侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
感想はこれから随時返していきます。
「インクルシオォォォォ!!」
タツミが剣を抜いて吼え、竜の鎧を纏う。
周りには敵、しかもエスデスやブドーをはじめとする帝国トップクラスの戦力がここに揃っている。
まるで、絶対に逃がさないという何者かの意思が形になっているかのように。
逃走は絶望的だ。
だが、それであきらめる理由にはならない。
「この状態でなおも逃げる気概を見せるか。だが帝国に仇なす敵ならば、このブドーが裁くまで!」
「いいぞタツミ……お前がナイトレイドだったのは残念だが、これもまた運命だ。お前を捕らえて、私好みに染めてくれる!」
ブドーが組んでいた腕をほどいてその腕に装着された彼の帝具・アドラメレクを構える。
一方でエスデスも愉悦を顔に浮かべ、腰に下げていた剣を抜く。想い人であるタツミを我が物にしようと、いつも以上に彼女の体からは戦意が湧き上がっていた。
「……死ぬなよ、ラバ」
「誰に言ってるんだか」
ラバックとタツミは背中合わせになって、周りを囲む兵士たちを睨む。
兵士たちだけでなく、帝国の大きな戦力である帝具使いたちの姿も。
哀れみの視線を向けるウェイブがいる。
何の感情も見せないクロメがいる。
厳格な視線を向けるブドーがいる。
愉悦と期待を目に輝かせるエスデスがいる。
そして――――
絶対に逃がさないという、強烈な意思を目に宿したアリィがいる。
彼らの戦いが記されることはない。
その結果は、あまりにもわかりきったこと。あまりにも当たり前の結末。
当然の流れの末の、当然の結果。
奇跡など、起きなかった。
「おぉ、ナイトレイドを捕まえましたか。それも二人とは」
「さすがだな、アリィ!」
皇帝とオネストの前で、アリィは跪きながら成果を報告した。
ブドーをはじめ過剰ともいえるほどの戦力を今回の作戦に投入してもらったのだから、当然といえば当然の結果。
しかし、その当然の結果を無事出せたことによりアリィとしてもひとまずの安心感を覚えていた。
「革命軍が進攻している今、ナイトレイドの人間にはしっかりと見せしめになってもらわないといけませんからねぇ。どんな恐ろしい目にあってもらいましょうか」
「そのことですが……」
ただ、報告しなければならないことはほかにもある。
「捕獲したナイトレイドの一人が、エスデス将軍の想い人だったようです」
「なんだとぉ!?」
「え、エスデス将軍のですか!?」
皇帝だけでなく、オネストまでもが驚いた声を上げる。
特にオネストとしては大いに焦る内容だ。さすがにエスデスに限って情に流されるようなことはないだろうが、それでも好いた男がナイトレイドとなればむしろ逃がして戦いの場に放つかもしれない。
通常の戦争でも、あえて敵を数名生かし、自分への復讐心をたぎらせ後の火種を作ろうとする女性である。
オネストが心配になるのも無理はなかった。
しかし、その心配はアリィから否定される。
「もっとも、エスデス将軍はリヴァ元将軍の時のように彼を自分の部下へと離反させることを考えているようです。ですが相手も革命軍随一の実力者であるナイトレイド。おそらく彼は最後までエスデスの言葉には乗ることはないでしょうね」
「ふぅむ、そうですか……」
アリィの言葉を受け、オネストは考えを巡らせる。
まずはナイトレイドの少年がエスデスの誘いにどう出るか。そしてもし断られた場合エスデスはどう動くか。
アリィの言葉にも確かに一理あるのだ。
「わかりました。まずはエスデス将軍に任せるとしましょう。エスデス将軍なら帝国に悪いようにはしないでしょう」
「かしこまりました。そして、もう一人のナイトレイドですが……」
「現在はどのように?」
「拷問して革命軍の情報を出させようとしていますが、今のところ何も漏らしてはいないようです」
ま、そうでしょうねぇとオネストは息を吐く。
これで楽に情報を吐いてくれるようなら苦労はしないのだ。
もっとも、拷問官の力量が足りないせい、という可能性もないではない。
エスデスに言わせればまだまだお遊び程度でしかないのだろうから。
「拷問を続けなさい。ですが、できれば殺さないようにお願いしますね。もしエスデス将軍が気に入ってるものを引き抜いた場合、そちらの彼に見せしめになってもらわないといけませんからねぇ」
