現在、第五兵器試験部隊は伊豆基地の演習場にいた。本来ならばまたSO追撃の任務が下されるはずだったのだが、今回はライカ・ミヤシロきっての依頼でそれが変更となった。
先日の護衛任務ではほとんど損傷が無かったので、最低限の整備をするのみで機体を動かすだけならまるで問題が無かったのだが、それとは別に、三人の胸中は複雑である。特にフェリアが一番緊張した表情を浮かべていた。
「どうしたんだよ、フェリア? 何か顔引き攣ってないか?」
「……そ、そんなことないわよ」
そう言うが、実は心臓がバクバクのフェリアである。何故なら今回、ライカから直々に『教導隊の任務に協力してください』と頼まれたのだから。ソラやユウリはその意味に気づいていないが、PT操縦の基盤作りの最前線である教導隊の任務に協力するということは、大なり小なり自分達の動きがモーションパターンの作成の参考にされるということで。
しかも、模擬戦用の装備をするように指示されたということは、恐らくは一戦交えるだろう。あのライカ・ミヤシロと。
(き、緊張する……)
ソラ程熱狂的ではないが、フェリアも同じ女性パイロットとしてライカに憧れているクチである。数々の実戦で培われた勘と経験から裏付けされた操縦技術は凄まじいの一言に尽きる。
フェリアはコクピットに接続した記録媒体へ目をやった。こうして教導隊の人間と任務を行う機会は滅多にないので、後で見直すためにこっそりと持ち込んだものだ。……ユウリに頼めば嬉々として記録してくれるのだろうが、それは何というかフェリアのプライドが許さなかった。
「そういえば、リィタさんって参加しないんですか? というか、今日は一度も姿を見ていないんですが……」
「確かラビー博士がリィタを連れてどこか行くって言っていたわね……」
ユウリの疑問に、おぼろげな記憶で答えるフェリア。格納庫に行くとき、ラビーから『今日はリィタ君に会わせたい人がいるからしばらく居なくなるぞ』と言われていたのだ。リィタも外出するからか、どことなくうきうきとした表情をしているので、気分転換の面から言っても、むしろどんどん外に出てほしかった。
月面での一件以来、周囲のリィタを見る眼が少しだけ変わった。敵とはいえ、貢献していた部隊からごみのような扱いを受けてしまったリィタへの同情が一部の人間が寄せられ始めてきたのだ。決していい傾向とは限らないが、それでもリィタにのみ全ての負の感情を押し付けられるよりは遥かにマシだと思えた。また、その容姿からごく一部のマニアが騒ぎ始めたという噂は本当でないことを祈ろう。
「ソラ、フェリア、ユウリ。お待たせしました」
ダークグレーの量産型ヒュッケバインMk-Ⅱに乗って、ライカがやってきた。左腕には有線兵器であるチャクラム・シューター、右手にはM950マシンガンという比較的オーソドックスな装備で纏められていた。
「お、お疲れ様ですライカ中尉」
「どうしましたフェリア? 何だか声が上ずっているような気がしますが?」
「な、何でもありません!」
「……まあ、良いです。それでは今日やってもらいたいことを説明しますね」
ライカから時間にして一分ほどの説明があった。要約するなら、一対多の戦闘における最適な戦術を模索するというものである。任務の性質によっては一機で多数の敵を殲滅したり、あるいは撤退や持久戦を強いられる場面があることだろう。そういった場面に陥った時、いかに対応すれば良いかを研究し、最終的には様々なシチュエーションでの戦闘要項を作成するのが目標だという。
「そういえば、何で俺達なんですか?」
「……良い経験になると思いまして。本当なら別の部隊にやってもらうつもりでしたが、
事務的な口調でソラの質問に答えるライカ。だがその内容は実に第五兵器試験部隊の事を考えたものだった。SOと戦うことが多く、高度な連携が求められる第五兵器試験部隊に必要な物はとにもかくにも経験である。
しかし、ソラはそんなライカの思惑から少しだけ外れていた。
(ライカ中尉相手に、俺はどこまでやれるんだ……?)
