スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第四十話 猟犬の泣き声

「――良いぜ! 最高だ!」

 

 幾たびの斬撃を繰り返していることもあるが、アルシェンは完全に気持ちが高揚していた。一つ眼の黒い機体と交戦して少し経つが、未だに有効打を与えられていないのだから。持てる技術の全てを引き出さなければ一瞬で喰われるこの刹那のやり取りをアルシェンはひたすら楽しんでいた。

 こんな難敵――生涯に一度現れるか否か。

 対するフウカはそんな気持ちの余裕はなく、ただ機械的にアルシェンの攻撃を捌く。未だ攻撃に転ずることが出来ないのは隙のない攻撃を仕掛ける彼の技量のせいである。

 

「……楽しんで頂けているようで幸いです」

 

 一旦距離を離し、フウカ機はくるくると回転しながら両腕部に内蔵された機銃を放つ。変則的な機動で比較的弾速が高い機銃の弾丸だったが、アルシェン機はそれを容易く見切り、次々に避けていく。

 

(何という女だ……! 俺の回避動線を完全に読み、その上から被せるように弾を叩き込んで来るとは……! 流石は“ハウンド”……ん?)

 

 アルシェンは今の思考に一瞬だけ違和感を感じた。まるで純白のキャンパスに一点だけ塗られた黒点のように。小さい、だが絶対に無視が出来ないような存在感だ。

 ――“ハウンド”。一つ目のパイロットが並べた単語群の中に入っていたからと言うこともあるのだろうが、それを差し引いても、あまりに()()とその名を思い浮かべることが出来てしまった。

 

(俺は今、何を思い浮かべた? 自然と出てきた単語に対し、俺はどういう気持ちの持ち方だった?)

 

 ショートバレルに改造したバーストレールガンで牽制射撃を加えながら、アルシェンは一つ眼の背後を取れないものかと思考を切り替える。よほど奇天烈な改造をしていない限り、大体の機体の弱点は背後だ。そこを斬り掛かれば勝機はある。

 

「……らしくないですね、アルシェン。距離を取るなんて」

 

 対するフウカの、アルシェンに対する言葉は辛辣なモノであった。低空飛行をするアルシェン機へ機体を加速させ、フェイクを織り交ぜつつ、回転するクローを突き立てる。

 だが、その一撃は紙一重で避けられ、地面を抉るだけの結果となってしまった。すぐさま姿勢制御用スラスターを駆使し、地面に対して逆さまのままフウカ機は空中へ舞い戻る。高性能なテスラ・ドライブによる質量変化によって実現した変則的な機動である。

 

「何だ貴様は……? 先ほどから気安いぞ!」

「元々気安い仲ですよ」

 

 上下逆さまの姿勢のままアルシェン機を包囲するように周囲を旋回し、機銃を放つフウカ機。そんな奇妙な攻撃に若干対処が遅れたアルシェンは逡巡した後、()()することを選んだ。

 一瞬立ち止まったアルシェン機へ、フウカ機は上下を元に戻し、回転させたクローアームを一気に突き出した。

 

「『T・ハンド』を使わせられるとはな……!」

 

 渾身の一撃は絶妙に逸らされてしまっていた。高速回転したクローアームがアルシェン機の左手に発生したエネルギーフィールドに喰い込むまではよかったが、その前にアルシェンの操縦によっていなされたのだ。

 

「貫けると踏んでいましたが……エネルギー出力が高効率化されていますね……」

 

 T・ハンドの頑強さを褒めるべきか、極点集中されたT・ドットアレイへそこまで喰い込めたクローアームの攻撃力を褒めるべきか。再び装甲へアサルトブレードによる傷がつけられたところで、フウカは再び距離を取ることを選択した。

 そうしたところで、アルシェン機から通信が入った。

 

「このガーリオンに乗ってから、俺には常に二つ何か妙な影がチラついてしょうがない」

「二つ?」

「一つは灰色のゲシュペンスト、そしてもう一つは黒い一つ目の機体だ」

 

 アルシェン機の胸部から吐き出されるマシンキャノンを装甲で受け止め、フウカ機は上を取るべく機体を上昇させる。

 

「そして……時折、妙な声が俺に囁いてくるのだ。『“ライカ・ミヤシロ”ともう一度戦いたい』と、今この瞬間も!!」

「やはりその類の……!」

 

 “向こう側”での経験が無ければこうまであっさりと今のアルシェンの状態を推察することは難しかった。というより、恐らく辿りつく事はできなかっただろう。

 まずアルシェンの機体である黒いガーリオン。“向こう側”で長い時間、彼の機体を見てきたフウカだからこそ断言できることがある。細かな仕様こそ違うが、間違いなく“向こう側”のアルシェンが乗っていた機体であるということ。どういう経緯でアルシェンの元に渡ったのかは不明だが、巡り巡って“こちら側”の彼が乗ることになるとは何たる数奇、何たる皮肉。

 しかし、それ以上に数奇な事態が、今しがたのアルシェンの発言。

 

「アルシェン、貴方は平行世界と言うものを信じますか?」

「平行世界だと……? この命のやり取りの最中に……ふざけているのか!?」

 

