スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第四十二話 鬼の最期

 第五兵器試験部隊四人掛かりでもカームスが駆るツヴェルクは卓越していた。戦闘開始から五分近くが経ったが、未だ有効打を与えられずにいた。

 

「うおおお!」

 

 ブレイドランナーの高い加速力を以て、ツヴェルクから繰り出される拳を避けると、その伸びたままの腕へシュトライヒ・ソードⅡを振り下ろす。

 

「ソラ、すぐに離脱! ユウリ、胸部にエネルギーチャージの予兆が見えたらすぐに教えて! リィタは私のフォロー!」

 

 ソラ機の隙を埋めるように、フェリア機は肩部のビームキャノンからエネルギーを解放した。だが肩部のビームキャノンだけでは火力が少々不足しているようだ。結果はツヴェルクの盾部を少し溶かした程度。ユウリから送られてくるデータを見る限り、どうやら装甲板と高いビーム耐性を持つ、装甲材がミルフィーユのように何重にも重ねられているようだった。

 だがフェリアは折れず、フォーメーションを都度確認しながら、ツヴェルクへ攻撃を加え続けることを選んだ。確実にダメージを与えられる武装として、ブレイドランナのシュトライヒ・ソードⅡと自機の全砲門解放が挙げられる。

 

「良い連携だ……だが!」

 

 ツヴェルクの盾の一部がスライドし、その中に砲門らしきものが見えると、ソラはすぐに操縦桿を倒し、射線上から離脱する。

 

「このツヴェルクの装甲を容易く貫けると思うな!」

 

 自身の左右の死角を潰すように、盾部から拡散したビームが放たれた。一発一発は大したことのない威力だが、それが超高密度な弾幕を形成するので、至近距離での被弾はそのまま撃墜を意味した。

 その事実をすぐに他三機と共有すると、ユウリは目を閉じ、イメージする。六基のT-LINKストライカーがツヴェルクへ突き刺さっていく軌跡を。

 

「T-LINKストライカー、お願い!」

 

 そしてユウリ機の脚部からそれぞれ独立した軌跡を描き、T-LINKストライカーが飛翔した。速度に乗り、ゾル・オリハルコニウム製の先端は次々にツヴェルクの至る所に刺さっていく。だが、それが致命傷となることはなかった。

 

(ぬる)いわ!」

 

 突き刺さったは突き刺さるが、浅い。一つ一つ握り潰される前に脚部のラックへ戻すと、ユウリはフォトン・ライフルでカメラアイを狙う方向に切り替えた。

 しかしツヴェルクが盾部を構えながら接近してくることによって、その目論見は潰された。

 

「ユウリ、下がれ! ブレイドランナーが止める!」

 

 ツヴェルクの太い丸太を思わせる剛腕から繰り出される拳へ、ソラ機はシュトライヒ・ソードⅡの刀身の腹で受け止めた。そしてすぐにペダルを壊れる勢いで踏み込む。

 歴戦の猛者であるカームスを以てして、ソラ機の馬力には目を疑っていた。

 

「ほお……ツヴェルクと拮抗するとはな。あのライカ・ミヤシロの機体と同系列のものか……!」

 

 改めてブレイドランナーのハイパワーさに驚きつつ、ソラは操縦桿を引きあげる。ツヴェルクの拳を流し、頭上を取った。

 

「カームス・タービュレス! 今度こそお前を越えて見せる!」

 

 ソードを臀部に戻し、左右のミドルを抜いたソラ機はそのまま頭上からツヴェルクへ詰め寄った。ツヴェルクが盾を構えるよりも早く、ソラ機が肩から腰までを斬り付ける。

 ソード以下の出力とは言え、それでもツヴェルクの堅牢な装甲を傷つけるぐらいには強力だった。もちろん一撃の威力はソードに分があるが、取り回しの良さは明らかにミドルに軍配が上がる。

 更にソラは仕掛けた。

 

「面白い……やってみろ!!」

「やってやる!」

 

 ソラはツヴェルクが盾を構えるのを見逃さなかった。

 すぐに腰部アーマーのクローにシュトライヒ・ソードを掴ませ、そのままクローアンカーを射出させる。だが、その狙いはツヴェルクから大きく外れた。

 

「このままァ!」

 

 ビーム発振させたソードを掴んだワイヤー先端がツヴェルクを通り過ぎたあたりでソラは機体を捻らせる。ツヴェルクの盾を基点にワイヤーが曲がり、ソードを掴んだ先端が背中目掛け振られていった。

