スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第十話 そこは希望の地か?

 エレファント級の格納庫でカームスは一人佇んでいた。

 カームスが良く知る整備兵の他、別の整備兵達は彼が一体誰を待っているのかを良く知っていた。いつもよく見る光景だ、知らない方が不思議なレベルである。

 

「カームス! 戻った!」

 

 格納庫に収められた量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ“エアリヒカイト”のコクピットからリィタがぶんぶんと手を振っている。

 カームスは軽く返してやった。

 リィタの戦闘開始からずっと待っていたのは周りが良く知っている。というより、リィタが出撃するときは決まって格納庫で待っていた。

 遅れて、ヒュッケバインの隣にダークグリーンの機体が収まる。クモの下半身とカマキリの上半身を持つ特殊人型機動兵器、いわゆる『特機』のカテゴリーに入る機体である。

 走ってくるリィタの後を追うように、特機からサングラスの男が降りて来た。

 

「いやぁ、やっぱり良いもんだ特機は」

「新型の調子は良さそうだな、マイトラ」

 

 サングラスの男――マイトラ・カタカロルはカームスと軽く拳を合わせてから、簡単に感想を述べる。

 

「広範囲制圧と単体への高威力の攻撃を可能とする機体、ってコンセプトに則った良い機体だよ。畜生、DC戦争にコレがあったらな」

「無い物ねだりをしてもしょうがないだろう。……リィタ、成果はどうだった?」

 

 服の裾を握っていたリィタに、そう聞いてやると、彼女は眼を輝かせた。

 

「うん! カームスと同じ! 面白いね、あの二人!」

「モニターで見ていたが、少し油断しすぎたな」

 

 すると、リィタが恥ずかしそうに笑った。

 

「……ちょっと油断しちゃった。けど、次はもう遊ばないよ?」

 

 無邪気な外見とは裏腹に、リィタの眼はしっかりと“一流”のソレとなっていた。

 それを見ていたマイトラが肩をすくませる。

 

「やれやれ。あの時のリィタ嬢には肝を冷やされたよ」

「すまなかったなマイトラ。手間を掛けさせた」

「いや、他ならぬあんたの頼みだ。断るなんざ出来ねえよ。あんたがいなかったら俺は今頃土の下だしな」

「……それはもう気にするなと言っているだろう」

「んなこと出来ねえよ。あんたは命の恩人だしな。それにしても、だ」

 

 サングラスを指で少し上げ、マイトラはずっと気になっていたことをぶつける。

 

「――あのゲシュペンストのカスタムタイプ、“誰”が乗ってる? リィタ嬢を優先して、良く見れなかったんだが、あんたはやりあったんだろう? 誰だ?」

「ライカ・ミヤシロだ」

 

 その名前を聞いた瞬間、マイトラが唐突に俯き、肩を震わせる。それは驚きでもなんでもなく、“喜び”。

 

「やっぱり……やっぱりか!! そうかそうかそうかそうか……! やはりあの女かライカ・ミヤシロォ……!!」

 

 狂気と狂喜が入り混じった笑みを浮かべ、マイトラは高ぶる感情を隠そうともしない。

 そんなマイトラの様子をカームスはただ、見つめるだけ。

 

「……やりあったのか?」

「DC戦争の時にな。奴のいた小隊を壊滅させて、あとはあいつのゲシュペンスト一機って時にな、何したと思う?」

「後退したか?」

「そんな可愛いもんじゃねえよ。あの女、マジで狂ってやがるぜ? 武器もない、機体も傷だらけって状況で俺の小隊に突っ込んできやがったんだ」

 

 それは予想出来なかったとカームスは小さく笑う。マイトラが言葉を続ける。

 

「しかも狙いは小隊長である俺。奴、スプリットミサイルを掴んだと思ったら、そのまま俺のガーリオンに叩き付けてきやがったんだ」

「一歩間違えればそのまま道連れになるかもしれんのにか。……良くやる」

「いや、恐らく俺を道連れにするつもりだったんだぜ。その証拠にあいつ、こう言い捨てていきやがった。“死ななかったから退かせて頂きます”……だとよ」

「……逃げられたのか?」

「ああ。地形を上手く使われてまんまと撒かれたよ。そのおかげで俺は小隊長から降格。ちゃんちゃん」

 

