スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第三十二話 憧れた人

 第五兵器試験部隊が宇宙に上がった同時刻。

 ライカ・ミヤシロは連邦が保有する無人島へ試作兵装のテストにやって来ていた。事前の調査で、動物がいないことは確認済みであるので、思い切りテストを行う予定である。

 

「コンディションオールグリーン。脚部衝撃吸収ダンパーにも異常はなし」

 

 早速地に足を着けたシュルフツェン・フォルトのコンディションチェックを開始した。手早くチェックを終えると、サブモニターが明滅する。

 

《やはり自由に喋れるという素晴らしさは何物にも代える事は出来ませんね。一週間の強制スリープを経験して、改めてそう思いました》

 

 そこから無機質な男性の声が聞こえてきた。

 この声こそ、シュルフツェン・フォルトに搭載されている自立思考型戦闘補助AI《シュルフ》。

 実はライカも、声を聞くのは久しぶりであった。

 

「……もし、もう一度あんなふざけた検索履歴を見つけたら、即刻デリートしてやりますからね」

《理解不能です。ライカ中尉の身体的コンプレックスであるバストサイズ向上のための秘訣をあらゆるデータベースから収集していたというにも関わらず、一週間の強制スリープを行われた理由が未だ不明です。説明を求めます》

「今この場で破壊しても良いのですよ?」

 

 ライカの心拍数等からその言葉が本気だと読み取ったシュルフはそれを機に二度とその話題を口にすることはなかった。

 半ば逃げるようにシュルフは今回テストする試作兵装について触れる。

 

《今回メイシール少佐が製作した盾ですが、説明を希望されますか?》

「……ええ、お願い」

 

 一々癇に障るAIだと思った。しかし、戦闘時における()のサポートは信頼に値する。今こうして共に戦うこととなった経緯を考えると尚更だ。

 だから、とりあえずライカはシュルフツェンの目の前にハンガーで固定された盾に目をやった。

 いつものことながら、現地に着くまで全くの説明が無かったのだ。形状は逆三角形を伸ばした、いわゆるカイト()シールドと呼ばれる類の盾である。

 

《名称はショットシールド。装甲板が何重にも重ねられているので非常に堅牢な造りとなっています。そして、一番特徴的なのが中央のハッチ内に仕込まれているビーム砲となります》

「ちょっと待ってください。……は?」

 

 どうやら耳が悪くなったわけでは無いようだ。

 それだけに、衝撃的な事を告げられたことに、ライカは動揺を隠せない。

 

《コンセプトは攻撃と防御の移行ロスを最小限に抑える事です。敵の攻撃を受けとめ、中央部のビーム砲でカウンターを掛けるのが主な運用法となります》

「……ちなみにビーム砲の出力は?」

《メガ・ビームライフルの半分以下となっています》

 

 また頭痛が酷くなってきたので、ついライカは手で頭を押さえてしまった。

 

「……それは一体どこの層をターゲットにしているのでしょうか? 下手をすればリオンにすら豆鉄砲扱いされますよ? バレリオン相手に撃とうものなら、蚊が刺した程度……いやそれ以下かもしれません」

《『発想に期待する』。この武装に対して説明を求められた際、メイシール少佐からこのメッセージをライカ中尉に送るように言われています》

 

 輸送機に積んでいたドローン用のリオン三機が所定の位置に着いたのを確認したライカは、操縦桿を握り直す。

 

「……上等。やって見せますよ」

 

 ショットシールドを掴み、リオンの一機からロックオンされた。

 そのリオンへショットシールドを向け、ライカはシュルフがいるモニターとは逆のサブモニターへ目を向ける。そこには今銃口を向けているリオンが取得している映像が映し出されている。

 

《発砲準備終了しました。カウント開始。スリー、ツー、ワン……発砲》

 

 シュルフのゼロカウントと同時に、リオンはレールガンを放った。

 僅かにコクピット内が揺れ、着弾を確認すると、ライカはすぐにリオンのサブモニターに視線を移す。

 

「……なるほど、実弾に対する防御力はとても高いのですね」

《ショットシールド第二層までの着弾を確認。シミュレーション通りですね。弾く角度などを考慮すれば、第一層以下の着弾が予想されます》

 

