スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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~傭兵達の一人娘編~
プロローグ


 とある空域を舞う一機の機体があった。速度は落ちることなく、ただひたすら直進する。形状は戦闘機、あえて類似している機体を挙げるとするのなら彼の『プロジェクトTD』が生んだシリーズ77が一機YSF-33《カリオン》を彷彿とさせた。

 操縦桿を握る女性パイロットはちらりとレーダーに視線を移し、すぐに正面を向き直す。軽く口元を歪ませ、これからの事に思考を巡らせる辺り、この状況に一切の動揺を見せていないことが伺える。

 むしろ、そのくらいは予測していた。

 

「……さぁて」

 

 その戦闘機を追う機影があった。その数、三。その名称、《レリオン》。横流し物であるため、その入手経緯は分からない。ただ分かるのはその高性能ぶりのみ。

 リオンのアップデート版たるその機体の脅威は数の差にある。一機ならばまだしもそれが一対三という戦況なら、数のアドバンテージは加速度的に脅威の度合いを高めていく。

 何の目的で――その答えは分かっていた。諦めてくれるか――諦める訳が無い。

 

 

 ――自分は()()()なのだから。

 

 

 瞬く銃口、耳をつんざく発砲音。軽く操縦桿を捻ることで機体を横転させ、小型質量弾をやり過ごす。

 反撃は考えていなかった。抗戦(そんなこと)をしている余裕はない。早く()()()()へ逃げ込まなくては。そこに辿り着きさえすれば、そこに辿り着くことが自分にとっての新たな始まりとなるのだ。

 そう信じて、戦闘機のパイロットは当たりそうな射撃だけを避け続ける。

 良いペースであった。このまま上手くいけば()()が手出しをすることの出来ない場所まで逃げ延びることが出来る。

 だがそうは問屋が卸さない。レーダーが前方の敵影を感知したのだ。数は二。機体は予想通り、またレリオンであった。

 どう突破しようか考えていると、前方のレリオンから通信が飛び込んでくる。

 

「戻れ! 今ならまだビリィさんは許してくれる!」

「その割には狙いが良いね」

「撃墜するつもりは無い! それに、本気で狙わないとお前に掠りもしないのはお前が一番知っているだろう!!」

「はっ! その程度の腕と分かっているならどうしてビリィの言われるがまま私を追いかけて来た!?」

「やらなきゃならないのはお前も良く分かっているだろうが!!」

 

 戦闘機のパイロットは攻撃の予兆を読み、すぐさま大きく高度を上げた。背後には追いかけてくるレリオン三機、そして前方はこちらをしっかりと狙うレリオン二機。

 こいつらをやり過ごしていくには少々――数が多い。決断は素早く。パイロットは選択をした。

 

 

「分かってるんならビリィが無茶苦茶言っていることも――気づけ!」

 

 

 左操縦桿を九十度に倒すことで熱が吹き込まれ、戦闘機はその姿を変える。

 ベクターノズルとなっていたブロックが向きを変え、まずは脚部となった。そして機体側面のパーツが腕となり、機首となっていた箇所は()()に当たる部分まで持ちあがる。

 

「倒すよ。私が往くために……!!」

 

 そして最後に機首パーツが覆っていた箇所からガーリオン型の頭部がせり出し、そのT字バイザーに火が灯る。

 

 

「ヴァリオン、私に力を貸せ!!」

 

 

 人型へとその身を変えた自分の愛機――《ヴァリオン》の変形シークエンスの完全終了を確認した女性パイロットの眼には既に、行く手を遮る敵しか映ってはいなかった。

 

「各機散開! あいつ本気だ!」

「コクピットは狙うな! そこ以外を徹底的に叩け!!」

 

 始まった攻撃。すぐさま形成される弾幕。必要最小限の動きで避けながら、女性はすぐに撃滅への最適解を導き出す。

 武装を選択するため、女性は手元のタッチパネルへと視線をやる。このヴァリオンに搭載された手札は二つ。ターゲットは既に決めている。

 

「相変わらず良い狙いだマルク……!」

 

 『リファイン・リオン』の名の如く、単純に基本性能が向上したのもあるが大きな変更点はPTと同種のタイプである腕部が装着されたことであった。これにより扱える手持ち武装の幅が広がり、汎用性と対応力が向上している。

