スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第八話 少女、襲来

「君の機体の調整がそろそろ終わりそうだ」

「ようやくっすか!」

 

 伊豆基地に帰還した直後に言われた台詞である。これにはソラも歓喜である。

 ラビーは口に咥えた煙草をプラプラさせながら、言葉を続けた。

 

「機体自体はとっくに出来ていたが、肩の装置と手持ち武器がどうも上手いことフィッティングしなくてね。それに時間を喰った」

「よし……ようやくこれで俺も念願の新型に……!」

 

 ソラの興奮は、後ろから掛けられた声によって、物の一瞬で冷めてしまった。

 

「残念ですが、すぐにソラを新型に乗せる訳にはいきませんね」

「ら、ライカ中尉!?」

 

 縁なし眼鏡を着用していたライカがそう言って、“三十三冊目”と書かれた何やら相当使い込んでいる分厚い手帳を取り出す。

 真ん中あたりのページを開き、そこに軽く目を通すと、何らかの確信を得たかのように頷いた。

 

「ラビー博士から新型のスペックを見させてもらいましたが、……恐らく今のソラでは扱い切れないでしょう」

「な、何ぃー!?」

 

 死刑宣告とも取れるライカの言葉に、思わず一歩下がってしまったソラ。あまりにもショックすぎて、いつの間にか呼び捨てになっていることには気づいた様子もない。

 ライカの後ろにいたフェリアがフン、と鼻を鳴らす。

 

「当たり前でしょう。この間の実戦はたまたま運が良かっただけよ。機体性能よ、機体性能。……いつまでもそんなんじゃあのカームスって人に一泡吹かせてやれないんじゃないの?」

 

 フェリアの言うことは最もだった。

 扱う人間が未熟なら、どんな名剣もただの漬物石となってしまう。新型という“ご馳走”に釣られてもう大事なことを忘れる所だった。

 ソラはすぐに気を引き締めなおす。

 

「た、確かにそうだな。ライカ中尉! そういうことですので、よろしくお願いしまっす!」

「ええ。ではすぐに……と言いたいところですが、今日はこのまま別の輸送機に乗って、基地から離れた演習場に行こうと思います」

 

 それに関して付け足すことがあるようで、ラビーが一歩前に出た。

 

「私から補足説明するとだな。本来ならライカ中尉はこの後、私達とは違うPT部隊の仮想敵(アグレッサー)を務めることとなっていたが、私が先方と掛け合って明日にズラしてもらっている。なので、今日は君達の訓練を見て、明日にその部隊の仮想敵になる、というスケジュールだ」

 

 さらっと言うが、ラビーの言っているライカのスケジュールがとてもハードなものくらいソラでも分かった。

 しかしその辺の事は全て心得ているようで、ライカはただ頷くだけである。たまらず、ユウリが非常に言いにくそうに言及する。

 

「だ、大丈夫なんですかライカ中尉……?」

「ええ。むしろ上司の無茶ぶりがない分、とても良い骨休みになりますよ」

 

 ライカの上司は日頃どんなことを言っているのだろう、とソラたちは思ったが、それを誰も口にすることはなかった。

 

「とまあ、そういうわけだ。ソラ君の機体は既に向こうに送っているので、現地に着いたら早速テストだ」

「はいっ!」

 

 そうこうしている内に、ラビーの元へ演習場行きの輸送機の準備が整ったという連絡が届いた。

 まだ見ぬ新型への憧れを胸に抱き、ソラたちは輸送機の元へ歩き出す。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「着いた! ラビー博士、早速俺の機体を!!」

 

 演習場へ到着してすぐに、輸送機から飛び降りたソラはラビーを手招きするが、当の彼女はマイペースに歩を進める。

 

「まあまあ、落ち着きたまえソラ君。機体は逃げはしないよ」

 

 演習場のフィールドはこの間の実戦のように、海一色では無く、見渡す限りの陸。水中戦などの心配をすることがないのは嬉しかった。

 テスラ・ドライブ搭載機がメジャーになり、地上戦や水中戦から空中戦がメインとなりつつあるこの時代、ソラはシミュレーションでしか水中を経験したことが無い。

 ――いつぞやのフェリア戦が脳裏を過る。

 

(大丈夫……。もう俺はあの時の俺じゃない……はず!)

