スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

60 / 80
第二十八話 亡霊の亡霊

(熱いな……)

 

 ランドリオンの中でウェイ曹長は忍ばせていた団扇でひたすら生温い風を自分へ送りつけていた。後、一時間ほどで待機シフトに入る。そうなれば冷房が効いた社内でたっぷり休息だ。

 モチベーションを無理やりにでも維持しつつ、ウェイはセンサー類やレーダーに視線を送り続ける。

 

 ――メキシコ、コアウイラ州。

 

 ウェイ曹長はPTやAMの姿勢制御用スラスターの部品や装甲資材の一部を納入することで連邦軍と取引がある『トラクルダ工業』を警備する連邦軍のAMパイロットである。

 以前は戦車兵だったのだが、半年程前にPT適性があることが判明し、機種変更訓練を一通り終え、こうしてRAM-004L《ランドリオン》に搭乗していた。

 未だにAMという未知の兵器に適応することは難しかったが、()()()()()()()()と何とか割り切ることで動かせていた。共に周囲を警備している他のAMパイロット達と比べると、一番熟練度が低かったが、そこは戦車兵としての勘と経験でカバーできるところはしている。

 

「よおウェイ、今日の夜はオフだろ? 飲みに行こうぜ」

「おいおい、またかよ」

 

 今しがた通信を送ってきたのはウェイと同期であるゴーラ曹長である。

 一足早くAMに機種転換していた彼からAMの事を学んだりと親交はとても深い。こうして警備任務の後は近くのバーで一杯やるのが二人の密かな楽しみであり、ストレス発散でもあった。

 

「良いのか? 今日は嫁さんとディナーの予定なんじゃなかったのか?」

「察してくれ」

 

 また浮気がバレたのか、とウェイは彼の色好きに呆れ返る。

 既に両手で数えても足りない程だと言うのに愛想を尽かさない嫁が凄いと相変わらず思えた。最終的には嫁の元へ戻ってくるあたり、ゴーラも相当愛しているのだろうとも伺える。

 彼が飲みに誘う理由としては、単純に飲みたい、と言うほかに浮気がバレて家に居場所が無いからという理由もある。今日はどうやら後者らしい。

 

「しょうがねえな。奢りだぞ?」

「わーってるわーってる。そうだ聞いてくれよウェイ。あのバーに新しい酒が――」

 

 その直後、通信越しに爆音が聞こえ、ノイズと共に通信が途切れる。

 ――それがウェイとゴーラの交わした最後のやり取りであった。

 

「……ゴーラ? おいゴーラ、ゴーラ? ゴーラ!! 返事をしろ!!!」 

「敵襲! 十時方向から砲撃!」

 

 突然の事態を受けとめられないまま、ウェイは自分の親友を木端微塵にした相手へ報復するため、怒りのままに索敵を開始した。ゴーラの近くに居た僚機に映像を送ってもらったが、既に生存はほぼ絶望的と見ても良かった。

 砲撃があった十時方向へセンサーを向け、情報を取得する。

 その最中、また同じ方向から砲撃が確認できた。今度は被弾する者はいなかったが、二度の砲撃で完全に位置が把握することに成功する。

 親友を吹き飛ばした()()()()はトラクルダ工業から遠く離れた森の中に潜み、そこから砲撃をしている。

 

 ――その時点でウェイ含め、警備部隊は疑問を持つべきであった。

 

 もし冷静な視点で物事を見られる人物が念入りにサーチをしていたのなら、その砲撃元から生命反応が無いことが分かったはずである。

 

「こいつは……バレリオンを弄った無人砲台だ。アンテナが見える! 誰かが遠隔操作でも、なっ!? うわあああ!」

 

 送られてきたデータを確認すると、移動砲台が自爆し近くに居た二機のランドリオンを巻き添えにした瞬間の映像であった。

 恐らく設定された範囲内に熱源を感知すると自動的に自爆するようにプログラミングされていたのだろう。しかも意地の悪いことに、対象を確実に破壊できるよう移動砲台には金属片が大量に仕込まれていたようだ。

 

「熱源反応? っ!! うわあああ!!」

「どこから!?」

 

 ウェイ含め、警備部隊が十時方向へ各種センサーを走らせた直後、また爆発音が鳴り響いた。同時に、先ほどの移動砲台とは真逆の方向から熱源反応が迫ってくるのを確認。

 その瞬間、警備部隊は全てを理解した。

 

「囮か!?」

 

