「……」
ソラは一人で砂浜を歩いていた。
あの戦闘から翌日、待機シフト中は常にこうしている。心地良い風に吹かれながら、ソラは自分の右手をジッと見つめだす。そして、思い出すは
「……やっぱり、やっちまったんだよな」
今でも鮮明に《バレリオン》を撃墜した光景が脳裏に浮かび上がる。
フェリアとユウリを砲撃の脅威から守るためには仕方なかった。 と言えば、心が楽になるが、まだ割り切るのは難しそうだ。思い出せば、手が震えだす。情けない、とソラは砂浜に座り込み、右手を抑えた。
「フェリア……ていうか、先輩方もこうなったのかねぇ~……」
ふいに、首元に何か冷たい感触がした。
「おっふぁ!」
「……何、面白い事叫んでるのよ?」
「ふぇ、フェリアか。驚かすなよ」
後ろには缶飲料を二本持ったフェリアが立っていた。
その内の一本を受け取るのを見届けると、フェリアはソラの隣に移動する。
「ユウリは?」
「機体整備に立ち会っているわ。オレーウィユが気になるって」
フェリア曰く、昨日の戦闘で海水を浴び過ぎたらしく、一応装備の点検をしているらしい。どうやら想像している以上にデリケートな機体のようだ。
「そうか……。お前は?」
「散歩。そうしたら座っている貴方を偶然見つけたからこうして来てあげたのよ」
「二本持ってた理由は?」
「……貴方が見えたからその辺の自販機で買ったのよ」
「……自販機は島の反対側の施設にしかないはずだけどな」
「う、うるさい……! いらないなら返しなさい」
フェリアが奪い取ろうとする前に、ソラは缶を開け、中身を一気に飲み干した。
「げっほ!」
砂糖たっぷりのコーヒーだったので、ついむせてしまう。
売り物のコーヒーでこれほど甘いやつがあるとは知らなかった。市販なら微糖一択のソラの口の中が一気に甘ったるくなり、いっそ海水でも飲もうかと思う程である。
「何むせてんのよ、汚いわね」
「どんだけ砂糖ぶちこんでんだよこれ!」
「美味しいじゃない」
顔色一つ変えずにコーヒーに口を付けるフェリアを見て、ソラはこいつ絶対甘党だと結論づけた
「……まだ引き摺っているの?」
何を――などと無粋な事を聞き返すつもりはない。嘘を吐く道理もないソラは素直に返した。
「……引き摺っている訳じゃ、ねえよ」
「強がる必要はないわ。私だって似たような状態に陥ったもの」
「お前が、か?」
「ええ。こればかりは仕方ないわ。……むしろ、初めてで何も感じない人は相当イカれている奴よ」
いつもならここで皮肉なりなんなりが飛んでくるはずだったが、今日のフェリアは違っていた。
ソラは目を丸くする。
「……え、もしかして慰めてくれてんのか?」
その言葉に、フェリアはプイと顔を逸らした。
「は、はぁ? 何言ってんのよ? あくまで私は一般的な感覚を、鈍い貴方に教えてあげているのよ。それに、貴方がいつまでもその調子じゃ張り合いもないし」
慰めている、というのは一言も否定していないフェリアに、ソラはつい笑みが零れてしまう。
それに気づいたフェリアが唇を尖らせる。
「何笑ってんのよ」
「いやいや笑ってねえって。だけど……そうだな、ちょっと気持ちに整理が付けられたかもな」
フェリアが海を眺めながら、言葉を続ける。
「……実際、恥じることはないわ。貴方がバレリオンを撃破しなかったら私達は徐々に消耗させられて壊滅していたかもしれない。あの判断は間違っていなかったと、私は思うわ」
「フェリア……」
「私達は軍人よ。軍人という道を選んで、ここにいるの。ここで潰れるか潰れないかは……貴方次第」
立ち上がったフェリアが、コーヒーを飲み干し、踵を返した。
「そうそう。ラビー博士からの情報だけど、今日でデータ抽出が終わるみたいよ?」
「てことは……?」
「ええ。今日を凌げば護衛任務完了ね。気楽に行きましょ? それに、応援が来るとか何とかも言っていたし」
「……ああ!」
途端、施設の警報が鳴り響いた。
とても空気を読んだこのタイミングに、ソラは思わず舌打ちをする。
「彼ら、バラエティ芸人の素質でもありそうね」
「ああ、全くだ……!」
フェリアとソラは格納庫へ走り出した。
◆ ◆ ◆
手早く機体の発進準備を終えた第五兵器試験部隊は前回戦った地点に待機していた。
他の部隊も同様に、どの方向から来ても対応できるような位置取りだ。
「ユウリ、敵はどれくらいだ?」
「そ、それが……」
送られてきたデータを見ると、昨日と同じくらいの敵の数。
