スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第七話 亡霊を駆る者

「……はぁ」

 

 ソラは輸送機の中でぼんやりと外を見つめていた。

 カームス・タービュレスとの戦いの直後、意識を失ったソラは施設の医療スペースで目を覚まし、ラビーから護衛任務失敗を告げられた。

 基地の中に内通者がおり、カームスに注意を向けられていた隙に、施設内のデータの一部を持って行かれてしまったというのが、事の顛末。……試合に勝って、勝負に負けたとはまさにこのことだった。

 

「……何ため息吐いてんのよ?」

 

 隣に座っていたフェリアがそんなソラを見て、呆れた表情を浮かべる。

 

「ため息吐きたくなるときだってあるんだよ」

「お、落ち込まないでくださいソラさん! 敵が一枚上手だった、それだけのことですよ!」

 

 ユウリが精一杯フォローしてくれる姿に、ソラは一瞬天使を見たが、それを口にするテンションでもなかった。

 思い返せば、相当に運が良かったと思う。特機紛いの敵を相手に、今こうして五体満足で帰還しようとしているこの状況がいまだに信じられない。

 それもこれも全てあのゲシュペンストのお陰――そこまで思ったところで、ソラはふと気づいた。

 

「そうだ。あのゲシュペンストのパイロットに礼を言わなきゃ……」

「ああ、あの……。そう言えば貴方、助けられたものね」

「そうなんだよな。すぐに礼を言いてえけど、……まあ、この輸送機に乗っているなんて奇跡――」

 

 

「すいません。ここ座ってもよろしいでしょうか?」

 

 

 黒に限りなく近い赤髪の女性が、そう言ってソラ達の向かい側の席を指さした。その声に物凄く聞き覚えのある三人は、思わず顔を見合わせた。

 アイコンタクトを数度したあと、代表して、ソラが思い切って聞くことになった。

 

「あ、あの~。違ってたらすいませんが、もしかして貴方、あのゲシュペンストのパイロットの……」

「はい。ライカ・ミヤシロ中尉です」

 

 有無を言わさず、すぐにライカを座らせた三人。自ずと三人が向かいのライカを見つめる形となった。

 

「お、俺! あの野郎……カームスの機体に掴まってたソラ・カミタカ少尉です! あの時は本当にありがとうございました!」

 

 そう言い、ソラはライカへ頭を下げた。すると、ライカはすぐにソラの頭を上げさせた。

 

「いえ……。間に合って良かったです。あの機体じゃなければきっと……」

 

 機体、という単語にいち早く反応したのはユウリであった。

 

「あの、中尉! あのゲシュペンストって、ハロウィン・プランに基づいて開発されたMk-Ⅱ改ではない……ですよね?」

「ええ。バージョンアップ前のゲシュペンストです。……総合性能で語るなら流石に現行のヒュッケバインシリーズには負けますが、足回りでは負けていません」

「で、ですよね! さっき軽く試算してみたんですけど、現在ある機体であの加速力と勝負できるPTと言えば、ATXチームのアルトアイゼン・リーゼくらいですもんね!」

 

 ライカの説明を受け、ユウリにスイッチが入ったようで、小型携帯端末を取り出し、その計算結果をライカに見せだした。

 その画面を見たライカは満足そうに頷く。

 

「素晴らしい分析力です。私の機体――シュルフツェン・フォルトは最小の隙へ最大の一撃を加えることに特化した性能となっています」

「な、何てスタイリッシュな機体……! 痺れますぅ~!」

 

 盛り上がっているライカとユウリを見て、ソラは隣のフェリアへ助けを請うような視線を向けた。

 

「……なあフェリア。俺が見ているユウリは誰だろうな……?」

「彼女、結構なメカ好きなのね」

「いやいや。それで済ませられるような感じじゃねえぞ。何だよあのテンションの上がり具合」

「それよりも、私はライカ中尉の方が気になるわ」

 

 ソラとフェリアのやり取りが聞こえたのか、ライカが自分を指さした。

 

「私、ですか?」

「はい。ソラを助けた時の戦闘をずっと見てましたが、あんな動きをしていたら、中尉に掛かる負担が相当なものと思われるのですが……」

「あ、それ俺も思いました! 何か操縦の秘訣とかあるんすか?」

 

 そうですね、と考え込むライカ。考える事数十秒でライカは顔を上げた。

 

「保険ですね」

「……保険?」

「ええ。特に、傷害関係の保険に沢山入っておくと、安心して操縦できます。あの機体に乗れば、大抵身体のどこかがおかしくなっているのでとても助かっていますよ」

 

 さらりと言うが、乗っている機体がどれほど危ないシロモノかソラでも理解できた。

 ユウリに正直どれくらいライカの機体が危険か聞いてみると、暗い笑みを浮かべて、“ソラさんは丸腰で最大速度の戦闘機にしがみついていられますか?”と逆に聞かれてしまった。

