「これはまた……相当無茶したなソラ君」
全損した左腕部、溶けた頭部左側半分、そして、コクピット部から下が無い下半身。ほぼ破壊され尽くしたブレイドランナーを前に、ラビーは笑うしかなかった。
しかし、これはパイロットであるソラを責めているわけでは無く、純粋に敵の戦力の見積もりが甘かったことに対する自分への嘲笑。
――通用すると思っていた。
接近戦・特機戦用に調整し、またそれにふさわしいパイロットも見つけられた。自分の考案したシュトライヒ・ソードも特機と十二分以上に渡り合えるとも自負していた。
(しかしこれは……何という無様)
蓋を開けてみればそれが思い上がりだったことを痛感させられてしまう。切り札であったシュトライヒ・ソードは出力不足で碌にダメージを与えられず、以前の黒いガーリオン相手では得意の距離で子供扱いをされる始末。
ピュロマーネやオレーウィユはともかく、アタッカーであるブレイドランナーは一番被弾率が高いのに加え、想定している相手からして更にその損傷は悪化するものと予想される。はっきり言って、このまま完全修復したところで、また同じ未来が待っているだろう。
――それどころか、今度はソラ・カミタカというパイロットを殺してしまうのかもしれない。
「う~む。となるとやはり……」
「……お姉」
「リビーか。どうした?」
「……あのブレイドランナーのパイロット、どうなったの?」
そこでラビーは第五兵器試験部隊が帰還した時にリビーがいなかったことを思い出す。
リビーが見たのは既に格納庫に搬入され、パイロットがいなくなった三機の機体であった。一瞬だけ表情が固まった後、それを隠してすぐに作業に移れる辺り、リビーはプロ意識の塊であるとラビーは我が妹ながら感心する。
しかし、もどかしさも感じていた。
(……素直に心配だと言えば良いだろうに)
「……何か言った?」
「いやいや。何も。……ん?」
下手なことは言えないな、とラビーはそれ以上変なことを考えるのを止め、ブレイドランナーをどうするかという現実に向き合うこととする。
そう思っていた矢先に、遠くから見覚えのあるちまっこいのが歩いてくるのが見えた。
その姿を見たラビーは、やはり腐れ縁だといういうことを改めて実感してしまった。
「だいぶ機体の見栄えが良くなったわね、ラビー」
「そうか? 君のゲテモノに比べたら確かにそうだろうが」
「ゲテモノじゃないわよ! 性能を追求した結果よ! ていうか、かっこいいじゃない!」
「まあ他ならぬメイシールがそう言うのなら、そうなのだろうな」
ラビーがからかい、メイシールが怒る。
マオ社時代から変わらないこのやり取りに少しばかりの安心を覚えてしまったラビー。対するメイシールもやぶさかではないと言った様子だ。
そんなメイシールは半壊したブレイドランナーをしげしげと眺め始める。
「……ライカが言っていた例の特機もどき?」
「ああ。私もまだまだだと痛感させられてしまったよ。特殊人型機動兵器……特殊という部分に対する備えが甘かった私の完全なミスだ」
「パイロットの事を考え過ぎなのよ貴方は」
「君が考えなさすぎるんだよ。どれだけ超性能の機体を作っても乗りこなせるパイロットが居なくてはただの産廃だ」
ラビーとメイシールの開発コンセプトは真逆と言っても過言では無い。
『パイロットを機体に合わせる』が信条のメイシールに対し、『機体をパイロットに合わせる』というのがラビーの信条であった。
その事でマオ社時代から何度もメイシールとラビーは意見をぶつけあっており、その姿は先輩であるマリオン・ラドムと元旦那であるカーク・ハミルを彷彿とさせていたのは当時のマオ社の人間にはもはや常識であった。
「それくらいしなきゃ異星人との戦いには通用しないわ。マリオン先輩のリーゼがその一つの到達点よ」
アルトアイゼン・リーゼは『特機の相手は特機』という定石を覆した凄まじいモンスターマシンだ。
突進力、火力、装甲。パイロットへの負担を考えるのなら、どれをとってもこの先十年は超えられないであろう尖りに尖った性能。
その系譜を受け継いだかのようなシュルフツェン・フォルトを見て、そして今回の惨敗を経験したからこそ、ラビーは一つの考えに達していた。
「……そうだ。先輩のその考えを色濃く受け継いだ君に頼みがある」
「……め、珍しいわね。貴方が頼み事なんて」
