スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第十七話 戻ってきた地上で

「いや~! やっぱ宇宙より地上だな!」

 

 宇宙で苦い経験をした二日後、ソラ達は伊豆基地へ帰還していた。

 理由は実に単純なものだ。元々対ヒュッケバインの為に呼ばれていたので、その相手が居なくなった今、ソラ達はもういる理由がなくなった。

 早々に任務が解かれ、地上へとんぼ返りをするはめになったので、ラビーやフェリアは憤っていたが、ソラにしてみれば、慣れない場所で何日も過ごすよりはマシである。

 憤っているフェリアに関しては、元々スペースコロニー出身だったことを考えれば、その心中は推して知るべし、と言ったところ。いち早くブレイドランナーを格納庫に戻したソラは機体から降り、大きく伸びをする。

 

「……どいて。整備の邪魔」

 

 冷や水をぶっかけられたような、やけに冷たい声。振り向いたソラは思わず息を呑んだ。

 

「……何?」

 

 自分と同年代くらいだろうか、つなぎ姿の美少女がそこにいた。

 警戒しているのか、切れ長の瞳は細く研ぎ澄まされ、口はへの字になったまま。何より目を引いたのは短い銀髪であった。見る者全てを釘づけにする魅力がそこに込められているように感じる。

 ずっと見ていたソラの視線が不愉快だったのか、女性は視線を逸らし、彼を横切った。

 

「あ、わ、悪いな」

「……良い。それよりもどいて。作業の邪魔。さっさと仕上げたい」

 

 言うとおり横に移動すると、彼女はその空いたスペースをズンズン歩いて行く。何気なく彼女の後ろ姿を眼で追っていると、その目的地を見て、ソラは思わず声を出した。

 

「って! お前、俺のブレイドランナーに何する気だよ!?」

 

 ブレイドランナーの足元まで来た彼女が手にしていた工具箱を地面に置くまでは良い。だが、その中からやけに手馴れた様子で目的の道具を掴んで、ブレイドランナーの足元のメンテナンスパネルを開いてガチャガチャやり始めてしまっては口を出さずにいられなかった。

 すると、彼女は鬱陶しそうに、空いている手でソラを追い払う仕草をする。

 

「……静かにして。何回も言っている。作業の邪魔」

「いやいや! お前誰だよ!? 人の機体を勝手に弄って!」

 

 ソラの質問攻めに動じることはなく、代わりに女性は意外そうな表情を浮かべる。

 

「……これ、君の機体? 膝関節の摩耗が酷過ぎて、てっきりこの機体に慣れていないパイロットが乗っているかと……」

「なっ……!」

 

 図星を突かれて思わず言葉を失うソラ。

 確かにこの機体に乗ってまだそんなに経っていないが、一目見ただけでそれを看破されるとは思わなかった。だが、ソラにも意地がある。

 ヒクつく顔を何とか自力で抑え込みながら、彼女へ反撃する。

 

「お、お前にここ、この機体の何が分かるんだよ……?」

 

 随分な威勢の良さに、自分で自分が情けなくなる。そんなことに気づいた様子も無く、メンテナンスパネルを一旦閉じた女性はブレイドランナーを見上げ、ぽつぽつと語り始めた。

 

「……量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ“ブレイドランナー”。近接戦闘に強く調整されていて、装甲と加速力を重点的に強化されている。高い加速力とメイン武装であるシュトライヒ・ソードを組み合わせた強襲戦法が出来るのが強み。弱点は上半身の関節」

 

 それはラビーにも言われたことが無いポイントであった。つい意地を張るのも忘れてしまう。

 

「上半身? 何で?」

「……パイロットよね? この機体の」

 

 ずっと冷たい声が更に冷たくなったような気がした。

 

「は、はい……」

「……まあ、良い。内蔵式の武装でずっと戦うならまだしも、この機体はシュトライヒ・ソードっていう長物、しかもある程度重量がある実体剣を振り回す」

「そう、だな……」

「……問題。バットを全力で振り続けるとどうなる?」

 

 彼女の問いに、ソラは視線を空中に彷徨わせた。

 まずイメージをしてみる。バットを持ち、ずっと振り続けてみた。そうすることで、自ずと答えに辿りつく。

 

「肩とか肘が痛くなってくるな、腰とかも」

「……そう。射撃主体の機体に比べて、接近戦主体の機体は上半身に負担を掛ける機会が数多くある。だから、しっかりとしたメンテナンスをしないと関節が耐え切れなくなってへしゃげることもあり得ない話じゃない」

「な、なるほど……」

 

 実に分かりやすい説明に、もうソラは見栄を張るとかそういうポーズを取ることをすっかり忘れていた。

 

「そういうことだから、もうどいて。……それとも、今格納作業中のピュロマーネとオレーウィユについても話す?」

 

