侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第17話 新型危険種に襲われて死にたくない

皇帝の間。

皇帝が座るその前に、将軍・エスデスが跪いていた。

賊を狩ることに対し皇帝は彼女を称え、エスデスはさらにナイトレイドも発見次第狩ってみせると言う。

その後、話はエスデスの恋に移った。

 

「条件に合うような男は見つからんのだ、すまない。しかしこれからも探して――」

「陛下。その件については、ご報告した通り自分で見つけ出しました。問題ありません」

「しかし、その男は消えてしまったのだろう?」

 

彼女たちが話すのを、壁のほうで侍女として控える唯一の皇帝付き侍女……すなわち、アリィは静かに聞いていた。

エスデスの恋の相手、タツミが逃げ出すよう仕組んだのは他ならぬアリィだ。

彼女がタツミを煽ったのは彼の悪意を増幅させるためではあるが、「なんとしても情報をナイトレイドに伝えなくては」と彼の決心を強めるためでもある。

 

「いつか手に入れようと燃える……これもまた恋かと」

 

エスデスの将軍の言葉に、皇帝はちらりと視線を変えた。

しかし視線の先にいる相手に気付かれる前にエスデスのもとに向き直ると、

 

「……深いな!」

「いえ別に深くはないかと」

 

感嘆したように叫ぶ。大臣は何を言っているのかとあきれ顔をしていたが。

アリィはというと……表情を変えることはなかった。

 

 

 

 

 

「陛下も将軍に影響されてか、恋に興味がでてきたようですな。もう少し育てば酒と女と美食漬けで堕落コースですな……ヌフフ」

 

部屋を変え、大臣とエスデスがお茶をする。そばにはアリィが控え、二人に給仕を行っている。

彼女が入れた紅茶にオネストはたっぷりとシロップを入れ、ゆっくりとかき混ぜる。

 

「陛下には甘い、甘ァァい思いをさせてあげますよ」

 

皇帝を意のままに操ろうと堂々と発言する大臣に対し、アリィが何かを思うことはない。

だって、彼女には関係ないから。それで自分が死ぬわけではないのだから。

それがわかっているからこそ、オネストも安心して本音を漏らしながら彼女に給仕を任せることができる。彼にとってアリィは実に得難い人材といえた。

 

そして話は別のことに移る。

アリィの暗躍により、彼女の脅威は確かに減った。

しかしすべてが消えたわけでもなく、また新たに湧き出るもの。

今回もまた、新たな悪意により帝都に問題が起こっていた。

 

「新型危険種だと?」

「えぇ。最近急に発生したそうです。できれば数体は生きたまま捕まえてきてくれませんか? 後は殺してかまいませんので」

 

オネストがエスデスに新型危険種の捕獲・討伐を依頼しているのを、アリィは部屋の隅で聞いていた。

新型危険種のことならアリィにも情報が届いている。

最初に確認されたのはとある鉱山付近で、働いていた鉱夫が食われ、殺されたという。

最近では人里にも下りてきており、村の人間を食うという被害も確認されている。

 

「よかろう。アリィ、お前も手伝……うはずがないか」

「ご理解いただいたようで何よりです」

 

丁寧にお辞儀するアリィに、やはりつまらんやつだとエスデスは舌打ちする。

しかしアリィの気持ちを動かすのは無理だというのはさすがにもうわかっている。なので別の仕事を与えた。

 

「ならイェーガーズのメンバーを召集しろ。臆病なお前のかわりに働いてもらう。だからおまえもそれくらいはしろ」

「かしこまりました」

 

一部皮肉を混ぜたのだが、アリィはまったく気にした様子も見せずに一礼すると部屋を出て行った。

彼女が出て行った扉を見て、エスデスはため息をつく。

 

「大臣。アリィをどうやったら戦場に引っ張り出せると思う?」

「まず無理でしょうなぁ。彼女の帝具の適合条件はご存知でしょう?」

「予測だといっていたが、あいつを見ていると間違っているとは思えんな。兵士には使えない帝具とは。そのくせ、効果だけは強力ときた」

 

まったくもってつまらんものだとエスデスは思う。

ナイトレイドすら撃退できる帝具だ。本当に戦場に持ち込めないのが惜しい。

 

「いや、待てよ?」

 

しかしエスデスはあることを思いつく。

確かに戦場に無理やり連れ出すのは無理だ。

だが、あるいは、これなら。

 

(とはいえこちらからすぐ実行できるものでもないな。機会をうかがうしかないか……)

 

「エスデス将軍。アリィ殿の機嫌を損ねるようなことをしないでくださいよ? 彼女はあなたを殺しうる極めて希少な存在です。あなたにはこれからも帝国と私をささえてもらわなくてはいかんのですからな」

