スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第十九話 単純明快、されど苦難の道で

「う~ん……」

 

 格納庫の片隅でソラは一人悩んでいた。

 小さなコンテナに座って頭を抱えるソラの姿は整備士たちの好奇の視線に晒されていたが、当の本人は全く気付いていない。

 考えていたのは昨日のユウリの一言。

 

『もし次にあの濃紺のヒュッケバイン……リィタさんが出て来たら私、投降するように説得したいです!』

 

 実はこの後に、まだ続きがあった。

 

『宇宙での戦いの時、あの子言ってたんです。“タスケテ”って。だから私、あの子を助けたいんです……!』

 

 ユウリと親しいので、乗ってくると思っていたフェリアはその意見に否定的だった。

 兵器プラントを単騎で制圧出来る危険なテロリスト相手にそんな生温いことをすれば死ぬリスクが跳ね上がる、というのが理由である。

 それはそうだと思った。漫画やゲームの世界では百パーセント成功するが、実際はそんなのは聞き流されて攻撃というのが普通だろう。

 

「すげーよな、あいつ……」

 

 もちろんフェリア的にはユウリに協力したい気持ちでいっぱいのはずだ。しかし、フェリアは心を鬼にした。

 熱し過ぎた鉄板に冷や水をぶっ掛ける役割をあえて買って出たのだ。賛成一、反対一、となるとあと決断しなくてはならないのが一人。

 

『ソラ君、後は君が決めるんだ。撃墜にするにしても、説得するにしても、方針を固めなくては成功するものもしない』

 

 ラビーはソラに全てを委ねた。一人の命を奪うか、自ら含め全てを危険に晒すか。

 

「決められるかぁ!」

 

 ――今日一日。

 これがソラに与えられた猶予だ。この答えで方針が確定され、これからの作戦が決まってくる。

 だというのに、未だに頭の中がグルグルしていた。ライカに相談してみれば――先ほどからソラの頭にはそんな案しか浮かんでこないが、それだけは選べない。

 リィタの件は第五兵器試験部隊の個人的な問題だ。

 それに、ライカを巻き込むことはいけないと思うし、ラビーもそれは許さないだろう。

 

(あぁ……くそ、変なことしか頭に浮かばねえ)

 

 ソラはとりあえずリィタを説得することのメリットを考えてみた。

 リィタの戦闘力は間違いなく自分らより上であり、もし上手いこと入ってくれたら連邦に取って大きな力となるだろう。

 それに、ユウリが喜ぶ。あとはSOの情報を聞き出せるかもしれない。

 まだまだ考えられることがあるが、ソラは次に撃墜することのメリットを考えてみることにした。……デメリットはあまり考えないことにしているが。そんなことを考えたら益々泥沼だ。撃墜すればSOの戦力を大幅に削ることが出来る。

 それは説得することによっても生じるメリットだが、あえて挙げてみた。撃墜した機体の残骸を解析すればどこの兵器メーカーが手を加えただとか、通信記録によるアジトの場所や組織の規模が分かるかもしれない。

 そこまで考えて、ソラはまた頭を抱えた。

 

「どっちも同じじゃねえか!」

 

 大体、と頭を抱えたままソラは自分と言う人間を思い出してみる。

 

「そんな事を考えるのは俺らしくねえよな……」

 

 損得を考えて動くタイプではなかったソラは結局、振り出しに戻ってしまう。

 説得するか、撃墜するか。また思考の海に落ちようとするソラは自分に近づいてくる影に気づいていなかった。

 

「……何、してるの?」

「ん……?」

 

 足元、膝、胴体、そして顔へと視線を上げていったソラは見覚えのある顔と目が合った。

 

「おう、リビーか」

「……だから、名前を呼ばれるほど親しくなった覚えはない」

 

 煤と油に(まみ)れていたつなぎ姿のリビーがそう言って、目を細め、あからさまに不機嫌顔となった。手にはスパナが握られており、まさに“作業中”と言った様子である。

 ソラの言葉も待たず、リビーは彼の座っていたコンテナを指さす。

 

「……どいて、その中の物を取りたい」

「わ、わりい。今どくわ」

 

