侍女のアリィは死にたくない 作:シャングリラ
ブドーの登場により、シュラとしても手が出しづらくなった。
そこで提案されたのは、素手による遺恨なしの勝負。
実際に軍でもルールを定めたうえで問題解決の手段の一つとして用いられているため、ブドーとしては異論のない提案だった。
もとより、ブドーが口をはさんだのは彼が警護する宮殿内で争いが起きるのは許せないからだ。
ならば場所を移し、周囲に影響しない形での争いであるならば問題はないのだから。
そしてブドー立会いの下、戦闘が開始。
ウェイブをなぶり殺しにできると意気込むシュラだったが、その戦いをブドーと共に見ていたクロメは言った。
「ウェイブだって、完成された強さだと、隊長から太鼓判を押されています」
その言葉通り、世界各地を旅し、各国の武術の長所を取り入れたシュラの動きに対応し、殴り返していく。
最後に、立っていたのは――
「…………はっ!?」
シュラが身を起こした時、彼はベッドに横になっていた。
そんな場所で気が付いたという事実が示すのは、ただ一つ。
ウェイブとシュラの戦いは……シュラの敗北で終わった、というこの一点。
「俺はあのカスに……負けたのか?」
認めない。
認められない。
散々見下した腹立たしい存在に、自分が、負けた……?
権力を振りかざそうにもそれはアリィには通じなかった。
そして今、暴力を振るおうにも逆にウェイブによって負かされたのである。
もはや、彼のプライドはズタズタだった。
「クソがぁぁ!! ふざけんなよ! 今すぐ……」
殺してやる!
彼の怒りはもはや収まりようのないほどであった。
同時に殺意もみなぎらせ、今すぐにでもウェイブを殺そう、それしか考えていなかった。
先ほどの正々堂々の戦いではない。帝具を使おうが、彼がかばったクロメを人質にしようがどんな手を使っても生き地獄を味あわせたうえで殺す。
プライドを砕かれた以上、ウェイブを見下していたにもかかわらず徹底的なまでの強い殺意。
しかし、その彼の足は止められることになる。
「情けないですねぇ」
粗ぶっていた感情が急に冷えた。
その声は、他でもない。
自分がこうあろうと、いやそれすら乗り越えようとしたただ一人の存在。
「お、親父……」
「任務を忘れて遊びすぎですよ、シュラ」
椅子に座って通常の倍以上の大きさのプリンをぱくぱくと食べるのは、大臣・オネスト。
そしてシュラの実の父親。
彼はなおもプリンを食べながらシュラを見る。否、見下す。
「挙句に田舎者に自分から喧嘩を売った挙句返り討ちですか。ため息が出ますよ、まったく」
「ぐ……う……」
オネストに呆れられた。失望の目で見られた。
オネストを目指すシュラにとって耐え難い苦痛である。
しかしだからといって、彼も黙っていられない。シュラとしても、父親に言いたいことがあったからだ。
「な、なぁ親父! 聞いてくれよ! イェーガーズのトップだって言ってたあのアリィって女、よりにもよって『大臣だろうが殺す』とかほざいてやがった! これって明らかな反逆だろ? だからイェーガーズをワイルドハントの傘下に入れてくれよ、監視って名目でよぉ!」
シュラは忘れていなかった、自分に向けられた殺意にまじって、アリィが放った「大臣だろうが殺す」という言葉を。
そしてその言葉を武器に、逆にアリィを引き摺り下ろすことをもくろんだ。アリィ、そしてウェイブを自分のしたにおくことでいつでも殺すことができるように。
だが。
「……はぁ……」
オネストの口から出たのは、ため息だった。
そしてそれは、言葉以上に雄弁に、オネストの本心を語っていた。
シュラの目がゆれる。まさかこのような反応が返ってくるとは思いもしていなかったからだ。
話が急すぎたのか? それとも証拠固めが弱かったのか? しかしまぎれもない事実であることは確か。
そんなことを考えていたシュラにオネストはようやく告げる。
「イェーガーズを傘下にとは言いますが……立場が悪いのはシュラ、あなたのほうです。これがなんだかわかりますか?」
「あぁ!? どういうことだよ!?」
驚きとともに叫ぶシュラに、オネストは黙って数枚の書類を差し出す。
怪訝な顔をするシュラだったが、続くオネストの言葉で硬直した。
「新型危険種を解き放ち、大きな被害を出した下手人はDr.スタイリッシュの友人でもあったシュラという男であったと、イェーガーズのランという青年がつきとめていました。その完璧な証拠です」
