スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第四十一話 託された名は

 ライカは改めてセンリ・ナガサトと言う人間の技量の底知れなさを痛感していた。劣化しているどころかむしろ洗練されている所を見ると、一度も戦いを捨てていなかったことが良く分かる。

 通信装置からセンリの事務的な口調が聞こえてきた。淡々とした声色だが、その声はどこかライカを安心させる。

 

「素直な狙いが多すぎますよライカ」

 

 森から森へ。木々の間から鋭い射撃をしたと思ったらすぐに姿を消すレヴナント。各種センサーを駆使して位置を探るも、影すら捉える事が出来なかった。

 

「シュルフ、どう見ますか?」

《こちらのレーダー波を吸収、あるいは反射する塗料が塗付されているようです。先ほどから全く見つけられていません》

 

 流石に塗料のみで日々アップデートされているこちらの電子戦装備をやり過ごせるほど世界は優しくない。恐らくそれをカバーするために森というステージを選び、またヒットアンドアウェイを徹底することにより、目視でも自分の姿を掴ませぬよう上手く立ち回っているのだろう。

 即座にライカは対抗策を打ち出す。

 

「なら向こうから出ているレーダー波を逆探知することは出来ませんか? レヴナントの出すレーダー波は当時のゲシュペンストと同様のはず。該当する電波を割り出して捕まえます」

《レーダー波検出されず。恐らく電波放射するような装備はされていないと思われます》

「……なら勘とセンサー類のみでこちらの居場所を捉えているということですね」

 

 亡霊の亡霊と呼ばれたレヴナントにだって最低限の電子装備はある。だが、センリは機体のステルス性能を高めるために、そういった装備を全て撤廃しているというのは流石のライカでも驚いた。

 となれば自分を撃ち落とした狙撃もFCSによる補正では無く完全マニュアルという線も大いにあり得る。コンマレベルではあるが、ロックオンしてから補正までの時間を省けばその分早く撃てる。

 無駄は徹底的に省くのがセンリ・ナガサトである。

 

《四時、熱反応》

「後ろ……!? いつの間に……!」

 

 振り向くと既に前方宙返りをしながらこちらに跳び掛かってくるレヴナントの姿があった。正確にはPTではないが、それでも前方宙返りなんて軽業、PTでやる奴なんてそう居ない。

 

「……ライカ、貴方はどちらかというと近接戦闘が得意でしたね」

「ヒートグルカ……! その武器を持ちだすということは本気なんですね……」

 

 レヴナントの右手首を掴むことで、何とかライカは攻撃を防ぐことが出来た。レヴナントが握っていた湾刀は、ネパールの山岳民族の誇りであるグルカナイフを模したヒート兵器であった。最小の力で最大の威力を発揮するこの武器はセンリが最も好んで使っていた武器であり、それはすなわちセンリの本気を意味する。

 

「センリさん、私はずっと貴方を目標にしてきました。いつか貴方と肩を並べて戦いたいと、ずっとそう思ってきました!」

「素晴らしい心がけです」

「何故生きていると知らせてくれなかったのですか!? 私は貴方が死んだと聞かされたあの日からずっと貴方を追いかけていました……!」

 

 レヴナントが右脇下に懸架されているステークナイフに手を掛けたのを見た瞬間、ライカはすぐに距離を取り、手痛い一撃をもらうことを避けた。一発限りの大威力は使いこなせる者が使えばそれだけで現実的な一撃必殺の武器となる。

 突き飛ばされるや否や、すぐにステップを織り交ぜ、接近してくるレヴナント。左手にもヒートグルカを持ち、再び白兵戦を仕掛けてきた。

 

「……私は()()が欲しいのです。鳴り響く発砲音、機体の駆動音、爆散音、肌を撫でる殺気、冷たい悪意。戦場を構成する全てに、私は身を置いていたい。一秒でもそこから離れるということは私の死を意味します」

