侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第45話 生きていたいから死にたくない

願っていた。

信じていた。

 

いつか、この暗黒時代が終わるのだと。

いつか、平和な時代が訪れるのだと。

 

そして決意したのだ……「自らの手で、新しい時代を」と。

 

当然ながら楽な道のりではない。立ちふさがる壁は大きく、敵には数多くの強者がいる。

それでも、自分ができることがあるのだと信じていたから、戦っていけたのだ。

辛いことだってたくさんあった。それでも、未来を信じることができたのは。

 

「あ……あ…‥」

 

自分一人だけではない。

仲間がいるからこそ、きっと未来が開ける。そう信じていた。

志を同じくする者が集まって、新たな時代を作ろうとしていた。

 

「なんだよ……なん、でだよ……」

 

だが、だが……。

信じて”いた”、というのに。

 

 

 

 

 

 

「はじめまして。そして……さようなら」

「やっと、新しい時代が来ると思ったのに……なんでだよぉぉぉォォォ!!」

 

 

 

 

 

革命軍に所属していた青年は、無念と悔しさからただ、叫ぶことしかできなかった。

新しい時代を語り合った同志たちは骸となって周りに倒れ伏し。

辺りを黒い瘴気が覆いつくした異様な光景の中、青年はこの惨状を作り出した張本人を前に、泣き叫びながら死んでいった。

 

死んでいった青年を前に、彼女は何も表情を歪めることはない。

ただ、やるべきことをやっただけ。その程度の認識しかなかった。

 

「アリィさん。生存者はもういないようです」

「ご苦労様です。さて、戻りましょうか」

「しかし……シスイカンの革命軍本隊はよろしかったのですか?」

 

暗殺部隊の一人から出た質問に対し、アリィは静かに答える。

 

「えぇ。あそこはいまも戦闘状態です。我々がそこに入ろうとするには今以上のリスクを冒す必要があります。また、私の情報が本隊には多少なりとも出回っているでしょうから、万が一にも私のイルサネリアに対抗しうる帝具の使い手がいる可能性もありますし……何より、どうしてもあそこを叩けば、革命は始まることがないでしょう。だから意味がない」

「……え?」

 

革命軍は倒す。革命なんて、認めない。

アリィがそう思っていると暗殺部隊の全員がそう思っていたし、事実アリィはそう思っている。

ゆえにアリィが「革命が始まることはないから」という理由で本隊攻撃をしなかったことを疑問に思わずにはいられなかった。

だが、違うのだ。

彼女にとって、革命を阻止するということは”大前提”である。

 

そう。

問題は、革命を阻止できるか(・・・・・・・・・)、なのだ。

 

 

 

 

 

スサノオを一人残し、ナイトレイド4人は危険種の背に乗って空へと浮かんでいた。

このまま飛行によって撤退していく。スサノオの覚悟に報いるためにも、何としても逃げ切らなければならないとスサノオの主であったナジェンダは思っていた。

 

(結局……私は生き延びてしまったようだし、な)

 

スサノオの奥の手、禍魂顕現は三度使えば死に至る奥の手であり、ナジェンダはすでにその三度を使っていた。つまり、本来はもう死んでいるはずなのだ。

そのはずが生き延びたのは、三度目が”重ねがけ”という常用外の発動であったからに他ならない。

元々奥の手が発動していたために必要となった生命力が少なかったことにより、ナジェンダの生命力が全て使い切られることはなかった。

 

周りを見てみれば、アカメやマインも傷つきこそしているものの、命に別状はないようでくたくたの顔をしている。それでも何とか、生き延びたのだ。

 

「タツミ!?」

「ぐ……う……」

 

だが、もう一人……タツミの様子がおかしかった。

青ざめた顔で目を閉じ、苦しそうにうなり声を上げている。

この理由は二つある。ひとつは、インクルシオの急激な強化によって、体に大きな負担をかけていたということ。

そしてもうひとつは……大臣の仕掛けた罠だ。

 

