スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第二話 這い回る蛇

 ――《エレファント級》艦内。

 輸送艦に不足しがちな火力と積載能力を向上させようとした結果、どっちつかずの中途半端な性能となってしまった輸送艦である。その末路は計画が凍結。

 結局三隻しか建造されなかった、いわゆる失敗作となる地上用攻撃輸送艦である。エレファント級の名称の由来は、艦首のフレキシブルロングビーム砲と艦全体のフォルムがゾウに似ていることから来ている。

 そんな輸送艦内で壮年の男性が携帯端末を片手に、廊下を歩いていた。

 

「ほう。それで、どうだった? オーストラリアの部隊は中々しつこいと聞いていたが?」

 

 携帯端末の向こう側の相手の返事が面白かったのか、男性は何度も頷き、時には笑った。

 

「……そうだ、エアーズロックは見たか? 俺は一度しか見たことが無いが、素晴らしかった。お前も一度は女房を連れて見に行った方が良い。……ああ、そうか、既に逃げられていたか。くっくっくっ、そう捻くれるな」

 

 ふいに男性は立ち止まる。

 

「……四人死んだか。いや、気にするな。お前のせいではない。そういうことも承知で俺達はこうして一つの旗の下にいるのだからな」

 

 そう言う男性の表情は沈んだものだった。口でも心でも割り切れるが、それでも哀しいものは哀しい。歳を取り過ぎたか、と自嘲したように笑い、男性は話題を切り替えた。

 

「お前たちも気を付けろ。俺達はあと十五時間ほどで目的地に着く。ああ、それでは生きて会おう」

 

 その言葉を最後に、男性は端末を切った。窓を見ると、緩やかに、だが確実に流れていく景色。

 

「そういうことも承知で、か。ああ、俺達はそういうことも踏み越えると既に覚悟しているんだ」

 

 おもむろに男性は腕時計に視線を落とした。

 

「もうそんな時間か」

「カームス、戻った!」

 

 なんとタイミングの良いことだ、と男性――カームス・タービュレスは振り返った。瞬間、声の主がカームスの胸に飛び込んできた。

 その声の主はまだあどけなさの残る少女であった。歳は十三か十四だろうか、小柄な体格だったので、受け止めたカームスの腕にすっぽり収まってしまった。拍子に長い金髪がふわりと揺れる。

 少女はカームスを見上げると、嬉しそうに喋りだした。

 

「あのね、あのね。撃破記録更新したよ? 今日は二個小隊だったんだけどね、その内の一個は全部リィタがやっつけたんだよ!」

「そうか偉いな。どこか怪我とかはしていないか?」

 

 カームスが撫でると、少女――リィタは気持ち良さそうに目を細める。

 相変わらずさらさらとした綺麗な金髪だな、髪を撫でながらカームスはそう思っていた。後で艦内にいる女性の部下に髪の手入れを頼まなければならないと、頭の中のメモ帳に予定を書き込む。

 

「ううん。大丈夫だったよ。だけどね……」

「どうした? 何かあったのか?」

「うん。今日リィタが乗ったリオンね、すっごく動きが遅かったの。攻撃が来るって分かっているのにリオンがちゃんと動いてくれないんだ。その所為で何度もむーっ! ってなっちゃった」

 

 やはり予想していたことを言われてしまい、カームスは思わず顔をしかめそうになった。

 ――整備兵の名誉に懸けて断言しておくが、決してリオン自体に不備があった訳でも、整備が悪かったわけでもない。

 単純に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだ。

 用意していたリオンは機動性を強化した《リオン・タイプV》、それにチューンナップを施した特別製。それでもいまいちリィタの満足するような性能ではなかったらしい。

 

(やはりあの機体が待たれるか。それと俺の機体が来れば、『鋼龍戦隊』クラスの戦力が出張らない限り、俺達に敗北はない)

 

 気が付くと、カームスを見上げたままリィタが不機嫌そうになっていた。

 

「もーカームス、話聞いてた?」

「……すまん、考え事をしていた」

「リィタと考え事、どっちが大事なの……?」

「そう不貞腐(ふてくさ)れるな。もちろんお前に決まっている」

 

 カームスは頬を膨らませ、精一杯抗議しているリィタをもう一度撫でてやった。そんなので誤魔化されない、と言っていたが段々頬がしぼんできたのを見て、カームスは内心笑う。

 同時にリィタのアンバランスさを改めて認識することとなった。

 

(やはり年齢と精神のバランスがぐちゃぐちゃだな。……ふん、俺達が憐れむ資格はない、か)

「カームス少佐、こちらでしたか」

 