 

「二番スラスターがやられたか! だがテスラ・ドライブはやられておらん!」

 

 伸びきったワイヤーを掴もうとしたツヴェルクの腕へ、リィタ機がビームキャノンを放った。

 

「カームス!」

「助けるかリィタよ!」

 

 リィタ機を追い払うように盾部のビームを放ち、カームスは一番の大火力へ狙いを定める。

 

「筒持ち、貴様を優先的に狙った方が良さそうだ……!」

 

 腕部のスラスターで強引に向きを変えたツヴェルクが皆と離れた位置から狙いを定めていたフェリア機へ猛烈な速度で距離を詰め始めた。腕部のスラスターとメインスラスターの併用によって可能な短距離高速機動である。

 

「いつか来ると思っていたわ……!」

 

 マルチビームキャノンからビームソードを展開し、フェリア機はツヴェルクを見据えた。

 

(焦らないでフェリア……十分に引きつけたところでトリガーを引くだけよ……!)

 

 これがフェリアの狙いである。エネルギーチャージは完了しており、あとは解放するタイミングをもぎ取るだけであった。元々大火力を生み出す機体に乗っており、相手はベテランもベテランである。隙を突いて真っ先に大火力を潰さんとするのは正しい判断だ。幸運なことにカームスはピュロマーネが接近戦を十二分にこなせることを知らない。

 これは正に好機といって差し支えない。

 

「カームス! リィタの話を聞いて!」

「リィタ!?」

 

 そんな事を知らないリィタがツヴェルクとフェリア機の間に飛び込んできた。フェリアは焦った。このままでは機体と機体がぶつかり、質量に圧倒的差があるリィタ機が先にぐちゃぐちゃになってしまうからだ。

 

「邪魔だ!」

 

 カームスはそう言い、蚊でも追い払うかのようにツヴェルクの手の平でリィタ機を押しのけた。

 

(……ん?)

 

 フェリアは今のやりとりに少しだけ疑問を感じた。だがそれも一瞬の話、今リィタを押しのけたことで僅かにツヴェルクの右側が()()()

 刹那の判断で、フェリアは銃爪を引き、ピュロマーネの全砲門を解放させた。

 

「ヌウゥ!!」

 

 危険信号を感じ取ったのか、ツヴェルクの左盾が翳される。そして、次の瞬間、その盾が大きく展開された。

 

「なっ……!?」

 

 フェリアは目を疑った。展開された盾部から半透明のEフィールドが展開され、砲撃を強引に逸らされてしまった。

 

「ツヴェルクの奥の手を使わせるとはな……!」

「……いいえ、むしろ良かった!」

 

 そう言い、フェリアは横から突撃するソラを見て、ニヤリと笑む。

 

「うおおお!!」

 

 シュトライヒ・ソードⅡを最大出力にし、ソラ機はツヴェルクへ突貫を仕掛ける。十分な加速距離を得た今のブレイドランナーは不可避の弾丸と化していた。展開されたEフィールドへソラ機のソードの切っ先がぶつかる。

 以前の物と違い、出力が遥かに向上していたシュトライヒ・ソードⅡを以てしてもツヴェルクの分厚い装甲はそう簡単には貫けないが、たった()()の強固なバリアフィールドを貫くことなど造作も無かった。

 

「――貫ける!!」

 

 拮抗していたソードがついに通り、実体の刀身がツヴェルクの盾部の中心へ突き刺さる。思えば、これが初めてのまともなダメージかもしれない。

 

「……Eフィールドの出力が弱いのではない、か。恐ろしい武器だ」

「ウチの博士に言えば喜ぶぜ?」

「貴様から言っておいてくれ。……最も、それが叶うことはないだろうがな」

 

 ツヴェルクのカメラアイが大きく発光する。その瞬間もしっかりモニタリングしていたユウリがそこから得られた数値を見て、驚きの声を発する。

 

「しゅ、出力上昇を確認……!」

「嘘、だろ……!?」

 

 それが意味する所とは一つ。ただでさえ苦戦していたツヴェルクにようやくエンジンが掛かり始めたということだった。

 

「剣持ち……名を名乗れ」

「ソラ・カミタカだ! 覚えとけ!」

「……ソラ・カミタカよ。貴様はリィタをどうするつもりだ?」

 

 突然の質問。何かの罠を疑ったが、ソラは思うままを答えることにした。ここで逃げたら、それこそカームスの思う壺のような気がして。

 