彼が処刑台から解放されたとき、インクルシオの柄に巻かれていたイバラには毒が仕込まれていたのだ。

イバラを知らずに柄をつかんだ時から体には毒が入り込んでしまっている。

幸いにもその後の戦闘でインクルシオと半ば混じり合ったことにより、体の抵抗力が強化され戦闘中に毒の影響が出ることはなかった。

だが……それも限界。戦える状況ではなくなっていた。

 

「インクルシオの過度の使用によるものかもしれん。革命軍には帝具に詳しい者もいる……彼に見てもらえばきっと」

「……タツミ」

 

やっと助け出せたのに、とマインは涙をこぼす。

自分の体とてボロボロだが、タツミはそれ以上だ。

これ以上誰も失いたくない。まして、タツミを――

 

そう思っていたところを、雷が襲った。

突如の雷により危険種が、そしてナイトレイドの全員がダメージを負う。

ナジェンダ達はまだ耐え切ることができたが、危険種には耐えられなかったようで、そのまま地面へと落下していく。

 

「ぐ……」

「雷……まさか」

 

腕を貸したりと協力し合って何とか立ち上がったナイトレイドの視線の先。

そこには、一人の男が浮いていた。

傷つき、全身や口から血を流しつつも、もはや血走った目で彼らを見つめている男こそ帝国最強とまでもてはやされた武官の頂点。

 

「ブドー……浮いているのは、帝具の力か……?」

「貴様らは逃がさんと言ったはずだ……」

 

ブドーは右手を前に出し、左手を添える。

彼とて限界に近い。しかし、今を逃せばナイトレイドには逃げられてしまう。

だからこそ、体に鞭打ってでも最後の攻撃を放つために気力を振り絞っていた。

 

しかし、ナイトレイドの側とてむざむざとやられるわけにはいかない。

 

「ふざけんな……何がなんでも、皆は殺させないわよ……!」

 

マインは体の痛みを押し殺すように前に出る。

ちらりと後ろを振り返ると、ナイトレイドの仲間、そして今もなお意識が戻らないタツミがいる。

彼を守る。そう考えると、なぜか痛みもやわらぐような気がした。

前へ向き直ると、今まさに攻撃を放とうとするブドーへとパンプキンを向け、照準を合わせる。

 

「……裁きだ! ソリッドシューター!!」

「パンプキン!!」

 

放たれた攻撃は、アドラメレクの奥の手”ソリッドシューター”。

光線のごとき強力な雷撃を放つ技である。

対して、マインもパンプキンによって全力の砲撃を放つ。

二つのエネルギーはぶつかり合い、激しい光と音をまき散らしながら互いに押し合っていた。

 

「無駄だ! この雷撃の前では誰もがひれ伏す!」

「そう? それは大ピンチね」

 

ピンチになればなるほど威力を増すパンプキン。

その状況により威力を増し、アドラメレクの奥の手だと言うのにもかかわらずソリッドシューターには決して劣らぬ威力を見せていた。

ならば、更なる雷撃で消し飛ばすまで。そう考えたブドーは費やす雷撃をさらに増加させる。

これによりパンプキンの砲撃を押し返せる……はずだった。

 

(なぜだ……なぜ押し返せない!?)

 

現状に驚愕しか浮かばなかったが、マインを見たことでブドーは気づいた。

決して近い距離ではなかったが、それでも気づいてしまったのだ。

あの目は、あの顔は、全てを覚悟した者が見せるものだ。

どんな犠牲を払ってでも、思いを遂げようとする者が見せるものだ。

 

(アタシの精神エネルギーを……全て、注ぎ込む! たとえ死ぬことになっても、全てを出しきってでも、勝つ!)

