スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第二十五話 今の自分があるのは

「……失礼します」

「あら、来たわねライカ」

 

 ライカは少しばかり不機嫌であった。

 今日は近くのコンビニでパンの安売りが掛かっているので、この際あんぱんを大量補充しようという魂胆であったというのに、こうしてメイシールから呼び出されてしまったからだ。あんなチャンス、またいつ来るのか分からないというのに。

 気づいているのかいないのか、メイシールがポイと栄養ドリンクをライカに放った。

 

「ありがとうございます。ついでに早く解放してくれればもっとお礼を言えるのですが……」

「貴方、本当最近遠慮しなくなっているわよね……」

 

 遠慮すると付け上がる、そう気づかされたのは他でもないメイシールだ。……などと言うことは当然言えずに、ライカは本題に移る。

 

「それで、今日は何の用なんですか?」

「妙な機体が宇宙軍とやりあったって話、知ってる?」

 

 ライカは首を横に振った。

 そう言った情報は聞いた覚えがない。一瞬だけアルシェンや最近現れないクモカマキリを思い浮かべたが、それならばわざわざ妙な機体なんて言い回しはしない。

 百聞は一見に如かず。メイシールがノートパソコンの画面をライカに見せた。

 

「ちょっと画質が悪いけど、何とか見えるでしょ?」

「――――」

 

 絶句した。というより、この機体がまだ存在していたことに驚きを隠せなかった。

 ライカの驚き様に、メイシールが眉を潜める。

 

「……大丈夫?」

「……ええ、すいません。ですが、確かにこれは妙な機体でしょうね」

「知ってるの?」

 

 この中途半端なデザインと、劣悪な操縦環境は忘れられる訳が無かった。そう思いつつ、ライカはその名を呟く。

 

「PTY-001《レヴナント》。PTX-001《ゲシュペンスト》の粗悪部品や不採用部品で組み上げられたいわば――“PTもどき”です」

 

 マオ・インダストリーが開発した原初のPTであるゲシュペンスト。

 開発当初から量産を視野に入れられた質実剛健なG系フレームの優秀さは今さら説明する必要はなく、今となっては量産機やエース機の屋台骨だ。対空能力こそ乏しいものの、それを補って余りある汎用性と性能、また革新的とも言えるTC-OSによる操縦の簡略化と特徴を挙げればキリがない。

 ――だが、そんな傑作機がいきなりすぐに出来る訳がなかった。

 数々の試行錯誤が積み上がった故の結果だということは言わずもがな。

 ならば、その“過程”で作り上げられた数々の部品はどうなったのだろうか。

 その答えがこのレヴナント(幽霊)である。

 マリオン・ラドム、カーク・ハミル主導の元、マオ社技術部門の精鋭による多大な努力があっても、連邦軍が要求する厳しいスペック水準に到達するのはそう容易いものではなく、その過程の中で数々の不採用部品、粗悪部品などが発生した。しかし、技術部門の開発スタッフはそれすらもデータ取得のための機材として活用する。

 その頃には動力源の問題はクリアされていたので、あと必要なのは機体耐久性や稼働時間、また操縦レスポンス等などのいわゆる()()()()項目だった。

 そこで開発スタッフは実戦的なデータを収集するべく、本来廃棄される予定のパーツを寄せ集め、《レヴナント》と呼ばれる、文字通り既に“死んだ”パーツで構成された現在のゲシュペンストの更に“元”となる“PTもどき”を組み上げたのだ。発生した部品の分だけレヴナントが組み上げられたので、正確な生産数は不明となっている。一説によれば《量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ》の生産量を遥かに超える百機越えとも、たった十数機とも言われていた。

 

「……そんな機体をどうして知ってるのよ? ……まさか」

 

 メイシールには心当たりがあった。以前、ライカとATXチームのキョウスケ・ナンブが模擬戦をした際、一緒にデータ収集をしていたマリオン・ラドムが言っていたキーワードが出ていた。

 

 ――『第三機動兵器試験運用部隊』。

 

 人型機動兵器『PT』の戦闘データ取得を目的に創立された通称“棺桶部隊”。

 今、ソラたちが所属している兵器試験部隊の前身とも言える部隊でもある。

 あれからメイシールが独自に調べていたが、その部隊の最大の特徴であり、名前の由来でもあるのは死亡率の高さであった。兵器としての“実用性”や“対人性”などの可能性を検証するため、また未知の兵器故に起こる未知のアクシデントすら望まれる部隊であるが故、常に戦場の最前線で戦わせられるというのだから当然とも言える。レヴナントという機体の存在を知った瞬間、全てがカチリと当てはまったような感覚になった。