「どうもしねえよ! あいつの人生はあいつのモノだろうが! どこの誰が何を言っても知ったことじゃねえ、お前達を倒して、リィタを自由にする。それが俺の決めたことだ!」

 

 だいたい、とソラは更に言葉を続ける。今この瞬間を逃せば、言う機会が無くなってしまうと判断した上での追撃だ。

 

「お前は何なんだよ!? リィタを撃墜しておいて、そのリィタが目の前にいるってのにダンマリときたもんだ。何も無いのかよ!?」

「…………」

「更に分からねえことがある。お前、何でリィタを()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 戦闘開始からずっと疑問に思っていたことである。実はフェリアが感じるまえよりも前に、ソラはその疑問を抱いていた。

 他の三人に対しては確実に殺す気で攻撃を加えているにも関わらず、リィタへの攻撃だけは“消極的かつ微塵も殺気が感じらなかった”。初撃はただの牽制だと思っていた。だが、それが何度も続けば流石におかしいことぐらい気づく。

 そしてそれはカームスにとっては答え辛い質問のようで、彼は完全に沈黙してしまった。

 

「お前こそ、リィタをどうしたいんだよ?」

「……俺は」

 

 瞬間、通信にどこかで聞いた覚えのある声が割り込んできた。

 

「――カームスよ。私もそれについて興味がある」

「ッ!?」

 

 “ソレ”が一つ歩みを進めるたびに、戦場に地響きが起きた。遠目からでも分かるその特徴的なシルエット、そして禍々しさ。いくらソラでも“ソレ”の名称は分かっていた。

 胸から肩にかけて大きくせり出し、背中から後頭部を覆うように伸びる突起、背面の大型スラスター、そして巨大な上半身に合わせて大型化された脚部。手に持ったハルバード状の大型武器を杖のようにして、()()は戦場に現れた。

 カームスがその名を口にする。

 

「《ヴァルシオン・ディスピアー》……。ゲルーガ大佐、ですか?」

「無論だ。今しがた完成したばかりでな。まずはここの戦域を制圧する。……その前にカームスよ、先ほどの問いに答えてもらおうか」

 

 ゲルーガはそう言い、斧槍の切っ先をリィタ機へと向けた。

 

「今までの戦いを見させてもらった。やはりリィタは生きており、自分の意志で戦っているときた。そしてお前から感じた手心。……どういうことか説明してもらおう」

「それは……」

「言ったはずだ。リィタは我がSOにとって重要な存在だ。その類いまれなる戦闘力が必要だからこそ、お前に捜索を命じていたというのに」

「……おじーちゃん、どういう……こと?」

 

 リィタの声が震えていた。今までに聞いたことのない“冷たい”声に、リィタはゲルーガにそう聞かずにはいられなかった。

 そんなリィタへ、ゲルーガは静かに答える。

 

「お前の力はとてつもない。正に一騎当千の体現者だ。そんなお前を我がSOの筆頭猛将とし、腐った連邦へ浄化の剣を振るってもらう……それが私の望みだ」

「……じゃあ、私は最初から……。そっ……か、そういうことだったんだ……」

 

 段々言葉が弱くなっていくリィタへ、ゲルーガはどこか穏やかに尋ねた。

 

「リィタよ。我らが神聖騎士団に戻る気は無いのか?」

「リィタ、迷うことはねえ。お前の気持ちを言え」

「……ソラ?」

「お前は自由だ。何をするのも、何を考えるのも皆自由だ。だから、思いっきり言ってやれ!」

 

 ソラの言葉に背中を押され、リィタはいつの間にか怖さも失意も失せていた。リィタは思うままに、はっきりと、心の底からの願いを叫んだ。

 

「ううん、もう戻りたくない。リィタはソラ達と一緒に居たい!!」

 

 その回答を受けてもなお、ゲルーガの穏やかな声は変わらなかった。まるで孫の我が儘を聞く老人のように。

 

「……そうかそうか。リィタよ、お前の考えは良く分かった」

 

 ざわりと、ヴァルシオン・ディスピアーから強烈な悪意のようなモノを感じたソラは、半ば反射的に口を開く。だが、行動に移すのが数瞬遅かったようだ。

 

「――ならば消えよ。我が神聖騎士団に裏切り者は必要ない」

「……え?」

「やべえ……リィタ!!」

 