「なっ!?」
「その中には重要参考人として十字傷に空間を操る帝具所有者が疑わしいというエスデス将軍の証言……他どれも無視できないものばかりです。握りつぶすことすらできませんねぇ」
シュラはランのことを思い出し、媚を売ってくるやつだとは思っていたがまさか裏でこんなものを用意していたとは、と憤りに襲われる。
一方で、オネストは顔を手で覆いやれやれと息を吐いていた。これは下手をすれば自分にも飛び火しかねないようなものだからだ。なにせシュラがオネストの息子ということは誰もが知っている。その要因の一端としてはもちろん、シュラ自身がそのことを公言しながら権力を振るっていたというのもあるのが余計に始末におえない。
何より、彼としてはそれをまとめ、オネストに提出した人物。彼女の存在が大きかった。
「これを持ってきたのはアリィ殿です。皇帝陛下や、さらにはブドー大将軍のところへこれを持ち込まれては厄介なことになっていましたよ……私の言いたいことがわかりますね?」
「ぐぅっ!!?」
またしても。
またしてもシュラの邪魔をしたのが他ならぬアリィ・エルアーデ・サンディス。
そして決定的な言葉が、オネストからシュラへ告げられた。
「彼女の要望どおり、ワイルドハントは解散とします」
アリィが出した要望書。それこそが、ワイルドハントの解散を求めるものだった。
彼女が資料として付随したものこそ、以前アリィがランに託した書類、さらにこれを元にランが調査したことによって固められていたシュラの悪事の証拠。
ランとアリィによって纏められたその証拠は、オネストをしてぐうの音も出ないほどにシュラの罪を立証し、ワイルドハントの存続を否定するものであった。
権力を振るう格好の隠れ蓑となり、さらにナイトレイドを捕らえて手柄にするための部隊。
その解散が、他ならぬオネストによって命じられる。
シュラはガラガラと、自分の足元が崩れ落ちていくような錯覚を感じていた。
「ば、かな……」
「これにより、貴方は一切権力によって守られることはありません」
ねぇ、シュラ、とオネストが彼に向き直る。
手を組み、じっとシュラを見据える視線は一切の容赦なく彼を貫いていた。
足が震える彼のことはかまわず、オネストは淡々と話した。
「いたずらをすることは別にどうでもいいんです。その証拠を残すようなへまをしたことや、それを簡単につかまれることが情けない。ましてや、私の忠告を無視してアリィ殿に睨まれるような真似をしたのがみっともなくてたまらない」
事実。もしシュラがオネストの忠告を重く受け止め、アリィの容貌までもきちんと聞き取っていれば。
アリィに手出しをするようなことがなければ。
少なくとも、ここまで徹底的に追い詰めるような手段をアリィはとらなかっただろう。
「いいですか、シュラ」
アリィさえ、追い詰めなければ。
「私は、無能な者が嫌いです。無能で父の忠告を聞かない息子など、必要ありません」
ついに、シュラはその場に崩れ落ちる。
対するオネストは立ち上がり、最後の一口を味わうとプリンがなくなった皿を横に置き、そのまま部屋を出て行った。
シュラのことなど、一切振り返ることもなく。
「あ……ぐ……」
残されたシュラは、一人呆然としたまま、叫ぶ。
父親に見限られた、すべてを失った。
その言いようのない感情に任せ、ただ叫ぶことしかできなかった。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!」
気がついたら、フラフラとシュラは宮殿の廊下を歩いていた。
もう彼には、何も残っていない。
権力は取り上げられ、オネストはもう自分のことを息子として認めてはいないだろう。
そうとしか思えず、それゆえに今の彼は空っぽであった。
「……あ?」
うつろな目をしたまま、もうどこなのかもわからないまま歩くさなか。
自分の前の、先の方に。
一人の侍女が歩いている姿が見えた。
「……」
見間違いではない、
見間違いであるはずがない。
後ろ姿だろうがわかる。
彼女は紛れもなく、自らを破滅させたアリィであった。
ぼんやりとした思考の中に、火がつけられるような感覚。
自分がすべてを失った、その元凶が今、無防備な背中をさらして歩いている。
そうだ、そういえば彼女は父親ですら無視できない存在ではなかったか?
