スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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~刃走らせる者編~
プロローグ


 ――新西暦と呼ばれる時代。

 地球は幾度となく脅威に晒され続けていた。『DC戦争』、『L5戦役』、『インスペクター事件』そして『バルトール事件』に『修羅の乱』を記憶している者は一体何人いるのだろう。

人類が記憶に新しい戦いを挙げるとするのならば――『封印戦争』だろう。地球全体をバリアで覆い、外敵から“守護するべく現れた、バラルと呼ばれる組織の神とも言うべき存在《ガンエデン》。

 その実態は“封印”とでも言うべきものであった。

 それを良しとしない連邦軍の切り札的存在である鋼龍戦隊はガンエデンに立ち向かい、これを撃破することに成功した。

 

 この物語はその後の物語。

 

 連邦軍に一人の青年が入隊した。名はソラ・カミタカ。

 理想と現実のギャップに戸惑いながら、青年は戦いの世界へと足を踏み入れる――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 連邦軍の制服に身を包んだ、黒髪の青年が廊下を歩いていた。その表情は凛々しく、その両目には迸るやる気を感じさせる。

 

「……良し」

 

 誰にも聞こえないように小さく呟く青年。歩行のリズムに合わせて、束ねた長髪が揺れる。肩くらいまでと、男性にしては長い髪だったが、青年は短髪にする気は毛頭ない。何せ髪を短くすると余り良いことがなかったのだ。

 しかし、前髪だけは手を入れており、目が掛かるか掛からないかの長さを絶賛キープ中。

 

「良し……良ーし良し」

 

 黙っていれば、いわゆるハンサムという部類に入る青年の表情が徐々に引き攣ったものとなっていく。青年の心境を表しているかのように、歩行速度が段々上がる。

 歩きながら、青年はもう一度、もらったプリントをポケットから取り出した。

 

「第八ブリーフィングルーム……って、もう到着しているはずだよ……な?」

 

 何度も地図と周りの風景を見やりながら、青年は大きなため息を一つ。青年は昨日辞令をもらい、今日からこの地球連邦軍極東方面軍支部である『伊豆基地』で働き始めることとなったドが付く新人少尉であった。

 初日から遅れる事は避けたいと、予定時間より一時間前に部屋に辿りつくべく行動を開始しており、現在に至る。時間で表すのなら、予定時間まであと十分を切った。

 

「やべえ……、これじゃあ五分前行動どころか、遅れるかもしれねえ」

 

 一歩一歩、慎重に周りを確かめながら歩くその姿は不審者そのものであるが、背に腹は代えられない。不運なことに、さっきから人っ子一人出会えないときた。本気で焦りを感じ始めたその時――。

 

「見ない顔だな。さっきからこの廊下をうろうろしていたみたいだが、何かあったのか?」

 

 声のする方へ顔を向けると、青年の目の前には厳つい顔立ちの男性が立っていた。その風貌に一瞬逃亡の案が浮かんだが、良く考えれば逃げ出す理由がまるでない。

 それに、と青年は男性の服装を見る。

 自分と同じ連邦軍の制服。ようやく青年は状況を理解し、内心ガッツポーズをする。そしてこうしてはいられないと、青年は居住まいを正す。

 

「昨日付で連邦軍に入隊したソラ・カミタカ少尉であります! 実は第八ブリーフィングルームに行きたいのですが、道が分からず迷っていました!」

「そうかしこまらなくても良い。それにしても第八ブリーフィングルーム、か」

 

 男性が一瞬苦笑を浮かべたのを青年――ソラは見逃さなかった。

 

「あの、何か問題が……?」

「ああ、すまんすまん。第八ブリーフィングルームだったな。……ところでカミタカ少尉、俺の右手側にある扉には何て書いてあると思う?」

 

 右手側、そこは確か『第九ブリーフィングルーム』のはずだ。

 少しソラはムッとする。いくら新人だからといって、いきなり小馬鹿にされるとは思ってもいなかった。ソラは男性の右手側に掛けられていたプレートの前まで歩いて、目でなぞる。

 

「第八ブリーフィングルームですね。……ん?」

 

 今の自分の発言に首を捻ったソラはもう一度プレートに書かれていた内容を声に出してみた。

 

「第八ブリーフィングルームですね。……あああっ!」

「……何故全く同じ言葉を繰り返したんだ? まあ、良い。そう言うことだ」

 

