スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第四話 これは罰

「貴様ら、じゃれ付くために演習場へ入っていたのか!?」

 

 これは格納庫に入って一番に言われた言葉である。

 ダイレクトに腹内を揺らさんばかりの怒声がソラ達に突き刺さった。

 

「フェリア・セインナート少尉、ソラ・カミタカ少尉。貴様達二人は軍人として三流も良い所だ。自分達で死ぬのは良い。……だが、このままでは他の者を巻き込んで死ぬだけだぞ」

「つっ……!」

 

 ソラとフェリアの顔が歪む、が今の二人には言い返す言葉も権限も持ち合わせていない。

 

「す、すいませんでした。カイ少佐……」

 

 ――カイ・キタムラ。

 伊豆基地所属である少佐にして、PTのモーションパターン構築を始めとするおよそPTに関わるあらゆる分野の最前線に立つ特殊戦技教導隊の隊長である。

 一言で言うなら、ソラ達など足元にも及ばない雲の上の人物。

 

(どこがで見たことがあると思ったら、まさかあの時俺に道を教えてくれた人だったとは……。しかも滅茶苦茶上官じゃねえか!)

 

 実は格納庫に入り、カイを見た瞬間、ソラは彼こそが第八ブリーフィングルームの場所を教えてくれた人物だということを思い出していた。相手が気づいているのかいないのかは分からないが、今のソラにはそれを確かめる勇気はなかった。

 

「いやぁカイ少佐、ウチの奴らを締めて頂いてようで、本当にありがとうございます。お手間掛けました」

 

 その光景を眺めていたラビー博士がゆっくりと歩いてきた。

 

「ラビー博士……。こちらこそ、出過ぎた真似をしました」

 

 そう言い、カイがラビーへ軽く頭を下げた。

 思っていた反応では無かったのか、ラビーが少し慌て気味に両手を振った。

 

「い、いやいやいや! 私がきちんと手綱を握っていなかったのがそもそもの原因ですので! いや、本当に!」

 

 自分の想定外の事態には弱いのだろうか、と何となくそう思いながらも、ソラは改めてカイの前に一歩踏み出した。

 

「本当にすいませんでした。俺……自分は熱くなりすぎてました」

「……私もです。自分を制御しきれていませんでした」

 

 頭を下げるソラとフェリアを見て、カイは腕を組み直す。

 

「……お前達はまだ若い。各自の主義主張は当然あるだろう。だが、それをぶつける時と、曲げずに押し通す時を間違えるな。ましてやお前達は力を持たぬ一般人の命を預かる軍人だ。先ほども言ったが、軽率な行動は間違いなく周りを巻き込み、そして――誰かを殺す。それを忘れるな」

 

 今までの怒声が嘘のように、まるで親が子を諭すような柔らかい口調となる。ひたすら恐縮し、カイの言葉を聞き終わると、今度はラビーが少し困ったように口を開いた。

 

「……まあ、君達が反省しているのは分かるが、今の君達では私の機体を託せんな」

「なっ!? さっきのことならもう――」

 

 ソラの言葉を遮るように、手を翳すラビー。頭を掻き上げながら、言葉を続ける。

 

「いやいや。それに関しては私にも責任の一端があるからもう触れないとして、そもそも君達はチームワークというものが分かっていない。私の作品は高い連携力が前提なんだ。今の君達では本来の性能の四分の一も引き出せないよ」

 

 ――連携力。

 ラビーの言葉が何故かソラの胸に強烈に突き刺さった。

 確かにこの変な空気のままじゃいつまでたっても、チームワークの“チ”の字すら無理だろう。

 ソラはピュロマーネとオレーウィユの方へ視線を向けた。PTのいろはを全然知らないソラでも、分かる。

 

(レモン頭の機体も、シノサカの機体も目に見える弱点がある。だけど、もしそれを補い合えたら……?)

 

 ソラの顔を見ていたカイの口元が僅かに緩んだ。

 そしてカイはラビーを呼び、数秒ばかり耳打ちをする。ラビーが頷いたのを確認した後、カイの表情が“指導者”のソレと豹変する。

 

「いましがたラビー博士から許可が下りた。カミタカ少尉、セインナート少尉、シノサカ少尉。今日一日、お前達のPT搭乗を禁ずる」

 

 カイの言葉にそれぞれ三者三様の反応を見せた。一番面食らっていたソラが掴みかからんとばかりにカイへ噛みつく。

 

「そ、それなら俺達は今日何すればいいんですか!?」

「落ち着け馬鹿者。そうだな、お前達は根本的に心身がたるんでいる。だから――」

 

 そう前置き、カイは今日のスケジュールを伝える。

 

「なっ……!? そ、それって今のこの事に関係ある――」

「四の五の言うな。今日は今言ったこと以外は一切認めん」

「そ、そんなぁ……」

 

