「オフよ」
「……は?」
模擬戦があった翌日、ライカはメイシールの部屋に呼ばれていた。
彼女の部屋は資料が乱雑に積まれ、コンビニで買ってきたのか、お菓子の袋が大量に散らばっている。まかり間違って一般人にこの部屋を見られれば連邦の品位が疑われてしまうこと請け合い。
それはそれとして、ライカはメイシールに聞き返した。
「何故でしょうか?」
「私は昨日、貴方に“休め”と言ったはずよ」
「そんな命令受けていたでしょうか?」
シレッと惚けてみるがメイシールの眼光は更に鋭くなった。……どうやらお見通しのようだ。
「出歩くぐらい許容されると思うのですが」
「『CeAFoS』が貴方に掛けるストレスはすごいの。それが模擬戦とはいえ、余計にストレスを重ねたら休む意味がまるで無いわ」
「……私は心配されているのですか?」
「『CeAFoS』に耐えられるのは貴方だけしかいないのだから当然よ。これは上官命令よ。今日一日はしっかり休みなさい。哨戒任務が来ていたけどキャンセルよキャンセル」
最後が聞き捨てならなかったが、メイシールの言うこともまた事実。
今はほぼ万全だが、一度しっかりと休む必要があると感じていたのも然り。通常勤務ならまだしもシュルフツェンに乗る以上、ストレスコントロールを徹底しなければ『CeAFoS』に喰われるのは目に見えていた。
そう考え、ライカはメイシールの言うことを素直に聞き入れた。
「……了解」
「明日からはしっかり働きなさい」
「はい。……それはそうと少佐」
「何?」
「しばしお待ちを」
一言告げ、ライカはメイシールの部屋を後にした。
しばらく歩き、清掃員が綺麗に整頓した掃除用具群の中から一式を掴み、また部屋に戻る。今の彼女の武装である。
「失礼します」
「……それは何?」
「掃除します。非常に見るに堪えないので」
「……要らないわ」
「……これも休暇の一環と言うことで」
三角巾を頭に着け、右手にハタキと雑巾、左手には箒とチリトリと言うフル装備のライカはメイシールの拒否をたった一言で制す。
空は快晴、部屋は曇天。雲を晴らすため、彼女の戦いが始まった。
「ああっ! ちょ、止めて! そのお菓子はまだ食べかけなの!」
「この袋の底にあるポテトチップスのカスを食べかけというのなら日々がご馳走でしょうね」
「待った! そのドリンクまだ飲み切ってない!」
「……この藻のようなものが浮いている謎の液体を飲み込める勇気が貴方にあるのですか?」
「うっ……」
ずぼらもずぼら。この執務室が
◆ ◆ ◆
「……一時間半ちょっと。中々良いタイムでした」
基地の食堂であんぱんと栄養ドリンクを広げながら、ライカは腕時計を見て、心なしか達成感に満ち溢れた表情を浮かべていた。自分なりの物の置き場所があったのかメイシールの抵抗は凄まじかったが、都度潜り抜け、ようやく他人様に見せられる程度には綺麗に出来た。
あんなゴミ溜め、誰が好んで行くものか。というより、気まぐれでレイカー司令でも来たらどんな顔をするのか想像するのすら怖い。
「ここ……良いですか?」
「はい。どうぞ……って」
見上げると、そこにはラトゥーニにゼオラ、そしてアラドがいた。皆、食事が入ったトレイを持っていた。
どうやら席を探している最中だったようだ。
「ライカ中尉……」
「ラトゥーニ少尉、アラド曹長にゼオラ曹長……」
「すいません。ちょっと混んでて……失礼します」
「いえ、それは良いのですが……」
そう言って、アラドの方を見るライカ。
どう見ても体格とトレイに載せている食事量が釣り合っていないように見える。宴会でもするのだろうか、流石に冗談だがちらりとでもそんなことを思えるくらいの量であるのだ。
「アラドは普通の人の数倍は食べるんです……」
言わんとしていることに気づいたのか、ラトゥーニがそう説明してくれた。数倍というには些か可愛い量だとは思うが――そんな言葉を飲み込み、ライカは何とか別の言葉を捻り出す。
「そう、なんですか。……食べ過ぎには注意しなければなりませんよ?」
「了解ッス!」
言うが早いか、早速食べ始めるアラド。とても良い食べっぷりで、見ているこっちまで何だかお腹が空いてきた。
「ライカ中尉はそれだけなんですか?」
「小食な方なんです。最近はこればっかりですね」
それはそうと、とライカは三人を見やる。初めて見たときから思っていたが、三人はいつも一緒のようだ。どうやら教導隊だけの付き合いではないらしい。
何となく、興味本位でライカは尋ねてみた。
「三人は仲がいいですね。元から知り合いだったのですか?」
「俺ら『スクール』の出身なんです」
「――そう、ですか。失礼しました」
「……気にしないでください。『スクール』時代は……悪い思い出ばかりじゃなかったから」
ライカの脳裏にとある三人組の姿が
アラド達が歩んできた道と、彼女らが歩んできた道を一緒にしてはいけない。
「ライカ中尉、何見てるんスか?」
「戦闘データです。自分の機体……シュルフツェンのモーションパターンを改良しようと思っているのですが……」
「何か問題が……?」
「中々参考になるデータがないんですよね。だから今、記録している戦闘データを振り返っている最中です」
ちらりとアラドの方を見ると、いつの間にかお代わりをしていて、ご飯をかっ込んでいるようだ。そんな彼が口を動かしながら、面白い提案をしてくれた。
