「ソラっ!!」
思わずフェリアは叫んでいた。
今しがた確認できた高エネルギー反応、そしてその近くにいたブレイドランナー。幸い、生命反応は確認できるので、コクピット部は無事だと分かる。すぐにでも向かいたかったが、ヒュッケバインが放ったビームが機体を掠めてきた。
今のは危なかったと、フェリアは改めてリィタの技量を思い知らされた。ユウリと二人掛かり、しかも彼女の射撃の隙をカバーするように、ピュロマーネが持てる火力を叩き込んでいるというにも関わらず、ヒュッケバインはそれを軽やかに避け続けているのだ。撃ち尽くしたM950マシンガンのカートリッジを交換し、ピュロマーネは再度ヒュッケバインへ向ける。
(本当に良く避けるというか、勘が良いというか……!)
前回のリィタ戦の反省を踏まえ、FCSを徹底的に調整し、ピュロマーネのレスポンスも計算しなおした。また今回の携行武装はM950マシンガンにM13ショットガン、それにガトリングガンと比較的ばら撒けるもので統一していた。実はもう一つ、肩部ビームカノンという今まで使っていなかった武装があったが、相手が悪すぎるので今回も使うことはないだろう。
その点、ユウリは素直にすごいと思えた。
「リィタさん! 話を聞いてください!」
攻撃の念を読み取っているのか、正確無比だと思われていたリィタの射撃を避けては彼女へ近づこうとしている。今回のユウリの目的はリィタとの話し合いだったので、反撃は最低限だった。
(ユウリ、段々狙いが凄くなっているわね……)
しかしその必要最低限の射撃を見て、フェリアはユウリの成長ぶりに驚きを隠せなかった。その前兆は前々から、もっと正確に言うならば初めてリィタと交戦した時から始まっていた。
最近の彼女は段々とそれが顕著になっている。リィタの回避の念を読み取り、そこへ光子弾を撃ちこんでいるのだろうか。
少し嫉妬してしまう。現時点で、唯一彼女とやりあえるのはユウリだけだろうから。
(――なんて、普通の奴は考えるんでしょうね)
持っていたM950マシンガンをサブアームでウェポンラックに戻し、代わりにM13ショットガンを両手に構える。縦横無尽に動き回るヒュッケバインを冷静にレティクルに収め、引き金を引いた。
二丁の銃口から放たれる散弾はヒュッケバインの装甲を食い破ることはなく、大きく距離を離されるだけで対処されてしまった。悲嘆している暇はない。すぐにFCSの補正をし、再度照準を合わせる。
(相手の攻撃の念を読み取り、それに基づいて回避行動をしている……。全く、本当に反則としか言えないわ)
ユウリに教えてもらったことがある。――念動力者は未来予知をして攻撃を避けているわけでは無いと言う。
(――でも。相手は宇宙人でもなければ化け物でもない、ただの人間……。私が、当てられるタイミングを見逃しているだけ。本当ならいくらでも当てられているはず……!)
段々とソラに影響されてきたな、とフェリアは少し苦笑いを浮かべる。
どんな強い相手でも迷わず向かい、一パーセントでも勝機があればそこに全てを懸ける。そんな彼の姿に少しばかり影響されてしまったのかもしれない。こんなバカとも言える前向きな思考は、以前の彼女には考えられないことであった。
(せめて一撃。無理ならユウリの援護に徹底する!)
右手のショットガンの弾切れを確認し、銃を捨てたピュロマーネは代わりにM950マシンガンに持ち替え、引き金を引く。引き金を引いている間に左手のショットガンをガトリングガンに取り換え、弾幕を更に厚くした。
しかしこれだけやってもヒュッケバインはこまめに位置を変え、弾幕を掻い潜る。弾薬が切れる前に、フェリアはコンソールを叩き、サブアームを起動させる。
(試すのは初だけど……!)
バックパックに折り畳まれているサブアームが展開し、ウェポンラックに収められているM950マシンガンを掴んだ。両手による弾幕を形成し続ける中、サブアームが持っているマシンガンのトリガーを引く。
「……っぅ! 何、で……?」
フルオートで放たれたマシンガンの弾丸が、両手による弾幕を潜り抜けていたヒュッケバインの肩に数発着弾したのを確認すると、フェリアは目論見通りの展開に少し高角を吊り上げた。
(予想が当たった……と見ても、良いのよね?)