 うなだれるソラにフェリアは一言。

 

「いつまで管を巻いてるのよ。決まったことよ。さっさと行きましょう」

「……ああ、分かったよ」

「シノサカ少尉も。悪いけど付き合ってもらうわね」

「は、はい! 私は大丈夫ですよ! さっ行きましょー!」

 

 カイは歩いていく三人の背中を見ながら、とある人物の顔を思い浮かべ、そして軽くため息を吐いた。

 

「……この場に()()()がいれば、もう少し上手く場を取り纏めることが出来ただろうに。タイミングが悪いと言えば良いのか何というか……」

 

 盗み聞きするつもりではなかったのだが、たまたまカイの呟きが耳に入ってしまったラビーはつい興味本位で聞いてしまった。失礼をしてしまっただろうか――そんな彼女の不安はあっさりと霧散する。

 

「ああ。自分と肩を並べる……良いや、愛の強さなら自分を超えるやも知れないとあるゲシュペンストフリークの話ですよ」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「はっ……! はっ……!」

「……」

「ふーふー」

 

 伊豆基地というのはそこそこ大きな基地である。そんな基地の外周を走るということは割と大変な運動となるのだ。

 

「どうして……! 俺達が……! 走っているんだよ!」

「知らない……わよ! 二十周なん、て……ありえない……!」

「がんばりましょー!」

 

 カイから言い渡されたミッションの一番目は、『伊豆基地二十周走れ』である。今日は快晴なので走るには最高の天気なのだが、いかんせん風が吹いていない。

 暑さは現在進行形でソラ達の体力を奪っている最中であった。

 走るのに邪魔な制服は既に脱いでおり、全員作業服で走っていた。

 

「ていうか……、シノサカはどうして汗一つ掻いてないんだよ……!」

「え、ええ!? そんなことを言われましても!」

 

 ソラの指摘にユウリがオロオロし始めた。二人のやり取りを見ていたフェリアがボソリと言う。

 

「自分に、体力が無いのは分かるけど、イライラをシノサカ少尉にぶつけるのは、止めなさい」

「あん……!? そっちこそだいぶバテてるんじゃねえ、のか?」

 

 気合いのみで走り、現在三人とも十六周目に入ったところであった。

 いくら軍人といえ、暑さと無風状態で走り続けていれば少なからず体力を消耗するのだが、ユウリ一人だけ何食わぬ顔で走っていた。そんな不思議な体力を発揮する女性であるユウリに対して、男性であるソラが何か言いたくなるのも無理無い話であった。

 また悪くなりそうな話の流れを変えるように、ユウリが何気なく呟いた。

 

「……ソラさんとフェリアさんって、結構仲良いですよね?」

 

 半ば脊髄反射的にソラは反論した。

 

「いいや」

「いいえ」

 

 フェリアと全く同じタイミングで否定してしまったせいで、逆にユウリがニコニコし始めた。

 

「ふふ。やっぱりそうですよね! 最初は二人ともちょっと怖いなぁ……って思っていたんですけど、じっと見ていたら実はそうじゃないんじゃないか? って思ったんです!」

「いや……シノサカ、それは無い」

「そうよシノサカ少尉、私はこの女男と仲が良くなんて無いわ」

 

 ユウリは二人の反論を受け、何か言いたげにしていた。

 口にしようかどうしようか迷っていると、それに気づいたフェリアが促した。

 

「どうしたのシノサカ少尉? 女男からセクハラでも受けた?」

「誤解が生まれるようなことを言うな!!」

「え、えっとですね……。で、出来れば二人とも、私の事を“シノサカ”では無く“ユウリ”って呼んでほしいなぁ……なんて」

 

 はにかんだように笑うユウリの笑顔に、ソラが少しときめいてしまう。

 しかし反応したらそれこそフェリアの思う壺だったので、極めて冷静に返した。

 

「お……おう、ならこれからはユウリって呼ぶことにする、わ」

「っ、ありがとうございます!」

「……な~に、ニヤケているのよ」

「ふ、フェリアさんも……お願いします」

「……!」

 

 プイ、と唐突にフェリアがソラとユウリから顔を逸らす。

 すぐに察したソラが、反撃とばかりにニヤニヤと笑みを浮かべた。ソラのイヤらしい笑みを見たユウリは彼が何を言いだすのかに気づき、あはは……と困ったように笑う。

 

「あれ? レモン頭、もしかして俺より照れてんじゃねえのか?」

 

 どうやら図星だったようで、今まで見たことのないぐらいフェリアが動揺し始めた。

 

「バッ! そんな訳ないわ! 大体レモン頭って何よ……!? 私はフェリアよ! レモン頭なんかじゃ、ないわ……!」

「そっか、まあ“フェリア”も観念してユウリって呼んでやれよ」

「あ、しまっ……!」

 