 

 ラビーがソラの元まで歩いてきたところで、輸送機のハッチが開いた。

 ソラ以外は輸送機に機体を持ってきていたので、これから徒歩で格納庫まで向かう。

 

「待たせたな。それでは一足先に格納庫へ向かうとしよう」

「了解っす」

 ラビーとソラは先に行くべく、移動用の車に乗り込み、エンジンを掛けた。

 

 ――瞬間、演習場に警報が鳴り響く。

 

「な、なんだ!?」

「落ち着け。ふむ、何者かが演習場へ近づいているようだ」

 

 いつの間にか手にしていた携帯端末で状況を把握したラビーが、淡々と事実を告げる。空を見上げると、演習場の防衛部隊だろうか、複数のAMが出撃していた。

 ソラの表情にまだ焦りがあった。経験不足故に、まだこういった状況に慣れていないのだ。

 

「誰かは知らんが、運が良い。ライカ中尉がいるし、問題ないだろう」

 

 その言い方に、ソラは思わずラビーの方を見た。

 

「ラビー博士、ずっと思ってたんですけど、ライカ中尉ってどうして有名じゃないんですか?」

「と、言うと?」

 

 何の気なく言った一言をそう聞き返されてしまったので、思わずソラは頭を掻く。

 そうですね、と頭の中で纏めながらソラは喋る。

 

「あれだけ敵のエースと互角にやり合えるような人、鋼龍戦隊以外にあまりいないじゃないですか。それなのに、俺はライカ・ミヤシロのラの字すら聞いたことがないんすよね。それが不思議で……」

 

 そこまでソラが言ったところで、ラビーは突然笑い出した。

 何で笑っているのか見当も付かないソラは、とりあえずラビーが落ち着くまで待つことに決めた。

 

「いやはや……。そうだな、そう言われれば不思議だな」

「だ、だったら何で笑うんすか……?」

「いやすまない。単純に面白かったからだ。……それで、ライカ中尉の事だったな。一言で言うなら、彼女はそういうタイプじゃないんだ」

「タイプ……?」

「ああ見えて、彼女はDC戦争から封印戦争までの全てを経験しているパイロットだ」

「そ、そんな昔から……!?」

「ちょっと経歴を調べたから間違いない。それで、彼女の名が浸透しない理由は大きく言うとたった一つ。彼女があまりにもPTパイロットだからだ」

 

 突然国語の問題が出されるとは思っても居なかったソラは、一瞬何も言えなかった。

 ソラのリアクションが意外だったのか、逆にラビーが首を傾げている。何か言い返したかったが、その理由を聞いてすぐに頷ける人こそがきっと真の意味での一流なのだろう、ということでソラは無理やり納得した。

 

「す、すいません。意味分かりません」

「彼女はPTが好きなんだよ。余計な事を考えず、ひたすら機体と付き合い続けられる。……それこそ、周りからの評価すら考えずにな」

「つ……つまり、ライカ中尉は富や名声に興味はないっていう方なんですか?」

「ああそうそう。実に分かりやすい例えだなソラ君。だから彼女の行動には裏表がなく、自分の心のままに動いている。そもそも目立つ気はないんだろう」

「すごいっすね、ライカ中尉は……。俺だったら、きっと目立ちたくてしょうがないですよ。というか、周りに認められたいって願望があります」

「それが人間と言うものだ。そういう訳で、彼女にエースという単語は似合わない」

「だったら何て言うんですか?」

 

 プラプラさせていた煙草を口から取り出し、それでソラを指さした。

 

 

「そういう類の人間をきっと、“ベテラン”って言うんだよ」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「フェリア、ユウリ、二人は私のバックアップを頼みます」

 

 ライカからの映像通信に頷き、フェリアはピュロマーネの武装チェックを開始する。M950マシンガンが二丁、レクタングル・ランチャーが二丁、両腕部の三連マシンキャノンに両脚部の三連ミサイルポッド。最後に背部のビームカノンと、武装の積み忘れがないことを確認し終わると、フェリアはユウリへ通信を入れた。

 

「ユウリ、機器は問題ないかしら?」

「はい。問題ありません。周囲の索敵も終わったのですが……」

 

 歯切れの悪い回答に、フェリアは首を傾げた。送られてきた結果を見て、その理由が分かった。

 

「どういうこと……? 一機?」

「他に伏兵もなさそうですし、決まりのようですね。とりあえずここの防衛部隊の対応を見守りましょう」

 

 既にAM部隊は侵入者の元まで辿りつき、包囲を終えているようだ。

 可視領域までやってきたフェリアは早速ピュロマーネのカメラで映像を取得する。

 

「え……?」

 

 ライカも映像を獲得したようで、すぐさま仮説を立てはじめていた。

 

「これは……鹵獲機か、あるいは横流しされたものか……。いずれにせよ、叩けば埃がたっぷり出そうですね」

 

 防衛部隊の一機が、正体不明機――濃紺の量産型ヒュッケバインMk-Ⅱへ通信を送る。

 

