侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

46 / 67
第46話 戦力低下で死にたくない

「ブドー大将軍が、亡くなった……? ナイトレイドに敗れたと、いうのですか?」

 

ナイトレイドの襲撃に乗じた計画を終え、帝都へと戻ってきたアリィ。

彼女に待っていたのは、ブドー大将軍の死、という訃報であった。さすがのアリィも、帝都へと帰還した際にその訃報を伝えられ、顔が真っ青になる。

まさか、まさかとは思ったが……革命軍にブドーが敗れてしまった。

それはアリィにとって大きなショックであったのだ。

 

宮殿中が大将軍の死という混乱で騒がしい中、一通の手紙がアリィへと届けられた。

いや、手紙という言い方は正確ではない。それは……”遺書”であった。

遺書をアリィに届けた兵の話によると、ブドーが万が一の時に備え、残していたものだと言う。

 

正直なところ、アリィとしては驚きが大きかった。

確かにブドーとは何度も話したことがある。しかし、特別親しかったというわけでもないし、仕事の分野が同じというわけではない。特別接点が多いというわけでもないのだ。

なのになぜ、自分の元へと遺書を残したのか。

疑問は尽きなかったが、今は整理できることを早めに済ませておきたかったため、迷いも早々に封を開けた。

 

中に入って手紙の内容は、実に簡素であったといえる。

要約すれば「どうか皇帝陛下を支えてあげてほしい。頼む」という内容である。

 

確かにアリィは皇帝付き侍女であり、皇帝を支えるのが役目といえば役目である。

だが、ブドーが伝えたかったのは決して業務とか役割から来た頼みではないのだと、そう思えてならなかった。

侍女としてではなく、「アリィ」という一人の人間として、皇帝を支えてほしい。それこそブドーが伝えたかったことではないのかと。

 

「……ボルスさんといい、ブドー大将軍といい。私がそんな人格者に見えるのですかね……?」

 

自分は何かを託されるような人間ではないはずなのだがと、自虐的にアリィは呟く。

自分がまともな精神をした人間ではないと、とうの昔に理解している。だが、それを変えるつもりはもうとうない。

いや。変えることがそもそもできやしない。

 

だがたとえ死の恐怖によって狂っていようと、それがアリィにとっての普通なのだ。

他人から見れば狂っているのだとしても、彼女はもうまともな精神とやらには戻れないと思っていた。

死に怯え、殺されるかもしれない恐怖に苛まれてきた彼女は、死から逃れるためならどんなに手を汚すことだってもうためらいはない。

事実、殺してきたばかり(・・・・・・・・)であるのだし。

 

アリィは考える。

ブドーはなぜこのような遺言を残したのだろうか。大将軍として確かに帝国に忠誠を誓っていた彼らしい遺言といえばそうとも言える。しかし、ただ大将軍として帝国を案じているだけならもっと宮殿警備など業務についての伝達があってもいいはずだ。なのに、そのような言葉はまったく見当たらない。

つまり、大将軍としてではなく、「ブドー」としての遺書なのだろうか……?

ならば最初の疑問に立ち返ってしまう。個人的つながりが薄かったブドーが、どうして個人的な遺書を残すというのだ。

 

そうだ、彼はそもそも「皇帝を支えてほしい」という遺言を残していた。

ならば彼が気にしていたのは皇帝であり、アリィのことなど何も、気にして、いなかっ……た……?

 

「あ……」

 

思い出したのは、侍女として宮殿に勤めだしたばかりの頃のこと。

エスデスの部下であったニャウに襲われて、ブドーに助けられたときのことだ。

 

『怖かっただろう。あやつとエスデスにはきつく言っておく。だから皇帝陛下に心配をかけぬよう、いつも通りにお仕えしろ、いいな?』

『あ、ありがとうございました、ありがとうございました……』

 

彼は不器用ながらも、確かにアリィを気遣うような言葉を投げかけていた。さらに泣きじゃくるアリィを前に、どうすればいいのかわからなかったとはいえ、アリィの頭をなでてくれた。

それは、両親の本性を知って以来、両親に触れられることすら恐怖していたアリィにとって、久しく与えられていなかった、温かい何かであり……

 

「うぅ……あぁ……」

 