 無人移動砲台による砲撃を目くらましに、全く逆の方向から奇襲を仕掛けるという戦法は既に使い古されているが、然るべきタイミングで突入すればこれほど効果的なものはなかった。

 

「カイセ6、敵機発見したぞ来てくれ! 何だこいつ……!? ゲシュペンストに似てい――ぐあっ!!」

 

 完全に意表を突かれてしまった警備部隊は酷く混乱してしまう。

 また一人、通信が途絶した。

 ――四機。一分にも満たない僅かな時間でそれなりに修羅場を経験してきた強者達が撃墜された時間である。

 ウェイの近くにいたカイセ4が声を上げた。

 

「ウェイ! こっちに来たぞ!! 他の奴も来てくれ!!」

 

 レーダーに映った熱源の方向へランドリオンのカメラアイを動かすと、()()は見えた。

 

「何だ……あれ?」

 

 漆黒のカラーリングはまだ良い。逆三角形のマッシブな上半身にガッシリとした下半身もまだ分かる。

 だが、ウェイには分からないことがあった。

 

「何故ゲシュペンストに似ているんだ……!?」

 

 薄く細長いイヤーアンテナこそない物の、特徴的な頭部やバイザーはそのまま。

 太くて丸い四肢は何か別のパーツに取り換えられているのか、独特な丸みは窺えない。だが間違いなく、間違えようも無く目の前に現れた機体は《ゲシュペンスト》に限りなく近い機体であった。

 既にゲシュペンストタイプなんて見ることはないと思っていたが、現実として目の前にいる。

 

「このぉ!!」

 

 カイセ4のランドリオンがゲシュペンストタイプに接近し、右腕の大型レールガンで攻撃を仕掛ける。しかし、謎の機体は傍の開発施設に身を隠し、砲撃をやり過ごす。

 砲撃を維持しつつ、カイセ4はカイセ3に突撃のサインを送った。その隙に控えていたカイセ3のランドリオンが四脚機動装備『スティック・ムーバー』を稼働させ、施設に隠れているゲシュペンストタイプを蜂の巣にすべく、突撃を敢行。

 だが、ウェイには視えた。更に施設の裏から回り込もうとしているゲシュペンストタイプの姿が。

 

「カイセ3! 後ろから回り込もうとしているぞ!!」

 

 ウェイの呼び掛けも空しく、ゲシュペンストタイプが跳躍し、真上からカイセ3へ襲い掛かった。

 

「上!?」

 

 カイセ3の機体の上に乗ったゲシュペンストタイプが脇下から杭のような刀身を持つナイフを抜くと、一気に真上から突き立てた。瞬間、柄尻の方から大きな爆音が鳴り、ランドリオンの胴体を刀身が一気に貫いた。

 ウェイはたったの一撃でランドリオンを破壊したその武装の事を少しだけ知っていた。

 一時期は対PT用に開発されていたが、並みのパイロットではとてもじゃないが扱い切れない取り回しの難易度から開発が中止となった単発打突兵装『ステークナイフ』。杭状の刀身を敵に突き立てると柄尻の方に詰め込まれた炸薬を撃発させ、対象を破砕するという単純な構造であるが、それ故に破壊力は凄まじい。

 ジェネレーターに負担を掛けない省エネ性、当たれば敵機に甚大な損害を与えらえる破壊力、そして杭部さえ破壊されなければほぼ確実に作動する信頼性。三拍子揃った兵装だが、炸薬の量から使用回数はたったの一発。

 そんな馬鹿げた兵装を使いこなせるパイロットの技量は大体推察できてしまう。

 

「このおおお!!!」

 

 ウェイは生き残っていたカイセ5と共にトリガーを引いた。

 しかし、ゲシュペンストタイプは先ほどのように物陰に隠れることもせず、横へのステップのみで弾頭を避ける。その最中に、敵機は臀部にマウントしていたM90アサルトマシンガンを装備し、応射を始めた。

 

「しまった! 脚が!」

 

 的確な射撃はカイセ5のスティック・ムーバーの可動部を全て撃ち抜き、為す術無く頭から地面へ倒れ込んでしまった。

 ランドリオンの機体構造を熟知した上での射撃。そして追撃のグレネード弾が胴体へ突き刺さり、爆ぜる。

 燃えていくランドリオンを横目に、とうとう一人になってしまったウェイは半狂乱になりながらも、戦うことを止めず、トリガーを引き続ける。

 跳躍して、襲い掛かってくるゲシュペンストタイプを撃ち落とそうと、レールガンの銃口を上げた瞬間、ウェイに悪寒が走る。

 

