侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

23 / 67
第23話 殺してでも死にたくない

死相伝染イルサネリア。この帝具には奥の手が存在する。

発動条件は単純だが、その条件は少なくとも使用者が自ら整えることはない。

 

条件は……「イルサネリアの能力では対処できない死が迫ること」。

 

もちろん、ここで言う能力というのは死相発症だけにとどまらず、危機察知能力も該当する。通常イルサネリアによって得られる力を全て費やしても避けられない死が迫ることで奥の手の発動条件は満たされる。

対象となる死は何も感染していない相手からの攻撃だけではない。落盤といった事故や無生物による攻撃も同様だ。

 

そのような死が迫ってもなお、「生き残る」ための奥の手。

それは――

 

 

 

 

 

「■■■■■!!」

「なっ」

 

それは突然のことだった。

パンプキンの銃撃が迫ったアリィが突然瘴気に包まれ、そして空中を移動した。

これにより、決死の一撃はあっさりと回避されてしまう。

難敵と考えていたアリィを倒せると思ったが、その希望があっさり潰えただけにナイトレイドは愕然とした表情になる。

特にマインのショックは大きい。

 

「なによ……あれ……」

 

瘴気をあたりに撒き散らして見せた姿は、それまでのアリィとは一部が大きく異なっていた。

顔の左半分は黒い瘴気に覆われ、目があるであろう位置には赤い光が輝いている。

背中には翼が生えており、これが彼女の空中移動を可能にしていた。

そして両手は……肘まである黒い骨のような手甲に覆われ、鋭い爪が伸びている。

 

ありていに言えば、彼女の体の一部が危険種と混じりあったような……そのような姿をしていた。

 

「■■■!」

 

そして吼えたアリィは固まったマインにむかって飛ぶと――

 

「マイン!!」

「八尺瓊の勾玉!!」

 

彼女の体に黒く巨大な爪を振り下ろした。

幸いにも奥の手を発動していたスサノオが高速移動の技を使ったことにより、彼女の体が分断されるという最悪の事態は回避する。

しかし完全によけることはできず、右腕には深い傷が刻まれた。

腕の傷が治るまではパンプキンを今までのように扱うことはできないだろう。

 

さらに彼女が撒き散らす瘴気にも飲み込まれ、感染は避けられない。

奥の手を発動した状態のアリィは、瘴気を通常以上に振りまいており、すでに辺りを覆い始めていた。

 

「ぐっ……」

「スサノオ! マインを安全なところに離脱させろ!」

「わかった!」

 

ナジェンダの咄嗟の指示により、奥の手が解除されたスサノオはマインとパンプキンを抱え戦線を離脱する。

しかしせっかく手が空いた戦力がいなくなったことにより、膠着状態を脱出することが困難になってしまった。

ナイトレイドが不利なのは、以前変わらない。

 

(アリィは……!?)

 

マインを逃がすことはできたが豹変したアリィが襲ってくるかもしれない。

戦えるのは自分しかいないと構えたナジェンダだが、現実は違った。

 

「なに……?」

 

マインを攻撃した後、地面に降りたアリィからはそれまでの変化が解除されていた。

顔も、翼も、両手の爪も全てが瘴気となって消えていく。

ぜー、はー、と息を切らせたアリィは体を震わせながらもなんとか立っていた。

 

「奥の手が……解除されましたか」

 

意識も戻る。

奥の手により意識が飛ぶのは暴走によるもの、というわけではない。

奥の手発動中、危機察知能力はより強化される。パンデミックの体にわずかとはいえ近づくのだから当然といえば当然であるが。

そしてこの察知能力により、”効率的に”死の危険を排除しようとする。そのため余計な意識は全てシャットダウンされるのだ。

無秩序に暴れるのではなく、危機察知能力による感知を忠実に守るための意識消失なのである。

 

そして今は、マインという脅威が排除されたため奥の手が解除されたというわけだ。

 

「ぐ、う……」

 

体の痛みにアリィが震える。

仕方のないことではある。アリィはナイトレイドやイェーガーズのメンバーとは立場がまったく違う。そもそも戦闘員ではないのだ。

ゆえに、体が鍛えられているわけではない。イルサネリアに限らず、強化型の帝具・奥の手というものは肉体に大きな負担をかける。

 

これが生き残るために肉体の一部をパンデミックと同化・変化させ意識すら失ういわば「生存本能の爆発」ともいえる彼女の奥の手……

 

「”生存獣(ライフ)”が発動する事態になってしまったのは……由々しきことです。エアマンタも……駄目ですね、もう死んでます」

 

ふらふらとアリィは歩く。

ナジェンダは彼女に攻撃してよいものか迷ったが、イルサネリア本来の能力はまだわかっていない。

そのため、今攻撃したらカウンター効果が発生するかもしれないと考えた。マインの攻撃はカウンターで返せなかったがゆえに奥の手を発動させたのだと考えて。

 

全てが正解というわけではないが、このナジェンダの考えは正しかった。

実のところ、ナジェンダもすでに瘴気に感染している。そのため今アリィを殺そうと仕掛けた場合、彼女の命はなかっただろう。

 

歩くアリィの中では、死にたくないという思いがただただ渦巻いていた。

今まさに死にそうになったのだからその思いはひときわ強い。

 

このまま戦いを続けて本当に自分は安全なのか?