そんな彼女を排除すれば……
また、自分を認めてもらえるのではないか?
シュラの胸の中についた火は、燃え上がるようにして彼の心を満たしていく。
瞬間、彼は駆け出していた。
目の前の女に気づかれないよう気配は消し、しかし彼の全速力で迫り、その首をへし折ってやろうと手を伸ばした。
もしこの時のシュラの顔を正面から見ていた者がいれば、まさしく修羅か悪鬼のごとき形相だったと思ったことだろう。
まさしく今、彼は理性を失って完全な獣となりはてていた。
アリィと最初に相対したとき、自分の部下に何が起こっていたのか、その一切を思い出すこともできないほどに。
「……ガァァ!?」
息が、できない。
いや、正確にはどんどん苦しくなっていく。
――自分の手が、自分の首を絞めていくのだから。
「……哀れなものです」
倒れふしたまま、顔をあげる。
そこにはいつのまにか振り返ったアリィが、じっとこちらを見つめて立っていた。
「なにを、したぁ……!」
「貴方に、その手をほどくことはできない」
こいつさえ、こいつさえ殺せば!
そう思っているのに、手が自由に動かない。
ただその細い首をつかんでへし折るだけでいいというのに。こんなにも、近くにあるというのに。
「てめえええ! はやぐがいほうじろおお!」
「貴方は、今までずっと力を振るって生きてきたのでしょう? 力を振るうことだけで、すべてを解決させてきたのでしょう?」
アリィはしゃがみ、シュラと視線をあわせる。
どんどん首が絞まり、もがき苦しむシュラを、じっと見つめている。
「はやぐ……じろおぉ! ぶっごろずぞぉぉ!!」
「だから貴方は助からない。力を振るうだけの貴方には、助かる方法がわからない」
殺意を隠そうともせず叫ぶシュラ。
しかしだからこそ彼は助からない。彼は、イルサネリアの詳細を知らない。
アリィの帝具、イルサネリアは相手の悪意をもって発動する帝具だ。
ましてや「殺意」という悪意を、見逃すわけがない。
「おれ……わぁっ……ごんな……どごろで……」
シュラの声が、だんだんと小さくなっていく。
それでもシュラはアリィを殺そうともがく。
だからこそ彼は死から逃れることはできない。気に入らない相手は傷つけて生きてきた彼は、悪意があればそれで問題を解決できるという日々をすごしてきた。
だから、わからない。悪意によって今の状態が悪化するということが、わからない。
彼は二重の意味で首を絞めていく。
文字通り首を自らの手で絞める。その悪意こそが衝動となって自分の首を絞めているとも知らずに。
白目をむく彼はもう、言葉すら口にできずに息絶えた。
ゆっくりと立ち上がったアリィは、死んだシュラの尻ポケットから帝具・シャンバラを取り出す。
自分からシュラが逃げおおせた帝具を手でもてあそびながら、シュラの死体を見下ろしてぽつぽつと呟いた。
「そう、これでいい。危険な人物を消していけば、私は死なない。私はあちら側じゃない。無残に殺されていきたくない、私は死にたくない」
うつむいていたときの表情は見えない。
だが、彼女顔を上げたとき……その顔は、実に晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。
両手を掲げ、笑う彼女は……心の底から、”そう”信じていた。
「そう! 私がこちら側である以上、私は私に危害を加える人をすべて殺していけばいい! すべて消していけばいい! 私を殺そうとする人は死んでいけばいい! だって実際に死んでいくのだから! だから! だからきっと私が殺さなくてもいい世界になれば、それはきっと……!!」
きっと、平和な世界になっている――!!
彼女は笑う。
手始めに、まずは
ついに……暴走開始。
長らくお待たせしました。
本来、オネストに「情けない」といわれるのは原作10巻、ワイルドハント解散が命じられるのは11巻ですが……アリィによって大幅にワイルドハント解散が早まりました。
これにより、ナイトレイドより早く、アリィ傘下のイェーガーズがワイルドハント排除に表立って動くようになります。
そしてその先方として、リーダー・シュラが退場。
本作の中で、もっとも惨めな死に方だ、と思っています。
予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください
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IFルート(A,B,Cの3つ)
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アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
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皇帝陛下告白計画
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イルサネリア誕生物語
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アリィとチェルシー、喫茶店にて