「その為に貴方は傭兵となったのですか!?」

「ええ。軍にいるだけではもう物足りません」

 

 向かってくる左のヒートグルカに備えたライカの背筋に悪寒が走る。自身の生存本能に従い、ライカは操縦桿を引いた。

 次の瞬間、コクピット内が大きく揺れた。

 

《左胸部損傷。チョバムアーマーを貫通し、本体装甲表面が少し溶けただけに留まりました。幸運ですね》

「アーマーが無かったら致命傷だったということか……!」

 

 横薙ぎにされた左のヒートグルカが振り切られる寸前、すぐにそれが引っ込められ、右のヒートグルカがライカ機の左胸部に深々と喰い込んでいた。だがその刃は幸運にもチョバムアーマーを貫通しただけに留まり、九死に一生を得た。

 もしアーマーが無かったらそのまま機体内部を蹂躙されていたことは想像に難くない。

 ライカ機は再び距離を離し、両手にM950マシンガンを構え、すぐに発砲する。レヴナントの薄い装甲ならばこれでも十分に有効打となりえる。全て撃ち尽くす勢いでマシンガンを放つも、全て樹に当たるだけで当のレヴナントには一発も当たらなかった。

 

「っ……!」

《左右兵装破壊。携行火器残り、バズーカ一、メガ・ビームライフル二》

 

 当たらなかったどころか、むしろ投擲された二本のステークナイフによって、左右の武装が一撃で破壊されてしまうという失態。これでばら撒ける武装は左腕の三連マシンキャノンのみとなってしまった。エネルギー管理を放棄すればメガ・ビームライフルも一応はばら撒ける。

 

「ライカ、貴方はどうしていきたいのですか?」

「何を……!?」

 

 間合いの管理をするためバズーカを構えるライカ機。爆風で一気に吹き飛ばしたいところであるが、それすらもやり過ごされるだろうという一種の信頼めいたものがライカにこびりついていた。

 

「これからの戦いについてですよ。私は死線にずっと立っていたいから戦うことを選んだ。なら貴方は? 一体何の為に戦っているのですか?」

 

 ズキリとライカは胸を針で刺されたかのような錯覚を覚えた。センリから問われたのは自身の戦う意味。がむしゃらに戦い、無機質な機械のように戦い、そして今は誰かを教導する立場にいる自分に対してのクエスチョン。

 すぐに言い返したかった。だが、ライカは口を開けなかった。

 

(何の為に……?)

 

 分からなかった。思い浮かぶ言葉は全て薄く、センリの前に出せば鼻で笑われそうな、そんな薄っぺらい言葉たち。ただの兵士として、ライカはただ目の前の任務に全力で取り組んでいた。そこに刺し込む感情は無く、そこに沸き立つ達成感は無く、平凡な戦場の一パーツとして、ライカは戦っていたのだ。

 見透かしたようにセンリは言う。

 

「確かに、任務を忠実にこなす兵士は戦場に必要です。ですが、それだけでは兵士である以前に人間として失格です」

「そんなことが今……!」

「そんなことだからこそ、向き合わなければならないのです。……何の為に戦っているかも分からない人間は兵士として二流」

 

 そう断じ、レヴナントはアサルトマシンガンをライカ機へ投げつけた。ライカ機は突然の行動に思わずバズーカを撃つのを中止し、回避しようとする。

 しかし、その回避先には既にヒートグルカに持ち替え直したレヴナントが居た。

 

「バズーカまで……!」

 

 バズーカを盾にし、ヒートグルカを防ぐも、赤熱化した肉厚の刃は容易に砲身を溶断した。弾頭に誘爆する前にレヴナントへ投げつけ、メガ・ビームライフルに持ち替えたライカ機はすぐに狙点を合わせる。

 

《携行火器残り、メガ・ビームライフル二。中尉、そろそろマズイですね》

「そんな他人事を……!」

《ライカ中尉、私に提案があります》

「こんな時に何を……?」

 