 ヴァルシオンが右腕をリィタ機へ向けた。すると、右腕のパーツが展開し、そこへ赤と青のエネルギーが集中し始める。その攻撃はソラでも知っていた。オリジナルであるヴァルシオンの代名詞たる必殺武装。その名は――。

 

「塵となれ、クロスマッシャー!!」

 

 名の通り、螺旋状に絡み合いながら赤と青の奔流がリィタ機へ解き放たれる。ソラは目の前が真っ暗になりそうになりながらも、ペダルを踏む。だが、ブレイドランナーの大推力を以てしても、リィタの援護防御をするには遠すぎた。

 

「あ……あぁ……」

 

 奔流を前に、リィタは完全に動けずにいた。普段のリィタならば間違いなく避けられたであろう。だが、SOの中ではカームスの次に心を許せたゲルーガに攻撃されたという事実は、リィタを酷く揺さぶったのだ。

 破壊の奔流がリィタの機体を完全に呑み込もうとする刹那、ワインレッドの鬼が奔流の前に立ち塞がった。

 

「ッ!? カームス!?」

 

 リィタ機を呑み込むはずだったゲルーガの攻撃は、刹那のタイミングで割り込んできたツヴェルクの両腕の盾で受け止めていた。だがデッドコピーとは言え、かつてのDC総帥の愛機であるヴァルシオンの一撃はそう簡単に凌げるものでは無い。攻撃の勢いは衰えず、今この瞬間にでもツヴェルクのEフィールドを貫かんとしている。

 ゲルーガはカームスを問わずにはいられなかった。全幅の信頼を寄せていた者のこの行動を、一体誰が予想出来るものか。

 

「カームス……気でも狂ったか!?」

「そうだ……リィタに出会った時から、俺は既に狂っていた!!」

「ならやはり貴様がリィタを……!」

「ゲルーガ大佐、いやゲルーガ・オットルーザ。貴方ではリィタを不幸にするだけだと分かってしまったのでな……!!」

 

 Eフィールドに回すエネルギーを更に増やしながら、カームスはゲルーガへそう言いきった。もはやカームスはSOの一員としてはあまりにも欠落しきってしまっていた。

 その原因たるリィタへと視線を向ける。少しだけ、後ろめたさを感じながら。

 

「リィタ……。俺への恨みの深さは今更聞くまい」

「カームス! 早く離れて!!」

「そうだカームス! 早く離れろ! 俺と代われ!」

 

 リィタとソラの言葉を受け入れる気は更々なかった。否、そんな資格はなかったと言った方が正しい。

 カームスにとっては、ここが命の使い所であったのだから。

 

「……ソラ・カミタカ。俺は貴様を選ぶことにした。SOでもなく、連邦でもなく、貴様をな」

「ふざけるな! リィタはお前を求めてんだ!」

「カームス! 裏切り者めがぁ!」

 

 ヴァルシオンからのエネルギーが一層強くなり、ツヴェルクのEフィールドに()()()が生じ始めた。しかしカームスはリィタの前から退く気は微塵もない。

 

「く……はは……神は俺の事を見放してはいなかったようだな……! よもや、このようなリターンを俺にくれるとは……!!」

「カームス! 止めて! 戻って来て!」

 

 ツヴェルクのメインスラスターに火が入り、徐々に機体が前進していく。だが、前に進んでしまうことにより、ヴァルシオンからの攻撃はとうとうEフィールドを突き抜け、機体に直接ダメージが入り始めてしまった。

 

「ぐ……おおお!!」

「いくらツヴェルクといえど、このヴァルシオン・ディスピアーの攻撃を受けて、無傷で済むと思うな!!」

「……リィタ……聞こえるか……?」

 

 盾部を構え、ゲルーガの元へ機体を推進させながら、カームスはあえてリィタへ音声のみの通信を送る。

 

「カームス! 聞こえてるよ! リィタは聞こえてるよ!」

「リィタ、俺は……お前に謝罪してもしきれないことをしてしまった」

「そんなことない! カームスが居てくれたからリィタは……!」

 

 眼を閉じ、カームスはただリィタの声を噛み締めていた。もはや重荷は捨てきった。ならば、一秒たりとてリィタの声を聞き逃さないことが、今のカームスにとっての報酬。

 一秒でも長く、一語でも多く、愛する者の“声”を!