メイシールという人間はこういった改まった頼みごとに弱かった。ましてや今までいがみ合っていた人間からのこの低姿勢な頼みごとに、尚更彼女は困惑していた。
当然それを察していたラビーはそれでもこの結論に辿りついた。
「――今回だけで良い。このブレイドランナーの改修に際して、私にアドバイスをくれないか?」
辿りついたのは、自分のプライドを捨てて、ライバルに助力を請うことであった。
彼女達を良く知る者がこの光景を見たら、口を開けていたことだろう。それだけで有り得ないことであった。互いが互いの考え方を認めないことはあっても、考え方を
正直、メイシールは自分の耳が悪くなったとしか考えられなかった。だが、ラビーの真摯な眼差しを受け、それがおふざけの類では無いことを確認した彼女の眼が変わる。
「……一応、理由を聞かせてくれる?」
「私は今まで常識的な範囲で、常識的な設計をし、常識的な性能を持つ機体を考案してきた。その集大成がブレイドランナー、ピュロマーネ、オレーウィユ。この三機が得たデータを元に、現行の量産機の更なるバージョンアップをしていく、それが私の目標だ」
「そうね。そのために格闘能力、制圧力、電子戦能力の三つに振り分けて機体を作った。得たデータを削って、平均化するためにね」
「ああ。そうするために当然、私なりに尖らせたよ。ピュロマーネは装備次第で対艦能力を獲得できるし、オレーウィユは機体の負担を無視すればそれ一機で戦闘領域内の電子戦を賄えるようにしている。ブレイドランナーだってそうだ。対PT戦から対特機戦までもカバーできるようにしたつもりだった」
ある意味量産機としては完成された性能を持つヒュッケバインMk-Ⅱを更に上のステージへ上げるためには、それ相応の“叩き台”が必要であった。そのつもりでラビーは自分が考えられる限りの“最高”を持つ機体を三機製作した。
「しかし、他二機はともかく、ブレイドランナーは駄目だったようだ。私の考える“最高”はSOには通用しなかった。だから今度は、君の柔軟な発想から来る意見が欲しい。シュルフツェン・フォルトを見る限り、接近戦用機を考える力は君の方が私の数段上を行っているようだしな。……一度で良い。君の“最高”で私の“最高”を更に上のステージへ押し上げて欲しい――頼む」
そう締め括り、ラビーは頭を下げた。そんな彼女の姿を見ていたメイシールの答えは既に決まっていた。
「――嫌よ」
目を閉じ、ラビーは素直にその言葉を受け止めた。
考えてみれば都合の良い話であった。今まで考えを否定していた相手が急に頼ってくるなど気持ち悪いに決まっている。
――しかし、メイシールの次の一言で、それが自分の思い違いだと思い知らされた。
「貴方らしくないわね。私の言ったことには一々突っかかる。貴方はそういう人でしょ? なら、私の出す発想に一々ぶつかって来なさい。ラビーだけじゃない、私だけでもない、
それに、とメイシールはラビーからプイと顔を背け、言葉を続ける。
「……この天才メイシールのライバルが、そう簡単に頭を下げるんじゃないわよ」
ほんの少し頬が朱くなっていたメイシールの横顔を見て、ラビーは少しばかり自分らしくなかったと心の中で反省する。
ぶつかってこそのメイシールと自分。そう気づかされたのは他でもない自分の最高の好敵手。
「……ふ、そうだな。このちっこい奴の言いなりになってばかりは確かに私らしくなかったな」
「って! 頭を撫でるな! 身長差を活かすな!」
「――よろしく頼む、
「っ……! ふ……ふん、しばらく聞いてない単語だから思わず誰の事を言っているのか尋ねそうになったわよ」
「……随分楽しそうですね」
ライカが薄い笑みを浮かべ、滅多に見ないメイシールの姿を一通り楽しんでから、本題に入った。
「話は聞かせてもらいました。ブレイドランナーを改修するんですよね?」
「ああ。その通りだライカ中尉。ついでにフェリア君とユウリ君が海中から回収してきた
「ならついでにもう二機、改修するつもりはありませんか?」
脇に抱えていた書類をラビーに渡したライカは言葉を続ける。
「フェリアとユウリの操縦の癖が段々分かってきました。開発者の前で言うのも恐れ多いですが、恐らく今の二機では戦いづらいはずです」
渡された書類に一通り目を通したラビーはライカと視線を合わせる。
「ほう、これはピュロマーネとオレーウィユの改修案か」