 高水準な耐弾性能に満足したライカは、次に問題のビーム砲を試してみることにした。

 盾を向け、ハッチを展開すると、盾内部からビーム砲が覗いた。せり出さないタイプなのだろうと理解したライカは今しがた発砲されたリオンをロックオンする。

 

《ロックオン完了。いつでもどうぞ》

「……発射(ファイア)

 

 パシュっと何とも小気味良い音と共に、盾からビームが放たれた。

 リオンの胸部が焼け焦げているのを確認し、ライカはシュルフに結果を促した。

 

《貫通しておらず、内部を焼いた程度です。対ビームコーティング処理された機体に対してはむしろバルカン砲を撃った方がダメージ効率が良いと予想されます》

「有り体に言えば、欠陥品ですね」

 

 しかしたった一発で全てを決めるのは些か早計である。

 そう考えたライカはとりあえず思いついた運用法を試してみる方向でこの武装試験に臨むこととした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

《ドローンの全破壊を確認。現時刻を以て、武装評価テストは終了となります。お疲れ様でした中尉》

「……ふう」

 

 ショットシールドを輸送機に運び込み、リオンの残骸を片付け終えると、ライカはついため息を漏らしてしまった。

 

《いかがでしたでしょうか?》

「結論から言うと、使い道がない訳ではありませんね」

 

 あれから色々と試してみた末の結果は使()()()()()()()()()。こういった微妙な結果となってしまった。

 防御用としては文句なし。距離次第ではバレリオンの砲撃すら防ぎきって見せるだろう。しかし、攻撃用としては赤点以下……いや、未満と言って差し支えない。

 唯一の救いは、関節部を狙い撃てばギリギリ焼き切れる程度の火力だったということだ。

 

「ビーム砲をオミットして、対ビームコーティング処理をして、メガ・ビームライフルを持たせれば完璧ですね」

 

 だが、やはりビーム砲は要らないというのが本音であり結論である。片づけ忘れた残骸が無いか入念にチェックをし、シュルフツェンを輸送機に戻そうとした時、シュルフがライカに告げた。

 

《ロックオンアラート。七時の方向です》

「っ……!?」

 

 指示通り、回避すると、シュルフツェンの肩を弾頭が掠めて行った。

 口径から推測するに、恐らくブーステッドライフル。状況を把握するために、空中に上がろうとした時、またシュルフから警告があった。

 

《ロックオンアラート。対空砲です中尉、高度を下げてください》

 

 シュルフに言われなくても、自身の勘が危険だと警鐘を鳴らしていたので、すぐに高度を下げられた。瞬間、榴弾がシュルフツェンの頭部を越え、遠くの海へ着弾する。

 輸送機に離陸しないよう指示を出してから、ライカは臀部に装備していたM90アサルトマシンガンを構える。襲撃者は地上戦をお望みのようだった。一瞬だったが、バレリオンを改造した対空砲は三機程確認できた。

 シュルフツェンの機動性なら避けきり、破壊することは出来るが、不要なリスクを背負うのは御免であった。

 森の向こうからマズルフラッシュを確認したライカはホバリング移動でシュルフツェンを輸送機から遠ざけるべく行動を開始。樹木に空いた穴を見て、それがM90アサルトマシンガンによるものだと断定したライカは射撃元へ牽制射撃を行う。しかし、弾丸は森に吸い込まれるだけで、既に襲撃者がいないことを確信させた。

 

「シュルフ、敵の捕捉は出来ないのですか?」

《この島一帯にジャミングが仕掛けられています。ロックオンは可能ですが、サーチは出来ません》

「用意が良い……!」

《ロックオンアラート》

 

 また森の中から射撃をされた。

 今度は避けきれず、脇腹当たりを弾が掠めた。スラスターに当たっていないのは運が良い。

 その瞬間、ライカの背筋を寒気が走る。鍛え抜かれた直感が操縦桿を後ろに引かせていた。

 後退する瞬間、ライカはシュルフツェンが居た場所に転がっていたPT用のハンドグレネードが爆ぜるのを目にする。安堵もつかの間、突然コクピット内が激しく揺れた。

 

《左肩部への被弾を確認。スラスター損傷。腕部の動作に若干の遅延が発生します》

「あれは……」

 

 思った以上に良いのをもらってしまった。だが、緊張状態のライカにしてみれば、今はそんな事はどうでも良い。

 絶妙にカモフラージュされ地面に埋められていたPT用のバズーカを目にしたライカは、この場所へ誘い込まれたことを確信していた。

 

(やりたいことをさせず、自分の位置を決して悟らせない手間暇、そしてブラフと()()の仕込み方……。まさか……。なら、この次は……!)

