「さて。ソラ君にフェリア君、ユウリ君。オフの日に済まないな」
ラビーの言葉通り、今日は第五兵器試験部隊のオフの日であった。
だが、こうして呼び出された理由は一つである。個室の扉を親指で指しながらフェリアは尋ねる。この個室とは、投降した敵パイロットや事件の重要参考人の話を聞くための部屋だ。逃走できないよう、光を入れるための窓は強化ガラス製の小さな嵌め殺しとなっており、扉の鍵は三重の電子ロックとなっており、突破は困難。
その中に、今回の重要参考人が控えていた。
「この中に……?」
「ああ。名前はリィタ・ブリューム。たまたま身分証明証を持っていてな。名前だけしか分からないよう、巧妙にデータを弄られていたみたいだが」
リィタ・ブリューム。
あれだけ命のやり取りをしていた相手のフルネームをようやく分かったのは何だか妙な感覚だった。ソラは、中の物を見透かさんばかりに凝視する。
「俺、こういう取り調べとかやったことないんすけど……」
「安心してくれたまえ。そういうものじゃない。本当なら教導隊に歳が近い子達がいるのだが、今日は全員任務があるらしい。だから――」
ラビーの言葉を繋ぐように、ユウリが喋る。
「私達、なんですね」
「そういうことだ。ただ、一気に押し寄せたら彼女も委縮してしまうだろう。だから、彼女への取り調べは一人ずつ行ってもらう」
「一人ずつ……ですか?」
一番に反応したのはやはりというか、フェリアであった。
フェリアの心配も当然である。いくらユウリが心配していた相手とはいえ、凄腕のPTパイロット相手に一対一という構図は、少しばかり……いやもっての他。
そんなフェリアの不安はラビーの一言で解決された。
「大丈夫だ。私含め、他の二人は隣の部屋で監視している。もちろん、音声も映像も付いているから万が一リィタ・ブリュームが暴れ出しても対処できる」
だが、とラビーが一言置いた。
「君達には拒否権がある。実は今回の件、上層部には割と無茶なお願いをしているんだ。いくつか条件が提示されたが、その一つとして、『第五兵器試験部隊の誰か一人でも拒否すれば違う者が担当として取り調べをする』とな」
これを逃せばリィタと話す機会が作られることはまずないだろう、とラビーは補足した。
それを聞いて、断るユウリでは無かった。
「わ、私は大丈夫です! やらせてください!」
「当然俺もです! やります!」
もちろんソラもそんなことを認められる訳がない。ここまで関わらせておいて、肝心なところを取られるというのが一番後悔する。そう確信していたからこそ迷いなく挙手した。
「……分かったわよ。私もやるわ」
何だか悪役のようになってしまったなと思いつつ、フェリアもラビーの提案を了承した。全員の意見が纏まったところで、まず先発はフェリアとし、ラビーはソラとユウリを引き連れ、隣の部屋に入った。
◆ ◆ ◆
「失礼するわ」
部屋の中は実に簡素であった。机と向かい合うように配置された二つの椅子、たったそれだけ。
その椅子に座っている人物を見て、フェリアは自分の視力が信じられず、もう一度目を凝らす。
「…………」
腰まで届きそうな長い金髪、伏せられた蒼眼にはまるで意志が感じられず、フランス人形でも目の前に置かれているような感覚だ。両腕と両足は厳重に固定されており、暴れ出しても鎮圧は容易である。
この少女こそが第五兵器試験部隊を苦しめたSOのエース級の一人。
「リィタ・ブリュームさんね」
「……」
「座るわよ?」
「……」
一言も喋らないリィタに、若干のやり辛さを感じながらも、話を聞くためフェリアは椅子に座った。
「これは本当の公式な取り調べじゃないらしいわ。だから、今している会話は記録にも残らないし、私か貴方が漏らさない限りどこにも伝わらない。だから、お互いに楽に行きましょ?」
これはリィタの気を緩めるための罠では無く、全て本当の事。念のため、ラビーにも確認を取っている。
それにしても、とフェリアは改めてリィタを観察し、彼女の体に驚く。
(小柄だけど全体的にバランスの良い筋肉のつき方。それに手全体の皮が厚い……肘から手首にかけての皮も。私もPTを操縦していく内に同じような状態になってしまっているけどあそこまでガッチリしたものにはなっていない。……一体どれだけの時間、PTに関わっていたというの……?)
