侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
処刑、当日――。
処刑場となる闘技場には、帝都に住む多くの人間が詰めかけていた。
そのため、客席はすべて埋まっていると言っても過言ではない。
特に、富裕層の人間は見逃してはたまらないとばかりにこの公開処刑を見に来ていた。
闘技場の中央には十字の柱に固定されたタツミ、そしてそばには同じく固定された彼の帝具・インクルシオの鍵がある。
今回の公開処刑では、革命軍の帝具の一つとして知られていたインクルシオの破壊も行われる予定だ。
もっとも、これは帝具を壊されてはならないと、ナイトレイドが助けに来るよう仕向けるための餌である。
群集がいまかいまかと処刑のときを待っているが、そのざわめきはひときわ大きく響く声によって中断される。
帝国の頂点に――表向きは――立っている皇帝が、ついに処刑を始めるに当たって演説を始めたのだ。
「帝国の国民よ! 我が臣下の尽力によって、巷を騒がせてきた賊、ナイトレイドの人間が捕縛された! 彼らの正体は、近頃帝都の平穏を脅かし、混乱を巻き起こさんとする革命軍の尖兵であった!」
皇帝がいる特別席には他に後三人の人間がいる。
皇帝が演説をする姿を、後ろから笑顔を浮かべて見つめているのが大臣・オネスト。
そして皇帝を護衛するために一度観戦席のほうへ上がっている大将軍・ブドー。
最後にもう一人、皇帝の世話をするために付き添っている皇帝つき侍女・アリィ。
「では、後は頼みましたよ、ブドー大将軍」
「大臣、どちらへ?」
「昼食の時間ですので」
皇帝の演説が終わりに近づくにつれ、オネストはこの場を立ち去る準備を始める。
彼だけではない、このあと皇帝もまた退席する。
ゆえに侍女たるアリィもまた、立ち去る姿勢を見せる。
「我が帝国を、この豊かな都を、侵すことは何人にもできない! 帝国は、帝都は不滅である!」
(大臣にアリィ……逃げるか。二人の考え方からすれば当然ではあるな)
「ではブドー大将軍。失礼いたします」
何も言わずに首肯したブドーは、皇帝が演説を終え、そしてオネストに連れられアリィ共々去っていくまでを見つめていた。
すでにエスデスは舞台にいる。十字の柱に縛られたタツミを、厳しい目で見つめている。
処刑の告知でこそその担当はエスデスとブドー両名とされていたが、実際はエスデスが自らタツミを処刑することを大臣に直談判しているため、ブドーが手を出すことはない。
しかしながら、勝手にことを進めてもらっても困る。
もとより、公開処刑は表面だけの意味を持っているわけではない。わざわざインクルシオまで持ち出して餌としたのだ。
ナイトレイドをおびよせる。それこそが本当の狙い。
ブドーは階段をおりてエスデスの元へと近づいていく。
「餌に帝具までつけたわけだが、ナイトレイドは来ると思うか?」
「ナジェンダの甘さからすれば十分ありうる。何より、
なるほど、とブドーは頷いた。
何より死を恐れる彼女が、自分の脅威足りうるナイトレイドの処刑を見届けずここから去った。
それはつまりここにいては危険だということ。
ここにいては危険だということは……ここで戦いが起こりうる。つまりは彼らが来るということなのだろう。
この隙に宮殿が襲撃される恐れでもあるのではと小言を言うつもりであったがやめた。
アリィに宮殿警備をさせるよう厳命した以上イェーガーズをはじめ多くの兵士が待機しているはずだし、何よりアリィが闘技場にいるよりそちらに戻ることを選んだ。襲撃の可能性は完全に否定されないにせよ、ここにいるよりは安全だということだ。
タツミは新たに現れたブドーを見つめると、厳しい視線を向ける。
以前ここでアリィによる罠にはめた際、最終的に彼を取りさえたのがほかならぬブドーだ。
だからこそ厳しい目を向けられているとブドーは思っていたのだが、タツミにとってはそれだけではなかったらしい。
「あんた、大臣の非道を知ってるんだろ……? 言うこと聞いていていいのかよ…‥‥!」
自分の死が迫っているにもかかわらず、泣き叫びもせず義を訴える。
タツミのそのあり方にブドーは笑みを浮かべた後、一転して厳しい表情を見せ、答える。
「私の家は代々帝国を守り続けてきた。陛下と帝国を守ることこそが我が使命だ」
だからこそ、たとえオネストの非道を知っているとしても、今は動かない。
「優先すべきは帝国を滅ぼそうとする反乱軍の制圧だ。しかる後、こうなる原因を招いた大臣と決着をつける」
毅然とした態度で答えるブドーに、それ以上何も言えなくなるタツミ。
一方、エスデスは面白そうな笑みを浮かべながらブドーとタツミのやり取りを聞いていた。
笑みを浮かべたのは、革命軍と戦った後の、さらなる戦乱への期待のためである。
(まぁ、その時は私が相手だがな……楽しみだ。いや、しかし……あいつは、どう動く?)
脳裏に浮かんだのは、彼女にとって気に食わない少女。
戦いを愛するエスデスにとって、平穏を愛する彼女は相いれないと言ってもいい。
さらに言うならばどんな攻撃を向けようと、それを許さない特異な能力を持つ帝具の使い手でもある。
彼女は革命軍を倒す気である、それは間違いない。だから少なくとも今は敵ではない。
しかし、その後は……?