 今度は苦笑を隠さずに、男性はソラへ背を向ける。その背中に、ソラは思わず呼び止めてしまった。

 

「あの!」

「ん? 何だ?」

「ありがとうございました!!」

「ふ。お前を見ていると、どこかの方向音痴を思い出す。……しっかり職務に励めよ」

 

 そう言い残し、男性は歩き去って行った。曲がり角の向こうに消えて行った男性を見ながら、ソラは一言。

 

「か、かっけえ……!!」

 

 あの背中はまさに男の中の男という印象をソラに与えた。

 将来はああいう男になりたいな、とちょっとした目標を立てつつ、ソラは件の第八ブリーフィングルームの方へ視線を移した。ここを開けば新世界。まさに自分の兵士としての毎日が本格的に始まることとなる。

 頬を一回叩き、気合いを入れた後、ソラは意を決して扉の開閉ボタンを押した。

 

「失礼します!」

 

 目の前には三人の女性が立っていた。

 一人はオレンジ掛かった金髪をサイドポニーにしているクールな印象を与える女性。二人目は茶髪のセミロング、とてもちょっと垂れ目になっているところが癒し系のイメージを与える。三人目は、咥え煙草をしている白衣を着た長身の銀髪美人だった。

 

(あれ? 確か基地内って喫煙スペース以外、禁煙じゃ……?)

 

 ソラの訝しげな視線に気づいたのか、長身美人が目を細める。

 

「君が思っていることはしていないよ。ただ、咥えていないと落ち着かなくてね。ニコチンだけが私を癒してくれるんだ」

「は、はあ……」

「まあそんなことはどうでも良いか。君もそんな所に突っ立っていないでこっちへ来い。早く互いの顔と名前を憶えてもらいたいんだ」

「す、すいません。今行きます」

 

 ソラが歩いてくるにつれて、金髪の女性の表情が険しくなっていく。それに気づかないソラではないし、そのままにしておいて平気な性格でもなかった。

 

「なあ? 俺の顔に何か付いてるか?」

「負け癖なら付いてそうね」

 

 なるべくにこやかな表情を浮かべていたソラの顔が引きつる。ギギギとまるで壊れかけのロボットのように、思わず長身美人の方を見てしまった。

 

「早速打ち解けつつあるようで何よりだ。まずは私から名乗ろう。私はラビーだ。親しみを込めてラビー博士と呼んでくれ。君達『第五兵器試験部隊』の責任者だ」

 

 聞き慣れない単語に、思わずソラが聞き返す。

 

「第五兵器試験部隊? 何ですかそれ?」

「それは後回しだ。さ、次は君だ。シノサカ少尉」

 

 ソラが部屋に入ってからずっと、チラチラ皆を見ていた茶髪セミロングの女性が、ぺこりと一礼した。

 

「ユウリ・シノサカ少尉です。み、皆さんよろしくお願いします!」

 

 見るからに初々しい印象を与えていただけに、やはり自己紹介も初々しさが溢れていた。

 

「次はセインナート少尉、君だ」

 

 すると、まるでお手本のような敬礼をした後、いきなりソラに暴言を吐いた女性は名乗った。

 

「フェリア・セインナート少尉です。以前は第十六PT部隊に所属していました」

「彼女は中々優秀でね。私が引き抜いたんだ」

 

 ラビーの補足を聞きながらソラはフェリアを半目で見る。

 あの鼻持ちならない態度は自らの自信だったのか、とソラは内心ため息を吐く。

 

「最後は君だ、カミタカ少尉」

 

 ラビーの振りに段々緊張が込み上げてきたが、フェリアにまた馬鹿にされるのは避けたい。心の中でスイッチを切り替える。

 

「ソラ・カミタカ少尉であります! やる気だけなら誰にも負けるつもりはありません!!」

「ほう、頼もしいことだ」

「……馬鹿そうね」

 

 また来た暴言、だがここでくじけていられない。ソラは負けじと返す。

 

「セ、セインナート少尉もこれからよろしくお願い、します……!」

「私は貴方みたいな馬鹿そうな人と関わりたくないわ」

 

 プッツーン、とソラの怒りのメーターがついに振り切ってしまった。

 

「なんっなんだよ、さっきから!? お前、喧嘩売ってんのか!?」

「ふ、二人とも落ち着いてください!」

 