目に付くところだけからでも分かる、“経験”の積み重ね。
パッと見、十二から十三と言ったところだ。そんな少女が一体どんな人生を歩んだら、こんな戦闘のプロフェッショナルになるのか、心底不思議で堪らなかった。
「ねえ、リィタ。私達が怖い?」
ジャブとばかりにそんなことを聞いてみたが、芳しい反応は得られない。
その代わり、リィタがボソリと呟いた。
「…………カー、ムス……」
口から出たのはSOの前線指揮官と噂されるカームス・タービュレスであった。ソラと二度やり合い、二度勝利している男の名でもあった。
「貴方と、そのカームスはどういう関係だったの?」
すると、また黙りこんでしまった。椅子にもたれたフェリアは小さくため息を吐く。
(これは……まあ、何というか)
フェリアは最初からこうなることをどことなく理解していた。実はリィタと会話をしたのはソラとユウリだけ。自分は一回も喋ったことはない。
ソラのように感情剥き出しでぶつかることも、ユウリのように何か特殊な脳波でやり取りしたわけでもない。
つまり、このリィタという少女にしてみれば、フェリアと言う人間は全くの赤の他人……軍人的に言うなら、全くの赤の敵。
気づけば立ち上がっていた。どうやら今の自分では、リィタとまともに会話することは難しいだろう。悔しいが、自分は前座。
この後に控える“本命”への繋ぎ。だが、それでも一つだけ分かったことがある。
(とりあえず分かったのは、私達がいかに幸運だったか、てことよね)
このリィタという人間はパイロットとして、自分達の上を行く存在だった。もし一対一でやり合うこととなっていたら……そう思わずにはいられなかった。
◆ ◆ ◆
「し、失礼します……」
すぐに出てきたフェリアと交代したユウリは、若干噛みそうになりながらも入室する。ユウリの持つ念動力に引かれたのか、リィタが顔を上げた。
「…………お姉さん、が?」
「こうして顔を合わせるのは初めて、ですね。リィタさん。私の名前、憶えていてくれてますか?」
一秒よりも短く、永遠よりも長い沈黙の後、リィタがポツリと言った。
「ユウ……、リ」
「そ、そうです! 私はユウリ・シノサカって言います!」
よほど嬉しかったのか、少しばかり緊張していたユウリに笑顔の花が咲いた。その勢いを失わせないとばかりに、拳を握りしめ、彼女は喋りはじめる。
「あ、あの! リィタさんってその……ロボットって好きですか!?」
すると、リィタがまた顔を俯かせた。
「……嫌い」
「理由を聞かせてもらっても良いですか?」
「私を……いつも怖い所に連れて行く」
単純に考えればPTに乗っていれば戦場に出なくてはならないから、とそう解釈できるだろう。だが、同じ念動力者であるユウリだからこそ、その解釈には辿りつかず、もっと
「そうですよね。敵意や殺意……そういった嫌な感情が渦巻く場所ですもんね」
リィタの眼にはある種の“恐れ”があった。だが、それはユウリも感じていたもので。感受性が高い者ほど、そういうモノを受け取ってしまうのだ。
「……なんで、私を殺さなかったの?」
それは初めてリィタがするまともな質問であった。
フェリアやラビーならばしっかり考えを持った上で喋るのだろうが、生憎とユウリはそんなに要領は良くない。
「リィタさんが、リィタさんの心が、助けてって言っていました。だから私は二人に、リィタさんと話をさせてもらえるようお願いしました」
「そんなことで……」
「私、ロボットアニメを見るのが好きなんです。あ、ロボットアニメって知ってますか? 要は架空のロボットが活躍する映像作品のことなんですけど」
ふるふると首を横に振るリィタに、今度機会があれば見せなければと思いつつ、ユウリは言葉を続ける。
「狼我旋風ウルセイバーって作品の主人公であるケン・サクラバが言っていました。『一言でも心の底から助けてという言葉があれば、俺は無間地獄からでも駆けつける。それが俺にとっての絶対正義だ』って。意味、分かります?」
「……ただの、馬鹿な人。利用されているかもしれないのに」
「はい。実はそうだったんですよ」
意外だったのか、リィタがまた顔を上げた。
黙っているところを見ると続きを促しているのだろう。それに応えるよう、ユウリが続きを話す。