 弾を惜しむように消極的な射撃をしながら、シュルフの提案を聞くライカ。聞き終え、ライカはその提案を吟味する。

 

「……そんなことが出来るのですか?」

 

 ヒートグルカが赤熱されていないのを確認したライカはすぐに操縦桿横のボタンを押した。すると、ライカ機の股間部からアンカーウィンチが射出され、左手のヒートグルカに絡みつく。ウィンチ部から放電が始まると、刃を伝い、レヴナントの電子兵装を蹂躙していこうとする。

 予感したのだろうか、ヒートグルカが絡め取られた時点でレヴナントは既に武装を放棄しており、難を逃れていた。ここまで被害を喰らってようやく武装一本。なら撃破するのに一体どこまで被害を覚悟しなければならないのか、ライカは想像したくなかった。

 

《ライカ中尉が望むなら。私は全力でそれを遂行しましょう》

 

 意表を突く、という点では恐らく最高峰の成果を得られるだろう。だが、肉体的な面でも、タイミング的な面でも、それを仕掛けられるのはたった一回。それをしくじれば機体も、自分も、確実に死ぬ。

 

「ライカ、貴方は昔から命知らずでしたね」

「何がですか……!?」

「自分の命を顧みない戦術をあえて敢行する。その最たるは機体を使ったタックルです。口では命が大事と言えるでしょう。ですが、本質はその真逆です」

「そんなことは……!」

「貴方は心のどこかで自分の命を軽視しているのですよ。それが戦いに良く表れています」

 

 センリに図星を突かれた気分であった。そこに反論の余地はなく、自分の心の底を直にまさぐられた感覚だ。

 

「“戦わせてください”。……ライカ、貴方が部隊に配属されて最初に言った言葉ですよ」

「……」

「貴方は余りにも兵士であり過ぎるのです。根っからの、それこそなるべくしてなった天職だと私は思います。喜んでください、兵士としての素質は私よりも上です」

「くっ……!」

 

 レヴナントの爪先から、ダガー状のコールドメタルナイフが射出された。センリの不意打ちにライカ機はメガ・ビームライフルを盾にし、それを防いだ。ステークナイフなら今のでビームライフルを貫通し、機体にまで被害が及んでいた。

 その防御行動を見越し、レヴナントはヒートグルカを握り、跳躍してきた。あえてライカは避けず、ナイフが刺さったままのメガ・ビームライフルを盾にする。

 

「そんな才能を、貴方はどうしていきたいのですか?」

 

 ヒートグルカの刃をエネルギーパックにわざと当て、至近距離で誘爆させる。すぐに最後のメガ・ビームライフルを向けるも、もう片方の爪先から射出されたナイフにより、銃口を潰されてしまう。これでいよいよ固定武装のみとなってしまった。

 

「私は、そのままで行きます……!」

「……そのまま?」

「ええ、そのままです!」

 

 そう言い、距離を離したライカはコクピットハッチの解放レバーを引いた。

 

「……正気ですか?」

 

 センリは僅かながらに驚いた。今視界に映っているのは機体から脱出するライカの姿。このギリギリのやり取りで取れる選択肢ではない。それ以上に驚いたのは約二十メートルもあるPTのコクピットから装甲を伝い、膝から脛、そして爪先へと速やかに降りるその度胸だ。

 

(爆薬でも仕込みましたか……?)

