スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第十一話 無知の悲劇

 食堂に着き、トレイを手に、ライカと共に席に座ったソラは呆然としていた。目の前の光景に、いや正確にはテーブルに乗せられた食事の量に。

 

「えっ、と。ライカ中尉?」

「ふぁい。なんでひょうか?」

 

 口をモグモグさせながら喋るライカに、食事のマナーを突っ込みたかったが、あまりにも“様”になっていたので触れることすら出来なかった。

 そうしている内にまた一つ、カツサンドがライカの口の中に消えて行く。

 

「け、けっこう食べるんですね……?」

「ええ。テロ屋時代は不味いレーションくらいしか食べられなかったんで、ここは天国ですよ。あっはっは」

 

 少しだけ聞き流せない単語が出たことにより、ついソラはカレーライスを食べる手を止めた。

 

「て、テロ屋……? テロ屋ってあのテロ屋ですか?」

 

 途端、咀嚼を中止したライカは、何食わぬ表情で一言。

 

「……忘れてください。今のは貴方が見た夢です」

「は、はあ……」

 

 有無を言わせぬ態度に、思わず生返事をすることになったソラ。

 そんな彼をジッと見つめるライカの眼が変わった。

 

「ところで、貴方は何か悩み事があるようですね」

「……分かりますか?」

「ええ。ちょっと話してみてくださいよ。もしかしたら気分転換になるかもしれませんよ?」

「……そうっすね」

 

 気づけばソラは話していた。

 初めての実戦の事、カームスのこと、濃紺のヒュッケバインの事。部隊内で操縦技術が低いことまでも話してしまった。

 ライカはただ聞いているだけ。相槌を打つことも無く、ただ聞くだけ。そんな彼女だからこそ、ソラの口は閉じることを知らなかった。

 余りにも聞き上手だったので、意識しなければどうでも良いことまで喋ってしまいそうになるのでソラはようやく口を閉じることにした。

 聞き終えて、ライカはただ一言。

 

「――すぐに結果を求めなくても良いと思います」

「……へ?」

「その類の悩みは全員等しく、誰もが通る道です。むしろ、ようやく戦う者としての第一歩を踏み出せたとすら私は思っています」

「い、良いんすか? てっきりこんなくだらないことで悩んでいるのは俺だけだと……」

 

 その言葉に、ライカは人差し指を向けた。

 

「そう。貴方も思うはずです。どうして俺はこんなことで悩んでいたんだろうって。だから、今はその悩みを十分に“楽しみなさい”。考え方を変えるだけで、世界は色んな風に姿を変えますよ」

 

 ソラは何故か震えた。

 自分がこんなにも悩んでいた事柄に、斬新な視点を与えてくれた。苦しむのではなく、楽しむ。当然、実際に行動に移すのは相当難しいだろう。

 しかし、それでも“そういうことをしても良いんだ”、と思わせられた。

 

「……ありがとう、ございます。俺、ちょっと考え過ぎていたみたいっす」

「いえいえ。さ、食べましょう食べましょう。というか貴方はその程度の量のカレーライスで満腹なのですか? 私ならあと、五杯はいけますね」

 

 そう言いながら、今度はミートソーススパゲッティに手を出すライカ。

 ここまで一緒にいておいて何だが、ソラはライカの印象が百八十度変わったように感じた。もちろんがっかりしたわけではない。むしろ……。

 

(むしろそれが良い! 変に小食な人よりこういう人が良いよなぁ!)

