「うお……久しぶりの宇宙って慣れないな」
「慣れなさい。というか地球外での戦闘にいい加減慣れなさいよ」
SRXチームとの模擬戦から二日経ち、現在ソラ達第五兵器試験部隊は月に近い宙域に来ていた。
最近、地上宇宙を問わず、連邦と取引をしている企業が立て続けに襲われているという事件が多発していた。SOとも取れるし、SOの動きに同調した反連邦組織による犯行とも考えられる。
襲撃された基地の場所や時間から、今回襲撃されるであろう場所がこの宙域に存在する超巨大デブリを改造した『モノリス工房』と呼ばれる主にアルバトロス級やペレグリン級の推進ユニットを製造しているメーカーであることが判明した。とはいっても、他にも候補が宇宙地上問わず存在するため、迎撃部隊が広く振り分けられることとなった。今回、第五兵器試験部隊に振り分けられた場所がこのモノリス工房である。
「比較的デブリは少ないですが、それでも当たらないよう、常に周りには注意してくださいね!」
「お、おう……っ。ていうか、ユウリ相変わず適応力すごいよな……」
「そうですか? フェリアさんには負けますよ!」
「いや、まあ……私は宇宙長いからね」
フェリアが少し呆れたように返した。
「ソラ! 情けなーい!」
ブレイドランナー改の目の前をコスモリオンが横切った。
唐突な出現に、ブレイドランナーが大きくバランスを崩してしまった。
慌てて機体制御をしようとして操縦桿を動かしてしまうが、状況悪化に余計に拍車を掛けてしまう。ソラは機体を縦回転させながら、今しがた横切ったコスモリオンへ注意する。
「こ、こらリィタ! ふざけたら怪我するんだぞ! 俺が!」
「ごめんねソラ! でも、久しぶりの宇宙だー!」
今回の護衛任務には、ラビーからの提案でリィタ・ブリュームが参加していた。上層部はだいぶ難色を示していたが、ストッパーとしてとある人物を派遣することによってその問題を解消されることとなった。
「……二人とも元気ですねー。朝早くからそのテンションは辛いものがあるんですが……」
最低限のスラスター噴射でソラ達に付いて来ながらフウカ・ミヤシロは気だるげにそう漏らした。
今回、リィタのストッパーとして派遣されたのはフウカである。最初はライカのはずであったが、フウカの強い要望で交代したという。
「ふ、フウカ中尉、滅茶苦茶眠そうっすね」
「……ええ、まあ。夜勤明けですからね」
フウカの物言いに、フェリアが少しばかり呆れたような口調になった。
「……それで、リィタを相手出来るのですか? 万が一にもないんでしょうが……」
「問題ありませんよ。もし彼女が暴走したら確実に制圧して見せましょう」
フウカの気持ちに合わせるように、彼女の機体――《ゲシュペンスト・フェルシュング》が片手をぷらぷらと振った。
今回、彼女の機体には宙間戦闘用のミッションパックが装備されていた。バックパックの左右から長い棒状の物体が伸びていて、その先端前後左右に、計五基のマイクロスラスターが宇宙間での動きを細かく補正する。また左右の肩部アーマー、そして両脚部にも姿勢制御用スラスター付きの増加装甲が装備されており、運動性能が向上している。
なお、後から聞いた話では、このミッションパックにはブレイドランナーやシュルフツェンの戦闘データが使われているとのことだ。
「フウカ、リィタに勝てるのー?」
流石のリィタもフウカの言葉には腹を立てたらしく、頬を膨らませる。
「もちろん。こっちはたまーにリィタみたいな子と戦っているんですよー」
前から思っていたが、ソラはつくづくフウカとライカは似ていないな、と感じていた。外見が似ているだけで、真面目な言動が目立つライカに対し、フウカはどこかユルい印象が目立つ。
そういえば、とソラはフウカの戦闘をまだ一回も見ていないことに気づいた。
