は濁っていき、笑顔を見せることはなくなっていったと皇帝は思っていた。

 

実際彼女は、宮殿で侍女として働き始めた後、だんだんと精神的に追い込まれている。

宮殿で働き始めてしばらくした頃にニャウに襲われ。

奥の手を使わなければならないほど、ナイトレイドに追い詰められ。

ワイルドハントによって暴力を向けられ。

そして今、彼女が望まない革命が迫っている。

 

最後に微笑みを見せたのは、いつだったか……確か、彼女が「もし自分が違う親の元で生まれていたら、と考えたことはあるか」と聞いてきたときだった。

あの時の皇帝の答えを聞いて、アリィは確かにはいと笑った。

 

 

 

アリィは知らない。その笑顔が、どれだけ皇帝にとって嬉しいものであったのかを。

 

 

 

自分の言葉で、アリィを笑顔にすることができた。そのことに、皇帝が心の中でどれだけ喜んだか。

そしてそれ以降、全く笑うことがなくなったアリィのことを、皇帝がどれだけ心配していたか。

 

「それ、は」

 

アリィとしても、反論ができない。

確かにナイトレイドを始め、帝具使いが出てこないタイミングを狙ったとはいえ、万が一がありうる戦場にだなんて行きたくなかった。

だが、命がけで挑んだつもりはない。身を守るためにシャンバラが送ることができるギリギリ最大の人数を護衛として用意したし、瘴気を放ちはするものの決して前には出ようとしなかった。

 

確かに怖かった。狂おしいくらい怖かった。

 

「陛下のおっしゃるとおり、です。ですが、私は……それでも、ああするしかなかったんです」

 

しかし、それでもアリィは無理をした。そう、無理をしたとアリィだってわかっている。

なぜならアリィはもう、革命が()()()()()()()()()()()()と、諦めていたから。

大軍勢の革命軍を全滅させることはさすがにアリィだけではできない。仮に革命が起こる前に敵を、たとえば本隊を倒すことができても、革命への願いはきっと止まらない。必ず誰かが革命を引き継いでしまう。

アリィは知った。

託されることの重みを。託された者がそれを簡単に投げ捨てることなどできるわけがないことを。

 

だから、アリィにはこうするしか思いつかなかった。

革命を起こさせた上で、()()()()()()()()()と決定打を与え、心を折ることしか思いつかなかった。

 

アリィが襲撃によって戦力を削ったのも、革命を起こさせる上で帝国側が勝てるようにするためだ。

今さら革命軍が撤退する可能性はよほどの事がなければまずありえない。

大幅に減ったとはいえ戦力があるのなら、きっと振り上げた拳を下ろすことなんて彼らにはできないだろう。今さら勝算が0ではないのにやっぱり撤退などということになれば、期待した民衆は失望する。革命軍内部でだって確実に反発が起こり、そして確実に瓦解する。

そこから再起をはかろうとしても、さらに失われた戦力で帝国に勝つことはできないであろう。

 

「アリィ……」

「……失礼いたします。これから、イェーガーズでの打ち合わせがございますので」

 

立ち去るアリィの後ろ姿を、皇帝は痛ましげな目で見つめていた。

一方でオネストは、悲壮な顔をする皇帝を見ながら、心の中で笑っていた。

きっと彼はこう思っているのだろうと。ならば、きっと……”至高の帝具”を起動する最後の一押しをするのは、容易であろうと。

 

(余が……余が、できることをしなければ……)

 

オネストの企みに気づくこともなく、皇帝は決意を固めていた。

 

 

 

 

 

 

イェーガーズの隊員はエスデス含め現在3人。

半分以下に減ってしまったものの、それでも彼らは自らの任務を全うせんと部屋に集まっていた。

そこには、皇帝のところから半ば逃げるようにして来たアリィの姿もある。

 

「現在革命軍は帝都を包囲しようと陣形を作っていますが……地方からの援軍が大幅に減っています。完全に包囲しようとするならば、どうしても包囲が薄くなるでしょうね」

「つまらん小細工をしおって……まあそれでも、大軍勢が相手なのは変わらんな。相手もこっちも帝具使いがまだまだいる。帝具同士の大合戦というわけだ」

 

エスデスは相手が弱体化したことに不満を抱きながらも、迫りくる大戦に心を躍らせている。

特に彼女は、タツミとの再戦を心待ちにしていた。

処刑の運命から逃れ、さらに成長を見せた彼と本気でぶつかり合いたいと。

 

「しかし……大軍勢相手に今の帝国軍で勝ち目があるのでしょうか」

「勝ち目はあるぞ?」

 

ウェイブが弱音をこぼすが、それに対しあっけらかんとエスデスは答えた。

さすがのアリィもエスデスの即答には驚いたのか彼女のほうを見る。

全員の視線を浴びながら、エスデスは自慢げに窓のほうを指差す。たとえばあれだ、と。

エスデスが指差すままに、視線を窓の向こうへ向けた彼らは……驚愕した。

 