強いて言うなら、《バレリオン》の数が増えたという所が変化である。
「……もしかしなくても昨日のは威力偵察。ということは今日は……!」
フェリアの言葉と同時に、敵バレリオンの砲撃が始まった。――第二ラウンドの開始である。
「フォーメーションは昨日と同じ。ソラ……大丈夫?」
その言葉の意味に気づいたソラはあえて強気に返した。
「当たり前だ! いつまでもうじうじしていられねえ!」
「それは頼もしいわ。……貴方は右のリオン担当。私は左のリオン。ユウリはソラの援護。良いわね」
「分かった!」
「了解です!」
両手にM950マシンガンを構えたピュロマーネが発砲し、敵を牽制すると同時に、ソラとユウリが右側のリオンへ狙いを定めた。
まずはフォトン・ライフルを放ち、牽制し、接近を試みる。当たり前のように回避され、《リオン》のレールガンがソラへ狙いを付けようとする。だが、後ろに付いていたオレーウィユが数度射撃をすると、被弾を恐れたのか、《リオン》が後退した。
それを見逃さなかったソラはペダルを踏み込み、機体を加速させる。プラズマカッターを抜き、《リオン》へ振り上げた。
「うおお!」
直前に避けられたので胴体へ刃が届くことはなかったが、代わりにレールガンが真っ二つになり、炎を噴き上げる。追い打ちに、ユウリの射撃がリオンの脚部に当たり、戦闘続行を難しくさせた。
「す、すげえな……」
「た、たまたまですよぉ~……」
何はともあれ、強力な援護が付いているので、少しは気が楽になった。
幸先の良いスタートを切れたソラは、今一度戦意を高め、次の標的へ狙いを付けた。
(行ける……落ち着いている……!)
落ち着いて良く動きを見れば、昨日ほど被弾せずに戦闘を進められている。むしろ攻撃の苛烈さだけで言えば、フェリアの方が上だ。
今更ながら、よく接近戦にもちこめたと自分で自分を褒めてやりたい。
ソラとユウリが協力して一機を落としている間に、フェリアはレクタングルランチャーとM950マシンガンの一斉射で《バレリオン》と《リオン》を中破程度まで追い込んでいた。
それに気づいたソラが、標的を切り替え、満身創痍の《リオン》へ一気に接近した。ろくに狙いを付けていないのか、ただ直進するだけで《リオン》の射撃を避けられる。そして適正距離に近づけたソラ機はプラズマカッターを抜き放ち、《リオン》の脚部を切断した。
「良し……!」
「良いペースですね! 徐々に戦況はこちらに傾いているみたいです!」
データリンクし、更新された戦況を見て、ソラは僅かに安堵する。
このまま何事も無く昨日のように戦闘が終われば、良いのに。そう、思える程度には状況は傾いていた。
しかし――。
「……え!? 何ですか、このエネルギー反応!?」
そして鳴り響くアラート。
オレーウィユから送られてきたのは、一直線上に伸びた赤いライン。
「皆さん! そのライン上から離れてください! 早く!」
その情報は味方部隊全部に行っているようで、味方の光点が徐々に移動しているようだが――遅かった。
「なっ!!」
次の瞬間、どこからともなく放たれた極太の光線が戦闘空域を真っ二つに分けた。
既に赤いライン上から逃れていた第五兵器試験部隊は無傷で済んだ。
「だ、第九PT部隊が……!」
逃れらなかった第九PT部隊の反応が、今の攻撃で半分はロストした。
砲撃の方向にセンサーを向け、データを取得していたユウリが映像データを送って来てくれた。
それを見たソラが目を見開く。
「何……だよ、これ?」
あの強力な砲撃の正体は、通常PTの一回りはあるサイズのワインレッドの機体であった。
まず目に付くところは鬼を彷彿とさせる頭部、そして次に目を引くのは胴体と同じくらいはある巨大な腕部。一言で言うなら、全く見たことが無い機体であった。
「あのエネルギー量に該当する動力源は……まさか、プラズマ・リアクター!?」
「なるほど……あのビームはグルンガストクラスの威力がある、と。そういうことね」
「ぷ、プラズマ・リアクターって何だ?」
この機体の動力源くらいは分かるが、他の動力源の知識など皆無のソラには、二人が何で恐れているのか全く分からなかった。
「わ、分かりやすく言うとですね。今この戦闘に特殊人型機動兵器――俗にいう“スーパーロボット”に限りなく近い機体が敵として現れました」
「な、何だって!?」
ここまで分かりやすい説明だったらいくらソラでも理解できた。
すると、第二十八AM部隊が謎の特機クラスへ対応するために、進路を変えた。