(……まあ、見ないに越したことはないよな)
そういうのはシミュレーターでも十分見られる。何よりも、実戦で見るということはその時点で命のやり取りが行われるということなのだから。
「ところでフウカ中尉、モノリス工房ってどういう所なんですか?」
ユウリの質問に、フウカがすぐに答えてくれた。
「ここは連邦が運用している戦艦の部品を開発している割と歴史があるメーカーでして、取引先のランクとしては上級と言って過言ではないでしょう」
「へえ……すごいんですね」
「ですが、真っ白と言う訳でもなく、武装勢力や反連邦組織にもパーツを流しているという黒い噂もありますがね。それに――」
フウカの発言を慌ててフェリアが止めた。
「ちょっ……! フウカ中尉、発言を慎んでください!」
フェリアがソラ以外を
――自分だけに怒っている訳では無かった。
この安心はきっとソラ以外には分からないだろう。
「……ちょっとソラ、何で安心したような顔してんのよ?」
今日のフェリアは随分と勘が冴えているようで、ジト目で睨んでいた。
「……ん? 熱源反応? 大きいですね」
すると、リィタがユウリの発言を肯定するかのように呟いた。
「……来る」
モノリス工房の警戒ラインに引っかかったようで、アラートが鳴りだした。どう考えてもとっくに警告は出ているはずだ。
それにも関わらず、真っ直ぐに向かってくるということは明らかな敵意を持ったものと言うこと。
フウカの指示で所定の位置へ機体を移動させながら、ソラは久しぶりの実戦に少しだけ手が震えた。だがソラは己を奮い立たせる。
既に自分は特機と渡り合える力を手にしている。あとは、気持ちの問題だけ。
「あれは!」
遠目からでもはっきり分かるダークグリーンの機体色。
そして、クモの下半身にカマキリの上半身が組み合わさったような外見。随分と久々に見るな、とソラは相変わらずのゲテモノぶりに舌を出す。
「おーおーおー。随分とまあ、一回見た顔が出迎えてくれたもんだ」
クモカマキリのカメラアイが光る。
そして聞こえてきた人を少し小馬鹿にしたような男の声。この声は、ソラには聞き覚えがあった。
「お前はあの時の……!」
「おや? 微妙に細部が変わったけど、お前はあれか、ライカ・ミヤシロと一緒にいた奴だな」
そう言って、クモカマキリが重苦しい動作で鎌となっている腕部をブレイドランナーへ指した。
「そう言えば自己紹介をしていなかったな。俺はマイトラ・カタカロル。SOの戦闘部隊の一人だ。そしてこいつはマンティシュパイン。お前らをズタズタに引き裂く魔物、とでも言っておこうか」
ユウリがすぐにデータ解析を始めたようで、データリンクを通して、マンティシュパインと言う機体のデータが送られてきた。
「……一人で来たのですか?」
フウカが問いかけると、マンティシュパインのカメラアイがフェルシュングへ向けられた。
「その声……お前か、ライカ・ミヤシロォ……!?」
マイトラの声は低く、それでいて悪意が滲み出ていた。
割り込まれた映像通信に映し出されていたマイトラの眼はサングラスで隠れていて良く分からなかったが、不気味に吊り上げられた口角から、決して友好的な感情を持っていないことが良く分かった。
「俺を覚えているか? ライカ・ミヤシロ!? DC戦争のとき、お前におちょくられたマイトラ・カタカロルだ! 会いたかった……会いたかったぜぇ……!!!」
「……残念ながら。恨み言は言われ慣れているので、一々覚えてはいられないですね」
対するフウカは冷静に、だが相手への挑発を忘れずに返した。その返しは分かっているとでも言いたげに、マイトラが好戦的な笑みを浮かべる。
「だろうなぁ……だろうなだろうなだろうなァ!!!」