ポロポロと、アリィの目から涙がこぼれていく。

今さら気づいたかのように、ブドーの死という現実がアリィの心に染み入り、アリィはただ嗚咽を漏らすことしかできなかった。

 

アリィを守ってくれたあの温かい手は、もう存在しない。

アリィを守ってくれた彼は、もうこの世にいないのだ。

ブドーがどこまで、アリィのことを気にしていたかはわからない。ただ、それでもアリィのことだって気にかけていたのは間違いがないのだ。

思い起こしてみれば、決して他人というわけではなかった。すれ違ったときは軽い話だってしたこともあるし、何度となく気遣ってもらったことがあるではないか。

 

自分に害をなす人間が死のうと何も思うことはない。

知らない人間が死んだところで何も思うことはない。

関わりの薄い人間が死んでも、何も思うことはない。

だが……自分を守ってくれた人間が死んでも、思うことはないわけがない。

 

「うああああぁぁぁぁ……っ!」

 

宮殿の部屋で一人。アリィは泣き叫ぶ声をこらえることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

ブドー大将軍、死す!!

 

この情報は瞬く間に帝国全域へと伝わり、大きな衝撃を与えた。

 

指揮していた大将軍を失い、士気がガタ落ちした帝国軍は、シスイカンを攻めていた革命軍本隊を抑えることができず、シスイカンを突破されてしまう。

以後、シスイカンは革命軍の軍事拠点として利用されることになる。

 

シスイカンを抜ければ、いよいよ帝都。

革命軍の帝都進攻は、ついに目前となったのだ。

さらに、革命軍はあらかじめ各方面の地方において協力を呼びかけ、反帝国を掲げ軍勢を集結させる手はずを整えていた。

地方の革命軍各支部からも軍勢が帝都へと迫れば、帝都が敵を防ぐ防壁はもはや存在しないに等しい。

 

帝国の勢いが傾いたと見るや、各地の有力者がいっせいに蜂起。

大兵力が、丸裸の帝都に迫る――

 

 

 

 

 

 

 

――はずだった(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ! やられた……っ!」

 

革命軍・ナイトレイドアジト。

メンバーが三人にまで減り、今までのにぎやかさはどこへいったのかやけに広く感じられるようになったアジトにおいて、ナジェンダの怒声が響き渡った。

 

何があったのかとタツミとアカメが駆け寄ると、そこには革命軍から届いたらしき連絡が書かれた紙が地面に落ち、それを投げ捨てた体勢のナジェンダが息を切らせて立っていた。

今まで見たことのなかったナジェンダの余裕のない姿に、何もいえない二人。

 

二人の視線に気づいたのか、ナジェンダは申し訳ない顔をして紙を拾い上げ、深く椅子に座り込んでため息をついた。

話さなければならないことだからと、ナジェンダは二人に手招きすると話を始める。

 

「つい先ほど、革命軍から連絡がきた。本隊がシスイカンを突破したことにより、帝都を包囲しつつ増援を待って合流しだい一気に帝都を攻める。それが計画だった」

 

だが、とナジェンダは続ける。

頭を抑えながら、彼女は革命軍から伝えられた現状を二人に聞かせた。

 

「蜂起の協力を頼んでいた有力者たちの一部が……進軍を拒否してきた」

「な!」

「どうして!?」

 

革命軍は確かに多い。しかしながら、それだけでは帝都を完全に包囲し、圧殺するには不十分であった。ブドーがいなくなったとしても、エスデスをはじめ帝国軍という戦力がまだ残っている。

だからこそ、数は革命軍の勝利においては必要とされるものであった。だからこそ、地方の有力者に協力を呼びかけ根回しをしていたが……今この場面で蜂起を断られるのは大きな痛手であった。

 

しかも、その理由がまた問題なのである。

 

「特に協力的だった地方領主の軍が……壊滅させられた。さらに報告によると、合流予定だった革命軍の支部の軍勢が一部、やはり壊滅している」

 

革命軍にとっては今こそ革命を起こす時であった。しかし、有力者たちはあくまで、趨勢を見て革命軍に協力するかしないかを決定する盤面であったのだ。

そこへ、革命軍に協力的だった領主軍の壊滅。しかも革命軍自体においても被害が出ている。見せしめのごとく行われたその殺戮に有力者たちの一部が躊躇を始めたのだ。本当に勝てるのか、革命は成功できるのか、と。

 