 小走りでやってきたのはこの艦の整備兵であった。敬礼を交わし合い、整備兵が束となった書類を渡す。

 

「ついに“ドワーフ”とリィタ嬢の“凶鳥”が届きましたよ。えっと、メーカーは……」

「いやメーカーに興味はない。それよりも、どうだ?」

「ざっとカタログスペックを見ましたが、最高ですね。これならカームス少佐とリィタ嬢が百パーセント実力を発揮できると思いますよ」

 

 整備兵の話を聞きながら書類に目を通すカームスは満足げに頷いた。

 リィタもそうだが、正直カームスも部隊で持っている機体の性能に不満があった。……こと機体に関してはかなりの欲張りを自覚している。

 こうして届いた機体も自分の要求がかなりふんだんに盛り込まれており、その要求が通されているということはほぼ最高のパフォーマンスを発揮できる確信があった。

 ふと、カームスの目がリィタの機体のページで止まる。

 

「これは? 何やら知らないシステムが搭載されているようだが?」

「ああ、これですか? これは『PDCシステム』――『サイコ・ダイレクト・コントロールシステム』です」

「サイコ……何だそれは?」

「えっと、仕様書によるとですね……。パイロットから出る特定の脳波で機体の火器管制や機体の操縦レスポンスを向上させるものらしいですよ」

「ほう。そんなものがあるのか。聞かないシステムだが、信頼出来るのか?」

「……お恥ずかしい話、私もこのシステムのことは詳しく聞かされていないんですよね。整備マニュアルをぽんと渡されて、やや特殊なMMI(マンマシンインターフェース)と聞かされたっきりで」

 

 整備兵の言葉に、カームスは顔をしかめた。しかしそれは彼の説明の悪さに対してではない。

 今話している整備兵は昔からの付き合いで、全幅の信頼を置いている。場数もこなし、あらゆる機体を熟知している彼が、得意分野で言いよどむことはかなり珍しいからだ。

 

「……大丈夫なのか、そのシステムは?」

「元々連邦から流出したシステムのデッドコピーみたいなので、あからさまに怪しいシロモノじゃないですよ。万が一に備えて、システムの強制停止コードも追加しましたし」

「そうか。なら良いが……」

「早速現物を確認しますか?」

 

 一瞬リィタに視線を移した後、カームスは首を横に振った。

 

「いや、ゲルーガ大佐に呼ばれている。あとで見させてもらおう」

「そうですか。じゃあ後ほど。じゃあね、リィタ嬢」

 

 そう言い残し、整備兵はパタパタと歩き去って行った。こうしている間に、仕事が溜まっていくのだろう。

 感謝しつつ、カームスはなるべく優しくリィタに声を掛けた。

 

「……やはり、俺やゲルーガ大佐以外と話すのはまだ難しいか?」

「うん……。まだ、怖い……」

 

 整備兵と話している間、リィタはずっとカームスの影に隠れて、服の裾を握りしめていた。

 

(……()()()()()()の事を考えると無理もないか。むしろ、だいぶ回復してきたと前向きに捉えるべきなのか……?)

 

 ――リィタという少女は、とある養成機関の出身というやや特殊な経歴を持っている。

 昔の記憶を思い出させないよう、彼女の前ではその機関の名前を出すことは部隊内でのタブーとしていた。

 

「徐々に慣れていけば良い。俺はゲルーガ大佐の所に行く。お前も行くか?」

「うん!」

 

 歩き始めてすぐに、リィタはカームスの方を、正確には彼のポケットの方へちらちらと視線を移すようになった。それに気づいたカームスは、ポケットの中からリィタの目当ての物を取り出した。

 

「……そういえば、まだご褒美を渡していなかったな。ほら、良く頑張ったな」

 

 小さな袋に入っていた金平糖を数粒ほど適当に取り出し、リィタの手の平に乗せてやった。

 

「わあ! ありがとう!」

 

 そう言ってリィタは一粒をつまんで空にしばらく掲げたあと、口に放り込んだ。

 

「美味しい!」

 

 口を動かしながら幸せそうな顔をするリィタを見て、カームスは自然と笑みが零れていた。ジッと見ていると、リィタの姿が段々もう一人の少女と重なっていき――。

 

 ――パパ、美味しいね!