 すぐにリビーはコンテナを開け、何やらコードやら鉄板のようなものを取り出した。さっさと離れるのかと思っていたら、リビーがぽつりと一言。

 

「……さっきから皆見てるけど、何でこんな隅にいるの?」

「皆って……ゲッ!」

 

 ソラはすぐにリビーの言っていることが理解できた。自分が頭を抱えたり、悶絶しているところをさっきからチラッチラッ見られていたことに気づき、ソラは顔から火が出そうだった。

 

「ま、まじか……」

「……うるさい。さっきから気が散って作業に集中できないんだけど」

 

 リビーが親指で指したのは横一列に並んでいるソラたちの機体であった。割と近い所にいたんだな、と思いつつ、ソラはふと気づく。

 

「ん? その言い方だと、お前も見てたのか?」

「……別に。そんなことは、ない」

 

 更に不機嫌顔になった気がするが、理由を聞いたら怒られそうだったので、ソラはとりあえずこれ以上触れないことに決めた。その代わり、と言っては何だが少しリビーに話を聞いてもらうことにした。

 

「なあリビー。例えば、話しあえば争いを止めてくれそうな人がいて、その人に話し合いを持ちかけるかそれともやっぱり危険だから戦うか選ばなければならなかったとしたら、どっちを選ぶ?」

「……それだけの情報だったら、戦うことを選ぶ」

 

 不思議な言い回しに、ソラはつい聞かずにはいられなかった。

 

「それだけって?」

「……その人の事が良く分からないから。向き合えば、意見が変わるかもしれないけど。機体と同じ」

「機体がか?」

 

 そのソラの言い方にムッと来たのか、リビーが彼の腕を掴み、立ち上がらせる。そのまま第五兵器試験部隊の機体の所まで引っ張ると、そこで彼女は掴んでいた手を離す。

 いい加減何のつもりか聞こうと、口を開きかけたソラの言葉を遮るように、リビーは唐突にオレーウィユを指さした。

 

「……どう見える?」

「どう見えるって……新品同然の綺麗な状態に整備されているな、と」

 

 するとリビーはオレーウィユの腰辺りに指を動かす。

 

「……実はオレーウィユの腰骨に当たるフレームが少し歪んでいるの。あと細かい所で言うなら、手の甲の装甲板が凹んでいたりする。小さなデブリにでもぶつかったんだと思う」

 

 リビーの言ったとおり、手の甲が少しだけ凹んでいた。綺麗だと思っていたが割と傷だらけのようだ。

 

「すっげえな……良く分かるなこんな細かいところ」

「……ずっと見ているから、当然」

 

 心なしか少し得意げにリビーは言った。

 ただ見るだけでは無く、一切の妥協なく機体と向き合っているからこそ段々分かってくる、そう締め括ったリビーの言葉を目を閉じ、噛み締めるように心に刻むソラ。

 

「人間も同じ……って、ことか?」

「……そう。しっかり向き合えば機体は必ず答えてくれる。もちろん、人間も。向き合うかどうかは、君次第」

 

 ……ようやくソラは今まで渦巻いていたモヤモヤの正体が分かったような気がした。メリットがどうとか、リィタを撃墜するか説得するかどうかすら、そんな難しい話は他の人達が考えてくれることだ。

 今の自分に求められているものとは実にシンプルな選択。

 

 ――リィタと言う人間と向き合いたいか、向き合わないか。

 

 たったそれだけの話だった。気づけばソラは立ち上がっていた。

 今まで自分が悩んでいたことがあっさりと解決してしまい、少し己の単純さが不安になったが、それは後でゆっくり反省することにする。

 まず、やらなくてはならないことがあった。その前に、とソラはリビーの手を握る。

 

「な、何……? 私の手、今油と煤(まみ)れなんだけど」

「それがどうした? そんなことよりも、サンキューな! ようやくこの変なモヤモヤが解消されたわ! 今度何か奢らせてくれ!! それじゃ!」

 

 リビーが何か言う前に、ソラは足早に格納庫から走り去ってしまった。

 随分騒がしい人だと、呆れつつ、リビーはふと自分の手に視線をやった。

 

 ――それがどうした?

