スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第三十七話 袋の中にあった物は

 『ハーフクレイドル』。オーストラリア大陸、南極寄りに建造された第三のクレイドルである。このクレイドルはアースクレイドル、ムーンクレイドル同様、拠点としては非常に有力であったが、SOが来るまでは誰にも使用された形跡がない。

 その理由は名前の通り、“未完成(ハーフ)”という点にあった。外殻は完成していたのだが、人工冬眠施設や兵器開発プラントなどが開発される前に予算の関係で開発中止となってしまった経緯を持つ。管轄は未だ連邦軍にあり、少数ながら防衛部隊が配備されている。それ相応の代償を払ってハーフクレイドルを獲得しても、何の旨みもないので、DC残党や異星人は完成されている二つのクレイドルのみを狙った。

 つい先ほど、カームス・タービュレスが乗るエレファント級がハーフクレイドル入りを果たした。戦況の報告や補給を兼ねての判断である。

 

「ハーフクレイドル、か。最初に来た時とは見違えたな」

 

 ハーフクレイドルは現在、まさに拠点と呼んで差支えないぐらいには整備されていた。人工冬眠設備こそないが、機動兵器の生産ラインや資源、戦艦などが着々と蓄えられつつあるこの状況に、カームスは改めてゲルーガの人脈を思い知らされる。これも全て、ゲルーガが反連邦組織やテロリストグループ、秘密結社等にに働きかけ資金の援助を受けているおかげだ。

 それと、イスルギ重工からのバックアップも大きい。SOが所有するリオンシリーズは大体、何重もの偽装を経てイスルギ重工から提供を受けていた。パイロットは募ればいくらでも出てくるのだが、機動兵器だけがネックだったので、イスルギには相当世話になっていた。

 

(確か、俺のツヴェルクやマイトラのマンティシュパイン、それにラスターのローンブス・キャバリエなどの特機クラスはまた別ルートからの提供だったな)

 

 今では機動兵器と言えば、マオ・インダストリー社、そしてイスルギ重工の二社がメジャーとなっている。そんな機動兵器の世界に参入すべく、無名のメーカーらは日夜試行錯誤をしていた。

 ツヴェルクやマンティシュパイン、そしてローンブス・キャバリエなどの特機クラスがその例である。連邦の機体と命を懸けたやり取りは非常に貴重なデータだ。その運用データを元に、メーカーは次期主力量産機の座を勝ち取るためのトライアル機を作り出す。カームスは、この持ちつ持たれつの関係にはさして興味は無かった。自分はあくまで戦力の一部。

 

(確実に動いて、確実に発砲できる。それさえ出来ればいいのだからな)

 

 そんなことを考えながら、カームスは司令室の前へ辿りついた。ゲルーガからの直々の呼び出しだ。可及的速やかに努めたので、そんなには待たせていないはず。そう思いながらノックを数回し、カームスは司令室へ入る。

 

「足労だったなカームス」

「お久しぶりです。ゲルーガ大佐」

 

 質素な机と椅子に座っていたゲルーガは来客用の椅子へ、カームスを促した。質素なデザインはゲルーガの趣味である。何度も部下がデザインの新調を提案したが、その全てをことごとく断ってきたという経緯を持つ。立ったままでも良かったのだが、他ならぬゲルーガの気遣いを無碍にすることも出来なかったので、カームスはゆっくりとした動作で椅子に腰かけた。

 

「戦況はどうだ?」

「……SOの部下は皆優秀です。連邦を押し潰すのも時間の――」

「よい。私はカームス、お前の率直な意見を聞きたいのだ。私の信頼するカームス・タービュレスの飾らない意見をな」

「……正直、芳しくはありません。消極的かつ間髪を入れない局地戦でどうにか戦線を維持していますが、それも時間の問題かと」

 

 これが裏表のないカームスの意見であった。はっきり言って、質や練度では圧倒的に負けを感じていた。数こそ負けていないとは見ている。だが、アルシェンやセンリを始めとするエース級の活躍もあって、どうにか連邦の物量に飲み込まれずにいたのだ。

 