 高度を下げ、アルシェン機の横薙ぎを避ける。そして一気に抉ろうとした所、アルシェン機がフウカ機を蹴ることによって、大きく距離を調整した。その咄嗟の判断こそ接近戦を生き延びるのに必要なファクター。

 

「ふざけてなんかいませんよ。私はそこで貴方と共に戦場を駆けていた」

「俺が? 貴様と?」

「信じようが信じまいが……事実は事実です。受け止めて頂きましょう」

「そんな話を俺にしてどうするつもりだ? ……まさか、その平行世界の仲間とやらだからこの戦いを止めろとでも言いたいのか?」

 

 アルシェンが冷ややかな笑いをフウカへ送った。もしそうならば一つ眼のパイロットは相当な甘さだった。声からして女、情に訴える作戦にでも移行したのか――そう考えていたアルシェンへフウカが逆に冷ややかに突き付けた。

 

 

「逆ですよ。その機体には彼の意思がこびりついているだけです。もし記憶を失っている、何て事になっていたら説得の一つでもしてやろうかと思っていましたが……こちら側の貴方なら()()()()()()()()です」

 

 

 これはずっと前から決めていたことだった。もしこちら側ならばアルシェンに似ているだけの敵として叩き潰し、向こう側ならば話しあい、こちら側に引きずり込むつもりであった。

 だが、蓋を開けてみれば実にややこしい事態となっていたようだ。機体は向こう側、中身はこちら側。

 フウカはさしてそんな事態に驚きはしなかった。“向こう側”でやり合っていたベーオウルブズのパイロット達は何かに取り憑かれているかのように暴れているのを見ていたからだ。コクピットを破壊し、パイロットの上半身を潰してもそこから触手のようなものが生えてくるご時世に、たかが()()()()()()()()()()()()()()()驚くに値しない。

 

「俺を下に見るか! そこまで図々しいやつは見たことが無い!」

「……光栄です」

 

 アルシェン機がアサルトブレードを両手で構え、切っ先をフウカ機のコクピットへ向けた。同時に、アルシェン機の各所に配置された放熱用のカバーが開く。

 

「ここで俺は全てを出しきろう! 最早この戦争の結末に関心はない。持てる技術の全てを駆使し、俺は貴様を倒すぞ“ハウンド”!」

 

 そのまま切っ先を突き出したまま、アルシェン機は突撃してきた。それを迎え撃つため、フウカ機はクローアームを腰だめに構える。

 

「今までより速い……!」

「この機体の名であるペネトレイターの由来……しかと身に刻め!」

 

 今まで見せたことのない()()を見せてきたアルシェン機に一瞬だけフウカは反応が遅れてしまった。しかしフウカはすぐに思考を切り替える。アサルトブレードの刃なら深手は負わず、攻撃を受け止めて、カウンターを叩き込むことが出来る。

 そんなフウカだったが、背筋に冷たいものが走った。まるで死神に肩を叩かれたような、そんな薄ら寒い――。

 

「っ……!!」

「寸でのところで避けたか!」

 

 機銃を放ち、アルシェン機を追い払った後、すぐにフウカは機体の総点検を開始する。

 

(ヤクトフーンドの装甲を抉ってくるとは……。フェルシュングへダメージが入らなかったのは運が良かった)

 

 端的に言うのなら、予想外の被害である。左胸部からそのまま鎖骨に掛けてアサルトブレードの刃が蹂躙していたのだ。フウカが本能的に攻撃の威力を察知し、回避行動に移行していなければそのまま中身のフェルシュングごと手酷いダメージを受けていただろう。

 その威力のタネは既に見切っていた。フウカはアサルトブレードの切っ先を覆う薄いエネルギーフィールドに目をやる。

 

(アサルトブレードに手を加えていますね。刀身に小型の

Eフィールド発生装置が見える。向こう側のアルシェンの戦法しか考慮していなかったツケが回ってきた、ということですかね……)

 

 先ほどアルシェンが“ペネトレイター”と言っていたのを思い出す。つまりこのアサルトブレードによる突貫(ペネトレイト)があの機体にとっての切り札と見て間違いない。

 フウカはヤクトフーンドのコンディションチェックを終え、一つの選択をする。

 

(このままではジリ貧の上、あの突撃で削りきられてしまう。……少々、危険に出るしかないですね)

 

 単発の攻撃力ならばアルシェンの方が上を行く。瞬時にその結論を打ち出したフウカは、武装の残弾数を確認する。そして操縦桿を倒し、スロットルペダルを踏み込んだ。

 

「アルシェン、そろそろ終わりにしましょう……!」

「臨むところだ……!」

 

 フウカ機の左右のクローアームが射出され、接合部のスラスターが火を噴き、アルシェン機へ襲い掛かった。

 

「有線兵器か……! しゃらくさい!」

 

 アルシェン機の様々な角度から機銃を放つも、アルシェンは持ち前の勘の良さと『T・ハンド』による局所的な防御で次々とそれを凌いで行った。コンピューター制御ではアルシェンの動きに追いつかないと判断したフウカはすぐさま、コンピューター制御をカットし、マニュアルで数値を打ち込み始める。

 片手と両足を最大限に用いて変則機動を行い、もう片方でコンソールを叩き続けるのはこれが初めてでは無かった。

 

(やはりこの手法は負担が大きい……。ベーオウルブズはもちろんでしたが、私にこの手段を使わせるのは貴方が三人目ですよアルシェン……!)