 ユウリがおろおろとし始めた。しかし今のソラにはそんな彼女の事を気に掛ける余裕はない。

 

「あら? 私は別に喧嘩を売っているつもりはないわ? 貴方が重く捉えすぎているんじゃないの?」

「ど・こ・の・世界に“負け癖付いてそう”とか“馬鹿そう”とかって言葉を軽く捉える奴がいるんだよ!」

「貴方がいるじゃない?」

 

 ソラはようやく確信した。このフェリアなる女は明らかに自分を敵視して、尚且つ喧嘩を売られていると。ならもう、遠慮することはないと、ソラは内心暗い笑みを浮かべる。

 

「はっはー。上等だ、このレモン頭。本当に負け癖付いているかどうか確かめてみるか……!?」

「レ……!? ……やってみる? 貴方なんか一分掛けずに撃墜して見せてあげるわ。この女子被れ。何、その長い髪?」

「はいはい。もう止めておけ君達。ユウリ君が困っているだろう?」

 

 ラビーの言葉を聞き、ユウリの方を見ると、もうどう止めて良いか分からずに涙目になっているのが良く分かる。

 

「け、喧嘩は止めてくださいよぉ~……」

「げっ! ご、ごめん」

「……ごめんなさい。熱くなり過ぎたわ」

 

 流石のフェリアもユウリを見たら、何も反論することなくすんなり頭を下げた。もしかして部隊内で一番強いのはユウリではないか、そんな考えがソラの頭に一瞬浮かんだ。

 

「さて、君達の喧嘩も収まったことだし、この部隊の説明でもしようか」

 

 いつまでも立ったままじゃ辛いので、皆席に座り、ラビーだけが電子ボードの前に立った。

 

「この第五兵器試験部隊とは、現行の量産機の汎用性を向上させるためのデータを揃えるための部隊だ」

「え? どういうことっすか?」

 

 ソラがちんぷんかんぷんになっている横で、フェリアが少し楽しげに頷いた。

 

「……なるほど。ということは私達が乗る機体も“それ相応”の機体、ということですね?」

「ああ、理解が早くて助かる」

「私やソラさんやフェリアさんが乗った機体のデータで今の量産機の性能が上がるかもしれないんですね!」

 

 まさかユウリも理解していたようで、嬉しそうに両手を合わせていた。と、なると。ソラは少し遠慮がちにフェリアの方を見る。

 

「……ぷっ」

「このレモン頭……!」

「……まあフェリア君やユウリ君が想像している通りだ。今から予告しておくが、君達に乗ってもらう機体は非常に個性的な機体となる。それらから取れたデータを統合したものが、現行量産機のアップデートに使われる。重要な役目だな」

 

 思わず唾を呑み込んでしまった。そんな大役が自分のような新人に務まるのか本気で不安になったソラ。

 ――しかし、それと同じくらいに心が高ぶった。

 

「な、なあラビー博士! 機体ってもうあるんだよな!? 早く見てえ!」

「あ、悪いな。まだ機体はロールアウトされていない」

 

 思わずずっこけそうになった。あれだけ盛り上げておいて現物がまだないとは思ってもいなかった。

 フェリアやユウリもそれぞれ複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「まあ、そういうことだし、ソラ君とユウリ君は新人パイロットだ。機体が完成するまでの間は操縦技術の向上と体作りが基本となる」

「え、ええ~……」

「何唸っているのよ。貴方なんか戦場に出たら何もできずに挽肉になるのがオチよ。今のうちに精々腕を磨いておきなさい」

「な!? お前こそどうなんだよ! 口だけだろどうせ!」

 

 いつの間にか立ち上がっていたフェリアとソラ。交し合う視線の間にはバチバチと火花が散っていた。

 

「私は、貴方よりは戦場と言うものを知っているわ。何も知らない癖に、口だけは達者なのね」

「そうかよ。でも、知っている奴が知らない奴より下ということもあるかもな!」

 

 ソラの一言で室内の温度が一気に下がった。ユウリに至ってはもう気絶しそうになっている。

 それを見て、楽しげに笑うラビーの性格は推して知るべしと言ったところ。

 

「そう。ならシミュレータールームへ行きましょうか」

「……へ?」

「模擬戦よ。経験の差と言うものを教えてあげるわ」

 

 第五兵器試験部隊――。

 部隊の本格的なチームワークはまだ期待できそうになかった。


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