「我らが決戦兵器の完成まで時間を稼げそうか?」

「それは問題ありません。各地に戦力を散らばせ、このハーフクレイドルへ意識を向けさせないようにしています。……よほどの手掛かりが見つけられるか、勘が良い者がいない限り、仕掛けられることはないでしょう」

「ふむ。完成さえすればこの場所が突き止められても構わん。……して、カームス。リィタは見つかったのか?」

 

 カームスは眉をぴくりと上げる。そんなカームスの様子に気づいていないゲルーガは更に言葉を続けた。

 

「リィタはこのSOにとって重要な戦力の一つだ。彼女こそ我らがSOの一騎当千の将となることを期待していたというのに……」

「……現在、捜索班を編成して、リィタの行方を探っています。連邦に居る事は確実です、しかしどこの施設に匿われているかを突き止めるのに時間が掛かっています」

「情報部……ギリアム・イェーガーか。あの男は一筋縄ではいかんぞ」

「は。心得ています」

 

 カチ……コチ、と備え付けの時計が時を刻む音が室内を支配した。元々二人とも口数が多い方では無かったので、この沈黙は苦では無かった。

 

「……実は、気になることを耳にした」

 

 だが、ゲルーガの次の一言で、カームスは秒針の進む音が聞こえなくなってしまった。

 

「カームス。お前がリィタを攻撃したという話だ」

「……私が、ですか?」

「そうだ。ツヴェルクのビームがリィタのヒュッケバインへ直撃したと聞いた」

 

 恐らく自分とリィタが乗っていた輸送機の乗組員の誰かだろうとアタリを付けながら、カームスは黙考を始める。だが、遅すぎず、だが早すぎることも無く。丁度の良いタイミングを見計らい、カームスは口を開いた。

 

「恐らく敵のヒュッケバインの攻撃をツヴェルクの攻撃と見間違えたのでしょう。私がリィタを攻撃した、なんてタチの悪い噂が流れているとは……。現場の部下の評価が手に取るように分かります」

「一番リィタを気にかけていたのは他でもないお前だからな。だからこそ、一刻も早くリィタを確保するのだぞ。お前の悪評を払拭するという意味でも、貴重な戦力を取り戻すという意味でも、な」

「……了解」

 

 席を立ち、部屋から出ようとするカームスをゲルーガは呼び止めた。

 

「信頼しているぞ、カームス」

「……ええ」

 

 その時のゲルーガの顔を、カームスは何故か見る事が出来ず、背中を向けたまま司令室から出て行った。振り向かれることのないカームスの背中を見つめていたゲルーガの眼は細く、そして鋭いものとなっていた。背中越しから伝わってくる無言の言葉を、カームスはしっかりと受け止め、それでもなお振り向くことはしない。

 

「ゲルーガから説教でも喰らったのか?」

「……アルシェンか」

 

 廊下を歩いていると、壁に寄り掛かっていたアルシェンがそう言って皮肉げに笑みを見せてきた。どこからか聞きつけて来たのだろう、アルシェンはカームスがこの廊下を通ることを見越して待ち構えていた。

 

「大佐を付けろ。いくら雇われとはいえ、お前の雇い主だ」

「そうか。気を付けるとしよう。……それにしても、だ。聞いたぞ? お前がリィタ・ブリュームを撃墜したとな」

「……お前もか。よほどこの組織は噂好きがいるようだ」

 

 足早に去ろうとするが、アルシェンはカームスの前に立ち塞がる。

 

「……何のつもりだ?」

「いいや。深い意味はないさ。ただ、あのリィタ・ブリュームを撃墜した感想を聞きたくてな」

「……挑発のつもりか?」

「まさか、俺にはそんな度胸はないよ。しかし英断じゃないか。感情に目覚める前にあの戦闘兵器を処理するなんてな。長い目で見れば、きっとSOにとってのプラスになっただろうさ」

 

 気づけばカームスはアルシェンの胸倉を掴んでいた。カームスの静かな怒りの感情が込められた目をジッと見つめ、アルシェンは得心いったように頷く。リィタの事で怒ったのか、自分のことで怒ったのか、アルシェンにとってそれはもはやどうでも良い事柄と化した。

 