 

 咄嗟にライカは機体を振り向かせ、左腕バックラーを振るった。

 

「……良く勘付きましたね、ライカ」

 

 手応えがあり、バックラーと拮抗していたのは大型のコールドメタルナイフであった。そしてその持ち主である機体を見て、ライカはこの老獪な手口に酷く納得する。

 

 ――それはライカにとって、下手をすればゲシュペンストよりも馴染みがある機体で。

 

 漆黒のカラーリング。逆三角形のマッシブな上半身に、がっしりとした下半身。特徴的なイヤーアンテナこそない物の、頭部の形状やバイザーはそのまま。太くて丸い四肢は別のパーツに取り換えられており、細くしなやかな印象を与える。

 そして何よりも、左肩にマーキングされている大きく崩されたS字のマークは酷くライカの網膜に絡みついてくる。ああ、その機体は()()()()()、そして声の主も。――覚えていなければならなかった。

 事務的な口調でいながら、聞く者を安心させるその柔らかな声色を。ライカは動揺を悟られないよう、気を付けながら、その()を呼んだ。

 

「……貴女なのですか、センリさん?」

「お久しぶりですね、ライカ」

 

 そう言って、黒い機体――レヴナントは、コールドメタルナイフとは逆の手を開く。そこから零れ落ちるハンドグレネードを目にしたライカは反射的にその場から離れていた。

 だが、一歩遅い。咄嗟に庇った右腕部のプラズマバンカーが少し焼けてしまっていた。動作に支障はない。だが、相変わらずの搦め手にライカは流れ落ちる冷や汗を止められない。

 軽量故に、ハンドグレネードを手放した瞬間、すぐに離脱していたレヴナントが追い打ちに発砲してくる。いつの間にか、ライカはヘルメットを脱ぎ捨てていた。

 

「何故、貴方が生きているのですか……!?」

 

 その問いに答える代わりに、映像通信が送られてきた。

 後頭部で結われた黒髪、少しツリ目気味の眼。

 

 ――センリ・ナガサト。

 

 通信用モニターに映し出されていたのは、見間違えようのない師の姿であった。

 

「……髪を結ったのですね、ライカ。以前は髪を下ろしていたと記憶しているのですが」

「質問に答えてください! あの時、貴女は私を庇って死んだはずでは……!?」

「それに口調も。前はもっと荒々しかった」

 

 避けるので精いっぱいであった。

 完全に挙動を見切られた上での射撃だ。応射するも、およそゲシュペンストが元になったとは考えられない程軽やかな回避機動を見せる。

 必中を確信した射撃も、後方宙返りであっさりと避けられてしまった。

 

「基本に忠実な、良い動きです。そして自分なりのアレンジも織り交ぜている。……私の教えを良くこれほどまでに昇華させました」

「センリさん!」

「そうですね……。確かに私はあの日、死を確信していました。ですが、貴方も知っているでしょうが、カームス・タービュレス。彼に命を助けられました」

「カームス……!? なら、今貴女はSOに……!?」

「はい。彼には命を助けられた恩があります。なら、返さなくてはなりません」

 

 センリという人間は非常に義理堅い人間であった。

 受けた恩は必ず返す、SOに協力しているのはたったそれだけの理由だろう。彼女の性格を熟知しているからこそ、そう断言出来た。

 

「テロリストだろうがなんだろうが、恩を返す。それが、貴女でしたよね……」

「失望しましたか?」

「いいえ。そんな貴女だから憧れました。近づきたいと、ずっと思っていました。だから、まずは貴女を真似るところから始めてみましたよ」

「……なるほど、そういうことですか。ええ、良く似合っていますねライカ」

 