「実は助けてって言った人は敵の手下で、ケンは六千万の敵に囲まれてしまうんですよ」
「……ほら、やっぱり」
「だけどケンはこう言いました。『まだ俺はお前の上辺の助けてしか聞いていない。腹の底から声を出せ!』って。実はその手下は脅されて仕方なくケンを罠に陥れたんですよ。それをケンは知っていたのであえて罠にはまったんですよ」
「……どう、なったの?」
「え?」
「ケンはどうなったの?」
「ウルセイバーの新しい力が目覚めて、六千万の大軍を一刀のもとに斬り伏せました。大勝利です」
リィタはどこか思う所があるのか、噛み締めるように目を閉じた。
「……この話を持ち出したのはですね、この手下がリィタさんに似ていいたような気がして、そんな風に思ったんです」
「違う……!」
「リィタさん……」
今まで大人しく話を聞いていたリィタがユウリへ敵意を込めて睨み付けた。驚いて後ろに倒れそうになったが、ここで変に倒れたら別室のソラ達が入ってくることは目に見えていたので何とか持ちこたえる。
「カームスは、そんなことしない! 私を脅してなんかいない! 私を見捨てたりなんか……しない……!」
それっきりリィタは黙ってしまった。ユウリがいくら呼び掛けても無視一点張り。
どうしようか悩んでいると、後ろの扉が開かれた。
「まだ話足りないだろうけど、悪いユウリ……交代してくれ」
そこには今までに見たことが無いほど真剣な表情のソラが立っていた。
◆ ◆ ◆
「よっと……。何だこれ、座り心地最悪だな」
材質のせいだろうか、ひんやりして風邪を引きそうだ。
背にもたれ掛かると、いくらか暖かい。ユウリやフェリアの温度だろうか、なんて考えているときっとフェリア辺りが変に勘づくだろうからそこでソラは考えるのを止めた。
「……お兄さんが、私の機体を傷つけた……」
「ソラ・カミタカだ。そのうちお前を超える男と言っておこうか!」
いくら外見が少女だからと言ってもその実力は本物だ。
変に見くびられないよう、ソラは精一杯の虚勢を張る。見透かされているのか、それとも気にもされていないのか、リィタは低い声で威嚇する。
「また……私の事やSOの事を聞いてくるの? もう、嫌……。何も、喋りたくない」
これで三人目。最初の一人の時点で予想はついていたが、今のリィタには何か喋る気も、生きる気力も無かった。
――カームスに見捨てられた。
今のリィタにはそれしかない。
しかし、目の前の男はあからさまに顔をしかめた。
「はあ? そんなつまんねえことなんか聞かねえよ」
「え……?」
どうやら勘違いをさせていたな、と言いながらソラは机に片肘をつけた。
「この聞き取りには当然だけど時間制限がある。俺にはそういうつまんねえ事を聞く余裕はないんだ」
「なら……何?」
リィタの問いかけはもっともであり今頃、別室のフェリア達には呆れられているだろう。
これからのソラの発言には、全くの裏も無ければ表も無い。ただ心からの言葉を喋るだけ。
念動力者が人の思念を読み取るのなら、変な飾り気は要らないからだ。そう考えていたソラは、リィタの眼を真っ直ぐ見つめる。
「なあ、リィタだっけか? お前、悔しくないのか?」
「……どういう、こと?」
「お前とカームスがどういう関係だったか俺には分からねえ。だけど、信頼しあってたんだろ? そんなお前を、あの
――クソ野郎。
その言葉を聞いたリィタは今日一番の敵意を込め、ソラを睨み付ける。
「カームスを悪く言わないで!!」
しかし、ソラは心を凍らせる。どこまでも冷徹に、痛む心を隠しながら、言葉を続けた。
「何度でも言ってやる。カームス・タービュレスはこの先二度と現れる事の無い最低最悪のクソ野郎だ」
「カームスを馬鹿にするな!!!」
しかし両手両足を拘束されているので椅子をガチャガチャと動かすだけ。眼力だけで殺さんばかりに見つめるリィタに負けず、ソラは更に続ける。
「なら何でお前に攻撃した? それは味方を平気で犠牲に出来る屑だからだろう?」
「そんなことない! カームスは優しいもん! いつも私に甘い金平糖をくれた! いつも皆の事を大事にしてた!!」
更に心を凍らせる。
