スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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第一話 退けない戦い

 ――経験の差を教えてやる。

 

 第八ブリーフィングルームから場所は変わり、ここはシミュレータールーム。

 フェリアは、あらゆる状況でPT(パーソナルトルーパー)AM(アーマードモジュール)を動かすことが出来るこの装置で白黒をつける気らしい。

 

「良い? ルールは至ってシンプルよ。どちらかが大破したら負け。オーケー?」

「分かりやすくていいじゃねえか。早く始めようぜ」

「……すぐに後悔させてやるわ」

 

 啖呵を切り合った後、二人はシミュレーターに乗り込んだ。ラビーとユウリは別に備えられたモニターで二人の戦いを見守る。

 ラビーが何やらタブレットを手にしていたが、今は気にしている場合ではないと、ソラは早速機体を選ぶため、コンソールに指を置く。

 実はラビーからの指示で、既に操縦する機体は決まっていた。

 ぎこちない操作で機体の選択を終えたソラは、操縦桿を握る。パッパッと真正面のモニターに色んな数値が映っては消えてを繰り返した後、視界が変わった。

 

「お、おおお……」

 

 目の前に広がる山、山、山。英語で『山岳地帯』と映される。

 

「そんで、こいつが俺の機体……!」

 

 機体情報を表示するモニターにはこう機体名が書かれていた。

 

 ――《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》。

 

 ヒュッケバインの名は流石のソラでも知っていた。異星人からもたらされた技術、通称EOTを惜しみなく採用して開発された機体で、この機体はその後継機である《ヒュッケバインMk-Ⅱ》の量産型。

 EOT以外はほぼ原型機と同スペックと言う素人でも分かる傑作機だ。

 

(量産型のゲシュペンストの時代は終わったよなー、ほんと)

 

 昔からメディアへの露出が多かった《量産型ゲシュペンストMk-Ⅱ》は既に見る影もなく、今ではこのヒュッケバイン一色だ。ソラの個人的な感想だが、もうマニアしか使わない骨董品だろう。

 そんなことを考えていると、フェリアから通信が入った。

 

「用意は良いかしら?」

「ああ。いつでも来い」

「お言葉に甘えて――」

 

 瞬間、鳴り響くアラート。

 ぎょっとしたソラは反射的に操縦桿を引き、ペダルを踏み込んだ。不恰好に跳ぶソラ機の元居た場所へ着弾する光子弾。直撃は避けたが、何の気構えもせず行った飛行だ。

 

「うおお!」

 

 青空へ仰向けになったままの背面飛行となっていた。

 このままでは頭部から山の斜面に激突してしまうのは時間の問題。ガチャガチャと操縦桿を前後左右させ、何とか姿勢制御には成功したが、ロックオンされている事には変わりない。

 慌てて発砲をしてきた方向へゴーグルアイを向け、フェリア機をロックオンする作業を終える。

 

「全く同じ機体、全く同じ装備、ならあとの違いはパイロットだけよ」

 

 そう言って、《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》――フェリア機は手持ちのフォトン・ライフルの銃口をソラ機へ向ける。

 

「くそっ! 上から目線な!」

 

 とはいっても、そう言うだけの実力はあるようだ。

 牽制目的に放たれた光子弾は、的確にソラ機を掠めていく。距離を取ろうと後退しても、それで狙いがブレることがない。早速脚部や胴体にダメージが溜まってしまった。

 負けじとソラ機も手持ちのフォトン・ライフルを発砲するが、軽く避けられてしまう。全く当たらない。

 自分の動きは読まれているとでも言うのだろうか。少なくとも、今の空にはそうとしか思えなかった。

 

「随分と上手い牽制ね。少ししか動けなかったわ」

「バカにしてぇ!」

 

 高度を下げ、そこら辺に並び立つ山々でフェリア機の鋭い射撃をやり過ごそうとしたが、それも数十秒後には無に帰する。何かが上空を通り過ぎたと思ったら、地上のソラ機へ狙いを付けるフェリア機の姿。

 陽の光に反射するフェリア機のゴーグルアイがこう言っているように見えた。

 

 ――ビビっているのかい?

 

 一発目はソラ機の足元に着弾した。二発目が横を通り過ぎる、その時にはソラ機は既に上昇していた。

 

「くおっ!」

 

 本命と言わんばかりに、三発目がコクピットへ向かってきた。

 咄嗟に左腕で庇ったおかげで直撃は免れたが、いよいよマズイとソラの頬に汗が流れる。

 

(情けないが、この機体の勝手が掴めねえ……! このままじゃあいつに良いようにやられて終わり。それだけはお断りだ……!)