「止まれ! 直ちに武装解除し、貴官の所属、姓名、及び目的を明らかにしてもらおう! これ以上不穏な動きを見せるならば、発砲も辞さない」

 

 対する正体不明機は武器を持っていない左手をプラプラと遊ばせる。

 

「どこ……? カームス、言っていた、二人……」

 

 AM部隊はおろか、フェリア達にも衝撃が広がった。

 声の感じからして、あの濃紺の機体のパイロットは明らかに“少女”が乗っていたからだ。通信を送った機体が再度、通信を送る。

 

「こ、子供……? 何でそんなモノに? ……ええぇい、とりあえず君、その機体を着陸させられるか? 色々話を聞きたいんだが……」

 

 そう言って、近寄り始めた機体を見て、フェリアは謎の少女の言葉を思い返していた。

 

「……カームス? っ!? ライカ中尉! 今、あの子カームスって――」

 

 既に目の前にいたライカの機体が消えていた。

 

「カームス、言ってた。怪しい奴、すぐ落とせ、って」

 

 少女の機体の左袖口からプラズマカッターらしき柄が飛び出た。

 スローモーションのように見えていたフェリアはすぐにライカの後を追う。通信を送った機体も彼女の敵性行動に気づいたのか、後退しようとするも、恐らく間に合わない。少女の機体に握られた幅広のプラズマカッターが、迂闊に間合いに入ってきた機体のコクピット目掛け、閃いた。

 

「間一髪……!」

 

 だが、ライカの機体が紙一重で間に合った。

 左腕部のクローに纏わせたビームで、コクピットへ向かう少女のプラズマカッターを防ぐことに成功した。

 

「あ……、この人、か」

 

 少女が何かを見つけたように、呟いた。

 瞬間、濃紺のヒュッケバインはライカ機を蹴り飛ばす。

 

「ライカ中尉! 行くわよユウリ!」

 

 その光景を目にして、ようやく状況を呑み込めたフェリアはユウリを連れ、ヒュッケバインの元へ向かう。

 明確な敵対行動に、AM部隊もヒュッケバインへの攻撃を開始する。

 早速フェリアは二丁のM950マシンガンで敵を攻撃すべく、ロックオンを開始する。

 

「ここ……!」

 

 幸い、今ライカが敵を釘付けにしているおかげで冷静に狙いを絞れる。

 レティクルがヒュッケバインのテスラ・ドライブへ重なった瞬間に、トリガーを引いた。

 

 ――あ。当たらない。

 

 刹那、何故か客観的にそう思えてしまったフェリア。その予感は、早速当たることとなった。

 

「えっ……!?」

 

 トリガーを引いたと全く同じ瞬間に、射線上からヒュッケバインが消えていた。

 

「まず……一機」

 

 見たことのないデザインのビームライフルがAM部隊の一機へ向けられる。そこから放たれた太いビームは、回避行動をしたはずの味方機のコクピットを正確に射抜いた。

 

「なっ、嘘でしょう……!?」

「フェリアさん、気を付けてください。あのヒュッケバイン……見た目は少ししか変わっていませんが、中身がかなり違っています……!」

「あの四つの大きなスラスターユニットでお腹一杯よ……!」

 

 そう吐き捨て、フェリアは濃紺の量産型ヒュッケバインMk-Ⅱを見た。

 

(まずは冷静に敵を見る……)

 

 背部のバックパックが無く、代わりに四基の大型スラスターユニットとテールスタビライザーが組み合わされたモノに換装されている。

 手持ちの武装はメガ・ビームライフルとはまた違うタイプのビーム兵器らしい。威力はメガ・ビームライフルを凌駕している。先ほどのプラズマカッターもどちらかというと、カッターというよりソード。

 

(どちらかと言うと、運動性能に力を入れたカスタムのようね。私の機体では追いつけないだろうけど、ライカ中尉のゲシュペンストなら追いつけるはず。ユウリと協力して囲んでいけば……!)