いつもの二割増し程ソラは操縦桿を握りしめる力が強くなっていた。今の自分が、ライカ相手にどこまで通用するか。カームスやマイトラ相手に、生き残ってきた自分が一体どこまでやれるのか、ソラは不安でたまらなかった。今日の体調は良好、そして乗機は自分の分身とも言えるブレイドランナー、条件は揃っていた。
「ソラ、早くポジションに着きなさい。もうライカ中尉もユウリも着いているわよ」
突っ立っているソラ機へフェリアは口を尖らせた。ソラが抱いている不安とは別に、フェリアも別の意味で不安を募らせている。何を隠そう、ソラである。キッカケは先日の戦闘中から……いや、ソラが回復した時からずっと。勘の良いユウリやリィタも薄々は勘付いているだろうが、フェリアは明確かつ濃厚にそれを感じていた。
(……私の勘違いでいなさいよ、ソラ)
「それでは皆さん、始めましょう。カウントゼロで開始です」
ソラ機が所定の位置に着いたのを見計らい、各機のサブモニターにカウントが表示された。それに伴い、各機が武器を構え、その時を待つ。
「ゼロ。それでは状況開始です」
スタートダッシュを決めたのはソラ機であった。大推力スラスターの後押しを受け、一息にライカ機へ肉薄すると、保護プロテクターに包まれたシュトライヒ・ソードⅡを振り上げる。それに対し、ライカ機は腰部にマウントされたコールドメタルナイフを抜剣し、逆手に握る。
完璧なタイミングで踏み込み振り下ろされた一撃だったが、ライカ機は流麗な動作でナイフを操り、それを捌いた。ナイフの刃に沿って滑り、武器を振り下ろしきったソラ機へライカ機はスラスターの出力を上げ、タックルを仕掛けた。
「ソラ! いきなり突っ走らない!」
ライカ機の側面を取るような位置に機体を動かしていたフェリアは早速の悪い予感が当たってしまったことに顔をしかめる。いつもなら自分が牽制した後に、ソラが突っ込み、ユウリがフォローを入れるという図式なのだが、今回は勝手が違った。
(だけど、流石中尉……。ブレイドランナーの突撃に対して、しっかりと対応してみせた……!)
攻撃が単調だったのもあるが、それを差し引いてもダッシュ力に秀でたソラ機の一撃を完全に見切った上でむしろ反撃を入れるライカに、フェリアは改めてその実力を思い知る。……無闇にタックルするのはいかがなものかと思うが。
ソラ機とライカ機を分断するため、フェリアはマルチビームキャノンを照射モードにし、狙いを定める。しかしその最中、ライカ機から射出されたチャクラムを目にした。機体特性やフェリアの性格を鑑みたライカの見事なカウンターである。
すぐさまライカ機はフェリア機を中心に旋回を開始した。旋回の勢いでチャクラムが絡まっている右のマルチビームキャノンが引っ張られてしまい、フェリア機は大きくバランスを崩してしまった。即座にライカ機は右手のM950マシンガンを向け、銃爪を引いた。増加装甲に損傷判定が下される。
「フェリアさん、ソラさん、体勢を立て直してください!」
フォトンライフルを放ちながら、ユウリはソラ機とフェリア機から遠ざけるような位置取りを行う。トリガーを引きながら、ユウリはどうやってライカを追い込むかを必死に考えていた。チャクラム・シューターを巻き取り、ユウリの目論見通り距離を離すライカ機に僅かながらに安堵しつつ、ここから連携で一気にライカを崩す旨を二人に提案しようとした。だが、ユウリが口を開く前に、ソラ機が再び突貫してしまう。
「そ、ソラさん!?」
「まだまだぁ!」
思わずユウリも声に出してしまっていた。フェリアに続き、ユウリもソラに対し、明確な不安を感じ出す。良く言えば調子が良い、悪く言えば一人行動が目立つ。すぐにユウリは思考を切り替え、ソラのフォローに回るべくフェリアとの連携を再開する。
(……なるほど。そういうことでしたか)