 当のライカは、メイシールが呟いた部隊の名に目を見開いている。

 

「……知っていたのですか?」

「マリオン先輩からね。それにしても全部に合点がいったわ。ずっと気になっていたのよね。データを取るための機体はどうしてたんだろうって。それがそのレヴナントって機体なのね」

 

 その頃になってくると、既に《ゲシュペンストMk-Ⅱ》や《量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ》と言った機体が開発されているのだが、当時の生産状況を考えると、そんな消耗前提の部隊に回すような余裕はない。

 そこでこのレヴナントだ。

 恐らくゲシュペンストの為のデータ取りが終わって用済みとなった機体をPTの更なる発展へと繋げるため、非公式に連邦軍へ回されたのだろう。

 

「ええ。正確に言うとPTですらないんですが、各部品のバランスを無視すると()()PTの条件を満たす機体になるので……。それでモーションパターンの評価や、携行火器の評価試験を行っていました」

「一応、ね。実際の所、どうだったのよ?」

 

 およそメイシールが予想していた事を、ライカが喋り出した。

 

「最悪でしたね。まずコクピットが洗練されていなかったので窮屈だし、スイッチが沢山あるので、起動プロセスが煩雑です。それに加え、どこまでの軽量化が許されるかテストするため、装甲が薄かったり厚かったりとバラバラでしたね。戦友のレヴナントがゲリラの対戦車ロケットに一撃で破壊された時はゾッとしましたよ」

「棺桶……なるほど、言い得て妙ね。ゲシュペンストよりも名前通り働いているわね」

「部品の相性が悪かったレヴナントが自重に耐え切れず自壊したり、試作のロケットランチャーを発射した途端右腕のフレームがイカれてしまったりと悪い所を挙げれば一日は平気で喋れます。……ですが、良い所が無かった訳ではありません」

「その心は?」

「規格落ちとはいえ、あの予算度外視のゲシュペンストのパーツを使っていたので性能はそんなに悪いものではなかったんですよ。適切なチューンをすればまだまだ一線級の性能を叩き出せるはずです。それに先ほども言いましたが、レヴナントは基本的に装甲が紙のように薄いので、常に先手を取る為、FCSは捕捉速度最優先です。熟練者はこの特性を活かして通り魔的に敵戦車や戦闘ヘリを落としていました」

「ライカはどうだったの?」

「私に割り当てられたレヴナントは各パーツの噛み合わせが非常に悪い機体でした。……良く機体が止まったり、大口径の火器を使ったら機体の至る所から火が吹き出したりしましたね。その度に応急修理をしたり、爆発して放り出されてしまったりと色々大変でした。今思えば、何で生きているのか不思議で堪りません」

 

 メイシールはその時からライカの化け物じみたバイタリティが醸成されていったのかと酷く納得出来てしまった。正直、ビルトラプターの事故と全くいい勝負である。

 

「それで、何でこのレヴナントが宇宙軍とやり合ったのかしらね?」

「そこが分かりません。部隊が解体された際、レヴナントは全部廃棄されたと聞いていたのですが……」

 

 改めて映像を見直していたライカが一瞬目を細めた。

 少しだけ映像を巻き戻してもらい、もう一度そのレヴナントの戦闘を見ていると、ライカが声を漏らした。

 

「このマニューバはまさか……。メイト、映像を拡大できますか?」

「お安い御用よ」

 

 マウスを何度かクリックし、映像を拡大すると、ぎりぎりレヴナントの細部が見られるほどの倍率にした。ライカは拡大されたレヴナントの左肩にマーキングされている赤い『S』のようなマークをジッと見つめる。

 

「……大きく崩されたS字のようなマーク。貴方なんですか、センリ……」

「センリ? 聞かない名ね」

「センリ・ナガサト。元第三機動兵器試験運用部隊の人間で、私の……上司です」

 

 もう間違えようがなかった。

 大きく崩された赤いS字のマークを使う人間はこの世に二人と居ない。連邦を襲った人間は、連邦にいた人間であったのだ。

 

「……どういう人なの?」

「センリ・ナガサト大尉は根っからの兵士でしたね。そして義理堅い女性です。そして、私が一度も勝てなかった人でもあります」

「何だか変に過去形ね」

「それはそうですよ。その人は……死んだはずなんですから」

 

 正直、ライカは今でも信じられなかった。記録上ではセンリ・ナガサトというパイロットは死んだはずである。

 ――しかも、ライカの目の前で。

 