見せしめ。
ナイトレイドを捕らえたことによる、本命の目的がそれだ。
情報はあくまで得られればいいという程度。しかし、革命軍が迫る今、革命軍の大きな戦力であるナイトレイドを大々的に処刑し、見せしめとすることは革命軍の士気をそぐという点でもこちらの士気をあげるという点でも、大いに効果が見込める。
アリィが一礼し、去っていくのを見つめながらオネストはどんなにひどい目に合ってもらおうか、と想像を膨らませるのだった。
そのころ、牢獄では二人の人物が邂逅していた。
「……タツミ」
「………‥‥」
捕らえられたタツミ、そして牢に入ってきたエスデス。
言葉も少ない中、二人はそれぞれの考えを胸に互いを見つめ続けていた。
「タツミ、私の部下になれ」
真っ先に口を開いたのはエスデスの方だ。
彼女としては、ナイトレイドだったとしてもタツミを自分の手の中に収めたい。
彼が自分に従うというのならオネストにかけあって彼を罪に問わせないようにするつもりだったし、できるという自負もあった。エスデスはオネストにとってなくてはならない人材であり、かなりの貢献もしているのだから。
「……嫌だ」
だが、タツミの口から出たのはあくまでも否定であった。
「…‥‥言いたいことはいろいろある。だが」
タツミが睨みつける中、断られたことを一切気にした様子もなく、エスデスはゆっくりとタツミを抱きしめた。
驚くタツミをよそに、エスデスは顔を赤らめながら言葉を重ねた。
「私はお前が欲しい。お前の顔を近くで見たら言いたいことも吹っ飛んでしまった……」
「俺は、あんたの仲間になる気はない!」
「敵味方であるといういざこざはいったん忘れろ。今はただ、お前が…‥」
少年の口元に、ゆっくりと唇を近づけようとするエスデス。
だが。
タツミは、それを認めない。認められるわけがない。
「やめろ!」
「……っ! 何を拒むことが」
「俺は受け入れることなんてできない」
エスデスを突き飛ばして、息を荒げながらもタツミは告げる。
己の気持ちを。
キョロクの戦いで間一髪のところを救い、そして……
キョロクからの帰りに告白され、それを受け入れたあの時のことを思い出しながら。
最初は嫌っていたのに、いつの間にか愛おしい存在になっていた少女のことを思い出しながら。
「好きな子がいて、付き合っているからだ!!」
それを聞いたエスデスは、愕然とした表情で立ち尽くしていた。
「ぐっ、は……」
拷問室の中で、ラバックは息を詰まらせる。
雷に全身を貫かれる痛み。切られ殴られた結果できた体中の傷。
泣きたくもなるが、彼は訓練を重ねてきたナイトレイドの人間だ。
この程度なんだと、必死に自分を鼓舞していた。
血反吐を吐いていると、誰かが近寄ってくる音が聞こえた。
また拷問の始まりか、と顔をあげると見慣れた筋骨隆々の拷問官ではなく……ここには似つかわしくない、侍女服を着た少女が牢の前に立っていた。
「あんた、は……」
「皇帝付き侍女、アリィ・エルアーデ・サンディスです。以前ナイトレイドに殺されかけたことがありますし、私のことはあなたもご存知でしょう」
サンディス邸の襲撃、そしてロマリーでの戦い。
確かに、アリィはナイトレイドによって殺されそうになったことがあった。
しかし、そのどちらでもナイトレイドはアリィを殺すことに失敗している。そしてそれは、アリィという少女の恐ろしさを底上げしているのだ。
「……で? そんなあんたが、こんな、ところに来る理由は」
「言わずともしれるでしょう」
じゃらりと器具を取り出し、それを彼に見せつける。
言葉で語る必要はなかった。
ラバックは思い出す。サンディス邸を襲撃した理由が「民をさらって、拷問していた」ということを。
そして今は亡きレオーネが確認しているのだ。
サンディス家の娘である彼女もまた、「有罪」であると。
つまり、それが意味することは…‥‥
「私にもこの手の覚えはある、ということです」
彼女は拷問に手慣れている、という血塗られた事実。
「あ……が……」
「さすがに、タフですね。他の方々とは違います。ドロテアさんもここまでは粘りませんでしたよ」
なおも口を割らないラバックにアリィは驚嘆の表情を浮かべる。
だが、ラバックとて無事ではない。