 

 テンションが上がっていたソラであった。

 ライカが次のラーメンに手を伸ばそうとした瞬間、その腕を何者かが掴んだ。掴んでいる腕の元を見たソラは、思わずスプーンを落としてしまった。

 

「…………へ?」

「……あまりガツガツ食べないでもらえますか? 最近、“私”が大食いだという噂が流れているんですが」

 

 そう言って、後頭部で髪を縛っている“ライカ”がライカのラーメンを取り上げた。

 

「ガツガツとは失礼な。腹が減っては戦が出来ないでしょーが。基本ですよ、き・ほ・ん」

「そんな基本は今すぐゴミ箱にぶち込みなさい。……ソラ、フウカに何もされませんでしたか?」

 

 氾濫したダムのように、色んな新事実がどんどんソラへ流れ込み、頭がオーバーヒートしかけていた。それに気づいたライカは、ソラたちの席に座る。

 

「……え、え? ライカ中尉が……二人!?」

「……すいません、順番に説明させてください。結論から言いますと、今貴方が喋っていたのは私の……“妹”のフウカです」

「どうもフウカ・ミヤシロです」

「いも……!? ライカ中……フウカ中尉!? いも、いももも、妹ぉぉ!?」

 

 何故、妹と言うまでに“間”があったのか分からないが、今はそんなことよりも大事なことがあった。

 何とか自分の頭で出来うる限りの整理を終え、ソラは確認するように呟く。

 

「えっと、こっちの髪下ろしているほうが、フウカ中尉?」

「いえーす」

「それで、髪を縛っているのがライカ中尉?」

「はい。何だか、騙したようで申し訳ありません」

 

 なるほどなるほど、とソラはカレーライスを一口食べ、コップの水を飲み干す。

 今日は辛口だからか、水がやたらに美味い。完全に思考をクールダウンさせたあと……一気に感情を爆発させる。

 

(すげえええええええ!!! 夢の展開がきたあああああ!!! 神は居た!!! 居たんだぁーーーー!!!)

 

 もはやフウカに悩みをぶちまけていたというのも過去の話。

 今はこの夢の展開にひたすら悶えるソラであった。

 こうしている間にもソラの顔は無表情一色。

 当然だ、そうでなければとても他人様にお見せできる顔ではないからだ。

 

「ま、まさか二人して教導隊ですか?」

 

 その質問に答えたのはフウカであった。

 

「いえ。私は情報部とメイシールの機体開発チームの兼務です。ライカに比べたら楽なもんですよ」

「そんなことありませんよ。慣れれば教導隊は一番やりがいある職場です」

 

 ソラからしてみれば、どちらも相当にハードな職場と噂されている部署と機体開発チームの二足の草鞋となのだから驚愕に値する。

 少々ソラは失礼な質問をしてみた。

 

「あの~すっげえ失礼な質問なんですけど、ライカ中尉とフウカ中尉、どっちが強いんでしょうか……?」

 

 我ながら子供みたいな質問してしまったとソラは少しだけ後悔してしまった。だが気になるものは気になる。

 ソラの質問に、二人はしばし黙考を始めた。時間にして数秒で答えは出される。

 

「格闘戦がフウカ、射撃戦なら私ですね」

「あ、でも誤差の範囲内だと思いますよー。私とライカじゃあ求められるシチュエーションが違っていましたからね。片や空飛ぶAMを確実に撃ち落とさなければならない。片や勝手に傷が治るゲシュペンスト達の(はらわた)を確実に潰さなければならなかったんで」

「……ゲシュペンスト達?」

「……フウカの言うことは気にしないでください。まあ、どちらが強いと聞かれればその時の状況次第です、と答えるしかないですね」

「へぇ……流石ライカ中尉達だ。何だか高い次元の話っすね」

 

 ふっと、ソラは前から気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「あの、いきなり話が飛んで申し訳ないんですが、メイシールって誰なんですか? 割と前から聞く名前なんですけど」

「……ああ、そう言えばソラは会ったことが無いんですよね」

 

 いつの間にか呼び捨てになっていたフウカが少し考え込む素振りを見せたあと、さも名案が浮かんだかのように手を叩く。

 

「そうだ、ならこれからメイシールの所に行きましょう」

「へ? い、いやでも俺、この後操縦訓練をしようかと……」

「そんなもの、私とライカで教えますよ」

「……待ちなさい。どうして本人の承諾が無いのに勝手に――」

「――是非、お願いいたします。何なら私の小遣いを全部差し上げます。いや、むしろ貰って頂けると……」

 