 

 そんなことを言ってくれたのは今のが初めてだな、とリビーは思い起こしてみる。ずっと機械に触れ続けた証拠とも言える荒れた手には細かな傷がいくつも付いており、女性らしさというものはどこかに置き忘れてきてしまっていた。

 リビーは気づけば、女らしくないこの手を何の気にもせず握った男の名を呟いていた。

 

「……ソラ、カミタカ」

 

 ソラに握られた手には、まだ微かに彼の温度が残っている。

 その一部始終を見ていた整備班の先輩がリビーへ一言。

 

「お、やったなリビー。とうとう春が来たか?」

「――ッ!? ち、違い、ます……!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「それで、ソラ君。私達をここに呼んだということは決まったということで良いのかな?」

 

 ソラはすぐにいつも使っているブリーフィングルームにフェリア達を呼び出した。理由はもちろん決まった答えを報告するため。

 ユウリが不安げにソラを見ていた。答え次第では、本腰を入れてリィタと戦わなければならない為である。

 フェリアは何も言わず、ジッとソラを見つめていた。

 

「はい。待たせてすいませんでした」

「いや、良いさ。それじゃあ答えを聞かせてもらおうか」

 

 もうソラには迷いはなく、自然と言葉が溢れてきた。

 

「俺、ずっと悩んでいました。説得するか、撃墜するかずっと……。どっちを選ぶにしても、メリットはほぼ同じだし成功するかも分からないし。だったら、何も考えずに戦った方が良いんじゃないか? そうも考えました」

「そうだな。正直言うと、どちらを選んでも旨みは同じだ。だから私はユウリ君の提案をすぐに却下せず、選ばせた。言葉は悪いが、どちらでも良いからな」

「そうです。どちらでも良いからこそ、フェリアは冷静な視点でユウリの提案に賛成しなかった。……説得することによって生じる隙を突かれない保証なんてどこにもないですからね」

「ええ、そうよ。敵がユウリの説得に聞く耳持たず攻撃してくるどころか、その優しさにつけこむ人間だったら、と考えたら反対せずにはいられなかったわ」

 

 フェリアは、少しばかりソラを見直していた。ソラが言っていたことは自分の反対理由と一字一句同じであったから。

 なら、とフェリアは目を細める。

 

「どうしたいの?」

 

 これ以上の言葉は不要であった。自然と拳を握っていた。

 

「――リィタって人間と向き合いたい。ただ話すんじゃない、ただ戦う訳でもない。しっかりと向き合った上で、投降するか呼び掛けたいんだ」

 

 それがソラの出した結論。

 顔にこそ出さなかったが、フェリアは予想通りの言葉に内心苦笑していた。ラビーも同意見だったようで、薄い笑みを浮かべている。

 

「なるほど、な。つまり君は一番危険な道を選ぶと、そう言うことなんだな? ユウリ君の提案通りただ説得したほうが良いのかもしれないぞ?」

「それじゃ駄目なんです。ぶつかりあってでも、そいつの剥き出しの感情と向き合わなければ意味が無いんです。そうじゃなければ、俺が後悔します。損得勘定なんて抜きで、そいつと向き合いたいから向き合うんです。フェリアとユウリには悪いですが、巻き込まれてもらいます」

 

 ここまで言ってソラはこれが却下されたらどうしようかと一瞬すごく不安になったが、フェリアとユウリの表情を見ると、それは杞憂だったと安堵する。

 

「ソラさん! ありがとうございます! 一緒に頑張りましょうね!」

「おう! フォローは任せろ!」

「……全く、こうなるんじゃないかと思ってたわよ」

「悪いな、フェリア。貧乏くじを引いてもらうわ」

「……やるからには徹底的にやるわよ」

「もち!」

 

 すぐさまソラ達は具体的なプランを考え始めた。……後で分かったことだが、ラビーは撃墜前提のプランを全く考えていなかったという。

 考えていたのは説得前提のプランとソラの出した一番難しい案の二つだけ。むしろ撃墜で意見が纏まったらどうしようかと少し不安になったとも言われたので、つくづくソラは周囲に恵まれているなと感じた。

 

(……やってやる)

 

 ――だが、ソラ達はまだ知らなかった。リィタという少女との戦いが、意外な結末で終わることを。


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