侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第40話 本音を吐露して死にたくない

なぜ。

どうして。

 

アリィは今、混乱の中にあった。

 

自分を殺そうとした相手のことなど、普段は気にしない。

自分に危害を加えるなら、排除する。それが今のアリィなのだから。

だが、今回は少し事情が違う。

今、目の前にいるのは自分を追い詰めている革命軍にしてかつて自分を追い詰めた存在……ナイトレイド。

その一員である男が自分に憐れみの目を向けたことが、アリィには見逃せることではなかったし、理解できることでもなかった。

 

「どうして……ですか……」

 

他の人間が憐れみを向けても、アリィがここまで狼狽することなどなかっただろう。

だが、ナイトレイドの人間だった……それが問題だったのだ。

さらに言えば、状況も悪かった。

アリィに悪意が向けられた状態であったなら、恐慌状態に陥るアリィはラバックの視線など気にも留める余裕はなかっただろう。

だが、今はアリィが一方的に危害を加える側であり……落ち着いた状態であったからこそ、直接感情を揺さぶられた。

 

「なんで! なんであなたがそんな目をするんですか!」

 

彼女は数度にわたりナイトレイドに命を狙われている。

民をさらって拷問をしていたために一家が標的として狙われた時。

ロマリーにおいてチェルシーを殺したがために、マインに追い詰められた時。

 

しかも、ナイトレイドはアリィの立場を追い詰めかねない革命軍の部隊。

一方でアリィはナイトレイドのチェルシーやレオーネを殺害している、ナイトレイドからしても怨敵といえる存在だ。

アリィは当然ナイトレイドを憎んでいるし、一方で自分は憎まれているだろうとも理解していた。

 

「どうして、今! そんな目で私を見ることができるんですか!?」

 

さらに、今まさにラバックには拷問を施しているさなかだ。

ラバックにとっては憎んでも憎みきれない存在のはずだ。

だからこそ。アリィは、ラバックの憐れみの目が理解できなかったのである。

 

「は……。やっぱ、あんた、は……」

 

狼狽する彼女を、ラバックは静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

ラバック。

ナイトレイドの一員となる前は、ナジェンダと共に帝国の軍の一員として勤めていた人物だ。

彼が革命軍になったことに、特別深い理由はない。

帝国の現状についてよく思っていなかったこと。そして、敬愛する上司であるナジェンダについて行きたかったこと。ただ、それだけだ。

 

アカメのように子供時代を辛い修行だらけの日々で過ごしたわけでもない。

マインのように迫害と差別を受けて過ごしてきたわけでもない。

ましてや、レオーネのように貧しい日々を過ごしたわけでもない。

 

彼は裕福な商家の四男坊として……特に何の苦労もない日々を送ってきたのだ。

軍に入ったのだって、四男には家を継ぐことが難しいという理由もあるが……一番大きな理由はナジェンダに惚れたという実に個人的な理由だった。

 

今までの人生を、「不幸だ」と思ったことは一度もないのだ。

ナイトレイドとして戦う現在のことだって、不幸だなんて思っていない。

それぐらい、彼の人生は恵まれていたと自覚している。幸せだったと思うことができる。

 

だから……だから、わかってしまう。

 

 

 

 

 

アリィという少女だって、自分と同じような幸せな人生を送れたはずなのだ……と。

 

 

 

 

 

アリィのことを初めて知ったときはただの標的にしか思っていなかった。

レオーネをはじめとする仲間たちが殺し損ねたときは不気味に思った。

仲間を殺された時は憎しみだって感じた。

 

だけど……実際にここまで相対して。

そして、彼女の身の上を直接聞いたからこそ、わかってしまった。

 

どちらも裕福な家に、同じ時代、同じ時期に生まれた者同士。

では何が違うのか。

それはあまりに……どうしようもないこと。

 

”どんな親だったのか”――大きな違いが、そしてたったそれだけの違いが、あった。

 

アリィという少女がここまで歪んだのは、元をたどれば親の拷問に付き合い、どんどん精神を摩耗させ、死に強い、あまりにも強い恐怖を感じるようになっていったからだ。

エスデスのように生まれつきの残酷さがあったわけではない。

 

一方でラバックの親は帝国の闇に染まっていない、まともな人物であった。

少なくとも、人を虐げてそれを喜んだり、息子に同じことを強いる人物ではなかった。

 