 それはもう、恥も外聞もない土下座であった。

 人の目を気にすることも、懐の具合を確認することすら今のソラにとっては滑稽である。あとで授業料をいくら取られようが、今この瞬間に全てを懸ける価値が、そこにはあった。

 そんな美しい土下座を見せられ、今更断ることなんて選択肢が無いライカはソラの顔を上げさせる。

 

「……まあ、フェリアやユウリと違って、ソラにはまだまだ基本が足りていないと常日頃思っていました。……良い機会です。私で良かったらこの際、基礎から教えてあげましょう」

「むしろ貴方じゃ無ければ効果ない気がするであります!!!」

「私とライカの二人体制。これで少しでも進歩がなかったら割と兵士として致命的ですね。ということで、まずはメイシールの元へレッツゴー」

 

 フウカに手を引っ張られ、ソラはメイシールがいるという格納庫へ向かうこととなった。……余談だが、勢いとは言え、フウカと手を繋ぎ、心拍数が上がりに上がり、過呼吸になりかけたのは秘密である。

 危うくAEDのお世話になるところであった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「おお……ここがライカ中尉達の機体があるところ」

「ええ。ここが私達に与えられている格納庫(ハンガー)です」

「まあ多少狭いのが難点ですけどねー」

 

 ライカとフウカに連れられてやって来たのはメイシールが今作業をしているという格納庫。

 良く見ると、ライカのゲシュペンストと見慣れない機体があった。

 恐らくその機体がフウカの機体だろうと考え、更に歩いていくと、機体の足元に小さな女の子が見えた。パソコンに何かを打ち込むたびに、側頭部あたりで結ばれた栗色の髪が揺れている。

 ついでにサイズが合っていないダボダボの白衣の裾も揺れている。きっとメイシールという人の子供か何かだろう、とソラはアタリを付ける。

 

(親の手伝いとか何て良い子なんだ……!)

 

 少女ですら働いているというのに、良い大人である自分が何もしていないのが恥ずかしくなってくる。ちょうどポケットに飴があったので、ソラは意を決し、子供の元へ走って行く。

 

「よう君、親の手伝い? 偉いな!」

「…………」

 

 きっと恥ずかしくて声が出せないんだろうと解釈したソラはなるべく怖がらせないように声色を抑えつつ、ポケットの飴を少女へ握らせた。

 

「っ!? ソラ、その人は――」

「無知って怖いですよねー」

 

 二人が何か言っているが、何でこんな少女相手に()()()()()のかが分からなかった。

 少女は一向に飴を受け取らない。遠慮しているのか知らないがこちらとていつまでも差し出しっぱなしにしておくつもりはない。

 

「ほら、頑張ってたからこれはご褒美だ!」

 

 でも飴を舐めればきっと心を開いてくれる。そう確信していたソラは、次の少女の行動により、自らの考えの浅さを悟る。

 

「――よ」

「ん? 悪い、もう一回言ってくれる――」

 

 言い切る前に、先ほどソラがあげた飴が顔面に減り込む。意外に痛い。

 少女が今度は聞き逃さないよう配慮してくれたのか、一言一句ハッキリ聞こえるようにしっかり腹の底から声を出した。

 ライカとフウカはそのやり取りを見て思わず手で顔を覆ってしまった。特にライカは強く後悔する。もっと強く注意しておけば。そうすればこれから始まる悲劇が起こらなかったのではないか、そう思った。

 

「いきなりふざけんじゃないわよ貴方! この私が天才メイシール・クリスタスと知ってのアプローチかしら? ええ!?」

「……へ?」

 

 聞き間違いではないかと疑ったが、どうやら彼女の剣幕がそれを裏付ける大きな証拠となった。ということは、とソラの背筋が凍る。

 

「ま、まさか……そんな君が……メイシール……!?」

「……貴方、どうやら私と戦争がしたいようね」

 

 そう言って、メイシール・クリスタスはその辺に落ちていたモンキーレンチを手に取った。

 

「良いわ、買ってあげましょうその戦争をね……!!」


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