スーパーロボット大戦OG~泣き虫の亡霊~   作:鍵のすけ

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エピローグ

「……新作をいきなりスクラップにするとはやるじゃない」

 

 メイシールの嫌味に対して、全身を包帯で包んだライカはただ苦笑で受け止める事しか出来なかった。病室特有の消毒臭さが妙にライカの心を落ち着かせる。

 ――あの戦いから一日が経った。

 

「もう少し装甲が薄かったら、ここにはいないかもしれませんね」

「いや貴方がもうちょっとか弱かったら、ね。……コクピットの中とは言え、安全領域を振り切った加速に耐えて、尚且つ至近距離からの爆発の音と光をまともに喰らって五感良好、五体満足とか人間じゃないわよね。普通に考えて」

「鍛えてますからね」

「……まあ、大分貴方の化けものじみた体力にも慣れて来たし、……良いわ」

 

 すると隣でリンゴの皮を剥いては口に運んでいたフウカがモグモグさせながら言う。

 

「私はここまでじゃないですがね。……む、このリンゴ蜜入りですか。私、蜜入りはあまり好きではないんですよ」

「……フウカ、貴方は無事だったのですか?」

「ええ。フェルシュングの機体特性は把握していたので、割と安全に一撃離脱をすることが出来ました」

 

 換装前提の機体仕様であったフェルシュングだからこそ、すんなり腕部をパージし、離脱することが出来たのであって、普通ならば厳しい。

 だからこそライカは死ぬ目を見なくてはならなかった。

 

「メイト、シュルフツェンの推力を上げ過ぎでは? ……だから助かったのですが、あれは少々、人間が乗るものではない気が……」

「貴方しか乗りこなせないわよ、あんなの。あれと良い勝負が出来るのって言ったらマリオン先輩のリーゼくらいしかないわ」

 

 一瞬だけ会話が止まると、タイミングと判断したのかメイシールが本題を切り出した。

 

「アンチシステム搭載機は完全破壊が確認されたわ。マシンセルごと炎に消えたようね」

 

 するとフウカが窓の外に視線をやった。

 

「……殺すべき相手と手を組み、親友の夢の残滓を自ら叩き潰した。殺すべき相手とは今、横に並んでいる。メイシール、アルシェン、笑ってください。……どうやら私の戦いが今、完全に終わってしまったようです」

 

 そう言いながらフウカは空中に視線を彷徨わせる。その瞳は色んな感情が含まれていたようだが、ライカは詮索するのを止めた。

 自分では計り知れない感情と言うものが、そこにはあるから。

 

「メイト、シュルフのことなのですが……」

「見当はついているって顔ね。多分それで正解よ、言ってみなさい?」

「……シュルフとは、あの時失ったはずの『CeAFoS』なのですか?」

 

 これがライカの辿りついた真実であった。今までの事を振り返ると、どうしてもこの事実にしか辿りつけない。

 メイシールはすぐに首を縦に振った。

 

「ええ。あれはシュルフツェン本体のローカルメモリーに残っていた『CeAFoS』の残滓をAIとして組み上げたものよ」

 

 やはり、とライカは目を閉じる。……もう一つ確認事項があった。

 

「シュルフは一号機との戦いの最中、リカバリーという単語を何度も口にしていました。あれは……?」

「いくら製作者の私でも『CeAFoS』を完全に修復するのは不可能だったのよ。だからライカ、貴方の力が必要だったの」

「私の?」

「『CeAFoS』から削れたのは大きく分けて二つ。蓄積した感情データと、戦闘データ。本来なら戦闘データさえあれば良かったんだけど、既に今の『CeAFoS』は私の思惑から外れた存在。だからこそ、不要とも思える感情データが必要とした」

「ですが、そんなに簡単な事で修復が……?」

 

 そこでフウカが口を挟んできた。

 

「なるほど、本来ならば時間を掛けて修復できるところを、例のアンチシステムが現れた。そこでシュルフとアンチシステムが何らかの共鳴をした上で、あの濃密な戦闘、そしてライカの感情の高ぶり……。本来の数倍の速さで修復が進み、一号機との最終決戦の途中で全ての条件を満たし、修復が完了したと、そういうことですか?」