 女性は今しがた呟いた“マルク”が乗っているレリオンの回避動作の癖を見極める。そう時間が掛かる事ではない。()()()()()()()()()()だ、隙はすぐに見抜ける。

 ヴァリオンは携行武装をマルク機へ向けた。その銃はダニエル・インストゥルメンツ社の傑作品と名高いM950マシンガンに手を加えた『M9マシンライフル』である。総弾数と射撃精度を向上させた代償として原形より大きくなり取り回しが悪くなったがその信頼性は保証済み。

 

(照準は合わせた……か)

 

 照準がマルク機の左脚部を捉える。癖は完全に掴んだ、回避は許さない。トリガーロックの解除を終え、後は引き金を引くだけ。

 一瞬だけその指が止まった。撃鉄は起こした、次は狼煙を上げるだけで良い。だが――それはもう本当に後戻りが出来なくなるということで。

 

「うわぁ!」

 

 マルク機の左脚部が炎を上げた。完璧に命中した。左右を囲んでくるレリオンに十分注意を払いつつ、念を込めて背部のブースターを一撃で射貫く。

 あっさりとした感覚。後悔の一つでもするのかと思えば、むしろ完全に決心がついた。

 レリオン二機のバックパックからミサイルが次々と飛翔してくるのを見て、女性は倒していた左操縦桿を起こし、巡行形態にした機体で雲を切り裂く。

 このヴァリオンの瞬間加速を以てすればレリオンのミサイルなど何の苦労もなく振り切れる。脚部ブロックからチャフとフレアを散布しつつ旋回し、急上昇、そして最高速度で直進することでこちらの攻撃のチャンスを勝ち取ることとなる。

 絶えず動き回りながら手持ちのボックスレールガンを放つ二機の内、一機。比較的狙いが甘い方へ機体を加速させる。必要最小限の動きで攻撃を開始し、白兵戦可能距離まで接近――到達。

 

「ヴァリオンの足回りを侮れば!!」

 

 すぐに人型へと変わったヴァリオンの両手には短剣が握られていた。刀身が赤熱するのを確認するやいなや、すぐさまレリオンの両腕部に突き刺す。ヒットと同時に噴き出すは炎。短剣の柄尻に仕込まれたスラスターバーニアの後押しを受け、刀身は完全にレリオンの腕部を突き抜けた。

 ――スラストダガー。このヴァリオン唯一の近接戦闘用兵装である。内蔵された超小型ジェネレーターで刀身の加熱とスラスターの燃料を担うという非常に扱いが難しい一品を女性パイロットはあえて愛した。

 

「止まれ! もういい加減にしろ!」

 

 最後の警告と同時に銃口を向けられる。だが既に、女性パイロットは脊髄反射で操縦桿を動かしていた。

 逆手に持ったダガーの柄尻から炎が上がり、敵機から急速に遠のく。このダガーを用いた変則機動こそ愛す理由。常に意識の外から相手を殴ることを考えている自分にとっては、酷く相性が良い。

 機体を左右に振り、一息で距離を詰めたヴァリオンの双剣が閃いた。

 

「最後ォ!!」

 

 後方確認用モニターには両脚部と携行武装が切断され、高度を下げていくレリオンの姿があった。爆発の音、エンジンの最後っ屁の音、手に持つ双短剣の加熱が止まる音。戦場には様々な音がある。その全ての音が自分には心地よくて、その全てを愛していた。

 海上に落ちていった三機のレリオンの安否は気にしていない。そも、コクピットを潰してもいないのでそのまま溺れ死ぬという未来が見えないのだ。それだけの事を為せるスキルが、彼らにはある。

 レーダーが許す距離までの索敵をかけるが機影一つ見受けられない。あの三機で全部だったようだ。

 

「……ビリィ」

 

 呟くは様々な感情が入り混じった相手。操縦桿の手近に備えていたミネラルウォーターに口を付け、ようやく一息漏らす。

 女性の容姿は一言で表すなら、美しい少女という評価で差し支えないだろう。だが、それは戦闘前の話で。

 今の女性は酷くギラついていた。ショートカットにした茶髪は汗が滲み、何度直しても直ってくれないアホ毛は力なく倒れている。それでも眼だけは暗い闘志の炎は絶やさない。

 そのテンションが維持しているうちに機体のコンディションチェックを行っておくことにした。孤立無援の今の状況、機体の僅かな不調がそのまま最悪の事態を招くことは想像に容易い。