「ん? 他の敵は?」
「どうやら撤退しているみたいですね」
「っていうことは、あとはあいつをどうにかすれば……!」
AM部隊の後ろに付く形で、ソラ達も敵の元へ向かう。
特機から全周囲で通信が流れた。声の主はどうやら中年の男性らしい。
「貴様達に恨みはないが、大義のためだ。逃げる者は撃ちはせんが、阻む者は容赦せん」
警告とも取れる発言には耳を貸さず、AM部隊が攻撃を開始した。
その場で動かず、敵機は両腕部と一体化している巨大な盾で《リオン》や《バレリオン》の攻撃を全て凌ぎ切った。その盾には傷一つ見えない。
「なるほど――了解した」
ゆったりとした動作で両腕部を下ろした敵機の肘裏から炎が吹き上がるのが見えた。まるで力を溜める闘牛。
盾で防いでいないにも関わらず、AM部隊の攻撃を物ともしないで、敵機の肘裏の炎が一段と強くなる。
「ならば徹底的にやらせてもらう」
瞬間、圧倒的な加速力を以て、敵機がAM部隊へ躍り出た。
「う、うわあああ!」
逃げ切れなかった《リオン》が敵機の巨大な手に掴まれてしまった。
パニックに陥ったのか、《リオン》のパイロットの叫び声が聞こえる。掴んでいるのとは逆の手でまず《リオン》のレールガンを握りつぶした。何と言う馬力。次に頭部を潰された。
《リオン》が必死に反撃するも、敵機の厚い装甲が無情にもそれを弾き続ける。ついに両手でホールドされ、まるでプレス機のように徐々に機体が潰されていこうとしている。
《バレリオン》の砲撃が敵機の頭部を捉えた。
流石に《バレリオン》の大火力は効いたのか、僅かに傷がついていた。
だが、時すでに遅し。《リオン》はスクラップと化し、“中”を想像したくない状態になっていた。敵機はその《リオン》“だった”物を《バレリオン》へ投げつける。超馬力によって質量弾となった《リオン》の残骸が《バレリオン》へ直撃すると、そのまま脱出した様子も無く爆発してしまった。
――蹂躙はまだ終わらない。
腕部の大型ブースターによる爆発的な大推力で、手近な《リオン》へ一気に接近した敵機はその拳を胴体へ叩き込む。
それ自体が大質量である腕部をまともに喰らえば、機体がただでは済まない。あまりの威力に、中のパイロットは気絶でもしてしまったのか機体がピクリとも動いていない。
アイアンクローのように、頭部を掴んだ敵機はそのまま機体を振りかぶり、思い切り海面へ叩きつけた。
「な、何を……!」
その光景をただ見ていることしか出来なかったソラは、愕然としていた。敵とはいえ、自分があれほど命を奪うことに対して迷っていたというのに。
それなのに、目の前の敵機はまるでただのモノを壊すように、淡々と、それ以上にあえて無残に機体を破壊していく様を見て、ソラの中に沸々と怒りが込み上げてくる。
敵機のパイロットが、つまらないと言いたげに鼻を鳴らす。
「……このツヴェルクの慣らしにすらならんな。――がっかりだ」
プチン、とソラの“何か”が切れた。
「――何をしているんだお前はあああああっ!!」
「ソラ! 待ちなさい! 貴方じゃ無理だわ!」
フェリアの制止など耳に入っていない。
ただ目の前の敵を倒すことしか、ソラの頭にはなかった。まっすぐ向かってくるソラ機を見て、敵パイロットは楽しげに笑う。
「ほう。向かってくるか」
残弾を気にせず、フォトン・ライフルを乱射しまくるソラは空いている方の手にプラズマカッターを装備し、更に加速する。
「何故お前はあんないたぶるようなことが出来る!?」
ライフルの光子弾などものともせず、敵機は巨大な腕部を振るう。
「合理的な戦術だ。貴様のような若造に批難される筋合いは無い」
「合理的なら何をしても良いというのか!?」
「ソラ! 下がって!!」
フェリア達が追いついてきたが、今はそちらを見ている余裕はなかった。
振るわれた腕部を避け、逆にプラズマカッターで斬り返してやった。だが、目立ったダメージは見受けられない。
「合理的なら、一般人を巻き込んで連邦の基地を攻撃しても良いと言うのか!?」
「神聖騎士団、ゲルーガ大佐の大義の前には、些細な犠牲だ」
「何が神聖騎士団だ!! 人を平然と、護るべき人達を犠牲に出来る奴らの大義が認められるものか!!」
「そうとも言うがな! だが、それは連邦とて同じだろう!」
「その敵と比べるなあーーーっ!!」
殴りつけてくる右腕を避けると、左腕部と胴体に少し大きな空間が生まれていた。
(ここしかない!)