そしてそれは、同時にある一つの事実を指している。

すなわち……

 

アリィとラバックは、どちらがどちらの立場になってもおかしくなかった、という事だ。

 

 

 

 

 

「俺は、さ……商家の生まれで。けっこう、楽に、生きてきたんだ……」

 

ラバックは語る。

自分の生まれ。そして、親のこと。

アリィはいつのまにか彼の話に聞き入っていた。

彼が歩んできた人生は、軍に女性を追いかけて入ったという彼の意志による行動を除けば、同じ立場の話ばかりだったから。

 

「あんたの話を聞いて、思ったよ。もし、親がまともだったらさ……? あんただって、人を拷問にかけるようなこと、しなかったんじゃ、ないかってさ……」

「…………」

 

アリィ自身、かつてドロテアに告げていたことを思い出した。

サンディス邸に隠されたあの地下室で、自分の恐怖は育まれたのだと確かに言った。

親の本性を知る前の日々を、懐かしく思ったこともあった……。

 

「それとも、お前が望んでやったのか……? お前がやってきたことは、お前が望んで」

「そんなわけ、ないでしょう」

 

自分の言葉に割り込んで口を開いたアリィを見て、ラバックは話すのをやめる。

震えるアリィは自分を抱きしめながら、言葉を漏らす。

黙っていることなど、できないとでもいうように。

 

「だって……しょうがないじゃ、ないですか」

 

アリィの声もどこか震えていた。

ラバックに反論するその声には、いつものような冷静さも、自信もなかった。

 

「幼い頃の私が……あの狂った親を前にして、逆らえるわけが、ないじゃないですか! 私だって嫌だった! 怖かった! でも、拒むことなんてできなかった!! 私の肩を後ろから押さえていたあの感覚が、今もずっと残っているんですよ!?」

 

泣き叫ぶように、アリィは本音を吐き出した。

誰にも話すこともなく、自分で意識すらしていなかった心の奥の叫びを、誰に聞かせるわけでもなく吐露し続ける。

その様子を、ラバックは何一ついう事もなく黙って聞いていた。

 

「やらないと自分が同じような目に合う気がしたから! 目の前の女の子と同じ目にあわされるんじゃないかって怖くなったから! だから、だからずっと親の言うままに続けてきた! そして、もう恐怖がどうにもならなくなった時に、あなた達が来た!!」

 

アリィがラバックを睨みつけるその目からは、涙がぼろぼろと流れ出していた。

ラバックは思う。

親のいない日々を自分の仲間たちは過ごしてきた。彼女たちは、自分の意思で抗うことはできたのかもしれない。

けど、自分はアリィと同じ状況になったら、きっと拒むことはできなかったのだろうと。

だからこそ、自分は、彼女の言葉を否定することは決してできないと、そう思って聞いていた。

 

誰もが強いわけじゃない。誰もが幼い時から自分の意思を親に抗ってまで貫けるわけなんて、ないのだ。

 

「どうして、どうして後になってから来たんですか! どうして、あの最初の日に来てくれなかったのですか! どうして……手遅れになるまで、止めてくれなかったんですか!!」

 

アリィだって叫びながら自覚はしていた。たらればの話をしたって意味はないと。

自分の叫びは言いがかりであるということくらい、わかっている。

けど、それでも叫ばずにはいられなかった。

 

命を狙われ続け、死に怯え続けた彼女の心は……もう、疲れきっていたのだ。

ボロボロの心は、彼女の本音を止めることなどできなかった。

 

「アリィさん!? いったい何が……」

 

アリィの慟哭が聞こえたのだろう、ラバックも見慣れた拷問官の姿をした人物が慌てた声でアリィたちの方へと走ってきた。

自分たちへと走ってくる姿を見てようやく我に返ったアリィは、大きく息を吸い込むと涙を腕で拭った。

 

「……すみません、お見苦しいところを見せました。後は任せていいですか」

「は、はい」

 

アリィはラバックに一度視線を向けると……何も言わずにその場を立ち去って行った。

後に残されたのは鎖で吊るされたラバックと、拷問官だけ。

 

「やっぱ……アリィだって、ただの、女の子だったんだ……」

 