 

 現実は無情である。

 実際今こうして、経験も、勘の裏付けもなく適当に機体を動かしているおかげでフェリア機からの射撃を運よく避けられているだけ。フェリアが狙いをもっと鋭くしてきたら、何て考えたくもない。

 そんな事を思っていたら、何を思ったのかフェリア機が攻撃を中止した。

 

「ほら、来なさいよ。さっきから私ばかり攻撃していてつまらないわ」

 

 滞空したまま、ソラへ向かって右手の甲を翳し、人差し指部を前後させる。要は“掛かって来い”である。

 

「ならお望み通り!!」

 

 完全に挑発を受けてしまったソラは操縦桿のトリガーを何度も引いた。

 弾数も狙いも考えないただの乱射。おちょくるようにフェリア機はひらりひらりと回避していく。碌に照準を合わせていないのがそもそもの原因だが、今のソラがそれに気づくのは難しく、ただ相手に弾丸を叩き込む一心でトリガーを引いていた。

 それを見透かしているかのように、フェリア機が一発ライフルを放ち、そのまま接近してきた。

 

「サービスタイムは終了よ」

 

 光子弾はソラ機の背部ウィングに当たった。

 バランスを崩したソラ機へフェリア機は蹴りを入れ、空中から地上へ叩き落とした。

 

「何がサービスタイムだ、馬鹿にするための時間だったじゃねえか……!」

 

 寸でのところで姿勢制御が間に合い、どうにか地表スレスレを滑空するだけで済んだのは僥倖と言える。フェリア機を追い払う意味で、滑空しながらライフルを放った。

 少し危なかったのか、追撃してくること無くフェリア機はソラの目論見通り後退した。

 そのまま一気に畳み掛けたいところであったが、一旦距離を離すべくソラ機は空中に上昇しながら、後退することに。

 

 それがマズかった――。

 

「しまった!」

「周りの確認もしていないの!?」

 

 フェリア機に意識を向けながら後退していたせいか、全く後ろの状況を確認していなかった。ソラ機のカカト部が、山の頂上辺りへ引っかかってしまい、背中から斜面に激突してしまう。

 

「うわあああ!!」

 

 体勢を立て直すことも出来ずに、無様に斜面を転げ落ちるソラ機へ、フェリアは呆れ返ったように一言漏らす。

 

「本当にただの素人じゃない……」

「うっぷ……。シミュレーターだけど、これは……キツイ」

 

 グルグルグルグル景色が変わっていくし、シミュレーターにはガンガン揺さぶられるわで、ソラの胃の内容物が喉元まで込み上げていた。

 状況はフェリアの圧倒的有利であった。

 撃っても当たらないソラに対し、フェリアは牽制を除き、ほとんど当てているのだ。このままでは本当に的になって終わり。

 何か手はないかと、ソラはコンソールを叩く。すると、武装欄にもう一つ武器があったことに気づいた。

 

「プラズマカッター……非実体剣か」

 

 ソラの中では既に射撃は当たらないものとし、マニュピレーターで殴りかかる算段を立てていた時に、これだ。

 何か運命めいたものを感じたソラは、意を決して武装を選択する。

 

「もう良いわ。早く終わらせましょう。時間の無駄だわ」

 

 その言葉に苛立ちを感じながらも、ソラは冷静に自分を戒める。侮辱はこの一撃に託せばいい、とそう自分に言い聞かせた。

 

「うるっせえ!! やれるもんならやってみろレモン頭!!」

 

 己を奮い立たせるように咆哮し、ペダルを踏み込む。ソラの意志を受け取ったかのように、ソラ機の速度がぐんぐん上がる。

 しかし今度は空中には上がらず、ホバー移動で地表を滑る。

 

「少しは頭を使い始めたみたいね」

 

 フェリア機はその場から動かず、地上のソラ機へフォトン・ライフルを放ち始めた。対応からして既に馬鹿にされているが、この際無視。

 なるべくジグザグになるような機動を意識しながらフェリア機へ接近し始める。フェリア機からの射撃は山を盾にすることで回避の負担を減らす。

 それでもやはり被弾してしまうが、もう気にして後退する選択肢はソラには無かった。ここで退けばもうチャンスはない。

 右手のフォトンライフルを放ちながら、左手に握られたプラズマカッターを起動させる。

 

「来る気ね……」

 

 適切にソラ機の進攻を妨げる位置への射撃を続けるフェリア機。

 ペダルに掛ける足の力を強め、落ち着かないのか操縦桿を握る位置を何度も変えるソラは形成される弾幕の中で“その時”を待っていた。

 

「だいぶ近づけて来たわね。でも――」

「ここだあああ!!」

 

 一瞬切れた弾幕。弾かれるように、ソラはペダルを全開にし、操縦桿を引きあげた。

 上昇してくるソラ機へフェリア機は冷静にライフルを向ける。

 

「いいえ。私の必殺距離よ」

「だと思っている内がぁ!」

 

 また数発放たれる光子弾。

 今度は右腕を盾にすることで、コクピットへの直撃を避ける。だが、それがいつまでも続く訳が無く、次第に損傷許容ラインがレッドを振り切ろうとしていた。

 このままでは完全に右腕部が壊れる。その前に、ソラ機はライフルを思い切り投げつけた。

 

「捨て身……!? 本当に馬鹿ね……!」

 