「改修と言う程大げさなものではないですが、機体のコンセプトを殺さず、二人が扱い易い仕様にしてはどうだろうかという提案です」
ラビーはライカの観察眼に改めて敬服した。
二人の現在のレベルと戦法を考慮した現実的な改修案であった。しかも、言葉通りコンセプトを殺さないように考え抜かれた武装と各所の調整案。自身が何となく考えていた改修プランと酷似する所が多々見受けられる。
「何ともはや……君は、私の所に来る気は無いか?」
「……嬉しいお誘いですが、遠慮しておきます。そちらの部隊にはゲシュペンストが無いので」
「そ、そうか……。それはどうしようもないな」
「ゲシュペンストがあってもライカは渡さないわよ! もうライカ以上に私の機体を乗りこなせるパイロットはいないもの」
――やってやる。
ラビーは改めて、自分が恵まれていることを実感しながら、超えるべき壁を乗り越えるため、自らのアイデアの全てを引き出すため脳をフル回転させる。
◆ ◆ ◆
「……ねえ?」
「ん? 何だ?」
「私、意外なことに結構心配したのよね。ツヴェルクからは高エネルギー反応が確認されたし、おまけに奴の拳をまともに喰らっていたように見えたしで……。ユウリもそうよね?」
「……は、はい。あの時は本当に最悪の事態を考えてしまいました」
「そうか、そいつは心配掛けたな」
「……だと言うのに!」
ビシリとフェリアは美味しそうにカレーライスを頬張るソラを指さす。
「何で軽傷で済んでいるのよ!? もっと酷い怪我になってなさいよ!」
「無茶言うな!!」
と言っても、軽傷と言うほど軽傷では無く、左腕の骨にヒビが入っており、ギブスで固められているという状態のソラである。もっと細かく言うなら、長時間内蔵がGによって圧迫されていたのでPT操縦などはしばらく禁止されている。
今にして思えば、良く生きていたなとソラは自分で自分を褒めたくなった。
(……あと一センチでもコクピット側に拳が入っていたら俺はきっとハンバーグの材料になってたんだろうな……)
気を失う寸前に操縦桿を倒し過ぎてしまったのがこの幸運の原因であった。ソラを貫いたように見えたツヴェルクの拳はコクピット部の下側、正確に言うなら下半身を砕くという結果はこの偶然によって起こされていた。
今思い出してもゾッとする。――本来ならば恐らくあそこで死んでいたのだから。
「……なあ、あのヒュッケバインのパイロットは?」
「……重要参考人としてとりあえずこの伊豆基地預かりになったわ。ついでに言うなら明日、私達でパイロットへの聞き取り調査を行うことになっているわ」
「俺達が?」
「ええ。一番交戦経験がある私達だからこそ抜擢されたのよ。ラビー博士がそう言っていたわ」
「……リィタさん、大丈夫でしょうか?」
一番気にしているのはやはりユウリであった。
だがユウリ程ではないにしても、ソラも気になっていた。カームスからの攻撃にリィタは心底不思議そうな声を漏らしていた。本当に心を許していたのだろうと察することが出来る。
だからこそ、ソラにはカームスの行動が理解できなかった。
「奴は何のつもりであの子を撃墜したんだ……? くそっ、ふざけやがって……!」
「リィタさん、どうなるんでしょうか……?」
「さあね……。上が決める事よ。私達はそれに従うだけ」
「お前はホント冷めてるよな……」
「物を言いたいなら出世しなさい。どんなエースパイロットでも上の階級の言うことには全て頷くことしか出来ないわよ」
そう言ってカツ定食のカツを口に運ぶフェリア。
食堂で軍世界の真実を知りたくはなかったソラは現実逃避とばかりにまたカレーを口に運ぶ。
「それよりも今の現実だ。……また特訓する必要があるな」
「私もまだまだだと痛感させられたわ。これじゃあSOとの戦いが不安でしょうがないわ」
「――そう言うと思っていました」
あんぱんと紙パックの牛乳片手に、ライカが現れた。
その姿にどう突っ込めばいいのか分からなかったが、いたって真面目な様子だったので、余計シュールだ。
「ライカ中尉、そう言うと思っていたってどういうことですか?」
「SOのエース級はまだまだいます。彼らと渡り合うために、貴方達はもっと強くなる必要があります」
「ま、まだまだ強くなれるんすか!?」
「ええ。貴方達が本気で強くなりたいなら、ですが」
そう言ってライカはあんぱんを一齧りした。