体のいたるところから血を流し、彼は歯を鳴らしながら震えていた。
「少し休みましょうか」
そういってアリィは手を止める。
もちろん、これにも意味があることだ。
ただ痛め続けてもやがて意識を手放したりと長く続きはしない。
ようはメリハリが大事なのだ。充分痛めつけたなら手を止めて相手も休ませる。
当然、これで終わりではないということを分からせたうえで。
拷問する側は休めても、拷問される側が心から休めるわけがない。
むしろこれからどうなるのかという不安が湧き出て心を蝕んでいく。
拷問中は痛みで考えずに済んでいたことが、手を止められたことで否応なしに頭に浮かんでしまうのだから。
「ずいぶんと…‥‥手慣れた、もん、だな……」
「私の両親はこういうことが大好きでしたからね。幼い時に両親の趣味を知らされたときから、ずっと共にしてきた、だから私も自然と経験が積み重なって手慣れた。それだけの話です」
「…………」
アリィはラバックに、心の内を語る。
無論彼女としてはただの時間つぶしだ。あくまでもただ黙って休むのも退屈だからにすぎない。
だが。
「彼らが苦しみ、怨嗟の中で死んでいったのを私はずっと見てきました。だから私は死ぬのが怖い。彼らのように痛みと苦しみの中死んでいくのが怖い。怖いんですよ」
「…‥‥は」
「さて、話も終わりです。続きを……」
そこで、アリィの言葉が止まる。
今まで、ラバックからは視線を外して話していた。
アリィは、彼をさんざん痛めつける帝国側の自分を、ラバックはきっと怨嗟を込めた目で睨んでいるだろうと思っていた。
あるいは、気力をなくして何も見ていないだろうと思っていた。
もしかしたら、恐れを持った目で見ているかもしれないとも思っていた。
だが。
「どうして…‥‥」
その目は、思っていたものとは違った。
「どうして、そんな目で見るのですか。あなたを苦しめる私が憎いでしょう!? 革命軍のあなたからしてみれば、憎むべき存在のはずです! なのに、なのに……」
そんな目で、自分を見ていることが、理解できなかった。
「なぜ、
ラバックが口元を緩め、憐れむ目でこちらを見ていることが、まるで理解できなかった。
まずは謝罪を。
遅くなってすみません。これからの展開とか考えたりリアルが忙しいのもあって全然進みませんでした。
「アンチ・ヘイト」タグがいるのではないかというご指摘がありましたが……今のところ、つける予定はありません。
というのも、アンチ・ヘイトタグは「原作や原作の登場人物を過度に貶める」場合につけるもの、とされています。
確かにこの小説ではナイトレイドがアリィによって劣勢に陥ることが多いです。
ですが、決して、彼らを否定する物語ではないということを理解してほしいのです。
あくまで、アリィという少女を軸にしているために、彼女にとっては敵であるナイトレイドを追い詰めているというだけにすぎません。
また、アリィとて万能ではありません。
今回の話の終わりのように、慟哭編はアリィの脆さを描く章でもあります。
このように考えているため、現状ではタグはこのままでいきます。
もし「こうとらえるべき」「その考えはわかるけどもタグはいる」という意見がありましたら教えてください。必要だと最終的に判断したならばつけることも考えます。
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
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IFルート(A,B,Cの3つ)
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アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
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皇帝陛下告白計画
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イルサネリア誕生物語
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アリィとチェルシー、喫茶店にて