「しまっ――!」

 

 サブカメラで自機の真下の画像を取得すると、そこにPT用のハンドグレネードが転がっていた。

 全てはこのための布石。自分すら囮にし、死角へ致命的な一撃を入れる。真下のハンドグレネードが爆ぜ、身体が紅蓮に包まれる刹那、ウェイは確かに視た。

 灼熱から這い現れ、視線を合わせた者全ての魂を持っていかんとする――“亡霊”の姿を。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「終わったようだな。流石の腕前だ」

 

 カームス・タービュレスはトラクルダ工業を制圧したゲシュペンストタイプの戦いぶりを見て、久々に戦慄が走っていた。

 いや、訂正しよう。戦いを見るたびに戦慄が走る。

 貴重なバレリオンを平然と陽動のために使い、一息でAM部隊を制圧するその手腕。だが、ゲシュペンストタイプのパイロットは酷く事務的な調子で返事をする。

 映像通信だが、ヘルメットを被っているので、顔は見えない。

 

「……機体が良いのです」

「機体……か。旧式以前の機体をフルチューンしているとはいえ、良くそんなモノを扱えるな。俺は恐ろしくて乗れん」

「……素早く確実に動作してくれる操縦レスポンス、今のPTでも超えることは難しい捕捉速度、それに()の性能の良さ。これだけ条件が揃っている機体は、そうはありませんよ?」

「耐久性や操縦性は完全無視しているというのにか。良くやる……」

「……手動操作(マニュアル)でロックオンや推進、ジェネレーター出力や電力供給の操作を出来るから、自分の想定外の事が起き辛いですよ?」

 

 およそ平凡なパイロットでは辿りつけない発想だろう。

 今時のAMやPTは自動で動いてナンボのものだというのに、手動の方が落ち着くというのがゲシュペンストタイプのパイロットの意見である。

 

「まあ、良い。トラクルダ工業の制圧はいつ頃終わりそうだ?」

「二時間あれば終了します。それと、制圧が終了したらこの機体の整備をしてもよろしいですか?」

「何か問題があったのか?」

「ええ……。跳躍からの着地の際、少しばかり無茶をしてしまいまして、右膝のサーボモーターが焼き切れそうなのですよ」

「……許可する。常に万全の状態にしておけ」

「ありがとうございます」

 

 改めて底知れないと、カームスは感じさせられた。

 フルチューンした機体でも、パイロットの腕に追いつくのがやっとなのだろう。そこでカームスはマイトラやアルシェン、そしてリィタの顔を思い浮かべた。

 そのどれもがSOが誇るエース級。

 特にアルシェンに至っては自分でも勝てるかどうか分からないレベルの近接戦闘のスキルを持っている。

 そんな彼を以てしても、このパイロットに勝つイメージが湧き辛い。

 

(何でも有りの戦闘なら、恐らく誰も勝てんだろうな)

 

 すると、何を思ったのか、パイロットがヘルメットを外した。

 

「……それにしても、ここは熱いですね。ランドリオンから出ている炎のせいでもあるのでしょうが……」

 

 後頭部で結われた黒い髪は汗でしっとりと濡れており、少しツリ気味の眼は細められている。

 ゲシュペンストタイプを操っていたパイロットは、顔立ちが整った美しい女性であった。しかし、パイロットスーツ越しからでも分かるバランスの良い筋肉の付き方が、歴戦のPTパイロットであると予想させる。

 

「そうか、確か冷房も付いていないんだったな、その機体には」

「はい。この機体はそもそも寄せ集めなのですから……」

「ゲシュペンストの規格落ちの部品を使って組み上げられた機体、だったか」

「《レヴナント》……ゲシュペンストの亡霊です」

 

 今聞いてもどうしてそんな機体が現存しているのか不思議で堪らなかった。というより、よくもそれほど古い機体を使い続けていられるなというのが本音であった。

 彼女は一度も他のPTやAMに乗ることはなかった。

 任務の効率を優先し、割り切って乗ることはあっても使い続けることはない。徹底したこだわりこそが、彼女の強さの根源なのかもしれない、そうカームスには思わせられた。

 

「ああ。そうだ、そんなお前に頼みたい。新しい任務だ」

「何でしょうか?」

「詳細はデータファイルで送るが、まあ簡単な威力偵察だ」

「威力偵察……」

「不服か?」

「まさか。任務ならば全力で当たるのみです」

「そうか、なら期待しているぞ。センリ・ナガサト」

「――了解です」

 

 ――センリ・ナガサトはそう言って、通信を切った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。