 

全気力を振り絞っての攻撃。ただでさえ体は限界に近い。

しかし、マインは全てをパンプキンの砲撃にかけた。

全てを注ぎ込まれたマインの砲撃は、やがてどんどんソリッドシューターを押し返していく。

 

「まさか、この威力は……まさか!」

 

思い起こせば、今回の戦いは何度だって兆候が出ていたではないか。

 

命がけでタツミの救出に来たナイトレイド。

いや、ブドーが思っていた以上に、個人個人だってより顕著な兆候を見せていた。

 

無理をして鎧と混じってまで、インクルシオの力を強化し戦ったタツミ。

使えば死に至るとされた奥の手を発動させたナジェンダ。

そして今、全てを注ぎ込んでまで自らを打倒せんとするマイン。

 

(そうか…‥だが。貴様らは必ず死ぬ(・・・・)。革命のため戦っていくのならば、もう長くはないだろう)

 

迫りくる砲撃を見ながらブドーは思っていた。

 

 

 

 

 

彼らはもう、「生きたい」とは思っていないのだろう、と。

 

 

 

 

 

ブドーは知っている。

イルサネリアは、相手の悪意に反応し、悪意を自傷衝動や自殺衝動へ変えるものだ。

 

だが、イルサネリアは瘴気が相手に感染するというのが問題となってくる。

アリィの前におらずとも、革命を目指すというアリィにとっての悪意は革命軍なら誰もが持っている。

その気持ちだけで即自殺衝動にまでなるほど大きな悪意とは限らない。

 

だが、じわりじわりと毒のように、自ら死に向かう衝動は対象の気持ちから変換され、育まれていく。

死にたいと本人が自覚せずとも、「生きたい」とは思わなくなっていく。本来生物が持っている生への執着がなくなっていくのだ。

なぜなら、生への本能よりも死への衝動が大きくなっていくから。

 

つまり、アリィの敵は感染した時点で彼女の敵であり続ける限り、生きる意思を少しずつ、しかし確実に失っていくのだ。

 

アリィへの悪意という彼女の死相が、相手へと伝染し相手の死相を作り出していく。

死にたくない少女のために、少女への悪意を持つ者達は生きる意思を失い死んでいく。

 

それが、死相伝染イルサネリアの本質だ。

 

人から生きる意思を奪う帝具。自ら死へと向かわせる帝具。

これを恐ろしいと言わずして、何を恐ろしいと言うのだ。

 

(貴様らは最後までわからないだろうな……自分が、何を犠牲にしているのかを)

 

パンプキンの砲撃にのみこまれたブドーは、思ったことを教えることもなくその命を散らしていった。

ブドーを破った光景を確かにその目に映しながら、マインもまた崩れ落ちる。

すでに無理をさせてまで砲撃を放ったパンプキンの砲台は砕け散っている。

 

(やったわよ……タツミ……)

 

崩れ落ちたマインの元へナジェンダ達が駆け寄る。

帝国の要の一人、ブドーを倒した功績は大きい。現在本隊が足止めされているシスイカンとてブドーによる指揮があったことが大きい。その彼を撃破したと言うことは、革命の進歩においても大きな影響となる。

 

だが……

 

「良くやったなマイン。これで革命軍は……マイン?」

 

彼女は、もう返事をすることはなかった。

 

ソリッドシューターを打ち破るため、精神エネルギーを全て出し切り放った砲撃。

「たとえ死んでも」と放ったその砲撃は確かにブドーを破ったが……彼女の生きる気力もまた、なくなっていた。故に彼女の体は、生命活動を放棄するに至ってしまっていたのだ。

 

「マイン、しっかりしろ……マイン!!」

「タツミはどうなる!? タツミを置いていったら、ダメだろうっ……!」

 

二度と目覚めぬ彼女の顔は……まるで何かをやり遂げたかのように、満ち足りた笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

マイン、死亡。

ナイトレイド 残り三人。

 




イルサネリアの本当の恐ろしさ。
わかってはいた方も多いでしょうが、闘技場におけるナイトレイドの戦い方を振り返ってみるとその異質さが極まっていたことが感じられればと。
また、実のところ暗躍編においてタツミ、ナジェンダ、マインがイルサネリアに感染したという描写が今回につながっています。

さて、これでプロットで一番原作に沿う必要があった帝都動乱編が終わりました……

もちろん原作をベースに書いていくのは変えませんが……
これからはガンガンオリジナル描写を増やしていくぞ! ガンガンな!

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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