懐に飛び込み、プラズマカッターで胴体を貫こうとした。しかし、次の瞬間、機体が大きく揺れる。
「う……ぁ!?」
「ほう。思い切りが良いな、それに勘も。……作ってやった隙に気づくとは」
潜り抜けたと思った右腕がそのままソラ機へ振り下ろされたと気づいたのは、少し後の事だった。
最初からそのつもりで、あえて大振りの攻撃をしてきたその技量にソラは戦慄する。動きが鈍ったソラの胴体を敵機が掴む。
「し、しまった……!」
ガチャガチャと操縦桿を動かすも、四肢が動くだけで、万力のごとき敵機の手からは逃げられない。
フェリアとユウリが近くに居るが、自分が邪魔で手が出せないようだ。
唐突に、モニターに敵パイロットの姿が映された。
「だがここまでだ。……と言いたいところだが、何の気まぐれだろうな。中々どうして、若造にしては見込みがある。どうだ? 俺達サクレオールドルへ来ないか? 俺が直々に鍛えてやれば少しはマシになるだろう」
映っていたのは茶っ気のある短い黒髪の中年男性であった。
声からして想像出来ていたが、イカツイ顔までは想像できていなかった。だが、今臆するときでもないので、ソラはあえて睨みつけ、更には挑発をする。
「お前はここでぶっ倒すんだから、その必要はないだろ……!!」
「ふ。面白い奴」
強がりだと見抜いている敵パイロットは不敵に笑った後、通信が切れた。途端、軋み始める機体。
本格的にマズイと感じたソラは、フェリアとユウリに通信を送る。
「お前ら逃げろ! お前らまでやられちまう!」
「ッ! ふざけないで! 貴方を見殺しになんかしないわよ!」
「そうです! 絶対助けて見せます!」
ソラに当たらないように、フェリアとユウリが射撃を開始したが、それでも装甲を貫ける見込みは薄い。
コクピット内はさっきから警報が鳴りっぱなしだ。
だが、どうすることも出来ない。
「くそっ! こんな所で終われるか……! 俺は……!」
機体は懸命に応えようとしてくれるが、それ以上に敵機の握力が上回っていた。損傷はレッドを振り切っており、いつ爆発を起こしても不思議では無かった。
「……ん?」
レーダーの索敵範囲に何か高速で向かっているのが見えた。
「ソラさん! そちらに高速で接近する機体が一機います!」
「あ、新手か!?」
最悪のシナリオであった。ただでさえ目の前の敵機にやられかかっているというのに、これ以上ヤバいのが来られたら本格的に部隊は全滅だ。
しかし、ソラの危惧は次のユウリの台詞によって、全く逆のものとなった。
「いいえ……これは、友軍機です!」
――言い切った瞬間、ソラを掴んでいた腕部へ、“何か”がぶつかった。
「ぐぅ……!? 何だ!?」
握力が弱まったのに気付いたソラは全力で操縦桿とペダルを動かし、何とか敵機の拘束から逃れることに成功する。
気づくと、敵機の近くに先ほどユウリが言っていた機体がいた。
「……は?」
機体を見て、ソラはそんな間抜けな声を漏らした。
今の連邦の機体配備状況的に、ソラの目の前にいる機体は“何でいるのか”と首を傾げるレベルだからだ。
そんな機体から通信が入る。
「……機体の調子は? 問題ないですか?」
女性の声だった。しかも声の感じからして自分たちと近い年齢。
「だ、大丈夫……です」
「それは良かった。ならば後退してください。見たところかなり機体にガタが来ているようだ」
ようやく敵機も今現れた機体に気づいたようで、意外そうに声を上げた。
「ほう……。随分珍しい機体が現れたな」
「……良い機体ですが、乗り手が少ないのが難点です。カームス・タービュレス少佐」
カームス、それがあの敵パイロットの名前のようだ。
「そういう貴様は……ああ、知っている。最近教導隊のメンバーが増えたとは聞いていたが、まさかこんな所に出張ってくるとはな」
「ええ、まあ。色々な理由があるのですよ」
「い、一体、誰……ですか……?」