 

「あと一時間だけ頑張って欲しいな……」

 

 自動制御にした巡行形態――フライヤーモードに揺られる間、少しばかりの休息時間を確保できた女性はこれからの事について、整理をすることにした。

 

「とりあえずは重畳。後は平和に行くと良いけど」

 

 ここまで言って、女性は首を軽く振った。

 

「ううん……油断は出来ない、か。まだビリィは本気で私を追って来ていない。あいつらを寄越していないということは私は見逃されたという事なのか……?」

 

 思わず出た言葉に、軽く笑う。それも酷く皮肉気に。

 

「いいや……ビリィは必ず私を連れ戻しに来る」

 

 同時に鳴り響く警報。即座に自動制御を切り、思考を戦闘のソレへと移行する。急速に接近する機影有り。その数、一。

 辛うじて取得できた映像データを見て、女性は目を細めた。その機体は良く知っている。知っているが故に、とても――嫌だった。

 ヴァリオンのセンサーがその機体を駆る男の声を拾った。

 

 

「探したよ――シラユキ」

 

 

 『シラユキ・カタハナ』。それが自分の名前。自身をそう呼ぶ人物は限りなく絞られる。

 男の声はどこまでも優しげに。声を確認し、そして機体を見て、身構える。

 それは自分の愛機と全く同じヴァリオン。ただ違うのはその色だけ。こちらの白と灰の色とは真逆に、黒と鈍いネイビーのカラーリング。それは確か、二号機の配色であったはずだ。だとするのなら、相当に厳しい事態となってきた。

 

「何で来ちゃったのかな……フロノ」

 

 フロノはきっぱりと言った。

 

「君を連れ戻しに来たんだよ。今ならビリィさんも笑って許してくれるはずだよ?」

 

 優男、という印象でまず間違いないくらいの優しい声色。その声には幾度も救われてきた。救われてきたのに、今は腹立たしい対象でしかない。

 

「フロノは知っているでしょ? あの事を」

「ああ、知っている」

「ッ! だったら! これが何を意味しているのか分からない奴じゃないでしょ……?」 

「知っているからこそ、だよ。それに、僕は君の事を心配して、こうして来ているんだ」

「そんなこと……!」

「ビリィさんは必ず君を、そしてヴァリオンを追う。最悪の話、命を奪われる。そんな状況にある君はとてもじゃないが見過ごせない」

 

 言いたいことは分かっていた。どこまでも愚直に、どこまでも甘いのが彼――フロノ・プレイゼンターである。少なくとも“兄貴分”と慕っていた自分だからこそ、彼の事は良く分かっている。

 だから――そこで思考を区切り、ヴァリオンを動かした。

 

「銃を向ける、か。そうだよね。君はそういう子だ」

 

 確信していたように呟き、フロノのヴァリオンは両手に持っていたハンドガンを構えた。

 

「殺しはしないよ。ただ、連れて帰りたいだけなんだ」

 

 本能的にシラユキは操縦桿を動かしていた。先ほどまで自分がいた空間を弾丸が通り過ぎる。両脚直撃コース。あの一瞬でどうやってそこまで精密な狙いを付けていたのか。ゾッとした。だがすぐに思考を切り替え、フロノ機の腕へ照準を合わせる。

 

「良い狙いだよシラユキ……! 僕を殺したい気持ちが透けて視える!」

 

 始まった仕合。たった数手でシラユキはフロノの腕が衰えていないことをひしひしと感じた。

 縦軸と横軸を意識しつつ、動き回っての銃撃の応戦。フェイクを織り交ぜての射撃を察知され、変形を挟んでの高機動戦には即座に対応される。

 当たる気がしない。その証拠に弾幕を掻い潜られ、どんどん距離を縮められる。

 

「フロノ……!!」

 

 ハンドガンの銃床から刀身が飛び出た。『ハンドエッジ』と呼ばれるその兵装はフロノの最も得意とするもので。

 そこからの攻防は全て紙一重である。コクピットへの斬撃を辛うじて避け、合間合間の近距離射撃は持ち前の反射神経で逃げた。少しでも気を抜けばそのまま一息に持って行かれる。

 

(……ん?)