好戦的よりむしろ、醜悪に、そして悍ましく。
心なしか、マンティシュパインの周りにどす黒い気のようなものが見える。それだけマイトラの、ライカ・ミヤシロへの執念が見て取れた。
「ソラさん!」
「どうしたユウリ?」
「あの人……怖い、です。何だか殺意の中でもどす黒い、そんな嫌な……人です」
モニターの向こうで、ユウリが明らかに怯えていた。
マイトラの念を直に感じているからだろうか、それがどれほどのものかは震える肩が教えてくれている。
「こんな所で会えるとは思ってなかった……! このモノリス工房を破壊するだけのかったるい任務だと思っていたが……カームスに感謝しなくちゃあなあ……!」
「ソラ、フェリア、ユウリにリィタ。用意を。敵は特機クラスです。生半可な相手ではありませんよ」
すると、マイトラがほうと、目を丸めた。
「リィタ? リィタ嬢がいるってのか? 消去法で行くなら……あのコスモリオンか?」
「……マイトラ」
すると、マイトラはどこか納得したように頷いた。だがその表情は皮肉気味に。
「そうか……そういうことか、カームス。なるほどな。大した奴だ……」
「どういうこと!? カームスが、何か言っていたの!?」
リィタの問いが答えられることはなく、その代わりに大きく鎌を振るった。
「いいや! 所詮お前はあいつにとって、ただのガキだった! そういうことだ!!」
マンティシュパインの胸部から二門の機関銃が現れ、掃射を開始した。
射線上からすぐに退避したソラはまず、マンティシュパインと言う機体を把握する所から開始する。
クモの下半身に、カマキリの上半身を持つ、巨大な機体。動くたびに脚部や上半身の姿勢制御スラスターで細かな補正をしているところから、やはりその質量を制御することは容易いものではないことが推察できる。
そして、両腕部の鎌。PTなら一撃で真っ二つに出来そうな長大な鎌だ。不用意に飛び込むと一瞬で持って行かれてしまう。
そして、とソラは脚部の上部にあるミサイルハッチに目をやる。
「皆! あそこからスパイダーネットのミサイルが飛んできたことがある! 気を付けてくれ!」
「了解! まずは私から牽制するわ! フウカ中尉! ソラ! 行って!」
先頭に躍り出たピュロマーネの両肩部から閃光が放たれる。続けざまに両腕部のマルチビームキャノンからも追撃の光。
閃光はマンティシュパインへ向かっていくも、マイトラに動きはない。そのまま、光はマンティシュパインを飲み込んだ。
「良い一撃だった。まさかこの機体のABフィールドを使うことになるとはな」
特機に有効打を与えるピュロマーネの砲撃とはいえ、流石に全く消耗していない特機クラスから発動するABフィールドを貫くのは容易いことでは無かったようだ。多少の損傷は見受けられるが、機体動作に問題はないように見える。
そのままブレイドランナーとフェルシュングは加速した。ソラとフウカがアタッカー。フェリアとリィタが中距離からの援護。ユウリが後ろから情報解析をしつつ、皆の隙をカバーしていくというフォーメーションだ。
「うおおお!!」
ブレイドランナーがシュトライヒ・ソードⅡを振りかぶるが、それに合わせるよう、マンティシュパインの鎌が振るわれる。赤熱化しているところを見ると、装甲を溶断するタイプと見える。
迂闊に当たることは出来ない為、一度ソラは攻撃を中断し、背後を迂回することにした。むしろ攻撃の隙を突くように、フェルシュングが懐に飛び込んだ。
ヒットアンドアウェイ。手に持っていたアサルトブレードで、フェルシュングはマンティシュパインの横腹を切り裂いた。だが回転刃による斬撃は浅く、まるで効いていない。
「やるなライカ・ミヤシロ!! 早速か!」
(……さっきから、どうしてフウカ中尉、何も言わないんだ……?)