 

 ライカとの最終決戦の時も同じことをしていた。コンピューターの無機質な動きでは話にならないので、本命とフェイクを織り交ぜられる手動でライカを追い詰めたのだ。

 アルシェン機がマシンキャノンを放ってくるが、フウカは瞬時に右腕のクローアームを開いたまま回転させ、機体の前まで持ってくる。傘のように開いて回転する爪によって次々と弾丸が弾かれていった。

 それとほぼ同時、左腕部の機銃がアルシェン機の背部にマウントしていたバーストレールガンを破壊する。カウンターとしては重畳。しかしその被害も気にせず、アルシェンは再び突貫する。

 

「“ハウンド”ォォォォ!!」

「アルシェン!!」

 

 フウカはこの攻撃こそ最後のやり取りとなることを予感する。腰だめに構え、Eフィールド共に突貫してくるアルシェン機に対し、フウカ機はあえて突進した。クローアームも戻す暇もなく、ワイヤーが伸びきったままである。

 どの道回避をしてもジリ貧なのは分かっていたのもあるが、突撃こそが“ライカ・ミヤシロ”の真骨頂。互いが速度を緩めず、まるで磁石のN極とS極のように引かれ合う。

 

(……アクセル・アルマー。私は私なりの“闘争”を続けてきました)

 

 フウカは操縦桿を引き、姿勢制御用スラスターを連続で吹かし、大型スラスターとなっている脚部をアルシェン機へ向けた。

 

(友を失い、戦友を失い、敵だった自分自身と肩を並べ……私の“闘争”は色々な姿を見せました)

 

 破壊音が轟いた。推力を味方に付けたアルシェン機のアサルトブレードがフウカ機の右脚部へ深々と突き刺さっていた。脚部の追加パーツの大きさと分厚い装甲によって、強引に止めた代償である。刀身が本体の脚部まで届いており、右脚は完全に使い物にならなくなっていた。

 

(――ですが、それも一区切りとなります)

 

 すぐさま左右のアームでアルシェン機の両腕を掴み、至近距離での確保に成功した。アルシェン機のマシンキャノンが傷ついていた胸部から鎖骨に当たり、胴体を覆っていた外装が強制的にパージされ、フェルシュングの胴体が顕わになる。

 反射的にフウカ機は頭部を動かし、アルシェン機の胸部へ頭突きを行った。その間にもマシンキャノンの発砲が続いていたので、頭部に何発も当たってしまい、一つ目のカメラアイが死んだ。フウカは冷静に頭部の外装もパージし、フェルシュングの頭部を晒す。

 

「アルシェン、今までお疲れ様でした。こんな私に、良く付いて来てくれました……」

「勝ったつもりか!!」

 

 辛うじて腕が動くアルシェン機は自身を拘束していたクローアームを掴むなり、『T・ハンド』によるEフィールドの展開を始めた。エネルギーの圧力で徐々にクローが溶けていく。その余波に当てられ、腕部や損傷していた脚部が小規模かつ連続した爆発を起こし始めた。

 

「いつか報いを受けましょう。地獄行きを喜んで受け入れます。だから――」

 

 ヤクトフーンドの左右腰部アーマーの一部が上下に開閉し、そこからレールガンの砲口が迫り出す。今の今までこのレールガンを使わなかったのは全て、この一瞬の為。初見の者は腰部アーマーの一部としか思わない為、奇襲性が非常に高いこの武装を安易に晒すつもりはなかったフウカは、来る保証のないこのシチュエーションをずっと待っていたのだ。

 両腕を封じられ、マシンキャノンも潰されたアルシェン機にこの捨て身の一手を封じる手段は持ち合わせていなかった。

 

「ライカ・ミヤシロォォォォ!!!」

 

 今のフウカにはアルシェンの咆哮が、どこか遠い場所で聞こえてくるような感覚だった。

 

 

「――今は、さよなら」

 

 

 音も消え、意識も澄み、一つの銃と化したフウカは静かにトリガーを引いた。左右腰部から放たれる小型質量弾がアルシェン機のコクピットを貫いて行った。

 直後、フウカ機の右脚部が一際大きな爆発を起こし、下半身から離れていく。爆発と『T・ハンド』の余波で姿勢制御用スラスターの開閉ハッチとテスラ・ドライブのほとんどが死んでしまい、もはや落下を止める術は無い。

 装甲が剥がれる音や機体が燃える音、そして身を包む爆発音はある意味で一つの芸術を作り上げていた。打ちのめされても復活し、己が為すべきことをやり遂げた上で、眠りに着こうとする安堵しきったケモノの声。

 そう、それを例えるならばまさしく――猟犬の泣き声であった。


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