 

 ほんの少しだけ感じた()()()。じっくりと考えれば気づけるであろう違和感だったが、シラユキはその思考をすぐに捨て、整える。

 悔しいことにフロノの技術は自分を上回っている。本来は出会う事すら最悪の状況とカテゴライズしていたのに、こうして刃を交えることのなんと思い通りにならないことか。

 

「しまっ……!」

「何に気を取られたのかな?」

 

 胸部装甲に刃が走り、仰け反ってしまった所へ蹴りを入れてくるフロノ機。逆の脚でダメ押しに蹴られてしまい、完全にバランスを崩した。逃げなければ――そう思ったのと同時に叩き込まれるは両のハンドガンより放たれた鉛弾。

 流れるような攻撃は流石と言わざるを得ない。海上を目掛けて蹴り飛ばされたため、ぐんぐん高度が下がっていく。

 両側のコンソールを叩き、ダメージコントロールを行うシラユキのこめかみに汗が一筋流れていた。ハンドガンの銃口がこちらに向けられている。後はフロノの気分での発射となる。死のビジョンが駆け巡る。

 

(諦められるか……!! ここで、こんな所で!!)

 

 

 ――最後の最後まで抗おうとするシラユキの鼓膜を揺さぶったのは新たな接近警報であった。

 

 

「ん? 援軍? いや、違うか」

 

 フロノが疑問を口にしていた所を見ると、これは彼の手先ではないようだ。その事実が確認でき、少しだけシラユキは安堵した。……ならば、と彼女は機体のコントロール復旧を終え、手近な岩礁に不時着するや否や、望遠カメラの倍率を最大に引き上げ、今こちらへ向かってくるモノをメインモニターに映した。

 

「これはM型ヒュッケバインMK-Ⅱ……? 連邦が何故、こんな所に……?」

 

 輸送機《タウゼントフェスラー》の前を飛ぶ三機のネイビーアッシュの機体は見紛う事なき《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》であった。だが自身が知る機体とは少しばかり仕様が違っていた。

 全体的にスマートになり、右肩にはビームカノンが搭載されていたのだ。一目見て、それがただのPTパイロットが乗れるような代物でないと理解した。

 

「『タースティア』のフロノだな」

 

 到着するなり、三機のヒュッケバインは武器を構えた。銃身が上下に二つある重厚な面構えを見せるライフルだ。その素人が扱うのが難しそうな武装を見て、シラユキは完全に確信する。

 

(……連邦の特務部隊が何故ここに?)

 

 整い過ぎている戦力。そして接近から戦闘準備までの流れが非常に滑らか。隊列にはブレもなく、発する言葉も必要最小限。訓練に訓練を重ねたエリートであることは明白だ。ならばここにいる理由は?

 

「シラユキが呼んだ……訳ではなさそうだね」

「フロノ・プレイゼンター。『タースティア』幹部のお前には聞きたいことが沢山ある。抵抗はせずに投降しろ」

 

 疑問が湧いて出る。何故、あの特務部隊は自分のヴァリオンには一切目もくれないのか。先ほどからあの小隊が集中しているのはフロノのヴァリオンのみ。カラーリングが違うとは言え、この機体も全く同じ機体なのに。

 

「眠る山羊の紋章。……ああ、そのエンブレムは見たことがあるね。『サイレント・ゴーツ』か」

 

 フロノは抗戦の意志は見せず、機体を僅かに後退させることでその答えを示した。

 

「退かせてもらうよ。今の状況では勝ち目がない」

「フロノ!!」

「じゃあねシラユキ。願わくば、また僕の目の前に現れてくれることを祈るよ」

 

 ハンドエッジを乱射し、直後フライヤーモードとなったフロノのヴァリオンが飛び去った。その速度はいくらヒュッケバインと言えど、追い付くことは難しく。

 

「待て……待て……! 待てぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 コクピット内に無情に響くはシラユキの怒りと怨嗟の叫びだけ。手近な機器へ拳を叩き付けてもフロノは待ってくれない。だが、何かに八つ当たりをするしか、この胸の苛立ちは抑えきれなかった。

 

 

「そこのヴァリオンにも用がある。大人しくしていてくれたまえ」

 

 

 声がした方向にヴァリオンを向けた。そこに映るモノを見て、一瞬だけシラユキは言葉を失った。

 

「何故、こんな骨董品が……」

 

 ――黒い幽霊(ゲシュペンスト)。そう比喩するにふさわしい機体が今、シラユキのヴァリオンの元に降り立った。




第三部始まりました!またよろしくお願いします!

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