何だか妙な言葉遣いになりながらも、ソラはその機体へ訪ねた。すると、女性は淡々と事務的に返答する。
「――地球連邦軍極東伊豆基地所属特殊戦技教導隊、ライカ・ミヤシロ中尉です。……援護を。私があの特機もどきを制圧します」
そう言い切り、ライカ・ミヤシロは機体――《量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ》のカスタムタイプの左腕部に装備されたプラズマステークを起動させた。……心なしか、ソラが知るプラズマステークより一回り二回りも大きく見えるのは気のせいでありたいと思いたい。
「やはりか! 貴様は知っているぞ、元ガイアセイバーズ!」
カームス機の左手が固く握りしめられ、一つの鉄塊と化した拳をライカ機へ振るう。
「は、はぁ!?」
右にも左にも避けず、ライカ機が選んだ選択は“突撃”だった。
背部バックパックのスラスターユニットに火が入った次の瞬間には、ライカ機は一つの弾丸となり、カームス機の拳を――真っ向から迎え撃った。
「……やはり質量差は覆せないです、か」
「なんという……! 僅かとはいえ、このツヴェルクと拮抗するとは……!」
拳とステークが真正面からぶつかると、そこから衝撃が生まれ、下の海が大きく揺れた。最初こそ拮抗していたが、徐々に拳の方が勝り始める。
それを冷静に理解したライカ機が一瞬で後退し、ツヴェルクの背後を取るように旋回を開始した。その間にM90アサルトマシンガンを放ち、ツヴェルクを縫いつけていた。
「後ろ……!」
「読めているわ……!」
背後を取ったライカ機が、再び恐ろしいほどの加速力で接近する。
しかし、それに気づいていたツヴェルクの右肘裏のブースターが作動し、通常の数倍近いスピードでの方向転換を終えた。真っ直ぐ直進しているライカ機が今から停止して、避けるのは不可能。
そう、ソラは思っていた。
「……そう来ますよね、やはり。ですが――」
その場に居た全員が目を疑っただろう。
直進するライカ機の全身のスラスターが瞬間的に吹き上がり、ライカ機がそのままの速度を維持して螺旋を描くような横転――いわゆるバレルロールを繰り出したのだ。
今度こそ本当に……背後を取った。
「何と……!!」
「――その対応を待っていました」
右腕部の大型プラズマステークが起動し、今までで一番の速度で突撃したライカ機はツヴェルクの背部へプラズマを叩き込んだ。
一発、二発、三発。
「くぅ……! 所詮八割の完成度か……!!」
次々に爆ぜるプラズマを喰らってもなお、ツヴェルクは動けていた。
ソラはひたすらゲシュペンストのパイロットの技量に戦慄していた。この《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》よりも性能が劣る《量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ》のカスタムタイプで自分達を――自分が及ばなかった敵を圧倒していることに。
「逃がしませんよ」
ライカ機が追撃をしようとすると、ツヴェルクは眼下の海面へ胸部を向けた。
「流石に相手が悪かったか。今日は退散をさせてもらう。……
嫌な予感がしたソラが施設の方を見ると、一機の戦闘機が飛び出していった。
「……なるほどやられました。貴方は囮でしたか」
「そういうことだ」
ツヴェルクの胸部から高エネルギー砲が発射された。
海面に着弾すると、そこから巨大な水柱が立ち上り、水柱が収まった頃には、既にツヴェルクの姿は無かった。シンとする戦闘空域。その無音が、戦闘の終わりを告げている。
それに安心してしまったのか、ソラの身体に、一気にストレスがやってきてしまった。
「はぁ……! はぁ……!」
「そ、ソラさん!? 大丈夫ですか!?」
「ソラ! ったく世話の焼ける……!」
薄くなる意識の中、最後に見たのはピュロマーネとオレーウィユのカメラアイであった。