 ……どうやら自分の想像以上にヤバい機体だったらしい。というか本当に《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》の方が性能が上なのかと疑ってしまった。

 

「ら、ライカ中尉ってお幾つですか……?」

「私ですか? 最近誕生日を迎えたので、今は二十二歳ですね」

 

 ソラは思わず、目の前が真っ暗になりそうであった。

 自分とそう歳が変わらないというのに、あれだけの機体の乗りこなし、あれだけの敵と互角以上に渡り合えたという事実に、ソラは愕然とした。

 だがフェリアはその他の事実に驚いたように目を見開いていた。

 

「それでもう教導隊入り……ですか」

「教導隊入りは少し特殊な事情があったので、実力では無いですよ」

「いやいや。君の実力は聞いているよ、ライカ・ミヤシロ中尉」

 

 そう言って、背後からラビーが歩いてきた。

 ライカとラビーが互いに品定めをするように視線を交差した後、ラビーの方から切りだした。

 

「……武装が大きければ強い、推力を上げれば早い。機体がパイロットに合わせるんじゃない、パイロットが機体に合わせる。……君の乗っていた機体を見て、確信したよ。メイシールは元気のようだな」

「メイトをご存じで?」

「ああ。マオ社時代の同期であり、宿命のライバルだ。相変わらず馬鹿げた兵器を作っているようだな」

「ええ。奇天烈な兵器しか作っていませんよ。何度殴り飛ばしてやろうかと真面目に悩んだくらいですからね」

 

 ライカの返しに、ラビーは腹を抱えて笑う。それはソラたちが今まで見たことのない姿であった。

 

「はっはっは……いやー笑わせてもらった。パイロットにそう言われてしまえばお仕舞だな」

「それすらメイトは喜んで受け入れるでしょうね」

「違いない。いやはや、メイシールは嫌いだが、君は気に入ったよ」

「光栄です」

「光栄ついでに聞きたいのだが、君の目から見て、ここにいる三人はどうだった? あの時の状況は衛星カメラを通して、君の機体にも送られていたはずだ」

 

 あまりにも唐突な質問に、ソラとユウリは勿論、フェリアまでもが姿勢を正してしまった。

 ラビーの目に冗談や嘘と言った類いはなく、真にライカからの評価を聞きたがっているように見受けられた。そう判断したライカは、制服の内ポケットから縁なしの眼鏡を取り出し、それを着用する。

 

「そうですね……。ではまず、そこの金髪の貴方。えっと……」

「フェリア・セインナート少尉です」

「フェリア少尉は、視界の広さと状況に合わせた火器選択のセンスが良かったです」

 

 褒められたのが嬉しかったのか、フェリアはライカからプイと顔を背けてしまった。耳まで真っ赤だったので、これは相当照れているなと、いつの間にか判断がつくようになってしまうソラである。

 

「ですが、ややスタンドプレーに走るように見受けられました。折角視界を広く取れるので、連携を意識すると更に伸びると思います」

「は、はい!」

「それで、次は茶髪の……」

 

 ライカに言われ、ユウリは元気よく手を挙げた。

 

「ユウリ・シノサカ少尉です!」

「ユウリ少尉は、一番操縦が丁寧でしたね」

「え、えええ!? そうですか!?」

 

 ライカの評価が意外だったのか、当の本人はもちろん、ソラとフェリアまでもが彼女の方を見てしまった。

 ライカによる補足説明が始まる。

 

「私の見落としが無ければ、ユウリ少尉は明確な牽制目的以外の射撃は全て当てています。一見地味ですが、これは実に驚異的なことなんですよ。己に与えられた役割をしっかりとこなしつつ、前線もやれる。これは支援を担う者としては理想だと私は思います」

 

 手放しの賞賛に、目の前のユウリは既に気絶しそうになっていた。

 ソラも思い返してみたが、確かに射撃を外しているのはあまり見たことが無い。

 

「す、すげえなユウリ」

「あ、ありがとうございます!」

「しかしその分、位置取りの甘さが目立ちましたね。こと戦闘に置いて、上か下、左か右かは重要な要素になります。それが改善されるともっと伸びます」

 

 そう締め括ったライカが、ついにソラの方へ顔を向ける。ごくり、と喉が鳴った。

 他の二人があれだけ高評価だったのだ、自分も……。

 そんな考えは次の一言で一気に吹き飛んだ。

 

「最後のソラ少尉は……そうですね、上手い下手以前にまず操縦に不慣れな様子が見受けられたので、そこからですね」

「なあっ!?」

 