 

 少女とリィタの姿が完全に重なる寸前、カームスはすぐに己を引き戻し、小さく頭を振った。

 

(……またやってしまったな。あいつはもう居ないというのは分かっているのにな。どうも俺はリィタとあいつを……)

 

 リィタと初めて会ってからたまにやってしまう“悪癖”だ。どうにも自分は女々しい男らしい、そうカームスは自嘲した。

 

「リィタ、これ甘くて美味しいから大好き! えっと、何だっけ? コンペン……ハンペン……ペンペン……?」

「金平糖だ。……俺も好物だ。気に入っているなら持ち歩いている甲斐があるというものだ」

 

 その言葉に嘘はない。

 カームスは昔から金平糖が大好きで、良く小さな袋に入れて持ち歩くぐらいだ。彼を良く知る者からは案外子供っぽいところがあるな、と笑われるが、それでも金平糖を持ち歩くのをやめるつもりはない。

 こうして笑顔になってくれる者が出来たのだから、尚更だ。

 

「そうこうしている内に、ブリッジか。リィタ、ちゃんと静かにしていろよ?」

「うん」

 

 カームスは扉の開閉スイッチを押した。

 

「来たかカームス」

 

 艦長席に座っていたのは白髪が目立つ初老の男性であった。

 リィタを連れ、艦長席の近くまで行くと、リィタが初老の男性に手を振った。

 

「おじーちゃん! リィタ、今日も頑張って来たよ!」

「おお、そうかそうか。良く頑張ったなリィタ」

 

 褒められて嬉しそうにしている光景だけを見ると、祖父と孫の楽しげな会話に見えるが、その内容はとても楽しいものではない。

 会話が終わるのを見計らい、カームスは初老の男性に敬礼をする。

 

「ゲルーガ大佐、先ほどオーストラリアの部隊から作戦成功の連絡を受けました。戦死者は四名、その他は目立った被害はありません」

 

 初老の男性――ゲルーガ・オットルーザはカームスの報告を、ただ瞑目したまま聞いていた。リィタがまだ話したそうにしていたが、どうやらゲルーガの雰囲気を見て話すのを我慢しているようだ。

 

「……そうか。貴重な同志達は我らが神聖騎士団の英霊となったのか。あとで戦死者をリストにして私に寄越してくれ」

「了解。……もうそろそろ目的地ですね」

「ああ。腐った連邦の残飯を漁るようで屈辱だが、それでも耐え忍ぶしかあるまい」

「ですが、そうする価値があの『ハーフクレイドル』にあることも事実です」

 

 違いない、とゲルーガが笑う。

 

「あそこさえ手に入れられたら、この『サクレオールドル』は次のステージに立てる。カームス、防衛部隊の制圧は頼むぞ。お前の働きが我らの運命を分ける」

「理解しています。ゲルーガ大佐の為、この命を使いましょう」

「頼もしい限りだ。あと十四時間ほどで目的地となる。それまで十分英気を養っておいてくれ」

「了解しました」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「なんでおじーちゃんともっとお話ししなかったの?」

 

 そう廊下でリィタに質問されたので、カームスは諭すように返した。

 

「ゲルーガ大佐は忙しい方なのだ。だから邪魔をしてはいけない」

「つまんないのー。リィタはもっとお話ししたかったのに、カームスはすぐに出て行っちゃうんだもん。お話しできなかったー」

 

 リィタの言い分も分かるが、ゲルーガが忙しいのは事実であった。

 今こうしている間にも数々の関係者と話をしているはず。少佐などと呼ばれているが、ずっと最前線で戦っていたただの兵士である自分ごときでは想像も出来ない高度なやり取りがきっと繰り広げられているのだろう。

 ふと、リィタがしばしば目を擦る回数が多くなったことに気づいた。

 

「さあ、疲れているだろう。一度部屋で寝て来い。時間になったら起こしてやる」

「うん……。じゃあ、寝るね。ふわあ……」

 

 カームスの提案をすんなり受け入れたリィタはおぼつかない足取りで自室へ歩いて行った。

 その後ろ姿を見送った後、カームスは格納庫にある自分の機体を確認すべく、歩き出した。

 

「……平然と子供を戦場に出せる俺はきっと地獄に堕ちるだろうな。……娘の所になど、行けるわけがない」

 

 誰に言うでもなく、自分自身に向けてそう言うカームス。

 

()()に居続ける限り、リィタは最前線に送り込まれ、敵と切った張ったを繰り返し続けるだろう。――――良いのか?)

 

 リィタと出会ってからずっと繰り返している疑問。のたうつ蛇のようにずっとカームスに絡みついていた。

 

(それで良いのか? ……ちっ、止めておこう。どうにも俺はリィタに対して肩入れするきらいがあるようだ)

 

 歩きながら、ポケットに手を突っ込み、先ほどリィタにあげた金平糖の袋を取り出した。袋の中から一粒つまみ、口に放り込む。

 

「……美味いな」

 

 ――口の中に溶ける甘さはきっと、自分にこびりついている人間らしさなのだろう。


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