「……ほう、なるほど。やはり目は正直に語る」

「……ふん」

「SOの中ではセンリ・ナガサトの次に喰えないと思っていたが、訂正しよう。お前が一番喰えない奴だったよ。流石は前線指揮官様だ」

 

 カームスの手を振り払ったアルシェンはそう言い、襟を正す。普通の兵士ならば今ので完全に委縮している“凄み”を受けてもなお、アルシェンは飄々とした姿勢を崩さない。

 

「俺の事を騒ぎ立てるか、アルシェン?」

「いいや、遠慮しておこう。どうもお前が見据えている“バランス”は俺ごときの介入でも破綻しそうな繊細なものらしい。俺は今まで通り鉄砲玉を務めることにしよう」

「……俺は、リィタの事を常に考えている。俺がどうなろうと、俺はリィタの事を考えるのを止めないよ」

「それでこそカームス・タービュレスだ」

 

 追及する気が失せたのか、それとも満足したのか、アルシェンは背中を向けた。その背中へ、カームスは言葉を投げつけてやった。

 

「お前はどうなのだ? 知っているぞ、最近、個人的に連邦の事を嗅ぎまわっているのは」

「……やはり喰えない奴だよ。いつから気づいていた?」

 

 遊撃部隊として、独自の行動が認められているのを逆手に取り、アルシェンは色々と自由な行動をしていた。その中でも一番力を入れていたのは情報収集だ。個人的興味で情報収集をしていたアルシェンはその中でもとある()()()について、特に熱心になっていた。

 

「お前にあのガーリオンを与えてからだな」

「……ガーリオン・ペネトレイター。あの機体に乗った時から、いつも脳裏に二つ、ある影がチラついてしょうがない」

「前にもそう言っていたな。気のせいかと思っていたが、まだ続いているのか?」

「ああ。……率直に聞こう。あの機体は何なんだ? 見たところ特殊な装置は何も載せていないようだが……」

「『グランド・クリスマス』近くの孤島に打ち上げられていたガーリオンの残骸を回収して、組み上げたものと聞いている」

 

 カームスも、そしてアルシェンですら自分が乗っている機体の出自を詳しく把握していなかった。アルシェンは元々AMパイロットであり、AMならばどんなものでも乗りこなせる自信があったので、乗れれば何でも良かった。だが、このガーリオンだけはまるで話が違った。

 自分に合わせたかのような艶の無い真っ黒なカラーリングに、自分の戦法にマッチした装備。それだけならまだ良かったが、操縦桿を握った瞬間に感じた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これだけ揃っていればもはや出来過ぎている。そんな感覚が、アルシェンは気持ち悪かった。

 

「そんなものがあったのか? 確かにAMともPTともつかんような妙な残骸はいくつか見かけたが……」

「あったようだ。それに黒い外装のようなパーツもあったようで、お前の乗っているガーリオンはそういった物が組み合わされたAMらしい」

「……なるほど。案外パイロットの霊でも取り憑いているのかもしれんな」

「オカルティックな話題もいけるのか。現実的な人間かと思っていたが、意外な一面を見た気がするぞ」

「……俺の勘が言っている。近い内に、このチラつく影の正体とやりあうとな」

「…………」

 

 カームスの反応を聞く前に、アルシェンは今度こそ歩き去って行った。後ろ姿を見送りながら、カームスは改めてアルシェンの(さか)しさを思い知らされる。

 

(どこまで見透かされているか、だな。奴は決して俺の邪魔をしてこないのが救いだが……)

 

 アルシェンの言う通りであった。自分が考えている“バランス”は微細な“アクシデント”であっという間に崩壊してしまう。そもそもの話、“生きているかどうか”すら賭けである。だが、カームスはそれでも良かった。

 

(答え合わせはもうすぐ……だろうな)

 

 鉄の意志で鋼のように。ふとカームスはポケットから金平糖の袋を取りだし、中身を見て、自嘲する。

 

「……そうか、もう無いのか」

 

 リィタにあげ、自分で食べ、そうして減っていた金平糖がとうとう無くなっていたのだ。空となった袋をポケットに戻したカームスは、いよいよ覚悟を決めた。

 ――自身すらもチップとした賭けのスタートは近い。


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