 

「……それだけで、良い。それだけで、俺は……もう思い残すことはない」

 

 既にEフィールドは機能しておらず、ただツヴェルクの頑強な装甲で耐え凌いでいるだけだった。攻撃の圧力が凄まじく、横には動けない。ならば、あとはもう前に進むだけ。一ミリでも、一ミクロでも、眼前に立つ者へ一矢報いるのみ。

 

「そんなの嫌だ!! 待ってて! 今、助け――」

「来るなぁ!!! 貴様もだソラ・カミタカ!!!」

 

 半ば叫ぶようなカームスの言葉に、ソラですら一瞬動きが硬直してしまった。そして今の一言で、ソラは理解した。

 

「あいつ……やっぱり……!」

 

 ツヴェルクの全身から爆発が起き始める。むしろここまで良く大爆発を起こさなかったと感動すら出来るほどに、ワインレッドの鬼は持ち堪えていた。

 そして、鬼の許容ラインをつい先ほど振り切ったのを確認した後、カームスはリィタへ“最後”の言葉を送ることにした。

 

「リィタ……一つ、俺からお前へ最後の命令……頼みがある」

「最後なんて……嫌、だよ……! カームスぅぅ……!」

 

 だが、リィタはもう()()していた。ツヴェルクの装甲が溶け始め、今にもそれが動力へ到達しようとしているのを。もう……間に合わないという事実を。

 

「……聞いてくれ、リィタ。SOのカームスなんかじゃない、お前の……“親”としての、頼みだ……」

 

 リィタは涙が止まらなかった。今すぐにでもカームスと運命を共にしたかった。操縦桿を握り過ぎて内出血を起こしてしまい、手はとっくに青く変色していた。視界は涙でぼやけ、もう何も見えていない。しかし、そんな視界の中でもツヴェルクの姿だけは見えていた。

 周囲からは音が消え、視界にはカームスしかいない。そんな二人だけの“世界”。二人きりの世界の中、カームスは確かに言った。愛する者への最後の“命令”を。

 

 

「幸せになりなさい。もう誰にも縛られない自由な世界で……リィタ、お前は幸せになりなさい」

 

 

 ――そう言い切ると、全ての力が尽きたかのように、ツヴェルクはあっさりと光の奔流の中へ包まれていった。時間にして数秒。赤と青の奔流が消え去ると、ワインレッドの鬼“だった”モノはまるでごみのように、地上へ落ちていった。

 

「……カー…………ムス?」

「リィタさん……。ツヴェルクから生命反応が……消えました」

 

 数瞬の間。ツヴェルクの残骸が全て地上へ落ちた辺りで、ようやくリィタは声を出した。念のため生命反応を確認していたユウリはそれが終わると感情を押し殺し、ただ事実だけを告げる。その事実を告げるだけの行為に、ユウリはまるで喉元にナイフを突き立てたかのような凄絶な“痛み”を感じていた。

 

「カームス・タービュレス……。お前には最後の最後まで、勝てなかった……! ――――勝てなかった!!!」

 

 一部始終を見届けていたソラはコクピット内の天井を仰ぎ見た。幾度も刃を交え、ついに壁を越えられると思った。だが、越えようとした壁は最後の最後まで、その命が尽きるその瞬間まで、高い壁であり続けた。

 

「勝ち逃げしやがって……!! バカ野郎……!!」

「……ふ、手こずらせおって。所詮は裏切り者よ、だがこれでディスピアーの力は証明できた。それだけは褒めてやろう」

 

 ツヴェルクの残骸を見やったゲルーガのその物言いに、ソラは静かな、とても静かなそれでいて煮え立つような怒りを感じていた。研ぎ澄ました刃のような確かな敵意を以て、ソラはポツリと言った。

 

「ゲルーガ・オットルーザ……お前、何も思わないのか? 今までお前に付いて来てくれた奴に……カームスに対して……お前は何も思わないのか?」

 

 ソラの敵意をゲルーガは嘲笑った。

 

「戯けた事を。彼らは我が神聖騎士団の英霊となったのだ。これ以上の喜びはあるまい」

「……そうか。なら、もう何も言うことはねえな」

 

 もはやSOはどうでも良くなった。全ての元凶はたったの一人。とてもクリアな思考を以て、ソラ機は眼前の“絶望”へと剣を向ける。

 

「ゲルーガ・オットルーザ。今こそ、お前の下らない野望全部に刃を走らせる!! お前を……倒す!!!」

小童(こわっぱ)が!! 我が悲願は貴様ごときにどうこう出来る代物ではないわ!!!」

 

 ――そして“絶望”が両腕を上げた。


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