「あれは……帝具の奥の手!?」

「確かに……これなら革命軍の軍勢を相手にできる……!」

 

彼らの目の前に広がっていたのは、氷の軍勢。

半人半馬の姿をしたそれらは、エスデスの能力によって作られた氷の人形であるが、エスデスによって自在に動かすことができる。

 

「少しずつ作っている。さすがに革命のときには一度に数を作るのは大変だし、戦闘時においては補充も必要だからな」

「なる、ほど」

 

普段エスデスのことが嫌いなアリィも、今回ばかりはエスデスが用意した氷の軍勢……氷騎兵に素直に関心していた。

いや、厳密には、氷騎兵を用意するというその考え方に。

 

(あらかじめ能力を使用して備えておく、ですか。なるほど、そういう考え方がありましたか)

 

 

 

 

 

数日後。

革命軍の一部が、期待していたはずの戦力が集まらない焦りのあまり独断先行で帝国に攻撃を仕掛ける。

「目標の名を叫びながら射ると目標が射程内にいる限り永久的に撃ち抜く」という能力を持った弓の帝具・アッキヌフォートを持ったヌゲという男が発端となったが、彼を含めエスデス一人によって全滅させられた。

 

ヌゲには知らされていなかったが、この帝具アッキヌフォートはアリィにとっては追尾性能がある上に遠距離攻撃であると実に相性の悪い帝具であるのではないか、と仮説が立てられていたのだ。彼女は今までの戦いで、遠距離攻撃についてはカウンターらしき効果を見せず、自ら回避していたためだ。にもかかわらず、ヌゲの独断専行の結果にナジェンダ含め革命軍の知将たちは大きく憤りを見せることとなった。

アッキヌフォートが失われたという事実を受け、「アリィ討伐は無理なのではないか」という空気が彼らの中に漂い始めることとなる。

 

さらに、革命軍の進攻に乗じて北の異民族の生き残りが宮殿へと襲撃をかける。

しかし、彼らを待つのは全滅という未来であった。

 

「ふー。こんなところまでくるなんて……アリィさん、大丈夫かな」

 

ある者たちは死体人形やクロメによって討伐され。

 

「ば、バケモノがぁ!」

「絶対逃がさねえぞ! おとなしく捕まりやがれ!」

 

ある者はグランシャリオをつけたウェイブによって拘束され。

 

「が……あぁ……」

「こ、この恨み……きっと……ガハッ」

「筋違いの恨みを向けられても困るんですがね……」

 

ある者は、瘴気にのまれて自らののどを刃で貫いて死んだ。

宮殿にまで忍び込まれたことで、自らの安寧が崩れてきたと恐怖する少女の目の前で。

 

そして、帝都における動乱はこれだけではなかった。

 

「まったく……人がいい気持ちで女を抱いていたというのに」

「エスデス将軍が一人で敵を片付けるとは……無駄足でしたなノウケン将軍」

「まったくだ」

 

ノウケン将軍。

戦場にまで愛人を連れていくという、女好きで知られる将軍である。

しかし、そこに愛というものはない。女性のことは番号で呼ぶ上に、”壊れて”しまった彼女たちのことをノウケンは全く覚えていない。

彼も、そして彼のおこぼれにあずかる部下もまた、帝国の腐敗の一部であった。

 

だからこそ――

 

「あ、アカメだぁぁぁぁ!!」

「くそっ、ノウケン将軍がやられた!!」

 

ナジェンダより、混乱に乗じてオネストに加担する将軍や兵長をできる限り殺し、戦力を削ってくれと依頼されていたアカメによって標的とされ、討たれた。

彼女が殺したのはノウケンたちだけではない。この時点ですでに、ノウケンたちを含め12人が彼女によって暗殺されていた。

 

逃げ出したアカメは、すぐに帝都を出て森へと入っていく。

 

「!」

 

しかし、突然の頭上からの攻撃にアカメは立ち止まる。

現れた黒い影は、その鎧をつけたまま構える。対するアカメも、帝具使いである彼を前に自らの武器・村雨を抜いた。

 

「ずいぶん強引なやり方するじゃねぇか。だが逃がしはしない!」

「お前は……」

「見つけた偶然に感謝するぜ。アカメ、お前を狩る」

 

だが、アカメは彼……ウェイブと積極的に戦いたくはなかった。

それよりも話したいことがあった。アカメの妹……クロメについて。

正確には、彼女に伝言を託したかったのだ。

 

彼女はクロメにこう伝えてほしかった……「帝都の外にて待つ」、と。

 

(アカメ)(クロメ)

二人の激突の時が、それを望まぬ者の気持ちなど関係なく、静かに近づいていた。

 




感想を見る作者

パラパラと13巻をめくる作者

大きく頷く作者

「うん、アリィの絶望が足りない」

イルサネリアが アップを はじめました


まじめな話、15巻の部分で(これどうしよう……)と思っていたところもあったので、その解決ついでに13巻の内容を使ってもう一度皆様に思い出していただきます。

心を取り戻しつつあったとはいえ、アリィの本質は恐怖と狂気だと。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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