侍女のアリィは死にたくない   作:シャングリラ

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第12話 恋心なんて持って死にたくない

特殊警察・イェーガーズ。

エスデス将軍の発案によって構成された、メンバー全員が帝具持ちの部隊。

対ナイトレイドを想定した、個人個人が一騎当千の戦力を持つ実力者集団。

その彼らは、今――

 

「や、やっと終わった……」

「おつかれさまです。次はこちらの警備企画書をお願いします」

「ノオオオオォォォ!」

 

事務処理に追われていた。

 

事の始まりはエスデスが「都民武芸大会」を企画したことである。

目的は新たな帝具使いとなりうる人材の発掘。さらにエスデス個人としてはあわよくば恋人候補を見つけよう、との思惑もあったようだが、そちらはアリィをはじめエスデスの好みの男性の条件事項を知ったイェーガーズ全員が「まぁ、無理だろうな」と思っていた。

 

さて。ここで知っていただきたいのだが、イベントの開催というのは「やろう!」「はいどうぞ」ですむものではない。

ましてや皇帝も見物することになった今回の武芸大会。

 

施設の確保から始まりルール設定、賞金の準備、警備計画、進行の打ち合わせ、都民への宣伝などなど。

輝かしいイベントには、裏に事務仕事の山が高く積もっているのが現実なのである。

今回もその例にもれず、イェーガーズの面々を待っていたのは書類の山だった。

 

ちなみにエスデスは「危険種を狩ってくる」と称して全て部下に丸投げした。

 

「自分で用意もできないならやらないでほしいんですけどね、本当に」

「アリィさん、エスデス将軍に当たり強いよな」

「まぁ、私はあの方嫌いですので」

 

部下に襲われかけ、殺気を飛ばされた挙句無理やり模擬戦を命じられ。特殊警察にも強引に関与させられた。

アリィにとって彼女の評価が上がる要因がまったくないのである。

 

「でも本当、アリィさんがいてくれて私たちは助かったよ」

「私も少し書類仕事に覚えはありましたが、アリィさんは本当に手際がよくてうらやましい限りです」

 

ボルス、ランからの賛辞にアリィはそんなことはないですよ、と謙遜する。

しかし確かに、この中で一番書類を処理し、さらに手が追いつかないウェイブやクロメの手助けをしたのはまぎれもなくアリィの手腕によるものだった。

 

「私は侍女の仕事は別に父から継いだ仕事も受け持っていますので書類仕事をすることが多いんです。慣れているだけですよ」

「まじかよ……ホント手伝ってくれてありがとうございます、忙しいのに」

 

彼らの苦労の末、都民武芸大会は無事開催された。

その情報は、帝都中に流れ……帝都に潜伏するナイトレイドの面々も知ることとなる。

 

 

 

 

 

試合が開催される前、アリィが担当したのは受付である。

侍女という仕事上人付き合いに長け、かつ見た目もいい美少女であるアリィは受付として実に適任であった。他のメンバーはというと、クロメをはじめコミュニケーション力が足りないものや受付として人前に出すには問題があるメンバーがちらほらいる。たとえばボルスとかスタイリッシュとか。ウェイブは司会のため忙しかったしランは試合開始前から観戦に集まった重鎮への接待。セリューは警備を担当することになったのでアリィが引き受けるしかなかったという側面もある。

 

もっとも、警備の担当なんかよりは受付がよっぽどましだとアリィが考えていたこともあるのだが。

 

「次の方、どうぞ」

「はい、よろしくお願いします」

 

前に出てきたのは茶髪の少年。

職業と名前を確認するアリィに対し、少年から告げられた名前にアリィはわずかに反応した。

 

「鍛冶屋、タツミ……?」

「な、なにか問題が……?」

 

名前を反芻すると、彼女はタツミの顔をじっと見つめる。

 

実のところタツミはかなり動揺していた。

目の前の少女は侍女姿であること、そして要注意人物として容姿を知らされていたからすぐにわかった。

肩ほどまでの少し長い黒髪に蒼い目、黒い首輪。

人畜無害にしか見えないこのか弱い少女が……アリィ・エルアーデ・サンディス。

帝具使いであるナイトレイドや首斬りザンクが殺せなかった少女。レオーネを返り討ちにし、ザンクにいたっては殺害までしてその首を警備隊のもとへ持っていったという少女。

 

そんな彼女が自分に反応したのだ。

ナイトレイドの一員という胸にやましいことがあるからこそ、タツミは内心ばれたかと焦ったのである。

 

「失礼ですが、辺境からいらした方ですか?」

「え? あ、はい、そうです」

 

嘘ではない。事実、タツミは辺境の出身だ。

さらにタツミは普段ナイトレイドのアジトで生活している。下手に嘘をついて住所を確認されても困る。

ならばとタツミは素直に答えたのだ。

 

「そう……あなたが……」

「?」

「いえ、失礼いたしました。対戦の組み合わせは後ほど発表となります。それまでは奥の待合室でお待ちください」

 

しかし革命軍かと疑われたのかと思ったが、聞かれたのは辺境出身かどうか。

なんだったんだろう? とタツミは首を傾げつつも奥へと進んでいった。

 

その背中をアリィがじっと見つめていたことを、彼は知らない。

 

 

 

試合が始まると、受付業務も必要がなくなるためアリィは貴賓席に来ていた。

無論、皇帝付き侍女として皇帝の世話をするためである。

 

「つまらん試合ばかりだな」

「そのつまらん試合をあなたが思いつきで開催するために我々が忙殺されたこと、お忘れではありませんよね?」

 

