スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第八話 出向、教導隊

 休暇明けのライカは仕事にひたすら取り組んでいた。それもひとえに全てメイシールのせい。

 “休暇中は一切仕事をするな”というお達しだったのでテロリスト制圧作戦時の『CeAFoS』とシュルフツェンの稼働データを未だに纏められていなかったのだ。自分にとっては未知のデータなだけに取っ掛かりを見つけるのに大分手間取っていた。

 仕事用の縁なしの眼鏡を掛け、キーボード上へひたすら指を踊らせる午前中。元々デスクワークは嫌いではないので、それはまあ良かった。

 

(午後から何の用なのでしょうか……?)

 

 自分のパソコンを立ち上げたらメイシールから一通、メールが入っていたのだ。内容はたった一行。『午後、頼みごとがあるから私の部屋に来て』、という実にシンプルイズベスト。不安だ、とても不安だ。

 彼女からの頼み事というのを考えるだけで(おぞ)ましい。ただでさえ『CeAFoS』なんて危険なものを嬉々として完成させようとしている人間だ。タイピングをしながらいろいろ考えてみた。

 

(……まあ、シュルフツェンを動かさなければならないようなことなんでしょうね……)

 

 机の脇に置いておいたあんぱんを一齧り、すぐに栄養ドリンクでそれを流し込む。甘さと酸味が丁度良い塩梅で疲れた脳を回復させてくれる。ことこの組み合わせにおいては一家言持つ女ライカ・ミヤシロ。これほど効率よく栄養を吸収できる組み合わせはない。

 そして何より摂取効率の高さ。仕事をしながらのこれは非常に楽である。一生この組み合わせでもいいくらいだ。

 

「む」

 

 時計を見ると、昼まであと一時間切ったところだ。今日はもう恐らく、まともに机仕事は出来ないだろう。

 

「……上等」

 

 ならばそれよりも早く、やるべきことを終わらせて存分に愛するゲシュペンストと関わってやろうじゃないか。そう考え、ライカの打鍵の速度が跳ね上がった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「失礼します」

「時間ピッタリ。素晴らしいわ」

 

 メイシールの部屋に来るのは二回目だ。一回目はあまりの汚さに、彼女の制止を振り切って大掃除を敢行したレベルだった。それで幾らかマシになったはず……と思っていたのだが。この目の前のゴミ空間は何だろうか。もしや昨日とは違う部屋にいるのかと思って室内を見回すが、生憎とここは昨日掃除をした部屋で間違いなかった。

 

「……昨日、私が隅々まで掃除をしたはずですが」

「そうだったかしら? 記憶にないわね。え、貴方この部屋来た事ある?」

「……少なくとも机の二番目の引き出しに、開ければ妙な匂いのするマシュマロの袋があることは分かります。ついでに」

「幻よ、それは」

 

 シレッと(のたま)うメイシールを殴り飛ばしたくなったのは決して気のせいではなかっただろう。ここまで来るといっそのこと、掃除をした後、彼女を()巻きにして放置をしておくべきか――などと過激な考えへと思考が回る。

 これを奥の手にしておこうと思いながら、ライカはメイシールへ本題を促した。

 

「基地制圧作戦時の稼働データを見せてもらったわ。二回と『CeAFoS』に触れて気を失う程度なんて、やっぱり私の眼に狂いは無かったわ」

「……ただのシステムで気を失うという滅多にない経験をさせてもらえて、少佐には感謝しかないですよ」

「そうでしょ? 何回も乗っていればいつか慣れるから頑張ってね」

 

 ……これ以上の嫌味の言い合いは不毛だ。口で勝てる気はまるでしない。

 ライカの視線に気づいたのか、メイシールは不敵な笑みを浮かべる。

 

「『いい加減用件を言え』って顔ね。宣言するわ。この話を聞けば貴方はきっと私に感謝するわよ?」

「それは楽しみです」

「ライカ、貴方はしばらく教導隊と行動を共にしてもらうわ」

「なっ……!?」

「ふっ、もう私の勝ちは確定したようね」

 

 全身を雷で打たれたような気分だった。つい自分の耳の調子を確認してしまった。

 今この瞬間にも『ドッキリよ』という台詞があっても、何の疑問も持たないのだ。そんなライカの戸惑いなんてどこ吹く風といった様子で、メイシールは繰り返す。

 

「期間限定で貴方は特殊戦技教導隊のメンバーとなったのよ」

「いつ……そんな話が?」

「昨日よ。カイ少佐とラミア少尉の三人で話をしたの」

 

 道理で昨日はアラド達しか見かけなかった訳だ。

 