 隣のフェリアが噴き出した瞬間を、ソラは決して見逃さなかった。

 後で決闘を申し込んでやろうと思いながら、ソラは自分に与えられた評価を何とか呑み込もうと、精神を擦り減らし始める。

 だが、ソラはライカの観察眼を甘く見ていた。

 

「……ですが、あの思い切りと判断力は素晴らしかったです。これからの経験次第でしょうが、恐らくソラ少尉の戦闘スタイルは私と似たようなものになるでしょう」

「ま……マジっすか?」

「マジっす」

 

 思わぬ評価を受け、ソラは思わず立ち上がって、ガッツポーズをしていた。自分にはこんなに素晴らしい先輩と同じになれるかもしれない、そんな思いが溢れ出す。

 そんな夢心地を一蹴するのは他でもないラビーであった。

 

「ふむ。やはり君の観察眼は素晴らしいな。こうも的確に長所と短所を引っ張り出せるとは」

「……たまたまですよ。人に教える回数が多いので、自然とそんなところしか見れなくなったんです」

「そんなライカ君に相談なのだが、しばらく第五兵器試験部隊(ウチ)へ戦い方を教えてはくれないだろうか?」

 

 今日のラビーは本当に予想外のことしか言わないな、というのがソラたちの統一意思である。

 だけどソラとしては願っても無い瞬間だった。操縦技術は言うまでもないし、階級が下の者を見下すことなくあくまで同じ目線で話してくれるその度量。

 そして一番は何と言っても……。

 

(良く見れば滅茶苦茶美人じゃねえか! こんな人に教えてもらえるとか何のご褒美だよ!!)

 

 “可愛い”ことである。

 フェリアやユウリとはまた違ったタイプで、クールビューティーという称号が相応しい。

 

「私……ですか? 他に相応しい人はいると思うのですが……」

「いえ! 俺はライカ中尉に教えてもらいたいっす!」

 

 ここで逃がして堪るものかと、ソラは土下座でもしかねない勢いで頼み込んだ。気持ちの大小こそあれど、フェリアとユウリも同意見のようだった。

 そんな三人の姿を見たライカは、しばしの黙考の末、ついに首を縦に振る。

 

「私でどこまで出来るか分かりませんが、やれるだけのことはしましょう」

 

 こう見えて、案外押しに弱いライカであった。

 ソラたちの影で、計画通りとばかりに邪悪な笑みを浮かべるラビーがいたとかいなかったとか……。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 カームスと整備兵は共に、格納庫に佇むツヴェルクを見上げていた。

 

「まだ慣れてない機体とは言え、珍しいですね。少佐が遅れを取るなんて」

「そういう時もある。それでパーツが届いたということは、ようやくこのツヴェルクが本調子になるということで良いんだな?」

「ええ。フィールド発生装置のテストも終わったので、このツヴェルクがまた一段と固くなります」

 

 両腕部に、小型の装置が取り付けられている最中のツヴェルクを見ながら、カームスは整備兵の話に耳を傾ける、

 

「なるほど。ではこれで次は……」

 

 そこまで言ったところで、カームスは背中に“何か”が乗ってきた感触を感じた。

 

「カームスお帰り!」

「リィタか。大人しく待っていたか?」

 

 カームスの背中から飛び降りたリィタは、何度も首を縦に振る。

 

「うん! ちゃんと待ってた!」

「そうか、それは偉いな」

 

 そう言って、カームスはポケットからいつもの金平糖を取り出し、リィタに食べさせた。

 幸せそうに口を動かすリィタを見ながら、これからの戦いへ少しだけ苦い感情をにじませる。

 そんなカームスに気づいているのかいないのか、金平糖を食べ終わったリィタが彼の顔を覗き見た。

 

「ね? なんで嬉しそうなのに、苦しそうなの?」

「……苦しそう、か。きっと腹でも痛いんだろうな」

 

 そんな冗談でも、リィタは真に受け、泣きそうになっていた。

 

「ええっ! 大丈夫なの!?」

「ああ。それよりも嬉しいことがあってな。連邦の奴に二人、面白い奴を見つけられた」

「二人も!? わぁ、カームスが誰かを気に入るなんて珍しいね!」

「俺もそう思うよ。一人は単純に俺と互角以上にやり合える奴、もう一人は……そうだな、ガッツはある奴だ」

 

 まだ見ぬ二人を思い浮かべているのか、リィタの表情は実に楽しげであった。

 

「リィタも会ってみたい! ね、良いでしょカームス!?」

 

 カームスは整備兵へ視線を送った。

 

「大丈夫です。PDCシステムと搭載機体の調整も完全終了しました」

「なら、次の威力偵察はリィタ。お前に行ってもらおう。くれぐれも無理はするな」

「うん! 任せて!」

 

 そんなリィタの意志を受けたように、いつの間にかツヴェルクの隣に立っていた濃紺の《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》のカメラアイが光ったような気がした。


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