何を臆病なと思う者がまず革命軍の中にはいたことだろう。

だが、有力者たちとしては革命に協力するというのは一世一代の博打に等しい。彼らは今の帝国でも苦しいとはいえそれなりの状態を保つことができていた。是が非でも帝国を打倒せんとする革命軍とは立場やスタンスが違ったのである。

全員といわずとも、躊躇してしまう有力者が現れることは自然なことだったのだ。

 

さらに、軍勢が殺されたことによって、こちらの数が減らされたというのも事実。

それはつまり、帝都包囲への布陣に大きく影響することを意味していた。

 

「何があったんだ……?」

 

呆然としつつ呟くタツミ。

帝国軍が動いたとは考えられない。今まさに帝都が攻められようとしているのだから、その防衛に力をまわすはずだし、地方とはいえ軍を壊滅させる規模の帝国軍が動いたのならば必ず事前にわかるはずだ。それならば壊滅的被害を受けるようなこともなかっただろうし、有力者への根回しについてもフォローが事前にできたはずだ。屈強なエスデス軍も現在は西の異民族と戦っているため、身動きが取れないはずだ。

 

「……報告によると、襲撃を仕掛けてきたのは少数部隊だったらしい。生存者によると”黒い瘴気”が辺りを覆い、襲撃部隊を率いていたらしい女を攻撃しようとした同志たちが次々に死んでいったそうだ。現場に駆けつけた者の話では、何百人もの兵士が自ら刃物を喉に刺したり首を絞めたりと、凄惨な状態だったようだ」

 

それは、とアカメが口にする。

同じような状況を引き起こす人物の存在を、彼女たちは知っている。

 

「アリィ……奴の仕業か」

「まず間違いないだろう。報告にあがった女の特徴も、彼女と一致している」

 

 

これは推測になるが、とナジェンダが語る。

なぜこの襲撃が起こったのか。どうして今なのか。

 

「報告では突然現れたらしいからな、タツミが以前話していた空間を移動する帝具によって襲撃をしかけてきたと考えると計画的であったと考えられる。同時期に大きく距離が開いたところへ同じ人物が襲撃を仕掛けているんだ」

 

カイリが使用するシャンバラ。これがアリィの襲撃の要であった。

アリィの指示によって、カイリは地方有力者のリストからアリィが選んだ者の陣地付近をマーキングし、襲撃の用意を整えていたのである。

 

「狙いはおそらく、我々革命軍の士気低下、そして戦力の低下だろうな。事実革命に参加するはずだった者たちが足踏みする状態になっているんだ。そしてなぜこのタイミングか。おそらく……その理由は我々だ」

 

タツミ奪還のための、ナイトレイドの襲撃。

確かにこの襲撃はブドーとエスデスに対抗するためナイトレイド全戦力をもって行われ、犠牲はあったもののブドーの撃破、そしてタツミ奪還をなしとげた。

だが、だからこそ、アリィもまた襲撃を決行する事ができたのだ。

 

「革命軍本隊はシスイカン攻略のために戦力を固めていたからな……帝具使いもその戦いに投入されていた。そして、同じく帝具使いである我々が帝都に襲撃をかけた」

 

つまり。帝具使いの所在がほぼ確定されたのである。

それはすなわち、アリィが襲撃を仕掛けた際に大きな障害となったであろう帝具使いがアリィの襲撃先にはいないと予想された。だからあの臆病なアリィが襲撃をかけることができたのだ。

帝具使いでない普通の兵士は、アリィに敵意を向ければ彼女の帝具で一掃できるのだから。

 

「……マジかよ」

 

重い、重い空気がアジトに満ちる。

 

エスデスやブドーという怪物に気を取られていた革命軍は、忘れてはいけなかった。

アリィという怪物の存在を、忘れてはいけなかったのである。




予告どおりオリジナル描写でお送りしました。

この話を書きながら、第9話書いていた頃のことを思い出しました。
あの頃は夏でしたね、早いものでもう春ですよ、皆様の応援のおかげでアリィはここまで続いています。
第9話を更新した後、「ブドーさんマジお父さん」という旨の感想が結構多かったなあ、と。事実、アリィにとっても結構大きな存在だったのです。


いよいよ原作でいうと13巻に突入します。
アリィ慟哭編、最後の山場ですね。
アカメとクロメはどのような決着を迎えるのか。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。