「良くそんな無茶が通りましたね」

「貴方の名前を出したらカイ少佐は二つ返事でオーケーしてくれたわ。よほどの信頼を勝ち取ったのね」

 

 それはとても嬉しいことだった。

『グランド・クリスマス』でやり合った自分をそうまで評価してくれたことに。だが……。

 

「ラミア少尉は何と?」

「貴方が入ることには頷いたわ。……けど、中々ね彼女。貴方じゃなくて私の事を警戒していたわ」

(普段の行いが悪い噂となっているのでは……)

 

 性格を考えれば、彼女の事を快く思わない人がいたとしても何もおかしくはない。それを知っているのか知らないのか、彼女は特にそのことについては言及することもなく、ライカを指さす。

 

「とりあえず貴方にやってもらいたいことは一つ。『CeAFoS』の更なるデータ蓄積のために、モーションパターンや稼働データ何でもいいわ。役立ちそうなデータを集めて来なさい。それを元に、更なるバージョンアップを図るわ」

「……少佐、質問が」

「言ってみなさい」

「前にも聞いた気がしますが、『CeAFoS』の最終目的は何なのですか? 二言目には『CeAFoS』『CeAFoS』と……。確かに魅力的なシステムではありますが、パイロットの補助をさせたいのなら、それこそ今のTC-OSを更に発展させれば良いと思います。事実、教導隊が基礎となるモーションパターンを次々に構築させていったからこそ、初心者でも訓練すれば一定以上の成果を期待出来るようになったのですから」

 

 ライカの一言で、あれだけ不遜な態度だったメイシールが黙ってしまった。いつもそうだ、とライカは内心舌打ちをする。

 最前線で命を張るパイロットである自分にすら否、パイロットであるからこそ尋ねているというのに、システムの表面上しか話そうとしないその態度が気に喰わなかった。

 

「鉄火場の矢面に立つ者にとって、情報の有無はそのまま生死に直結してきます。知っているのと知らないのとでは、その場で取れる対応がまるで違うんです。少佐が話す気が無いなら私はシュルフツェンにはもう乗りません」

「…………今はまだ話せない。表に出すにはまだ、早すぎる」

「表に出すには……? 後ろめたいシステムなら尚更――」

「違う!!」

 

 これまで聞いたこともない声量でライカを黙らせるメイシール。

 呆気にとられるも、その“苦”一色に染まった表情を見ては出方を伺うしかなかった。

 

「詳細はまだ話せない。けど、信じて。『CeAFoS』は確実に地球の為になるわ。ダイレクトに兵士達の為になるの……! もう兵士が命を散らさなくても良くなるの……!」

 

 分かって、と締めくくりメイシールは口を閉ざす。そんな彼女を見て、ライカはこれ以上何も追及できなかった。……追及し切れなかった。

 

(……甘いですね、私は)

 

 顔を上げると、陽の光が目に入って酷く眩しかった。まるでこの問題の先行きを示しているようで、あまり好きな眩しさではない。

 自分は一体どうなっていくのか、考えるのすら滅入る。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「本日付で特殊戦技教導隊に出向しましたライカ・ミヤシロ中尉です。よろしくお願いします」

 

 格納庫の一角でカイを始めとする見知ったメンバーの前でライカは改めて挨拶をすることとなった。カイは満足げに頷く。

 

「歓迎しよう」

 

 とりあえず堅苦しいのはここまで、と言わんばかりにカイは表情を柔らかくした。

 

「一時的とはいえ、お前が俺の部下になるとはな」

「光栄の極みです」

 

 そして、ライカはすぐにラミアとカイへ謝罪を口にする。

 

「私の上官がご迷惑をお掛けしませんでしたか?」

「ライカ中尉。一つ質問があります」

 

 早速ラミアから質問が飛んできた。何となく予想していたライカは気持ち背筋を伸ばす。

 

「メイシール少佐からは『独自開発したMMI(マン・マシン・インターフェイス)のデータ集め』と聞かされています。何か他に聞いていることはありますか? 私が見る限り、それだけではないような気がするのですが」

「ラミア少尉……。いえ、申し訳ありませんが、私もそうとしか聞かされていません。……カイ少佐。逆に質問して申し訳ありませんが、少佐はメイシール少佐の事はどう思っていますか? 出来ればここだけの話としてお聞かせ願えれば、と思います」

 

 そうだな、とカイは髭に手をやる。

 

「俺も昨日、初めてじっくり話したからな。……そうだな。上手く言えんし、あまり憶測でモノを言いたくはないが、何か隠している印象はあったな」

「……やはり」

 