 手負いの敵に逃げられるという不手際を考えれば妥当な処置だとカームスはぼんやりと考える。

 カームスの考えていることが分かったのか、マイトラは否定するように手を振った。

 

「別に立場にこだわりはねえんだ。ただな、俺は腹が立ってんだよ。死ぬか生きるかギリギリの本当にギリギリの戦いをしてえのに、奴の技量はそれを叶えるにふさわしいのに、放棄して逃げていきやがったんだ。それが許せねえ」

「……相変わらずの死にたがりのようだな」

「ただの死にたがりじゃねえよ。ギリギリの戦いで死にてえだけだよ」

 

 意外なことにマイトラの考えは、カームスには良く理解出来ていた。

 カームス自身、戦いがあって人は成長していく。常に戦いに身を置いてこそ、人類は進化するという考えがあるので、それに近い思想のマイトラとは実に気が合うのだ。事実、マイトラは常に戦いに飛び込んできたせいか、カームスに勝るとも劣らない技量を持っている。

 

「もう一人、あの剣持ちはどうだった?」

 

 “剣持ち”とはカームスの中での、ブレイドランナーの呼称であった。

 マイトラは腕を組み、天井を見上げる。

 

「そうだな……リィタ嬢との戦いを見ていたが、奴は大したことねえよ。リィタ嬢に一発当てられたのだって、リィタ嬢が油断していたからだしな。本気の本気なら俺でも当てられる気がしねえのに」

 

 それに素人くせえしな、と締めくくるマイトラの評価を聞き、カームスは何故か自分の考えを喋ってみたくなった。

 

「……奴は中々見込みがありそうだがな」

 

 すると、マイトラのサングラスが僅かにずり落ちた。

 

「……へえ。カームスあんた、珍しいな。あんたのお眼鏡に適う奴なんて、もう出てこないと思ってた」

「時代は常に新しい者を生み出していくよ。一応忠告はしておくが、油断だけはするなよ?」

「分かってる。腕は大したことねえが、中々どうして妙な手を考えるの得意なようだ。ま、足を引っ掛けられんように気を付けるよ」

「分かっているなら、良い」

 

 と、ここでリィタの服を引っ張る力が少し強くなった。

 

「ね、カームス。リィタ、ちょっと部屋で休んでくるね」

「……どうした? 何かあったのか?」

「うん……ちょっと、頭が痛くて」

「頭が……いつからだ?」

「戦闘中にちょっと、ね」

 

 カームスがマイトラの方を見るも、彼は肩をすくめて“分からない”と意思表示をする。自分もモニターで見ていたが、特におかしな兵器を使用された形跡はない。

 

「何か、あのレドーム付いたヒュッケバインから気持ち悪い感覚がしたんだ……」

 

 ――その一言で、一つ思い当たる節が浮かんでしまった。

 

(まさかあの中に居たというのか……? リィタと同じような奴が……?)

 

 マイトラがちょいちょいと、リィタを指さしていたので、カームスはそちらを見る。

 するとリィタの悪くなってきた顔色が目に入ったカームスはすぐに考えるのを中止し、手を握って歩き出す。とりあえずリィタを休ませることが最優先事項であった。

 

「ということでよ、カームス、俺また行って良いか? 俺の機体、マンティシュパインに早く慣れてえんだ」

「……そういう切り口で来たか」

 

 暗に“ライカ・ミヤシロと戦わせろ”、そう言っているようにしか聞こえない。少し迷ってしまった。

 特機というのは開発費用は当然だが、維持費用も相当なものとなっている。

 幸いSOに賛同してくれる組織は沢山あるので、その辺はまだ何とかなっているが――。

 

(……ゲルーガ大佐がハーフクレイドルに入った今、最高指揮官は俺……か)

 

 遥か遠い地で戦局を見守っているであろうゲルーガの事を考えれば、無闇に特機を出すべきではない。使うとすれば本当の本当に必要な時のみ。

 ……しかし悲しいかな、カームスはただの足軽であって、将軍ではない。

 

「……良いだろう。ただし、マンティシュパインの整備を完璧にした上で行け。我らサクレオールドルの懐具合と戦局を良く考えて戦えよ」

「オーライ。そう言ってくれると思ってたぜカームス」

「……あまりやりすぎるなよ。本当にどうしようもなくなったとき、連邦は奴らを投入してくる」

 