 

 いつまでも好き勝手させられない。

 こうしている間に、既に三機落とされている。

 あれだけ集中砲火を浴びせているのに、いまだ弾丸一発当てられていなかった。ライカがマンツーマンで抑えているにも関わらず、そのライカをやり過ごして周りの被害を広げていくヒュッケバインに正直戦慄を覚えた。

 

「……この敵、動きの割には敵意が無邪気すぎる……!?」

 

 そんな中、ライカ機はやはり別格であった。

 攻撃こそ当てられていないが、逆に攻撃にも当たっていない。隙を見て、フェリアとユウリが援護射撃をするも、元から分かっていたように攻撃を回避していく。

 

「はぁ……! はぁ……!」

「ユウリ? どうしたの?」

 

 ユウリの呼吸が必要以上に荒かった。

 あの凄まじい体力を持つユウリがこんなに息を荒げるのはまずない。もう一度聞いてみると、ユウリはポツリポツリと呟いた。

 

「何です……か、この不思議な感覚……? あのヒュッケバインのパイロットと指を絡ませているような……そんな……!」

 

 ライカ機の右ストレートを避けたヒュッケバインの視線が一瞬、ユウリのオレーウィユへ向いた気がした。

 

「誰……? 私に、触らないで……!」

 

 少女がそう言った直後、ヒュッケバインはオレーウィユへ狙いを変えた。先ほどの大威力のビームでは無く、小さなビームの弾丸がオレーウィユへ降り注ぐ。

 どうやら状況によって、単発大威力のビームと、連射可能な低威力のビームに切り替えられるようだ。避けられず、ビームはオレーウィユの脚部や盾にした左腕部へ襲い掛かる。

 低威力なのですぐに爆発することはなかったが、やがてそれが溜まりに溜まり、脚部から火を噴いた。

 

「きゃあああ!!」

 

 バランスを崩し、高度を落としていくオレーウィユを見て、フェリアは急いでピュロマーネの速度を上げる。

 

「ユウリ!」

「まずい……!」

 

 だがピュロマーネは遅かった。ヒュッケバインはビームライフルをオレーウィユのコクピットへ誤差なく向けた。

 

「私に触っちゃ……やっ!」

 

 放たれた高威力のビーム。だが、そのままコクピットを蒸発させるかと思われたビームの前に立ち塞がる機体があった。

 

「っ……!」

 

 ライカ機が間一髪のタイミングで、オレーウィユを掴んで離脱することに成功したが、その代償は大きかった。

 

「……スラスターユニット損傷ですか」

 

 ライカ機の左のスラスターユニットが溶けており、もはや稼働は期待できない。ようやく射程距離にヒュッケバインを収められたフェリアが持ち替えたレクタングル・ランチャーをありったけ放つ。

 そのどれもが当たることはなかったが、距離を離すことには成功した。

 

(まずい……このままじゃ……!)

 

 予想しうる最悪のシナリオを思い浮かべ、フェリアは背筋を凍らせる。

 

 ――凶鳥。

 

 現在戦場に降り立っている濃紺の機体は、まさにそれを体現していた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ユウリ! ライカ中尉! フェリア!!」

 

 ソラとラビーが格納庫に辿りついたのは、ライカ機のスラスターユニットが破壊された瞬間であった。車を乗り捨てたソラはすぐさま格納庫の一番奥を目指し、走り出そうとするが、ラビーに止められた。

 

「待て! 敵は想像以上にやる。そんな敵に、不慣れな機体で立ち向かうのは得策ではない! 応援要請はしているんだ。君は待機を――」

「していられるか!! 今、俺の目の前で仲間が死のうとしているんだ! そんな悠長な真似は出来ない!」

「聞き分けろ! 君が行ったところで、無駄死にをするだけだ! 現実を見ろ!」

「そんな現実を見るぐらいなら、俺は皆を助ける空想に浸ってやる! 俺は出ますよ!」

「この……馬鹿!」

「それがどうした!? 馬鹿で皆の所へ行けるなら喜んで馬鹿になってやる!!」

「……ええぇい、ならもう止めん! その代わり、死ぬなよ!」

 

 格納庫の一番奥に濃いグレーの量産型ヒュッケバインMk-Ⅱが佇んでいた。

 ゴーグルタイプからツインになっているカメラアイ。一番目に付くのは大きくなった両肩部であった。……じっくりは見ていられない。

 ソラは昇降機を用いて、素早くコクピットへ滑り込む。するとラビーから通信音声が入った。

 

「あとは火を入れるだけに仕上がっている。……覚えておけ、戦場では不慣れなどという言い訳は通用しない。分かっているな?」

「分かっていますよ……! 博士、この機体の名前は?」

「刃走らせる者――ブレイドランナー。それが、ユウリ君でもフェリア君でもない、ソラ君。他でもない君が一番肌に馴染むはずの機体の名だ」

 

 操縦桿を握りしめ、ソラはメインモニターの向こうの戦場を見据える。大きな深呼吸を一つし、気合いと共にソラは叫ぶ。

 

 

「ソラ・カミタカ。量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ“ブレイドランナー”、出る!!」

 

 

 闘志を纏い、刃走らせる者は戦いの空へ飛翔した――。


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