 いつの間にか持ち替えていたプラズマカッターでフェリア機は難なくマシンガンを切り払うことに成功する。時間にしてみれば僅かな時間だが、ソラ機が飛び掛かるには十分すぎるモノだった。

 使い物にならなくなった右腕部は既に意識に無いソラは操縦桿を思い切り倒す。プラズマカッターが届く適正距離。

 

「……白兵戦まで持ち込めたことは評価してあげる」

「言ってろ!!」

 

 速度に乗った斬撃がフェリア機に襲い掛かる。

 プラズマカッターで迎え撃ったフェリアが初めて焦りの声を漏らした。

 

「くっ……!」

 

 僅かに弾かれたフェリア機の腕を見て、ソラはもう勝機はここしかないと直感する。

 続けて薙ぐように振るわれるソラ機のプラズマカッター。だがいなされる、そこから繋げられる縦一閃もやり過ごされた。

 

 ――押している!

 

 アドレナリンが身体全体に行き渡り、極度の緊張から全ての動作がスローモーションのように見える。このままいける、倒せる。

 そう思い、またそれしか頭になかったソラだった。

 そんな状態のソラの耳にするりと、フェリアの言葉が耳に入ってきた。

 

「勝てると思って油断したわね!」

 

 トドメを刺そうと、ソラ機がプラズマカッターを大きく振り上げた瞬間に聞こえた言葉だった。何故かフェリア機のゴーグルアイが妖しく光ったような錯覚を覚えた次の瞬間には、既に“終わっていた”。

 刀の抜刀術の要領で、フェリア機はプラズマカッターを閃かせる。大振りであったソラ機の左手首は宙を舞い、そのまま地面に落下していった。

 振るわれるはずだったプラズマカッターが視界に現れず、不思議に思っていたソラがようやく事態に気づいた時にはもう全てが遅かった。

 

「くそおお!!」

「少し焦らされた。それだけが評価できるポイントね」

 

 メインモニター一杯に広がる桜色の光が、ソラが最後に見た光景であった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「二人とも、お疲れ様でした! どっちもすごかったです!」

 

 シミュレーターから降りていた時に、そう言ってユウリが近づいてきたが、息が上がり、汗が滝のように流れているソラには生憎と返事をする余裕は無かった。

 

「はっ……はっ……!」

 

 まともに攻撃できたのはたった一回。

 こうも翻弄されるものとは思っていなかったソラは一言も喋れなかった。

 

「どう? これが経験の差よ」

 

 同じくシミュレーターから出て来ていたフェリアは少ししか汗をかいていなかった。地面に這いつくばるソラと、それを見下ろすフェリア。

 ――誰がどう見ても、ソラの完全敗北であった。

 

「くそっ……何も、出来なかった」

「これからは分を弁えた発言をすることね」

 

 そう言い残し、フェリアはどこかへ歩いて行った。

 

「そ、ソラさんはまだ操縦に慣れていないんですし、しょうがないですよ! 気を落とさないでください! ほら笑顔ですよ笑顔!」

 

 懸命に励ましてくれるユウリに思わず泣きそうになったが、それをグッと呑み込む。

 

(確かに、シノサカの言うとおりかもしれない。今の俺に足りない物は分かりきっている……)

 

 全てをそれだけで収める気は無いが、ユウリの言うことが今のソラに必要なものだろう。

 あらゆる面において、ソラはフェリアに負けていた。それは今の模擬戦ではっきり分かった。と、すればやることは一つ。

 

「……特訓だ」

「へ?」

「特訓だ!! 特訓しまくって、それで! 今度こそあのレモン頭を叩き落としてやる!! という訳だシノサカ! ちょっと付き合ってくれ!」

「へ? へぇ!? ひ、引っ張らないでくださいよぉ~!」

 

 塞ぎ込む時間などない。

 そんな時間があるなら、特訓に費やした方が何兆倍も有意義なものとなる。決意を新たに、ソラはユウリを引っ張り、シミュレーターへ走り出す。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 そんなソラの姿を見ながら、ラビーはタブレットの上に指を踊らせていた。

 

「多少スケジュールが早まったが、まあいい。丁度良かった」

 

 タブレット上には先ほどの模擬戦のデータが表示されていた。

 そのデータにはラビーによるいくつもの追記がされており、そのどれもがとある事項を決定するための材料であった。

 

「ユウリ君は確定していたが、残り二機をどうするか悩んでいた矢先にこれだ。ふ、ニコチンの神が降りて来てくれたようだな」

 

 画面が切り替わると、そこには三機の機体データが並べられていた。

 

「フェリア君にはやはり一号機で、ソラ君が……」

 

 その内の一体をタップすると、その一体だけに画面が絞られ、更に詳細なデータが表示される。シルエットはどこからどう見ても《量産型ヒュッケバインMk-Ⅱ》。だが違う点は銃と剣が一体化したような一本の武装が握られていた事である。

 

「“ブレイドランナー”。ソラ君にはピッタリかもしれんな」

 

 そう締め括り、ラビーはタブレットの電源を落とした――。


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