はー、と息を吐いた後、体の痛みなど気にしていないかのように笑いながら、拷問官へと顔を向ける。

対する拷問官は、顔をお面のようなもので覆っているためにその表情を見ることはできない。

 

「さあ、拷問を続けてみろよ、俺は何も喋るつもりは」

「もう、いい」

 

 

 

 

 

ガチャリ、と牢の扉が開く音を聞いてタツミは顔を上げる。

入ってきたのはエスデスだった。

手には湯気が出る皿を持っており、どうやらタツミへと食事を持ってきたようだ。

 

「……何の用だ。俺の答えは変わらねえよ」

 

だが、タツミは変わらず拒絶の姿勢をとる。

得意料理を作ってきたのだがな……と残念そうにするエスデスだったが、今回ばかりはそれだけで帰るわけにもいかなかった。

なにせ、事情が変わった(・・・・・・・)のだから。

 

「私の部下になれ、タツミ」

「嫌だ。帝国の下につく気はない」

「帝国ではなく、私の下につくと考えろ!」

「それでもだ! 戦いを求めるアンタの下につく気なんてない!」

 

叫び返すタツミの前に、サーベルの切っ先が向けられる。

抜刀したエスデスはそれまでとは違う冷徹な目でタツミを見つめていた。

これが最後のチャンスだ、と言外に含ませて。

 

「それなら……お前は処刑だ。私自ら、お前を葬ってやる。お前のためだけの処刑台はすでに用意が始まっているらしいぞ? それから逃れるには、私の部下になるしかない」

「だったら答えは決まってる、俺もラバも……」

 

処刑を選んでやる、そう言いかけたところでふと気が付いた。

今、彼女は何と言った?

 

お前のためだけの(・・・・・・・・)

 

エスデスの口が、開く。

冷徹な視線を一切変えることなく、タツミから決してそらさないままに。

 

 

 

 

 

 

カァ、カァ、カァ、とカラスの声が帝都に響く。

夕焼けの中、民衆は広場にあつまってそれを見ていた。

 

一番前には張り紙がなされた看板。

張り紙には「捕らえたナイトレイドの公開処刑を行う」という内容が書かれている。その後ろには看板よりも長い棒が一本、堂々とそびえたっている。

 

 

 

 

 

 

顔だけははっきりとわかるようにしたまま、全身いたるところに拷問の跡を残したラバックの遺体を、磔にして。

 

 

 

 

 

 

 

ナイトレイドが処刑されるだけでなく、その一人を見せしめとして晒してあるこの情景を群衆がどよめきながら見つめる中、一人離れたところで見つめる少女がいた。

 

彼女は、笑う。

 

 

 

 

 

 

「アリィさんの害になるような奴なんて、死んで当然だよ」

 

 

 

 

 

 

彼が死に際に見せた驚愕の表情は、彼女としては笑えるものだった。

なにせ突然拷問官が自分がかつて救った少女に変わったと思ったら、自分に毒針を突き刺したのだ。

事態を理解するまもなく毒に侵され、毒によってもたらされた激痛の中で死んでいったことだろう。

 

(アリィさんがあんなに錯乱するようなことがまたあってはいけない……アリィさんが害されるようなことはあってはいけない)

 

報告のために訪れていた彼女はアリィの錯乱した声に気づくと、姿を変えてアリィの前に現れ、そしてアリィのためだけにラバックを殺した。

姿を変えたのもアリィの部下である自分がラバックを殺したことが問題視され、アリィに責が及ぶことを避けるためだ。元に戻った姿をラバックにこそ見せてはいるが、他の人間は通路以外にはいなかった。

アリィだって、ラバックを殺したのが彼女だとは気が付いていないだろう。

 

(アリィさんは私たちの希望なんだ……!)

 

胸にあるのは一人の少女への狂信ともいうべき忠誠心。

なにせ、アリィのおかげで彼女は今も生きているのだ。

もしアリィがいなければ、きっと自分は薬によって使い物にならなくなり、処分されていただろうとわかっているから。

 

タツミの公開処刑のことを伝えなくてはと、革命軍の密偵であったパイスに姿を変えたまま、メイリーは鼻歌交じりに帝都の闇に消えた。

 

 

 

ラバック、死亡。

ナイトレイド 残り5人。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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