アリィの言葉に、同じく貴賓室で観戦していたエスデスはまともな人材が見つからない苛立ちもあり、チッと大きく舌打ちをしてみせた。

そう、大会が始まり試合は何度かすでに終わった後だが、エスデスの期待にこたえられたような帝具使いとなりうる人材はいない。

 

今回は失敗か…とエスデスが思い始めていたときだった。

 

「続いて肉屋カルビ、対するは鍛冶屋タツミ! 試合開始!」

 

カルビはなめてかかるも、タツミは冷静に相手を見つめる。

皇拳寺で鍛えたというカルビの攻撃はことごとくあたらず、わずかな身のこなしで隙を見つけたタツミの拳がカルビの腹にめり込んだ。

追い詰められたカルビが両手を振り上げるも、足を崩された隙に側頭部に強力な蹴りをいれられ、ダウンした。

 

「あの少年、逸材ですね」

「あぁ、なかなかだ」

 

タツミに貴賓席にいた者たちの視線がそそがれる。

 

ランは若いタツミの実力に驚いて。

アリィは名前だけは聞いたことがあった彼が話に聞いた以上だと感心して。

そしてエスデスは、今までの参加者とは違うと確信して。

 

「そこまで! 勝者タツミ!」

「やったぜ!」

 

戦いのさなかにおける真剣な表情から一転、タツミは喜びで笑顔を見せる。

その笑顔を見て、思わず立ち上がったものがいた。

 

「……どうしました?」

 

立ち上がったエスデスにランが聞く。

しかし彼女は答えず、ただただ少年を見つめていた。一方でその理由がわかっていたアリィは、こんなこともあるのか……と内心驚く一方、受付で聞いた情報を教える。

 

「そういえば彼、辺境出身でしたね」

「なんだと!? 本当か?」

「受付のときに本人から聞きました。確かかと」

 

アリィの言葉に、ますますエスデスは……顔を紅く染めた。

 

「見つけたぞ」

「帝具使いの候補ですね」

「それもあるが……別のほうだ」

 

やはりそっちか。とアリィはつくづく運命はわからないものだなと思う。

ランがいまだによくわからないといった表情をしていたが、アリィはそれについては何もいわずにエスデスがリングへと降りていくのを見ていた。

 

初めて恋というものを知った彼女がいったいなにをするつもりなのかと興味を抑え切れなかったという面もある。

なにせ、アリィは自分が恋をすることにまったく意欲がなかったから。

なぜ人を愛し信じられるのか。なぜ心の内を見せるようなことをしなければならないのか。それで死んだらどうするのだ。恋愛のもつれが死を招くこともあると知っているから、なおさら。

 

……まさか、首輪をつけて気絶させて引っ張ってくるとは思っても見なかったが。

 

「……いや、やめるか」

 

リングから戻ろうと階段に足をかけたとき、エスデスは視線の先にいたアリィを見て顔をしかめ、気絶したタツミから首輪を外したのには少し拍子抜けしたが。

どうやら、せっかく見つけた恋の相手がアリィとおそろいで首輪をつけているのは我慢できなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

アリィはタツミを受け入れる用意を命じられ、これも仕事かと彼の荷物などを宮殿に運ぶ。

さらにイェーガーズは大会が終わったその後すぐに、エスデスの恋人(候補)兼イェーガーズの補欠、新たな帝具使い候補として紹介された。

もちろん、本人は気絶したままの状態で。

 

この後、イェーガーズの初任務として山賊退治に向かうことも知らされた。

エスデス曰くタツミも連れて行く、が、今回は見学だという。

 

実際に前線に出るわけではなくエスデスがいる安全な場所での見学。

さすがに嫌われたくないであろうタツミの前で襲ってくることはないと判断しアリィもその任務に同行することになった。

 

 

 

 

 

そしてこの襲撃はすぐに実行された。

悠々と山賊たちが巣くう砦にむかうイェーガーズの面々。

その中に大事な仲間・シェーレを殺したセリューの姿を見つけてタツミは必死で己の中の衝動を殺す。

 

(アニキが言ってた……冷静にならなきゃだめだって!)

 

歯を食いしばり、隣にいるエスデスに気づかれないよう殺気を心の中に押し殺す。

燃え盛る砦を見つめながら。

 

 

 

 

 

 

 

タツミもエスデスも気づかない。

 

彼をじっと見つめるアリィの心の中を。

 

どこまで話すか。どこまで聞かせるか。

 

ゆっくりと少女は道筋を組み立てる。

 

(私は死にたくない。あなたがここに来てくれたのも、きっと私を救う手段の一つになってくれるからなのでしょう?)

 

もちろん彼女は忘れない。

 

 

 

 

 

 

彼がナイトレイド(・・・・・・)であることを。

 

彼女が彼の友人たちを、見殺しにしたことを。

 

 

 

 

 

 

それすら全て考慮に入れて、彼女は計画を組み立てる。

 

全ては、己の脅威の排除のために。




アリィに恋愛フラグはたちません。タイトルを見て期待した皆さん、あきらめてください。

そしてここから、謀略その1の始まり。
まだまだ今は計画段階。
彼女の暗躍が花開き毒となるのはもう少しだけ先のこと。

予定している番外編の中で、特に優先して書いてほしいものがあれば意見をください

  • IFルート(A,B,Cの3つ)
  • アリィとラバックが子供の頃出会っていたら
  • 皇帝陛下告白計画
  • イルサネリア誕生物語
  • アリィとチェルシー、喫茶店にて

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