「理解が早いのね。フウカの言う通りよ。おかげで何だか後出しのような情報開示になってしまったわ。ごめんなさい」

「……いえ、その辺は慣れました。そうすると、また『CeAFoS』が搭載されることとなりますが、危険はないのですか?」

「無いわ」

 

 あっさりとメイシールは断言した。

 

「……は?」

「もう無いわ。前提として、『CeAFoS』とシュルフは同一のものなの。そのシュルフが今完全に修復され、人格を確立……取り戻したと言った方が良いのかしら? 本来なら戦況に応じて強制的に出力されるはずの戦闘データがシュルフと言うフィルターを介して、マイルドかつもっと高い精度で出力されるようになった。……つまり、シュルフのアドバイスが『CeAFoS』による戦闘データ出力の結果なのよ」

「そういう……ことですか。なら、もう『CeAFoS』に翻弄されることもないのですね」

「ええ。前にも言ったと思うけど、私からしてみたら大失敗なんだけどね」

 

 面白い大失敗だけどね、とメイシールは付け足し、そのままフウカへ視線を向ける。

 

「フウカ、これからどうするの?」

「……さあ? どうしましょうかね?」

「ならウチに来なさい。貴方にはフェルシュングの専属パイロットになってもらうわよ」

 

 目を丸くするフウカに対して、ごく当たり前かのような表情を浮かべるメイシールの対比は何とも面白いものであった。

 

「私、ですか? 貴方達に対して色々やってきました。今更……」

「何言っているのよ? そんなの織り込み済みに決まっているでしょう? 人手が足りないのよウチは。やるの? やらないの?」

 

 今のフウカには、手を差しだすメイシールがどう見えているのだろうか。かつて笑い合った親友、もしくは――。

 俯き、小さく笑った後、フウカは顔を上げた。

 

「……ギャラは弾んでもらいますよ?」

 

「ふふ。その代わり、しっかり結果は出してもらうからね」

 

 握り合った手と手が、世界を超えた因縁の終焉を表していた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ねえ、本当に歩行補助具は要らないの?」

「ええ。大分マシになりましたので」

 

 格納庫まで歩かせて今更、と喉元まで出掛かっていたが、ライカはそれをグッと呑み込んだ。さっきまで巻いていた包帯は無く、ライカはいつもの制服に身を包んでいた。

 元より既に包帯を取れる状態まで回復していたようだ、先ほど医師からも許可が下りた。

 

「機体の調子は?」

「私を誰だと思っているのよ? そういえばフウカは?」

「食堂に行くと言っていました」

「……やっぱりマイペースよね、貴方と比べて」

 

 下手に相槌を打つと墓穴を掘りそうなので、黙って頷くことにしたライカ。歩いていると、段々見慣れた機体の影が見えてきた。

 

「……良い感じですね。もう目立った損傷はないようだ」

「さて、久しぶりの再会になるのかしら? 貴方にしてみたら」

 

 格納庫で佇んでいる灰色の巨人。メインカメラが点灯した。

 

 

《――おはようございます“ライカ”中尉。調子はどうですか?》

 

 

 シュルフの第一声を聞いた瞬間、ライカは少し泣きそうになってしまった。奇しくも“あの時”と状況が似ていたから。

 紅蓮に消え、もう二度と乗ることはないだろうと思っていたら、格納庫で黙して自分を待っていてくれていたあの時と。

 声が震えないか少し怖くなりながらも、ライカは言葉を返した。

 

「ええ、重畳です。シュルフももう、大丈夫なのですね?」

《肯定です、ライカ中尉。私はシュルフです。戦闘補助用AIでも、人間もどきでもない、ただの――シュルフです》

「……なら、良いです」

 

 パンパンと手を叩くメイシール。メイシールは分厚い書類を翳しながら、少しばかり悪戯っぽく微笑んだ。

 

「なーにボーっとしているのよ? これから新型の試作兵装のテストやフェルシュングの新型換装パーツのテストがあるのよ? 早く準備しなさい」

 

 振り向くと、既にシュルフツェンはコクピットハッチを解放していた。その手際の良さに、思わず苦笑してしまう。

 

 

「行きますよ――相棒」

《どこまでも付いて行きましょう――ライカ中尉》

 

 

 ――こうして今日もまた、一人の女性パイロットと進歩した泣き虫の亡霊は平凡な戦いの毎日へと飛び込んでいくのであった。




次回からは『刃走らせる者編』となりますのでよろしくお願いします!

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