「俺達の機体とか参考になりますか?」
「アラドにしてはいい案ね。ライカ中尉、もし必要なら私達のモーションデータを使ってください!」
それはこちらとしても嬉しい提案だった。
彼らの乗っている機体はあの悪名高き……もとい独特の改造コンセプトを掲げる『マリオン・ラドム』博士が手掛けた『ATX計画』の機体データが使われているからだ。
その極端な開発理念は正直、メイシールと会わせたくない人物ナンバーワンでもある。
「では、お言葉に甘えて……。そういえば、三人は予定は入っていないのですか?」
「カイ少佐に言われて今日はオフです……」
「ならすいませんが、お願いしますね」
アラドのご飯を食べるペースが上がった。というか、それくらいしなければ食べきれない量だった――。
◆ ◆ ◆
格納庫の一角にアラド達の機体があった。
右から順に『PTX‐015R』、『PTX‐016R』、『PTX‐006』。機体名称で言うなら《ビルトビルガー》、《ビルトファルケン》、《ビルトラプター・シュナーベル》。
どれもが大戦を潜り抜けた名機である。
「……なるほど、これが
《ビルトビルガー》の右腕部の存在感と言ったら言葉に表し辛い。大鋏――スタッグビートル・クラッシャーの仕様をアラドから細かく教えてもらい、思ったことは一つ。
「……携行武装に出来ないでしょうか」
「……ま、まさか使いたいんですか!?」
ゼオラがどことなく血の気が引いたような顔でこちらを見ていた。
「使いたいというより、換装武器と言う扱いで選択肢の一つにしたいですね。一見馬鹿げた武装に見えますが、デザイン元が
便利な道具の一つである鋏が使いづらい訳がない。斬撃武装にも出来るし、刺突にも使える。想定されている使用法である関節部の切断など効率良く敵を無力化するという点では恐らく理想的とすら言える。
メイシールはメイシールで意欲的に新兵装の試作品を作っているし、提言してみよう――そう思いながら隣の《ビルトファルケン》へ視線を移す。
この機体は高い機動力と強力な遠距離砲撃を両立させているもので、最大の特徴は銃身が二つ重ねられた槍のような射撃兵装――オクスタン・ライフル。実弾とビームを撃ち分けられるということは、実弾兵器とビーム兵器を二つ持たなくても良いということで。
ツイン・マグナライフルも似たような特徴を持っていたはずだ。
「見る限り、この機体は装甲の薄さを除けばとてもバランスの良い機体のようですね」
「はい。アラドの機体と一緒じゃなければ真価は発揮できませんが……」
「なるほど。同時運用が前提でしたか。私の機体とは硬さが違うので、運用方法は全く違う……か。しかし、武装はかなり興味深いですね」
「取り回しの難しさが課題です。ATXチームのエクセレン少尉は難なく扱っているのですが……」
エクセレン・ブロウニング――『グランド・クリスマス』でライカの機体を蜂の巣にした張本人だ。名前だけで直接の面識はない。あれだけ慣性を無視した機動をしながら、正確無比な砲撃をしてくるのだ。
きっと、恐ろしく冷徹かつ慎重な性格なのだろう。
「……これはビルトラプターの改良型ですか」
「……はい。武装を増やして、近接から遠距離への対応の幅が広がっています。更に『テスラ・ドライブ』を搭載して
「可変型PTは珍しいですからね。データ取りと量産化を見据えた改造はされて然るべき……ということなんでしょうかね」
『DC戦争』前からこの機体は良い意味でも悪い意味でも噂になっていた。マオ社が開発した初の可変型PTでありながら、同時に
それをさて置けば、この機体のポテンシャルには目を見張るものがある。
人型ならではの柔軟な対応力、そしてカタログスペックだけで語るならば、FM時は《ビルトファルケン》に匹敵しうる機動性を誇るという破格の性能だ。
『テスラ・ドライブ』の高性能化が進んだ今ではそれほど驚くべきことではないが、造られた時期を考えるとその恐ろしさは一目瞭然。可変型PTはまだまだ量産するにはノウハウも予算も足りないが、実現すればもっと柔軟な部隊展開が出来るだろうというのがライカの予想。
「なるほど……分かりました。実に参考になりました」
ラトゥーニに各機体のモーションデータを自分の携帯端末に移してもらいながら、ライカはどこか満足げな表情を浮かべる。
「終わりました」
「ありがとうございます、ラトゥーニ少尉。……そうだ。皆さん、もし夕方予定が無ければ食事に行きませんか? 今日のお礼にご馳走させてください」
「マジっすか!?」
即座に反応したのは当然と言えばいいのか、やはりアラドだった。
「そ、そんなお礼だなんて……。アラド! 涎出てるわよ! みっともない」
「……私達はそんなつもりで協力したわけじゃ……」
「分かっています。……三人ともっと仲良くなりたい、という理由じゃ駄目でしょうか?」
ちょっとずるい言い方をしてみると、アラドを除く二人は否定できるはずもなく、ならば……ということで了承してくれた。
「それじゃあ今日の夜、基地の前に集合ということで。申請は私がしておきます」
明日からはまた任務漬けの日々が待っている。だから今日は、今日ぐらいは――。
(少し歩みを止めるくらい、大丈夫ですよね)
――アラドの食べっぷりを甘く見ていたライカはその日の夜、手持ちじゃ全く足りないという事態に陥り、冷や汗を掻きながらカードで支払う羽目になってしまったのはまた別の話。