「そんなあいつがお前にしたことは何だ!? お前はあいつに攻撃されたんだぞ!? 仲間だったあいつが、お前を裏切ったんだぞ!?」
「何かの間違いだ! カームスはそんなことしない! 私を見捨てて行ったりなんか絶対しない!!!」
――そして、ソラは己の心を一気に溶かした。
「だったらお前のするべきことは何だ!?」
「……っ!」
熱し過ぎた自分を冷ますように、ソラは一度大きな深呼吸をする。
「……お前、悔しくないのか? 今まで自分を大事にしてくれていた人が、急にごみでも捨てるかのような態度に出て。俺なら……嫌だな」
「……」
「俺さ、フェリアやラビー博士、それにユウリみたいに頭が良いって訳じゃない。だけどな、訳も分からず見捨てられた奴の気持ちまで分からないって訳じゃねえ」
「……そんなの、ただの同情」
「ああ同情だよ。良く考えりゃ、ここまで感情的にお前に当たる理由なんかこれっぽっちもないよな」
リィタはまた表情を曇らせた。
結局、自分の事を分かってくれるのはカームスだけなのだ。それ以外の人間には誰にもこの気持ちは分からない。
――そう、思っていた。
「だけど、あいつにとってもお前は大事な仲間だったはずだ。だから……きっと何か理由がある」
「理由……?」
「考えても見ろ。悔しいけどお前は強い。俺の何倍も強い。そんなお前を簡単に手放すとでも思うか? いや、ちょっと考えてみろってほんと」
「そんなこと、分からない……」
その言葉を待っていたかのように、ソラは机から身を乗り出した。
「――なら、確かめたいと思わないか? カームスに、どうしてあんなことをしたのか」
「教えてくれる訳……」
「全力でぶつからないと教えてくれる訳ないだろう。現にこうして俺はカームスについて色々知ることが出来た。例えばそうだな……あいつは金平糖が好きだ。あと、意外と仲間思いだ。あとは……え~っと……」
指折り数えをしながら首を傾げるソラを見て、リィタは自分でも気づかない内に――。
「……あは」
「……お、笑ったな? 今笑ったな?」
少しばかりまだ完全ではないが確かに――笑えた。
「……単純、だね」
――分かってくれる人はカームス以外、誰もいなかった。
「だから心にガツンと来るんだ」
「……私に、出来るの、かな?」
――だけど、“分かろう”としている人なら、目の前にいた。
「出来る。あんだけデカイ声出せたんだ。それでぶつかればきっと、カームスも答えてくれる」
「…………うん」
――単純だが、裏表なく心の底からぶつかってくれる人なら、リィタの目の前にいた。
「……でも、どうやって?」
「そ、そりゃ俺達の部隊で一緒に……」
「私、今捕虜……」
リィタの指摘に、ソラは彼女が捕虜だったことを思い出し、頭を抱えだした。
「ああああああ!! 忘れてたぁ! ……け、けどラビー博士なら……」
「全く……流石はソラ君だ。常に私の想像の斜め上を行く」
呆れた顔のラビーが書類片手に入室した。
「この聞き取りの最後の条件を言っていなかったな。リィタ君がこちらに協力するという意思を確認できれば、彼女の身柄をこの第五兵器試験部隊預かりにさせてもらえる。そういう約束をレイカー司令としていたんだ」
まるで狙っていたかのようなこのタイミングに、分かってはいてもフェリアは言わざるを得なかった。
「……最初からそのつもりだったのね」
「まあまあ、そういうことを言わさるな。これでもだいぶ危ない橋を渡ったんだ。それに、どうやら敵勢力の人間が連邦側に
「……て、てことは!」
「リィタ君、最終確認といこう。戦場に出ろとは言わない、私達に協力してもらえないだろうか?」
皆の視線を一手に集めたリィタ。そんな彼女は四人の顔をみやり、最後にソラの顔に視線が落ち着く。
「……私は連邦に協力する気は、ない」
「り、リィタさん……」
「――けど、ソラになら協力する」
リィタは俯きながらそう言った。
「い、良いのかリィタ?」
「……うん、私、またカームスと話したい。そのために必要なら、協力、する」
リィタの顔をみたユウリは少しばかり安堵する。
最初に見た時、彼女の念はドス黒くなりつつあったのだが、今はもうそんなことはなかった。誰のせいかは分からないが、ねっとりと纏わりつきつつあった念はすっかり霧散していたから。