 さっきまでのソラならば是非とも促しているところであったが、彼女の知識量を考えると、こちらがこてんぱんにされる可能性しか考えられなかったため、丁重にお断りしておいた。

 

「……そう」

 

 どことなく残念そうな表情になったのはきっと気のせいだろう。

 

「……もう、良い?」

 

 本人は早く作業に戻りたいのか、さっきから工具箱をチラチラ見ていた。よほどこのブレイドランナーを弄りたいのだろう。そこまで来て、ようやくソラは気づいた。

 というより、最初からまずその可能性を考慮して然るべきであった。

 

「……な、なあもしかしてあんた――」

「おお、ソラ君。もう機体を仕舞っていたか」

 

 穏やかな声なのに、未だに慣れないのは本当に不思議で堪らない。

 そんなことを考えながら、ソラは後ろに現れていたラビー博士へ振り向いた。

 

「ラビー博士、いきなり現れないでください」

「ああ、それは失礼。ソラ君が私の妹と話していたからつい、ね」

 

 “妹”。

 ラビーから発せられたその単語がソラの頭に何度も反響する。不機嫌そうな女性と、ラビーの顔を二度三度見比べ、ラビーのくっきりした凹凸ボディと女性の凹凸無しボディもついでに見比べ――叫ぶ。

 

「い、妹ぉぉ!?」

「……お(ねえ)。本当にその人に、お姉の機体を任せるの?」

 

 ラビー妹は一段と不機嫌そうな表情を浮かべ、姉へ非難めいた視線を送るが、当の姉は一刀両断。

 

「ああ、もう決めてある。だからリビー、そう不貞腐れるな」

 

 思えば、目の前の少女と後ろの長身美女には所々似ているところがあったな、と今更ながらにソラは気づいた。例えば先ほど彼の視線を釘づけにした銀髪。

 その美しい銀髪はラビーも持っていたものである。煙草を咥えていなければもっと映えるのに、何て思ったりもしていたのに何故気づかなかったのだろう、とソラは内心苦笑する。

 良く言えば退廃的な雰囲気を醸し出すミステリアスな女性、悪く言えば柄が悪い女性という極端な評価といったところだろう。

 しかし今挙げたのは二人の本質のごく一部。はっきり姉妹と分かる共通点は、一目瞭然であった。

 

(随分熱が入った眼でPTを見るよなぁ二人とも)

 

 一切の妥協なくPTの全てと向き合おうとしている“眼”だ。

 今更ながら、ソラは恥ずかしくなってきた。そんな真面目な者に、自分は何とつまらない態度を取ってしまったか。

 

「えっと、リビー……さん?」

「リビーはソラ君と同い年だ」

「あ、そうなんすか。じゃあリビー」

「……気安く名前で呼ばれる仲になった覚えはない」

「あ、そうか……。まあ、何というか、さっきまで変に突っかかったりして悪かったな。この通りだ」

 

 そう言ってソラは頭を下げた。すんなり頭を下げられるとは思ってなかったリビーは何と返して良いか分からず、何も言えなかった。

 一言で言ってしまえば、リビーは人付き合いが苦手な類いの人物である。

 昔からぶっきらぼうな喋り方故に、親しい友人は片手で数えるほどしかいない。とにかく喋るのが苦手だった彼女は唯一の趣味である機械いじりで培ったスキルが活かせるPTの整備士となった。

 黙々と、必要最低限の事のみやり取りすれば良いこの職業はまさに、彼女の天職とも言えた。

 

「……顔、上げて」

 

 何とか絞り出せたのがこの言葉である。

 本来ならもっと気の利いた言葉の一つでも言えればいいのだろうが、これがリビーにとっての精一杯。しかしそのことを察した様子もないソラはとにかく安堵した。

 

「よ、良かった~……」

「ふむふむ、てっきりフェリア君でキツイ性格の女性の扱いは完璧だと思っていたんだが……」

「何を言ってんすか何を。お、ピュロマーネとオレーウィユの格納が終わったみたいだな」

 

 フェリアとユウリが昇降機を操作している様子が見えた。

 時折、二人が並ぶと仲のいい姉妹のように見えてしょうがない。宇宙に上がった時に聞いたあの妙なマニアックな会話のせいだろうか、いやきっとそうだろう。

 

「狼我旋風ウルセイバー……って、一体何を言っているんだ俺は」

「さて、ソラ君。リビーがそろそろ本気で機体を弄りたくてウズウズしている頃だろうから私達はフェリア君達の所に行こうか」

「はいっす。それじゃ、よろしく頼むぜリビー」

「……だから気安く呼ばないで」

 

 フェリア達の元に歩いていく途中、ラビーが何故か腹立つ微笑みを浮かべた。

 

「随分女性には困らないようだなソラ君」

「……突然何すか?」

「いやいや。思えば、君の周りは女性しかいないな、と思ってね」

「博士が集めたからじゃないですか」

「まあ、そうとも言えるな」

「え、この部隊って男入らないんすか?」

 