ユウリの言葉を一言一句正確に理解し、そしてじっくり飲み込んだ末に辿りついたリィタ対策とは今のサブアームによる一撃。攻撃の意思が濃い自分の手からの射撃を
(相手からの念を読み取ることに頼り過ぎるのは問題よね。ユウリにも言っておかなくちゃ……)
試みが成功したことを確信したフェリアは一度弾幕を中止し、後は弾薬を惜しむように消極的な射撃に切り替える。
今回の目的はリィタの撃墜では無い。ピュロマーネから遠ざかるヒュッケバインを見て、フェリアはニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「行きなさいユウリ!」
◆ ◆ ◆
「リィタさん! 少しで良いんです! 話を!」
「……人の心に、勝手に……!」
攻撃をいくらか被弾しながらも近づいてくるオレーウィユの姿に、リィタは少し動揺を隠しきれずにいた。先ほどから自分が何度も攻撃をしているにも関わらず、目の前の“レドーム付き”は反撃をほとんどしない。
それが、リィタには理解出来なかった。
「どうして……攻撃、してこないの……!?」
音声通信だが、つい“レドーム付き”に問いかけてしまった。
そんなことをした理由は分からない。自分じゃ分からない心の奥底に眠る“何か”がリィタを動かしていた。
「貴方と話がしたいからです!」
「私は……したく、ない……! 貴方は……誰……?」
向けられたビームライフル越しに、彼女の拒絶の思念が流れて来た。逃げることは簡単だが、今のユウリはそういうことをしたくなかった。
距離を離しながらだというのにリィタの射撃はどんどんオレーウィユの身体を削っていく。しかし臆せず、ユウリは距離を詰めるべく機体を加速させる。
「私はユウリ! ユウリ・シノサカ! 貴方はリィタさんですよね!?」
「私の名前を……!?」
リィタは少し恐怖していた。
いくら攻撃をしても、“レドーム付き”はほとんど反撃をしてこない。どこを狙っても“レドーム付き”は紙一重で避け、こちらに近づこうとしている。怖い……はずだった。
(あの人は…………誰?)
不思議な感覚に陥っていた。怖さの他に、どこか親しみを感じるような、そんな不思議な気持ち。
「分かりますよ! 他でもない! リィタさんが私を呼んでくれたんです!」
もしユウリがリィタより劣る念動力の持ち主ならば彼女の呼び声に気づくことはなかっただろう。だがユウリの念動力の強さはリィタと同等かそれ以上に成長しつつあった。
――引かれ合う。
ユウリとリィタの思念は言葉通り、互いが互いを引っ張り合っていたのだ。だからこそ、分かることがあった。
「リィタさん! 何で私を本気で殺そうとしないんですか!?」
「ッ! そん、なこと……!」
拒絶や恐怖といった思念を感じることはあっても、彼女から“殺意”を感じたことはなかった。自分に向かってくる殺意やその人が元々持っている悪意に反応し、リィタは攻撃を仕掛けている。
……そう、考えていたユウリはずっと殺す気のない射撃ばかりを行っていた。その結果がこれである。そして、そこから導き出される答えはたった一つ。
「リィタさん、貴方は怖いんです! 何もしなくても自分の命を狙ってくる全てが!」
「違う……! 私は……リィタは……! 私は――」
「――なら何故俺を殺さなかった!?」
ソラの怒声が流れ込んできた。
取得したブレイドランナーの映像を見たユウリは思わず息を呑む。
「そ、ソラさん! 機体が……!」
映像を取得したユウリは左肩から先が無いブレイドランナーの姿を見て、思わず息を呑んでしまった。
左側のカメラアイが溶け、脚部も半分溶けかかっている。それでもブレイドランナーは懸命にカームスのツヴェルクへ攻撃を仕掛けていた。
「ちょっとしくじっただけだ! それよりも! そこのヒュッケバインえ~とリィタだったか! 初めてお前が仕掛けてきたとき、お前言ってたよな! カームスが言っていた二人って! もう一人が誰かは知らんが、もう一人は俺なんだろ!? お前が好きなカームスと戦ったから、お前はそれが面白くなかったんだよな!?」
「ち、違う……! 違う違う……!」
ソラは半ば叫ぶように言葉を続ける。
「なら何故その憎い俺を殺さなかったんだよ!? お前にとって俺を殺すことは赤子の手を捻るより簡単だったはずだ!」
ソラの言葉に、ユウリが続く。
「リィタさん! 貴方は分かってたんです! どんなに攻撃しても、ソラさんは貴方を殺す気も、戦う気も無かったって!」
「ようやく分かったよ、ユウリがお前を助けたいって言った理由が! お前はホントは優しい奴なんだ! 本来、こんな戦いの道具なんかに乗ってていい奴じゃねえんだ!!」
「違う違う違う違う!!!」
コクピットの中でリィタはあろうことに操縦桿から手を離し、頭を抱えていた。ソラとユウリにぶつけられた真っ直ぐな思いを感受してしまい、もはや機械のように言葉を繰り返すだけ。
――逃げたい、怖い、嫌だ。
リィタの負の念が増し始める。