 ニヤリと、マイトラは口を歪ませる。

 

「鋼龍戦隊か、どうせ出すなら最初から出せよって話だよな」

「……それは有り得んよ。連邦は危機管理能力が致命的に欠如している。どうにかなるだろう、そうとしか思っておらんよ。本当に致命的な状況になってようやく鋼龍戦隊という最強の切り札を切るのだ」

「そうなってからじゃ遅えのにな」

「ならば我らは真綿となろう。気づかれる前に絞め殺す、絶対的な脅威になるかならないかのグレーゾーンを常に往く最高級の真綿にな」

 

 カームスはリィタの手を引き、今度こそ歩き出した。その背中をジッと眺めていたマイトラはボソリと呟く。

 

「……俺が本当に怖いのはな。鋼龍戦隊のような奴らじゃねえよ。あんたやライカ・ミヤシロ。あんたらのような目立たないが、確実に結果を残していく奴らだ」

 

 マイトラはハンガーに鎮座するマンティシュパインの元へ歩き出した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……う~ん」

 

 自室でソラは一人悩んでいた。

 何せ今日から二日もオフというこの先恐らくないであろう状況であったのだ。

 ラビー曰く、三人の機体とライカの機体の修復に時間が掛かるらしい。

 ちなみに必要なデスクワークは既に終わらせてしまっている。本当にやることが無い、オフとは言えスクランブルが入ったらすぐに出撃できるよう基地からも出れないと来た。このまま寝転がっていても恐らく身体が鈍る一方。

 ユウリとフェリアがどうしているかが気になるが、ここはあえて声を掛けないことにした。

 

「……特訓しよう」

 

 二人に内緒の秘密特訓をすることに決めたソラはとりあえず食堂に向かうことにした。兵士は胃袋で動く。

 誰かが言っていた言葉を思い出しながら、自室を出た。

 

「そう言えば、ライカ中尉は大丈夫だったのかな……?」

 

 フェリアを助ける際、被弾してすぐに例のヒュッケバインの追撃に来たのだ。機体は良くてもパイロットが気になってしょうがない。

 噂をすれば何とやら。曲がり角から件の人物が現れた。

 

「あ、ライカ中尉! お疲れ様です!!」

「…………お疲れ様です」

 

 何だか物凄い“間”をライカから感じてしまった。ふと、ソラは今日のライカに違和感を覚える。

 

「あれ? ライカ中尉、今日は髪下ろしてるんすね!」

 

 今日のライカは何と、髪を下ろしていたのだ。前に会った時は髪を縛っていたので、何だかギャップを感じてしまった。……というより。

 

(おお~なんというか、前より何だか大人っぽい! 何だこれ!? 何だこれ!?)

 

 この高ぶるテンションを表に出さないよう堪えるのがとても辛い。そのライカは特に気にすることも無く手に持っていたパンを一口齧った。

 

「何のパンですか?」

「クリームパンです。私の好物でして。これと野菜ジュースの組み合わせは神掛かっていますよ?」

 

 一瞬ソラは自分の耳を疑ったが、本人は冗談を言っている風でもない。

 まあ人の好みなんてそんなもんか、と強引にライカ補正で割り切ることが出来たソラである。

 

「昨日の戦闘はありがとうございました! 俺、ライカ中尉のアドバイスが無かったらあのスパイダーネットに引っかかっていたと思います」

「…………ああ。なるほど、そういうことですか」

 

 また物凄い“間”の後、ライカが納得したように何度も頷いた。

 

「……ライカ中尉?」

「いえいえいえ。お気になさらず。あんまり気にしていると禿げますよ?」

「ま、マジっすか!?」

「マジっす。それよりも、どこへ行くのですか?」

「食堂で腹ごしらえしようかと。今日はこれから操縦の特訓をするつもりなんで!」

 

 一刻も早くブレイドランナーをモノにする。それがこの二日間でのソラの目標であった。

 

「食堂ですか……。私もお腹が空いていたので丁度良かったです。なら一緒に行きましょうか」

「へっ!?」

 

 今日が自分の命日なのか、とソラは彼女の言葉を反芻する。

 まさかの食事のお誘いときたものだ。そう理解したソラは、脊髄反射で答えていた。

 

「よろしくお願いします!!!」

 

 ソラはまだ知らなかった。この“ライカ”のことを――。


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