ライカ・ミヤシロ。
先ほどからマイトラは間違いなくそう言っているのに、フウカは何も言わないどころか、まるで
最初は敵と話を合わせるためだと思っていた。だが、味方の自分から見ても、とてもではないが
(まるで……本物のライカ中尉だ……!)
フウカの離脱の隙を埋めるようにピュロマーネの砲撃がマンティシュパインとフェルシュングの間を遮った。追撃をする気を失くした代わりに、マンティシュパインの背中から六つの円盤がパージされる。
それにいち早く反応したのはユウリだった。
「誘導線キャッチ! 皆さん気を付けてください! それはただの部品じゃありません! 誘導兵器です!」
「気づいたところで!」
円盤は回転し始め、五機へ襲い出す。
他は何とか避けているが、ブレイドランナーだけは少し様子が違っていた。
「ソラ! 何やってんのよ!?」
「くっ……!! 機体の感覚が上手く掴めねえ!」
微細な機体制御が上手くいかないブレイドランナーの装甲を円盤がどんどん掠めていく。大した損傷ではないが、これが積もりに積もったらと考えると焦らざるを得ない。
その間にもマンティシュパインの鎌が振るわれるので、回避運動も忘れられない。巨体の割には素早いので、気づけば鎌の間合いに入っていることはザラである。
フェルシュングがバースト・レールガンを構え、マンティシュパインの背後から射撃をしようとするが、すぐにブレイドランナーを襲っていた円盤がそれを潰しに掛かる。
「カマキリの視界は全周囲だ。把握出来ねえ訳が無い! そして!」
マンティシュパインのカメラアイが飛びまわるコスモリオンを捉える。
「リィタ嬢! 一度お前とはガチの殺し合いをしてみたかった!!」「リィタは……したくない!」
胸部機関銃でコスモリオンを撃ち落とそうとするも、機体特性をフルに活かした機動で弾幕を避けていくリィタ。
そんな彼女の発言に、マイトラが吠える。
「したくないだぁ!? 『スクール』の戦闘兵器が! 人間みてえな事を言ってやるなよ! 人間様に失礼だろうが!!」
「っ――!!!」
コスモリオンの動きが一瞬鈍くなった。瞬間、マンティシュパインが振るった鎌によって、コスモリオンの大型ブースターが溶断されてしまう。
「っ! リィタさん!」
「ユウリ! フォーメーションを崩したら……!」
リィタの損傷に、思わずオレーウィユが飛び出した。それを追うように、ピュロマーネがフォローをするべく機体を加速させる。
マンティシュパインの脚部上部のミサイルハッチが開かれたのを見た瞬間、思わずソラは叫んでいた。
「待てフェリア、ユウリ! これは罠だ!!」
しかし、既に機体上部から小型ミサイルが何発も打ち上げられ、割れたミサイルから電磁ネット――スパイダーネットが展開されていた。
「きゃあああ!!」
「くっ!! 機体制御が……!」
避けきれなかったピュロマーネとオレーウィユがスパイダーネットに絡まってしまい、行動を停止してしまった。当然コスモリオンもスパイダーネットに引っかかり、電子系統にトラブルを引き起こしてしまう。
そんな三機の元へ、マンティシュパインが近づいた。
「フェリア、ユウリ! リィタ!」
「おっと……動くなよ。ライカ・ミヤシロ。お前もだ」
すぐに救出せんと構えていたフェルシュングの動きが止まった。
既に、マンティシュパインの鎌は三機の胴体を即座に溶断できる位置にぴたりと止められている。
――ソラは本能的に分かっていた。ここで下手に動くと、確実に三人は殺される。
断定は出来ないが、短時間ながらにマイトラ・カタカロルという人間に触れた末の予想だ。残念なことだが、まずその通りと見て間違いないだろう。
ブレイドランナーとフェルシュングの動きが止まったのを確認したマイトラが次の指示を飛ばす。
「良し……じゃあ、次は武装解除してもらおうか」
――告げられたのは絶体絶命に繋がる指示であった。