今は考えてもきりがない、とエスデスは頭からひとまず彼女のことを振り払った。
剣を抜くと、まっすぐにタツミへと向ける。
「そろそろ時間だな」
「タツミを殺すのは私だ、手を出すな。死体ももらうぞ」
「構わん。そういう取り決めだ」
ああ、と答えたエスデスはゆっくりとタツミに近づいていく。
一歩、また一歩。
「人体についてはおおよそ知り尽くしている。どこを壊せば死ぬか。どこを切れば痛めつけられるか。よくわかっている。…‥‥お前の生命力の高さに期待するぞ、タツミ」
「……そうかよ」
近づいてくるエスデスという絶望を前に、タツミは不思議と心が静かなのを感じていた。
恐怖がないわけではない。ただ、強くは感じないと言うだけだ。もとより覚悟はしていたのだから。
目の前ではなく周りへと意識をやってみると、観戦席にいる数多くの人間が自分を見つめていることを感じる。
笑い。笑い。笑い。
誰もかれもが、今まさに執行されようとしている処刑を楽しみにして嗤っている。
そのなんと醜悪なことか。
(客席の連中……嗤ってやがる。俺が死ぬのがそんなに面白いのか)
だからこそ彼の決意は強固になる。
どんな拷問をされようとも決して屈するものか。決して泣いたり悲鳴をあげたりするものか。
自然と口角が上がってしまう。
ならば笑おう。凶悪犯と見られようが笑ってこの処刑を受け入れて見せよう。
笑って死んで……ナイトレイドの誇りを見せつけてやる!!
エスデスの刀はもう眼前。
処刑が執行されようとしたその瞬間……大きな音と共に、壁の一部が吹き飛んだ。
「ナジェンダか!?」
「本当に来たか……」
吹き飛んだ壁から入ってくるのは一人の少女。
ツインテールの髪を風にたなびかせ、たった一人でブドーとエスデス、二人の強大な相手に対峙した。
彼女は――
「マイン! 何やってんだ逃げろ!」
タツミの悲痛な声にもかかわらず、マインは笑って言い返す。
「助けに来てあげたのに、何よその言い草!」
「ば、バカ野郎……」
普段見せないタツミの顔。
苦渋と喜びが混ざり合ったようなその複雑な表情に、僅かにエスデスが眉をひそめる。
「手配書の顔と一致するな……貴様一人か? どうせアカメなども潜んではいるのだろうが」
「そうよ一人よ! アタシはナイトレイドのマイン! おバカな恋人が捕まって聞いたから、仕方なく助けに来てあげたわ!」
恋人。
確かにタツミはいった、好きな相手がいるのだと――
自らの恋をも阻む女が彼女だとわかったとたん、一気にエスデスの目が冷徹なものへと変わる。
「ナイトレイド……ここで貴様を処刑する」
ブドーがアドラメレクを起動させ、電撃の弾丸を放つが、マインはすかさずパンプキンを放つ。
「なにっ!?」
弾丸ごと自分を吹き飛ばすその火力にブドーは瞠目する。
パンプキンはピンチになるほど火力が上がる帝具である。相手はブドーとエスデス、帝国最強格を二人相手にマインは一人。
さらに
「タツミは……渡さん」
エスデスを前に、「自分が恋人だ」とあえて宣言することでエスデスを挑発。
何十本もの氷の柱を一瞬で作り上げ飛ばしてくるほどにエスデスの本気を引き出したこの状況は……
「あああああああああああああっ!!」
パンプキンの火力を、大幅に引き上げていた。
(あんなにあった氷の柱を全部、薙ぎ払った……。こんな死地に、たった一人で乗り込んでくるなんて……。俺には、もったいないほどの女だ)
マインの奮戦に涙するタツミ。
一方マインの方も、火力が上昇することを見越してメンテナンスを重ねたパンプキンがオーバーヒートしていないことにひとまず安堵して笑みを見せる。
だが、笑ってもいられなかったのが観衆たちだ。
突如乱入してきたナイトレイドが見せた帝具の火力。そして、実際にブドー大将軍が吹き飛ばされたというこの事実。
笑ってみていられる余裕など、小心者の彼らにはなかった。
「なんだあの火力は」
「だ、大将軍が……」
「ここにいては我らも危ないのでは……」
「に、逃げろおぉぉぉ」
観覧席はあっという間に大騒ぎになり、観衆たちは先を争うようにして逃げ出した。
それはナイトレイドとブドーやエスデス、両方が予期していたことであり……
アリィもまた、予期していたことだった。
「騒がしくなってきましたねぇ……」
「現れたということでしょうね、ナイトレイドが」
宮殿へと移動する馬車の中、オネストとアリィが騒ぎに気付いて口を開く。
皇帝は不安そうな顔をみせるものの、オネストが笑顔を浮かべてなだめる。
処刑の場にはブドーとエスデスという二大戦力がいる。当然帝具持ちであり、ナイトレイドの複数人相手でも十分に渡り合える猛者である。
「さて」
ナイトレイドが現れた……これが彼女にとっての、第一段階。
「ヌフフフ……アリィ殿、何かご予定が?」
「えぇ、まぁ。私のような小心者があの場に行くつもりなどさらさらありませんが、その分できることをしておこうか、と」
皇帝は頭に疑問符を浮かべているが、アリィは口を閉ざしたまま宮殿への到着を待つ。
エスデスとブドー、二人の帝具はそのどちらもが複数を相手どれるものであるが、言い換えれば
雷と氷がふりそそぐ場に、アリィが危険をおかしてまで向かうつもりなど全くもってない。
だが。
ナイトレイドが襲撃をかけてきた……という今この状況において。
いくつかの手札を用意したアリィが、脅威の排除に動かないわけがない。
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
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