 皆には聞こえないぐらいの声量で小さく呟くライカ。複数人が見て、そう思うのなら自分のこの感情はやはり気のせいではないのだろう。

 メイシールは一体何を目指しているのだろうか。もし、もしもカイやアラド達に迷惑を掛けるようならば――。

 

「ライカ中尉!」

「アラド曹長……?」

「大丈夫ッス! 何かあっても俺達が付いています!」

「アラドの言うとおりです! 私たちはライカ中尉の味方です」

 

 ラトゥーニも言いたいことは同じのようで、頷いている。

 

「皆さん……ありがとうございます」

 

「それではこれより一時間半後、基地の演習場でモーションパターン作成を目的とした模擬戦を行う。時間厳守だ。ライカ中尉、お前は残れ」

「了解」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 皆がいなくなり、カイとライカの二人きりとなってしまった。

 

「……」

 

 とてもソワソワしていた。いつかじっくりと話をしてみたいとは思っていたが、それがこんなに早く叶うとは。ここでライカは痛恨のミスを犯してしまっていた。

 

(くっ、サインを書いてもらうための色紙すら持っていないとは私という奴は……!!」

 

 事前に分かっていればすぐに最高級の色紙と額縁を用意したというのに。これがもしかしたら最初で最後のチャンスなのかもしれないのに。

 カイにはバレないよう拳を握り締めることによって、このやるせない己への怒りを発散するのが大変な作業である。……後で分かったことだが、握っていた部分が内出血を起こしてしまっていた。これはあまりにも恥ずかしすぎて誰にも言う事はないであろう秘密。

 そのごちゃ混ぜの感情を一度は置き、ライカはメイシールの顔を思い浮かべる。

 

(悔しいですが、これだけはメイシール少佐に感謝しなくてはなりませんね)

 

 彼女の予言通り、感謝することになってしまった。

 

「すまんな。呼び止めてしまって」

「いいえ。私もカイ少佐と話す機会があれば、と思っておりました」

 

 そうか、と朗らかに笑うカイ。それ見て僅かに驚くライカ。

 常に厳格で、誠実に任務をこなす彼がこんな柔らかな表情をするとは思わなかった。彼の良い意味で人間味溢れる一面を見れるとは。

 これも近くにいないと分からないこと。一時的とはいえ、ライカは改めてカイの部下になれたことを嬉しく思った。

 そんな感情に浸るのもつかの間、カイが話を始めた。

 

「話というのはアラド達のことだ」

「アラド曹長にゼオラ曹長、ラトゥーニ少尉のことですか?」

「ああ。あいつらの事はどれぐらい聞いている?」

「『スクール』出身、ということぐらいしか」

「……『オウカ・ナギサ』という人物に聞き覚えはあるか?」

 

 『オウカ・ナギサ』。名前だけは聞いたことがある。

 『スクール』最強のパイロットで、『鋼龍戦隊』を苦しめた人物。たしか、最期はアースクレイドルで戦死したはずだ。

 そんな自分の知識を話すと、カイの口から意外な言葉が出た。

 

「彼女はアラド達の姉とも言える存在だった」

「姉……」

「色々あってな。記憶操作を受けて、あいつらと敵対していた」

「……どうだったのですか?」

「ん?」

「オウカ・ナギサは、最期まで本当の自分にはなれなかったのですか?」

 

 カイは首を横に振り、それを否定した。

 

「オウカは最期の最期で記憶を取り戻し、本来の自分で逝ったよ」

「そう……ですか」

「あいつらはまだ若い。色々と思う所があるはずだ。情けないことだが、それは俺やラミアでは分からないことなのだと考えている」

 

 一旦区切り、カイは言葉を続ける。

 

「ライカ、お前なら分かってやれるはずだ。そして支えてもやれる」

「私が、ですか?」

「あいつらが、特に昔色々あったラトゥーニがあんなに早く心を開くことは滅多にない。安心しろ。特別な何かをやれとは言わん。普段通りに接してくれたらそれでいい」

「……私はオウカ・ナギサにはなれません。ですが……」

「続けろ」

 

 アラド達が懐いてくれる理由が何となく分かった。程度はどうあれ、恐らく三人とも自分とそのオウカを重ねているのだろう。

 ――だからこそ、自分がオウカになれるわけが無く。

 

「……ですが」

 

 だから、()()()()()()()()として彼らの力になる。

 

「自分なりに、アラド曹長達と付き合っていこうと思います」

 

 それが彼らに助けてもらった最大限の礼となるのだ。そう、思っているのだ。




次回は7/8 20:00に更新予定です!

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