 ずっと怖くて聞けなかったことをついに聞いてしまった。

 実は第五兵器試験部隊に入ってからソラは同性の同僚と話す機会が無くなってしまっていた。カイ少佐に怒鳴られて以降、敵の同性としか会話していないような気がする。

 一瞬、ライカ絡みで同性と接した気がするが、それは置いておこう。思い出しても楽しくない思い出である。

 

「それは君……暗に、私に四機目を作れというメッセージか何かかな?」

 

 ソラの予想通り――主に最悪な方向で――ラビーは首を傾げた。

 

「ですよねー」

「まあ、それは冗談としても。四機目は考えていなかったな」

「へー博士の事だから、かなり考えていると思ってましたよ」

「ああ、考えているのは三機のバリエーションだ」

「へ? あれで完成じゃないんですか?」

「まさか。データは尖っていれば尖っているほど削り甲斐があるんだ。妥協はしないで行くよ。そうだな……目標はメイシールのシュルフツェンという所かな?」

 

 出された機体は敬愛するライカが駆る灰色の亡霊であった。一緒に戦ったことは数回しかないが、縦横無尽に暴れまわる様は圧倒的で。すっかり時代に置いていかれた機体、と侮るにはまだまだ先が長いように見えた。

 

「ブレイドランナーがライカ中尉の機体性能に追いつく頃には俺もそれなりの腕になってんのかねぇ」

 

 ラビーが立ち止まる。

 そして次に言われた一言で、ソラは改めてライカの技量を思い知らされることとなった。

 

「何を言っているんだ? 総合性能ではブレイドランナーの方が勝っているぞ」

「……へ?」

 

 脇に抱えていた端末の画面を見せてもらうと、二つのレーダーチャートが並べられていた。一つが大きく整った多角形になっていて、もう一つが小さいが二点だけ極端に伸びている歪な多角形となっている。

 しっかり見たのを確認したラビーが歪な方の説明をしてくれた。

 

「こっちの歪な方がライカ中尉のシュルフツェンで、整っているのがブレイドランナーだ」

「……嘘ですよね?」

「本当だ。元となっている機体からして基本性能が違うしな」

「それでアレなんすか?」

「アレだよ。ちなみに初めて現物を目にしたとき、正直私は引いた。あんなパイロット殺し、ATXチームのアルトアイゼン・リーゼの他にあるとは思わなかった、あの時ばかりはメイシールもついに薬物に手を出したのかと戦慄してしまったよ」

 

 シュルフツェンと言う機体は本当にパイロットへの負担が考慮されていない相当なじゃじゃ馬らしい。

 機体各所のスラスターを用いた強引な戦闘機動の補正、パイロットに負担を掛けるほどの爆発的な推進力を与えるスラスターユニット、癖のある白兵戦用兵装。劣る性能をそれ以上の無茶で覆い隠している機体、というのがラビーの評価である。

 

「ら、ラビー博士が引くってよっぽどですね。……ていうか、それに乗っているライカ中尉って……」

「正直、何で死んでいないのか不思議なくらいだ。冗談抜きで内臓の位置変わっているんじゃないか?」

「……ち、ちなみに俺が乗ったらどうなりますかね?」

 

 ラビーは視線を宙に彷徨わせ、脳内で計算を始めた。シュルフツェンの性能とソラの操縦技術を考慮し、簡単なシミュレートを何回か行う。

 そうして弾き出された答えは実にあっさりとしたものであった。

 

「喜べソラ君。二割の確率で残りの人生ベッドの上だが、八割の確率で車椅子生活だぞ」

「死ななきゃ幸せなレベルって何なんすか」

「実戦レベルでアレを動かしたいならまずは特訓をしたまえ。具体的には車に正面衝突されろ。あとは――」

「俺が悪かったです! すいません!!」

 

 これ以上聞くのが怖くなり、フェリア達までもうすぐそこまで近づいていたので、そこでライカとシュルフツェンの話を打ち切った。精神衛生的にもベストな選択であると、ソラは強引に己を納得させる。

 

「……どうしたのよソラ? えらく顔が真っ青だけど」

 

 どうやらフェリアにはお見通しだったようで、怪訝な表情を浮かべていた。理由を言う気になれなかったソラはとりあえず笑って誤魔化しておくことにした。

 ふとソラは気づいてしまった。俯き、何かを迷っているようなユウリに。

 

「ユウリ? どうした?」

「え……と」

「言いたいことがあるなら言いなさい? 言わなきゃ伝わるものも伝わらないわよ?」

 

 フェリアの後押しを受け、ユウリも腹を決めたのか、唇をきゅっと引き締めた。

 

「もし次にあの濃紺のヒュッケバイン……リィタさんが出て来たら私、投降するように説得したいです!」

 

 覚悟を決めたユウリの口から飛び出したのは、まさかの宿敵への説得意志であった。


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