「死んだはずって……何でそんな人間が……?」 

「それは本人に聞いてみないと分かりませんね」

「ちなみに、勝てなかったって本当に一度も?」

「ええ。何せ、センリに戦い方や兵士の在り方、およそ今の私を構成する全てを教えてもらったんですから……」

 

 メイシールはそのセンリという女性に非常に興味を持った。PT操縦のスペシャリストであるライカが如何なる経緯で今のライカとなったのか、ずっと知りたかった。

 

 ――センリ・ナガサト

 

 ライカ・ミヤシロのルーツとでも言うべき人間を見てみたくもあり、嫉妬もしてしまう。

 

(私の知らないライカ……か)

 

 妙な疎外感を覚えてしまっているのを自覚するやいなや、メイシールは首を大きく振り、今の感覚を必死に追い払う。

 その奇行に、ライカは顔をしかめる。

 

「……大丈夫ですか?」

「え、ええ。大丈夫よ。ところでライカ、もしそのセンリと戦場で再会したらどうするの?」

「もちろん撃墜します」

 

 ライカはあっさりと言い切れた。恐らくセンリも同じことを言うだろうな、とライカは考える。

 

 ――戦場では割り切れない奴が死ぬ。

 

 センリが良く言っていた言葉である。だからそれを忠実に守ることこそが、彼女への恩返しとなる。

 

「……そう、なのね」

「まあ、撃墜は難しいでしょうけどね」

「えらく自信なさげね」

「ええ。あの人、必要ならば真顔で特攻したり、自爆スイッチ押せる人間なので」

「何だ、いつものライカじゃない」

「……何を言っているのか分かりませんね。私は常に命を大事に、がモットーですので」

 

 絶対嘘だ、などとはとても言えない。

 無理やりにでも話題を変えるべく、メイシールは今現在目を掛けている部隊の話に持っていくことにした。

 

「……ところで、第五兵器試験部隊とSRXチームの模擬戦って明日よね?」

「ええ。ソラが必死にマニュアルを読み込んでいるところを見かけました」

「そう。まあ、多少仕様は変わっているし、シュルフツェンのスラスターユニットも付けているとはいえ、リミッターを掛けているからそこまで酷くはならないでしょ」

「問題はどこまで通用するかですね」

「機体が?」

「いいえ、総合力です」

 

 正直、機体性能で言うなら、そこまで劣っている訳でもなく、パイロットがパイロットなら全然やり合えるレベルと言っても良いだろう。しかし、問題はそれをどのように扱っていくかである。

 

「SRXチームは個々の能力は当然として、アヤ・コバヤシ大尉の指揮によるコンビネーションは凄まじいです。……今の第五兵器試験部隊に必要な物を、あのチームは全て持っています」

「まあ、機体特性的にもあのチームは参考に出来る所が沢山あるわね」

「ええ。だからこそ、今回ラビー博士に頼まれて、SRXチームへの橋渡しをさせていただきました」

「貴方、あんまラビーと関わらない方が良いわよ? あんな何考えているか分からない奴と話していたら、貴方まで何考えているか分からなくなるわよ?」

 

 それをまさか貴方に言われるとは思わなかった、とライカは目を閉じるだけでそれを口に出すことはしなかった。

 ライカはラビーの事をむしろ正直な人間だと思っていた。常に何か裏がありそうな言動が目立つが、蓋を開けてみると、それはダイレクトにソラ達の為になるようなことであるからだ。

 

「まあ、類は友を呼ぶ……と言いますか」

「……今、非常に聞き捨てならない台詞が聞こえた気がするわよ?」

「気のせいです。さて、もう話がないなら私はこれで」

「あら? 何か用事でもあるのかしら?」

 

 すると、ライカはポケットから一枚のチラシを取り出して見せた。

 

「あんぱんのセールですので、これから貯金を下ろしに行きます」

「呆れた……。あんぱんが最優先事項なの?」

「ええ、まあ。腹が減っては戦は出来ませんよ。それに、これからアラド達と局地戦のモーションパターン作成をしなくてはなりませんし」

 

 ライカが部屋を出ようとした時、扉が開けられた。その向こうには、何やら書類を抱えたフウカが立っていた。

 

「フウカ? 貴方から来るなんて珍しいわね」

「頼みがあります」

 

 メイシールの机に書類を乗せたフウカが切りだす。

 

 

「――ヤクトフーンドを、フェルシュングで再現して頂けませんか?」

 

 

 フウカの口から飛び出たのはかつての自分の愛機の名であった。


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