――瞬間。コクピット内のあらゆるモニターが『Caution』の単語で埋め尽くされ始める。それに合わせるように、座席後部に備えられていた『PDCシステム』の稼働率が上昇し、システムの一部が赤く光り出した。
大きな思考の波が押し寄せて来た次の瞬間、リィタは自分が抑えきれなくなった。
「嫌あああああああああ!!!」
「っ痛……!! リィタさん!? どうしたんですか!?」
先ほどまでの洗練された動きはなく、ただ手当たり次第に持っているライフルを乱射している姿はどこか苦しそうで。
ユウリはあらゆる負の感情が膨れ上がり、身体全体に叩き付けられたような感覚に一瞬陥った。リィタの暴走はその
今のリィタの状態はハッキリ言って異常であった。その怨念はリィタからでは無く、あの機体の
機体の動きを止めようとフォトンライフルを構えた瞬間、オレーウィユのセンサーはカームスの声を捉えた。
「――今までご苦労だったなリィタ。お前の役目は今……終わった」
無機質な、そんな声を。
◆ ◆ ◆
「おおおお!!」
ソラは正直今こうして戦えていることが奇跡でしょうがなかった。
ツヴェルクによる胸部からの砲撃に気づいた直後の行動は、もう一度やれと言われたら絶対無理と自信を持って答えられた。
ブレイドランナーのスラスターのリミッターを外し、人間が耐えられる以上の速度を獲得して、何とか射線上から飛び出せたは良いモノの、その代償に逃げ遅れた左半分は持って行かれてしまった。ここまで来ると、左半分へのエネルギー供給カットに躊躇いは感じない。
片側の頭部バルカン砲や射撃形態にした右手のシュトライヒ・ソードでひたすらツヴェルクの頭部や関節部を攻撃していたが、そろそろ弾切れを迎え始める。
しかしそんなことよりも、今はユウリが気になっていた。
(言いたいことは言ったんだ。あとは頼むぜユウリ)
今度はビーム展開をしないシュトライヒ・ソードで斬り付けに行こうと考えた次の瞬間、リィタの悲鳴にも似た悲痛そうな叫びを聞く。
「な、何だ!? おいカームス! あの子どうしたんだ!?」
「……PDCシステムがリィタの思念を受け止めきれなくなったのか」
ボソリと聞こえたカームスの言葉に不穏なモノを感じたソラは怒鳴るように問い詰める。
「PDCシステムって何の事だ!? って、今はそんなことどうでも良い! 早くあの子を引かせろ!!」
「……それほどにリィタの感情を揺さぶることの出来る人間が、いる」
無視し、カームスはぶつぶつと喋り続ける。
「……なるほど。なら、決まりだな」
行動を停止したツヴェルクが、錯乱したように辺りへ攻撃しているヒュッケバインへ盾部を翳した。
「何を!?」
「――今までご苦労だったなリィタ。お前の役目は今……終わった」
そう告げると同時に、盾部から集束でもしたのだろうか、細い閃光が二度放たれた。ソラが注意を促すよりも早く、閃光はヒュッケバインのバックパックと両脚部を撃ち抜く。テスラ・ドライブ部を破壊されたヒュッケバインが飛行能力を失い、どんどん下の海へ高度を落としていった。
「かー……むす?」
本当に意外そうな声を一瞬だけ漏らし、通信が途切れた。……途切れてしまった。
「…………おい、お前今何した?」
「“剣持ち”のパイロット。あのパイロットはもう用済みだ。だから――」
「…………お前を慕っていたみたいだぞ? そんな子に今、何した?」
「お前にとっての敵が消えたんだ。――喜べよ」
ソラにとっての、最後の
「――だから何をしたんだと聞いてるんだカアアァァァァァァムウウゥゥゥゥス!!!!!!」
ソラは既に、頭に血が上り過ぎて、自分で自分が抑えきれずにいた。
機体の損傷なんかもはやどうでも良い。気づけばシュトライヒ・ソードの出力を最大にし、ソラはふらつく機体を強引に抑え込んでツヴェルクへ突進していた。
対するツヴェルクは動かず、真正面から待ち受けている。
「味方でもあっさり切り捨てるのがお前らSOのやり方なのか!?」
「違うな! 俺のやり方だ!」
渾身の一撃を盾で防ぐツヴェルク。強引に押し切る為、ソラはメインスラスターのリミッターを再度外す。無くなった左半分からはもちろん、ブレイドランナーの至る所から火花が出始めていた。
完全に無茶な動きである。だが、それでも押し切れない。
「なら貴様は俺の敵だぁあああ!!」
「思い上がるな若造がァ!!」
唐突に盾の角度を変えられ、ぶつかりあっていたシュトライヒ・ソードは盾の表面を滑るように、明後日の方向へ滑りきってしまった。
「しまった……!」
「貴様は俺の敵ではない!!」
がら空きのブレイドランナーへ迫るツヴェルクの鉄塊。操縦桿を倒し避けようと思った刹那、視界がブレた。
(嘘、だろ……!?)
今まで無茶してきた代償が返ってきたのだろう。
ここぞという時に、腕と足の感覚が一瞬だけ無くなってしまうという最大の不覚。
「ソラ!! 回避を! ソラ!!」
「ソラさん!! 早く逃げて!!」
ほんの一瞬だけ、フェリアとユウリの声が聞こえたような気がする。
(……フェリア? ユウ、リ?)
――その直後、拳と言う名の鉄塊がブレイドランナーの胴体へ突き刺さる。