二度目の突撃も捌いたところで、ライカはようやく確信した。この不自然なまでに一人で向かう所や、フウカやラビーから聞いた宇宙での一件などなどを組み合わせた結果、ライカは一つの結論に辿りついた。――それは皮肉にも、共感出来るところで。だからこそ、ライカに迷いはなかった。
「ソラ、何を焦っているのですか?」
「何のことっすか……!?」
ドキリとした。冷たい物を背中に入れられたような、そんな居心地の悪い感覚。見透かされているようなライカの言葉に、思わずソラは言い返す。
「俺は、何も焦っていないです」
「なら何故、一人で向かってくるのですか? 今こうして」
ライカ機は後退し、横薙ぎに振るったシュトライヒ・ソードⅡを避ける。その隙にフェリア機の砲撃がライカ機を襲うが、仕掛けるタイミングが悪かったので、ライカは容易に避けることが出来た。
有効打を与えることが出来ないソラは歯噛みする。突撃のタイミングは完璧のはずだ、ブレイドランナーのコンディションもほぼ最高。それなのに、あっさりとやり過ごされている事態に、ソラは酷く混乱した。
しかし、ライカはその理由を当然のように理解していた。
「それが俺の役割だからじゃないですか。そしてこのブレイドランナーはそのための機体です!」
「だから単騎でどうにかしなくてはならない。どんな相手でも、たった一人で、ですか?」
「……そうです。俺がしくじったら、皆に危険が及ぶんです……だから!」
ソラの脳裏にちらつくのは月面での一件。今思い出しても、手が震えてしまう。自分の未熟が原因で皆が危険に晒されてしまったあの状況を。だから、強くならなければならなかった。ライカのように強く、そして皆を守れるようなそんなレベルまで……。
そんなソラに対し、ライカは真っ向からぶつかった。ソラの悩みに、そして自分に言い聞かせるように、ライカは言った。
「それは思い上がりですよ、ソラ」
「なっ……!?」
ソラの判断力が鈍っているせいか、攻撃がどんどんワンパターンになり始めてきた。そんなソラの攻撃に合わせたユウリやフェリアからの差し込みが激しくなってくる。攻撃の度にその精度が高まってきているのだから大したものだとライカは二人を内心褒めた。無傷でいるのが難しくなってきてしまい、ライカ機の被弾判定が徐々に目立ち始める。
「確かにそのブレイドランナーは特機とも渡り合えるスペックを持っています。そして、その機体に求められたのは敵の中に飛び込み、確実なダメージを与えること。それも否定しません」
「だったら何が思い上がりなんですか!? 俺がやらなきゃ……俺が上手くやらなきゃ皆が……!」
「――ですが、貴方が全て背負うことはありません」
一言で言うなら、ソラは“気負い過ぎていた”。一人で全ての敵を倒さなければならないというプレッシャーというには余りにも重すぎる重圧を感じていたのだ。なまじSOのエース級相手に辛酸を舐めさせられ続け、状況が状況だったがマンティシュパインを単独で撃破し、“勝ち”を経験してしまったせいでソラは一人でどうにかしないといけないという焦燥に囚われてしまっていた。自分の安全を度外視してでも、仲間を守らなければならないという責任感の鎖に縛り付けられていたのだ。
そんなソラに、ライカは言葉を続ける。
「ソラ。私と貴方以外で今、この演習場に後何人いますか?」
「え……?」
その一言でソラは初めて周りを見渡した。そこには懸命に自分のフォローをしてくれているフェリアとユウリの機体があった。自分の動きに合わせて、いつもより忙しそうに動いている二機を見て、ソラは心臓が止まったような感覚を覚えた。
「……あ」
そこでソラは回復して以降の言動を振り返った。ずっと強くなることを考えていた、味方を危険に晒さないことを考えていた、……あんな怖い思いを繰り返したくなかった。
(……俺、何やってんだ? 昨日といい、さっきといい、俺は何をしていた?)