エアマンタを失った以上安全な場所まで逃げるのは至難だ。まして、現在は奥の手の反動により歩くのがやっとだ。とても走れる状態ではない。休めば回復はするだろうが今の状況を見れば休めるわけもなく。

 

故に、彼女がこのような判断にいたるのは当然のことだった。

 

 

 

 

 

「退却しますよ皆さん」

 

 

 

 

 

その声は、戦場においてもひときわ響いて聞こえた。

退却。これがアリィの出した答えだった。

 

彼女のイルサネリアは、自分を巻き込もうとする攻撃すら「巻き込まないようにしなかった」とその攻撃の意思をアリィに対しての悪意とみなす。もっとも、これは故意でないのなら直接の攻撃における悪意よりも小さいものとして判断されるのだが。

しかし、いくら奥の手に伴い瘴気が振りまかれたといっても全員が感染したかまでは把握することができない。二次感染するものでもないのでナイトレイド全員が感染している保証はどこにもないのだ。

 

だから、彼女は巻き込まれることを恐れた。

 

奥の手とて何度も使えるようなものではない。もちろん発動はできるがそういう問題ではなく、使うほどにアリィの肉体に負担がかかるのだ。一度使っただけでも大きい負担を今まさに実感している以上、アリィはこれ以上奥の手を使いたくはなかった。

 

「……了解」

 

暗殺部隊に所属していたクロメはこのあたりの切り替えは早い。

上の命令に従うことが頭に刻まれているのだ。ましてその指示は彼女が敬愛するアリィから出されたもの。アカメを殺せなかったことが残念ではあるが、それは自分の技量不足だとあきらめることにした。

 

ボルスにも異論はない。

彼は「生き残ること」を重要視している。もちろん任務の重要性はわかってはいるが、特攻しようとしてまで遂行するほどの考えは彼にはなかった。

 

だが、一人だけ、アリィの言葉には従えない者がいたのだ。

 

「なぜですか!? 我々が優勢なのは変わっていません! 殲滅できる悪を見逃すという選択肢なんて存在しません! ありえないんですよアリィさん!」

 

正義を妄信した少女、セリュー・ユビキタスだ。

彼女の言うことも間違いではない。優勢なのは間違いなくセリュー達イェーガーズである。アリィが退却指示を出したのはエアマンタという安全な場所がなくなり、奥の手を使うほど死にかける事態になった、そのためでしかない。あくまで彼女個人が危機に陥ったからでしかない。

 

「シェーレの仇が目の前にいるんだ、私らだって見逃す義理はないんだよ!」

 

そして彼女と戦っていたレオーネも戦意は衰えていない。

そこに死への恐怖はなく、イルサネリアによる影響が少しはあるのかもしれない。しかし、そこまでの細かいことはアリィには関係ない。

 

この二人は、アリィの言葉に耳を貸さず、なおも戦いを続けたのだ。

 

攻撃と攻撃がぶつかり合う。

全員に声が聞こえるようにと戦いの中心に近づいていたアリィは、その余波である風をもろに受けた。

故意のものでもなく直接害するものでもない。彼女たちはあくまで殴りあいで攻撃をぶつけただけなのだから。

ただ、その威力が帝具により途方もなかっただけで。

 

吹き飛ばされたアリィは、地面に体を打ちつける。

この程度、戦場ではよくあることだ。この程度しか影響がなかったからこそイルサネリアの判定にかからなかったともいえる。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、彼女たちは気づくべきだったのだ。

 

もっとも死を恐れる少女が死に瀕したことで、その精神はとっくにひびが入った状態だったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

痛い。

たった、それだけ。

だが自分の言葉に耳を貸さず、自分の事を無視した彼女たちによって受けた痛み。

 

それは。

 

「――さい」

 

彼女のひびが入った心に、更なるショックを与えるには十分すぎて。

 

「――――やめて、くださいよ」

 

がりがりと頭をかきむしり始めたアリィを見た他の面々が、セリューとレオーネを止めるには遅すぎて。

 

 

 

 

 

 

 

「そんなに私が死んでもいいって言うんですか!! どいつモ、こいつモォォォ!!」

 

 

彼女の心が、最後の最後まで守られ続けた一線を越えるまでに砕けるには十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

「むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツクムカツク!!!」

 

ここまで叫んで、ようやくセリューとレオーネが異変に気づく。

しかしアリィにはもう何も聞こえない。

自分の命が今も脅かされている。

 

だったらもう、シカタナイ。

 

 

 

 

 

 

 

そんなに私が死んでもいいのなら。

 

私の命を守るために何をしてもいいはずだ。

 

――だったら、もう。

 

貴方たちが、死んでください。

 

 

 

 

 

「”震えろ、私の恐怖”――!!」

 

 

 

 

 

 

その光景に、ナイトレイドだけでなくボルスやクロメ、イェーガーズの二人までもが言葉を失う。

 

先ほどまで戦い続けていた二人が、急に倒れこむ。

そのまま動かない。帝具であったコロも動かない。

 

だってもう、使用者は死んだから。

 

 

 

 

 

 

セリュー、死亡。

イェーガーズ 残り5人。

 

レオーネ、死亡。

ナイトレイド 残り6人。




死にたくない少女は、自分が死ぬくらいならどんな犠牲をもいとわない。

敵が死のうが、仲間が死のうが関係ない。



死に瀕した少女が心に受けた傷はあまりに深く。
一方帝都には、さらなる悪意が迫りつつあった。

正義もなければ理念もない暴虐の前に、アリィの悪意が牙をむく――



次話より、第3章「アリィ暴走編」開始。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。