「案ずるな。ただ考えているだけではすぐやつの能力が私を殺すわけではないのだろう? そもそも私はあいつを殺そうと思っているわけでもないさ」

 

だが、ただ黙っておくほどエスデスという人間はおとなしくない。

自分は常に屈服させる側だ。いつまでも黙っていると思うなよ。

彼女のことを思い浮かべながら、エスデスは楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

一方アリィはというと、イェーガーズのメンバーに召集連絡をした後、食堂の掃除や机の上の用意をしていた。まもなく皇帝の食事の時間なのだ。

テーブルクロスを整え、机の上の花などを並べる。

食器はこのあと運ばれてくるものを現在一緒に用意している他の侍女に並べてもらい、自分は厨房に行って料理を運ぶ。

これからの仕事を頭で考えながら彼女は準備を進めていた。

 

「あの、アリィさん」

「どうかしましたか?」

「最近、新型危険種が出没していると聞きましたが……帝都は大丈夫でしょうか?」

 

新型危険種の噂はすでにほかの侍女にも伝わっているようだ。

もっとも、被害が拡張している現在なら仕方のないことかな、と彼女は思った。

 

「えぇ、きっと大丈夫ですよ。エスデス将軍も含め、イェーガーズも動いていますから」

 

今回は特に秘密任務というわけでもないので、イェーガーズが動いていることを明かす。

情報を出す、出さない。このことにもアリィはわりと慎重である。

それを聞き、ほっとした様子を見せる侍女たちを見ながらアリィは考える。

 

(しかし、新型危険種ですか。実物を見る必要があるかもしれませんね)

 

幸い、これから皇帝の食事。そのとききっとオネストも来るだろう。

ならばそのとき、あるいは食事の後にでも頼めばいい。オネストも新型危険種についての情報を回してくれるだろう。

 

 

 

 

 

食事が始まる。

ほかの侍女はいない。皇帝に給仕ができるのは皇帝付き侍女となっているアリィにのみ許されているのが現在の状態だ。もちろん、彼女が宮殿にいないときはまた別だが。

さらに大臣に近づきたくないという侍女は多いため、自然と人数は減る。

 

「アリィ、そなたは元気でやっておるか?」

「はい、おかげさまで。ご心配していただきありがとうございます」

 

うむ、と皇帝は満足そうに頷く。

その様子をオネストはニヤニヤと見ている。手と口こそ食事のために動かしているが、視線だけは二人のほうへと固定されている。

 

「……最近、新型危険種が出ているそうだが。アリィは調査には出ていないのだよな?」

「はい。エスデス将軍や他のイェーガーズが出動しました」

「大臣のおっしゃるとおりです。私はあくまで前に出るのではなく、彼らのサポートが仕事ですので」

 

オネストとアリィの返答に、皇帝は満足そうに頷いた。

 

「ならばよいのだ。好んで人を食う、極めて危険なものだと余も報告を受けている。アリィはそんな危ないところに出てほしくない」

「おや陛下。随分とアリィ殿のことを気にしておられますなぁ」

 

ニヤニヤと笑うオネストの言葉に、皇帝は真っ赤になって答える。

 

「あ、アリィはいつも危険な目にあっているから心配になるのだ! いくら帝具があるとはいっても、万が一のことがあるかもしれんだろう!」

 

皇帝は幼い。

敬愛する父は急に倒れ、帰らぬ人になってしまった。その妻であり皇帝の母である女性も夫の後を追うかのように毒を飲んで死んでいたのが発見されている。

オネストが今まで彼を支えてきたが、やはり皇帝は孤独感を紛らわせることはできなかったのだ。

 

そこに現れたのが、アリィという一人の少女。

皇帝付き侍女となったこともあり自然と皇帝と接する機会は増える。また、オネストをはじめ皇帝の周りにいたのは大人ばかりだった。そこへまだ皇帝よりも年上とはいえ、だいぶ年の近い……いわば「お姉さん」的な存在ができたのだ。

皇帝である前に一人の少年である彼が、アリィのことを気にかけるようになるのは当然といえば当然であった。

 

「アリィ……これからも、身の回りには気を付けるのだぞ」

「はい、心得ております」

 

今日も彼女は笑う。どす黒い死への恐怖を心に秘めたまま、相手に気取らせることはなく。




今回は軽め。
最近の話が長すぎたのです……

最新刊の14巻を読みました。
えぇ。正直プロットの修正を余儀なくされましたとも。主にエンディングの。
といってもエンディングはA,B,C,D案の4つを用意しましたが確定はしていないのですよね。

この調子だとおそらくD案ですが。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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