フェリアやユウリの言葉に耳も貸さず、機体性能に任せた突撃を繰り返すだけ。そこには何の芸も無く、自分がやれる以外の事は出来ない。
「もちろん個人プレーは重要です。ですがソラ、貴方は一人ではありません。一人で出来る事なんてたかが知れています。一人で何をやっても一人が出来る限界の結果しか出せません。ですが二人で二倍、三人なら三倍以上の結果が出せるんですよ」
「三人、なら……」
「もっと皆を信じてください。貴方が思った以上に――皆は貴方の力になってくれますよ?」
最後に、とライカはこう質問する。
「貴方は一人ですか? それとも、三人ですか?」
ライカの一言で、ソラの中の雲が晴れていくように感じた。次の瞬間、世界が鮮やかに見えだした。思考がクリアになり、周りへの感覚が鋭くなり始める。フェリア機やユウリ機の位置を確かめ、ライカ機の戦力をもう一度見直し、ソラは二人に通信を送った。
「フェリア、ユウリ……その、悪かった。もし、まだ呆れてなかったら俺に力を貸してくれ。ライカ中尉と、ちゃんと戦いたい。……三人、で」
フェリアとユウリの返事は決まっていた。むしろ、ようやく言ったのかと苦笑いを浮かべたほどだ。
「ソラさん、私達はチームです。ソラさんやフェリアさんに何があっても、私が全力でサポートします! だから、もう一人で戦うなんて寂しいことは言わないでください!」
「ユウリ……」
フェリアがユウリの言葉を引き継ぐ。
「全く、あんたは変に考え過ぎなのよ」
「……悪い、フェリア」
「でもまあ、そんなあんただからこそ援護し甲斐があるんだけどね」
「……うるせー」
「やるわよ。――三人で」
「……おう!」
三人のやり取りを聞き、ライカは満足げに頷いた。第五兵器試験部隊の絆を信頼していたからこそ、ライカは全てを言わず、ソラの背中を押すだけに留めたのだ。
その証拠に三機の動きにキレが戻り始めた。ソラが一度下がり、フォーメーションを組み直すのを見て、ライカはそれを確信する。
(……結果は重畳。良い具合に落ちましたね)
ソラの気持ちは良く分かっていたのだ。自分も無力さを感じた一人であり、今でもソラのように模索しているのだから。そんな自分がこうして背中を押すことは非常におこがましいことだったが、あえてライカは恥を選んだ。
信頼できる仲間が居て、秘められた可能性は無限大。ライカはそんな三人が羨ましかったのかもしれない。だからこそ、ライカは自分のようになって欲しくはなくて、世話を焼いたのだろう。
薄く微笑んだライカは操縦桿を握り直し、フォーメーションを組み直した三機を視界に収める。ここから先は三機の特性が十二分に引き出された連携が繰り出されることを予測したライカは自分の戦闘経験から最適な戦術を引き出し、そこからどう昇華させるかを楽しむ。フェリア機の射線上に入らないよう位置取りをし、ユウリの不意打ちを警戒し、ソラの突貫に備える。
「ラァァイカァーー!!!」
――その直後、通信機から鬼のような怒声が響き渡った。その声の主が分かったライカは目を瞑り、観念する。
「ライカ……私、貴方にしばらくPTに乗らずに休めって、そう言ったわよね……?」
「……覚えがありませんね」
「言ったわよ! 貴方、“分かりました”って私の目を見て言ったわよ!?」
通信越しに聞こえてくるライカとメイシールのやり取りに第五兵器試験部隊全員が状況を飲み込めずにいた。いつの間にか戦闘は中断され、通信用モニターには憤怒の表情を浮かべたメイシールの顔が映し出されている。……全く訳が分からなかった。そんな中、ユウリが控え目にメイシールへ訪ねた。
「あ、あのぉ~……今日ってライカ中尉の任務なんじゃ……」
「そんなもん延期よ延期! すぐカイ少佐に言って、それでもって、とっくの昔に了承してもらっている案件よ!」
「ひぅっ!?」
あまりの剣幕にユウリが涙目を浮かべて完全に怯えてしまっていた。少しばかり良いものが見れたなどと思いながら、フェリアはパズルを組み立てるように思考を始めた。そして、すぐにその答えに辿りつけた。
(もしかしてソラの為に……?)
「とにかく! その演習は中止! 早く戻って来なさい!」
「……ですがようやく……」
「も・ど・り・な・さ・い」
「……分かりました」
フェリアがその答えを口にする前に、演習は中止され、機体を格納庫に戻す作業が始まった。今のメイシールに逆らえる者は誰もいない。
(……あ~あ、何か俺、空回りしてたな)
機体をハンガーに収めながら、改めてソラはそう感じていた。そもそも自分はPTの何たるかも分かっていない未熟者だ。そんなこと、とっくの昔に分かりきっていたことだったのに。二人の力を借り、出来ることを全力以上に行い、そうして今まで窮地を乗り越えていたのだ。
(ライカ中尉、ありがとうございます。俺、もうちょっとで当たり前な……だけど大事な事を忘れる所でした)
もちろん月面の一件を忘れてはならない。しかし、囚われ過ぎていても前には進めない。
コクピットハッチを開けると、下でフェリアとユウリが自分を待っていた。
(これからも戦い続けてやる。今度こそ、三人で……!)
思ったよりも簡単に反省する自分の単純さに少しだけ不安を覚えつつ、ソラは“仲間”の元へ向かった――。