 この口調も、髪を結ったのも、全てはセンリに憧れた故。だからこそ、ライカが出せる結論はたった一つ。

 

「センリさん、貴方は私の敵なのですか?」

「はい。今はそういうことですね」

「なら倒します」

 

 シュルフツェンのスラスター出力を上げ、一気にレヴナントへ近づいたライカは、プラズマバンカーを起動させる。軽量化故に薄くなった装甲に、これは過剰火力だが、一撃で倒すにはこの武装しかない。

 一息でセンリ機へ肉薄したシュルフツェンは弓引くように右腕部を振り上げた。必殺の距離、それにも関わらず、センリの声に一ミリの揺らぎも見られなかった。

 そして、レヴナントは何を思ったのか、迎え撃つように左足でシュルフツェンの腕部を蹴り上げる。

 

 

「――いいえ、まだ貴方は私の命に刃を突き立てることは出来ません」

 

 

 ライカが目にしたのは、肘から先が千切れ飛んだ右腕部であった。

 レヴナントの爪先に仕込まれていたステークナイフを見た瞬間、ライカはこの状況に誘導されていたことに気づいた。続けざまに、ハイキックの要領でシュルフツェンの左肩へレヴナントは右爪先に仕込まれていたステークナイフを叩き込む。一撃で杭状の刀身が左肩を貫いたのを見て、ライカは機体コンディションを表示しているパネルへ視線を落とした。

 

《警告。右腕部大破。左肩部大破。戦闘行動に重大な影響を及ぼします。撤退を進言します》

「どこにそんな余裕が……!」

 

 攻撃の手が止まったシュルフツェンへ、レヴナントは更に追撃を掛けた。左肘を脚部へ向けると、そこから僅かに銃身がせり出したのを確認する。

 

散弾銃(ショットガン)……!」

 

 肘に仕込まれたショットガンの一撃により、シュルフツェンの脚部の推進系はあっという間にズタズタにされてしまった。

 そして、今度は右肘をシュルフツェンの頭部へ向ける。

 

《敵機の戦闘パターン、どれも合致するもの無し。ライカ中尉、この敵は一体何なのでしょうか?》

 

 右肘のショットガンが火を噴く寸前、そう質問してきたシュルフに対し、ライカはこう言ってやった。

 

 

「……本物の、兵士です」

 

 

 次の瞬間、メインモニターにノイズが走った。

 あっという間の出来事である。押しては寄せる波のように。

 攻めるときは苛烈に、護る時は常にツケを払わせる。センリ・ナガサトのやり方を忘れていた訳ではない。だが、常に彼女は進化していた。

 いかに効率よく機体を壊せるか、そのことに特化していた彼女に対し、少しでも()()()()()()()()()()()という希望的観測を抱いた時点で、ライカ・ミヤシロの敗北は決定していたのかもしれない。

 

「さて。本来ならここでライカ、貴女は死ぬのですが、生憎とトリガーを引く前に、タイムリミットが来ました。だから、ここは撤退させて頂きます」

 

 辛うじて生きていたレーダーがレヴナントの離脱の様子を表示していた。ライカはその幸運に感謝していた。

 センリ・ナガサトは作戦行動時間をやりすぎなくらい厳守している。だから、どんなに不利な戦場だろうが時間が来るまで戦い、どんなに有利な局面でも時間が来たら迷うことなく撤退する。

 今回は後者である。去り際に、センリは言った。

 

「常に()()()()を想定してください。今回、貴方が私を殺せる場面は何度かありましたよ」

 

 そう言い残し、対空砲台含め、レヴナントの反応は完全にロストした。破壊され尽くしたシュルフツェンに取り残されたライカは、悔しさすら込み上げてこなかった。

 

「敵ならば、なぜ貴方は私にアドバイスをするのですか……?」

 

 届かなかった。

 あれからずっとライカは戦場に立ち、操縦技術を磨いてきた。もちろんその間も様々な事を学び、兵士として常に刃を研ぎ澄ませてきた。

 

 ――だけど、センリは更にその上を歩いていた。

 

 後頭部で結っている自分の髪を触りながらライカは、あらゆる感情を塞ぐように、その眼を閉じた。悔しさも脱力感も、敗北感もありとあらゆる感情全てに蓋をするように。


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