 

 以前自分は機体を囮にし、そこに仕込んだ爆薬を以て、敵を爆破させた。だが、それは入念な準備とリスク管理の上で行ったものだ。

 それこそ自殺する覚悟でもなければ。

 すぐにセンリはライカへ照準を定める。どの道これはチャンスと言えた。ざっと見た限り、爆薬の類は仕込まれていないのが確認できる。パイロットを即刻始末し、ゆっくり機体を破壊する。そこには何の感情もない。戦場で向かい合った以上、かつての弟子でもただの倒すべき敵だ。

 アサルトマシンガンを向けた瞬間、その倒すべき敵が叫んだ。

 

「シュルフ!!」

 

 刹那、センリは誰もいないはずの機体が右腕を振るう瞬間を視た。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……どんな手品、ですか?」

「……少し他人任せにしただけですよ」

 

 結果として言えば大成功であった。パイロットを囮にし、シュルフが機体を動かすという前代未聞の戦法は上手くいったようである。

 レヴナントの胸部に突き刺さったシュルフツェンのプラズマバンカーがその証。レヴナントの脆弱性を考慮するならば、これでゲームエンドだ。むしろ各所が誘爆しないだけまだ奇跡的な損傷である。

 

「ライカ、先ほど貴方はそのままと言いましたね。……どういう意味ですか?」

 

 既にレヴナントに戦闘行動をするだけの余力はなかった。高い運動性能と拡張性の先に待っていたのは、低い生存性だけである。

 対するシュルフツェンもレヴナントの反撃により、頭部を潰されてしまっていた。ヒートグルカの刃が頭部に深々と喰い込んでいる。

 

「……言葉通りです。私は今のままで生きていきたいのです」

「その先には何が待っているのですか?」

 

 逡巡したが、ライカはハッキリと言った。今までの、そしてこれからの戦いを歩いて行きたいから。

 

「――掛け替えのない仲間が待っています」

「私には……理解できません」

 

 レヴナントの肘から下がパージされ、そこからクローが現れた。シュルフツェンの左右肩部をガッチリ固定すると、膝から下がパージされ、そこからもクローが現れる。

 

「何を……!?」

「機体が行動不能になった時点で契約終了。そういう取り決めです。これはそう、アフターサービス」

 

 レヴナントの四肢のクローでライカ機の両手両足が拘束された。クローの握力は凄まじく、シュルフツェンは腕を少しも動かせていなかった。

 

「シュルフ! 逃げなさい!」

《不可能。四肢完全に拘束。要は動けません》

 

 そこでセンリは先ほどのタネを理解した。

 

「なるほど……自立型AIが仕込まれていましたか。ですが、私には理解できませんね。ただのAIにそこまで信頼を寄せることなんて私には無理です」

「……ただのAIなんかじゃありません」

「え?」

 

 センリにさえ、分からないことがある。当たり前のようだが、改めてライカはそう感じ、そんなセンリに人間味を感じられた。

 ライカはセンリへ語った。今まで死線を共に潜り抜けてきた“相棒”のことを。

 

「シュルフは私の、唯一無二の相棒です。それ以上でも、それ以下でもなく、全幅の信頼を寄せるに値する私の……“相棒”です」

「……なるほど。やはり分かりませんね」

 

 レヴナントの四肢のパーツが淡く光り始めた。その瞬間、ライカはレヴナントの四肢に爆薬が仕込まれていることを悟る。それはつまり、センリの自爆を意味した。

 

「ライカ、またいつか……どこかの戦場で再会しましょう。その時は共に肩を並べて戦えると良いですね」

「センリさん早く脱出を!」

「そうだ……私を越えたのです。今この瞬間から、()()()()()()()()()()()()()――背負って生きなさい」

 

 ライカが口を開く前に、レヴナントの四肢が大きく爆ぜた。そこから先は覚えていなかった。爆風が自身を呑み込んだ瞬間、彼女の意識はそこからプッツリと切れてしまったのだから。

 意識が途切れる刹那、ライカはぼんやりとした思考の中で()()異名を思い出していた。徹底した狡猾さと死んでも敵を倒すその鉄の意志、爪が折れたら牙、牙が折れたら身体を使って地獄に突き落とすその執着心。そう、その者の名は――。

 

(……フウカがその名を名乗った時点で気づくべきでしたね)

 

 “ハウンド”。

 それが、背負うことになった“重さ”の名である。


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