 ソラは首を傾げた。

 どうして要望通り名前で呼んだのにフェリアが悔しそうな顔をしているのだろうと本気で分からなかった。追い打ちとばかりにユウリがフェリアの方を期待一杯で見つめている。

 チラチラとその視線と合わせては逸らしを繰り返した後、とうとう観念したのか、フェリアが聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で、ボソリと一言。

 

「……ゅ……ユウリ」

「ありがとうございますフェリアさん!」

「お、お礼を言われるほどじゃないわよ……!」

 

 速度を上げて二人の先頭を往くフェリアの後姿を見て、ソラとユウリは顔を見合わせて笑う。耳まで真っ赤になっていたら誰でも照れ隠しだということがわかってしまう。

 ソラがからかうと、大きな声でうっさいと一喝されてしまった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 いつのまにかノルマをクリアしていた三人は走り込みを終了し、次のミッションに移るため、格納庫まで戻った。

 三人の手には、次のミッションに必要不可欠であるデッキブラシとバケツが握られていた。

 

「さってと! 次は演習で使った機体の清掃だったな! 早くやろうぜ!」

「はい! やってしまいましょう!」

「……はいはい。もうこうなったらとことんやってやるわよ」

 

 各々決意を新たに、昇降機で上がり、それぞれ演習で使用した機体の元まで歩いていく。

 ソラはすぐにデッキブラシで機体の装甲を磨き始める。だが哀しいかな、開始数分で飽きてしまった。

 あまりにも退屈になったので、ソラはオレーウィユを磨いているユウリへ声を掛けてみることにした。

 

「なあユウリ」

「はい。なんですかー?」

「ユウリってどうして軍に入ったんだ?」

 

 そうですねぇ、とユウリは少し間を置いて答えた。

 

「私は、何か皆の役に立てることはないかなって考えて、気づいたらここに入っていましたねぇ……」

「おおう、良い理由だな! そういう理由があるならきっと頑張れると思うぜ」

「ありがとうございます! ソラさんは?」

「俺は……そうだな、昔『L5戦役』で異星人の部隊に町ごと焼き払われそうになったとき、連邦軍に助けられたんだよ。それで、その時思ったんだ。命を助けられた俺は、今度は人の命を助けるために行動しなきゃいけない番なんだってな」

 

 話が聞こえていたのか、逆サイドで清掃していたフェリアが口を開く。

 

「……それで、貴方は連邦軍に入ったのね」

「ま、そんなもんさ。お前はフェリア?」

「……私は、異星人から地球の平和を守る為、そして人間同士のいざこざを少しでも無くす為よ」

 

 ソラは思わず会話を止めてしまった。

 それが気に喰わなかったのか、フェリアの目が細くなった。

 

「……何よ。何か文句ある?」

「い、いやてっきり俺はお偉いさん目指しているのかと思って。……俺の勝手な予想だったが」

「そんなものに興味はないわ。貴方の話じゃないけど、異星人の手前勝手な理由で身近な人が危険な目に遭うかもしれないのが許せないだけよ。それに、昔ちょっと色々あってね。特に力を入れたいのは人間同士の無駄な争いを少しでも軽減すること――そう、しなきゃならない」

 

 どうやらソラはフェリアの事を少し誤解していたようだ。

 こうして話を聞くまでは、血も涙もない出世お化けだとしか思っていなかったが、なんともはやこれは――。

 

「お前って……意外に熱かったんだな」

「……デッキブラシ投げつけるわよ? ああ、ごめんさっきの訂正。出世に興味が無いと言ったら嘘になるわ。手広く手を差し伸べるためにはそれなりの地位も必要だもの。そうしたら貴方は真っ先に倉庫整理係ね」

「ほっほう、上等だこの野郎」

「もーすぐそうやって喧嘩に持ち込もうとしないでくださいよぉ!」

 

 三人は気づいていなかった。

 喧嘩こそすれども、あのギスギスした空気はなく、どちらかというと親しみを感じるような、そんなやり取りにいつの間にか変わっていた。

 いきなり高度な連携は流石にまだ無理だろう。しかし、逆に言いかえるなら、三人はようやくスタートラインに立てたということだ。

 ここにカイがいればきっとこう言っているであろう。

 

 ――最初からそうしていれば良かったのだ。

 

 まだまだ先が思いやられるが、第五兵器試験部隊はこの日、真の結成を果たした。

 

「――君達! 早く下に降りて来い!」

 

 下でラビーが慌てた様子で叫んでいた。

 

「どうしたんすか?」

「良いから、早く降りて来い! これから面倒なことになってくるぞ!」

 

 そんな第五兵器試験部隊に、早速試練がやってくる――。


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